特別編②:エンドの本気②
吸血鬼とは終焉騎士をして一筋縄ではいかない恐ろしい魔性だ。
膂力に再生能力、特殊能力も強力だが極めつけに最低なのは、そのアンデッドが人間の姿と魔物の心を持っている事である。
吸血鬼は強い。そして、狡猾だ。故に、多数の致命的な弱点を抱えつつ、未だ世界各地に巣食っている。
死霊魔導師の手により復活した死体が変異した吸血鬼――『
死体から生み出されたアンデッドと違い、噛まれ変化した吸血鬼は人間だった頃の記憶が残っている事がある。だが、その心は既に怪物の本能に呑まれている。力に酔い、嬉々として人を襲い、血を啜る。そして時に――被害者を装い、終焉騎士を騙そうとするのだ。
センリ・シルヴィスはかつて、首だけのエンドに血を与えた。あの時はエンドは消滅寸前で余りにも時間がなかったが――しかし、それでも状況に流されるままに血を与えたわけではない。
センリはエンドを守り、そしてその行く末を見届ける覚悟をしたのだ。その中には、エンドが怪物の本能に呑まれかけた際に――せめて人間のうちに浄化する事も含まれる。
だが、それからしばらく経ち、変異には至らなくてもより強力に成長したエンドは今、机に向かって図面を書いていた。
「僕は……棺桶職人になるッ! 世界で一番心地の良い棺桶を作るんだッ!」
どうやらエンドはずっと寝たきりだったせいか、好奇心が旺盛のようだった。おまけに下位とは言えもう恐ろしい吸血鬼のはずなのに、自分の事をちょっと便利な身体を持った人間のように考えている。
まるで子犬のようにふらふらどこかに行ってしまいそうなエンドに、センリはもうずっとハラハラしていた。エンドの言葉ではないが、この胸の高鳴りは恋ではない。
「僕は気づいた……吸血鬼は棺桶に入るべきだ」
どうやら、ライネル軍にいた時に眠った棺桶がよほど気に入ったらしい。
センリはその言葉に、どうして吸血鬼の拠点にはよく棺桶が置いてあるのか、わかった気がした。
きっと猫が狭い所を好むように吸血鬼は棺桶の中を好むのだ。能力も上がるらしいが、エンドの熱意はそれだけでは説明がつかない。
エンドはセンリに棺桶を引いて移動して欲しいと言った。センリは無理だと答えた。
センリはエンドの力になるために終焉騎士団を抜けたし今でもその気持ちは変わらないが、できる事とできない事がある。
棺桶のベッドなんて売っていないし、オーダーメイドもできない。犬サイズでも厳しい。何より、引いて旅をしていたら絶対に怪しまれる。何故ならば棺桶はそういう風に使うものではないからだ。だが、エンドはわかってくれない。
これまでエンドのくぐり抜けてきた修羅場は相当なものだ。ホロス・カーメンも、カイヌシも、そしてライネルも格上だった。
数多の激戦を試行錯誤の上、乗り越えてきたエンドは今回も工夫でなんとか乗り切る気満々だった。
車輪をつければどうだろう、とか、カバン型にして背負えるようにしたらどうだろう、とか、冗談のように聞こえるが、付き合いがそれなりに長いセンリにはわかる。エンドは本気だ。
「センリ、棺桶はいい。この上ない安息を与えてくれる。窮屈感も良い感じだ……収まるべき場所に収まっている感じがするんだ」
それはエンド……貴方が死者だから。
と言いたかったが、そんな水を差すような事、嬉しそうに語るエンドにはとても言えなかった。
「こんな感情、知らなければ良かった。今の僕はその辺に棺桶が落ちていたら入ってしまいたいくらい棺桶に入りたいんだッ! 棺桶の中に罠を仕掛けられたら即死だよ!」
「…………」
「普通の棺桶じゃダメだ。中はもちろん、ふかふかにする。後は……そう、中から開け閉め出来るようにしよう。現代の棺桶は本当に不自由だ……中に入る人の事を考えていない。快適性が追求されていない」
「…………昼間は私が運ぶとして……夜はどうするの?」
「センリが入って僕が背負うんだ。案外、人間が入っても悪くない心地だと思うよ」
「…………」
「いや、人間が入っても悪くない心地に仕上げるんだ。僕も人間の感性を持っているのだから、人間と吸血鬼、両方に適した棺桶を生み出せるはずだ! いや、僕にしかできないッ!」
エンドが力強く宣言する。もしかして……センリがいなくても大丈夫なのではないだろうか、そんな考えすら浮かぶ光景であった。
ライネルを倒した鋼鉄の意志で、エンドは棺桶を手作りするつもりだ。新たな目標にエンドの目が輝いている。
「幸い、僕は魔物相手には強い。手に入りにくい強力な魔物の素材もなんとかなるはずだ」
「…………」
「とりあえず、質を求める。量産を考えるのはその後だ。センリは人間だから…………流通方面を担当して欲しい。ダメかな?」
夢を持つことは良いことだ。殺戮本能を忘れる一助となるだろう。棺桶職人なら他人に迷惑をかけることもないはずだ。
だが、センリとしては力が抜けることこの上なかった。
「そうだ、自走できるようにするとかどうだろう? 中から車輪を動かせるようにするんだ、最初は難しいかもしれないけど、僕は便利なことに寝なくても大丈夫だから時間はいくらでもある。腕が鳴るな。有名になったらどうしよう……」
妙な心配までしている。かなりお気楽な思考だが、エンドならばやり遂げそうな恐ろしさがあった。
エンドは頭の回転が早く、挫けない。魔法の本を買ってきてあげた時も思ったのだが、勉強も得意なのだろう。彼はきっと死ななかったら大物になっていた。
「…………エンド。一つだけ問題がある」
「大丈夫、生者の事についても考慮済みだ。ダブル棺桶ベッドには空気穴を開けるから、センリが一緒に寝ても問題ないよ」
真面目な顔で出された戯言を聞き流し、センリは言った。
「違う…………棺桶職人には未来がない。年々使われなくなってるから」
終焉騎士団は徹底的だ。その活動は闇の討伐がメインだが、啓蒙を通じた間接的な弱化も行われている。
そもそもアンデッドの素材にされる可能性がある土葬を用いている地域は既に少数なのだが、火葬についても最近では棺を使わない。
予想外だったのか、エンドが目を丸くする。
「え……? なんで?」
「…………棺桶は、作ると貴方達が入るから」
「…………」
吸血鬼が皆エンドのようだったらきっともっと世界は平和だったのに。
情けない表情をするエンドに、センリはため息をついた。
===あとがき===
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