第四章
Prologue:狩り
考えるべきことは沢山あった。
吸血鬼の性能。未だ下位から脱せない理由。杭の王と終焉騎士の追跡を回避する方法。そして、センリと仲良くなる方法も……。
まだ僕、エンド・バロンの旅路は明確な目的地すら決まっていない。
だが、必要なものはわかっていた。一歩一歩前に進むしかないのだ。
月すら出ない夜。街灯すらない路地裏は静まり返っていた。
僕の感覚はそこかしこに人間の気配を捉えていたが、その誰もが息を潜めている。まるで物音を立てる事が罪であるかのように、身じろぎ一つしない。
どこからともなく無数の視線を感じた。一挙一動が注目されているのを感じる。
猛獣の巣の中に踏み入っているような気分だ。そしてその認識は恐らく正しい。唯一補足する点があるとするのならばそれは――僕が巣の住人よりもよほど悍ましい怪物であるという点くらいだろうか。
路地の先は行き止まりだった。
粘つくような空気。後ろを見ると、今僕が通ってきた道に幾つも人影が現れている。
こちらを見ていないが、その注意が僕に向いている事は間違いない。もしも戻ろうとしたら立ちはだかってくるだろう。今更ただの人間など障害にならないが――。
小さくため息をつくと、行き止まりの左にある何の変哲もない金属の扉をノックした。
だが、優れた知覚を持つ僕には室内で息を殺す幾つもの熱が把握出来ている。
臭いを感じる。強い戦意、警戒、静かな興奮、僅かな恐怖。扉についていた金属の覗き窓が開き、二つの充血した目が僕を確認した。低い声がかかる。
「…………何の用だ?」
「中で話す。開けてくれなかったら扉を無理やり破る事になる。そんなに手間ではないけど、余りやりたくない」
単刀直入な言葉に、扉の向こうから迷いを感じる。だが、閂の外れる音が聞こえ扉はすぐに開いた。
ここまでは想定内――テンプレートのようなものだ。
基本的に人間は弱い。特に身体能力の面で、人は大抵の魔物よりも脆弱だ。
そして、そんな人間の中にも、更に格差が存在していた。武器の差だ。
基本的には、剣より槍、槍より弓や銃、弓や銃より魔法の方が強いのだ。そして彼らはどうやら僕の事を強力な魔導師だと思っているらしかった(ちなみに、人間の中で一番強いのは終焉騎士なのだが、それは極僅かな例外なのでおいておく。呪いつきも同様だ)
現れた黒いスーツに身を包んだ大柄の男に笑みを向ける。
「武装を確認する」
彼らが僕を通すのは、対魔導師戦において必勝の手段が距離を詰めることだと知っているからだ。中に入れなければ、彼らは見えない距離から強力な攻撃魔法が飛んでくるのを警戒しなくてはいけなくなる。
何も持っていなかったのであっさりと身体検査を終了し、中に通される。建物の中は荒れた外観と異なり、清潔で整頓されていた。
足元に敷かれた絨毯や調度品は鑑識眼のあまりない僕でもかなりの高級品である事がわかる。もしかしたらちょっとした貴族と同レベルかも知れない。
男が着ている黒スーツもただの布ではない。魔物由来の素材から出来たそれは、鎧程ではなくとも、矢や簡単な魔法を弾き返し、既製品とは思えない防御能力を誇る。それを越えた耐久を誇る布装備は魔法をかけられた物だけだろう。
はぎ取れれば高値で売れるだろうが、残念ながらそんな余裕はない。というか、売っても目立つし、着ても目立つ。
通された応接間で待っていたのは、一際立派な格好をした老齢の男と、十人以上の黒スーツだった。
鋭い獣のような目つきに土気色の肌。その顔には古傷が残り、オールバックに整えた頭には血管が浮いている。臭いがした。高級な葉巻の臭いだ。
大きな黒のソファに重厚な木のテーブル。その上には銘柄の知らないワインとグラスが置いてある。
乱暴に男の対面のソファに座らせられる。僕が何か不自然な動きを取ればすぐに攻撃を仕掛けてきそうな雰囲気だ。
偉そうな男はしばらく僕を睨みつけていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「最近、各町で組織を潰して回っているのは、お前か?」
眉を顰める。どうやらここにも情報が広まっていたようだ。
情報網が働かないくらい完璧に潰したつもりだったが、どうやらマフィアというのは君臨している町の他にも広く手を伸ばしているものらしい。
「そうだよ」
「ッ……馬鹿げた事を……目的はなんだ?」
一瞬気色ばむが、押し殺したような声で問いかけてくる。僕はゆっくりと周りを囲む男たちを確認した。
既に皆が銃や剣を抜いていた。とても話し合うような雰囲気ではないが、その刃の輝きは僕が苦手とする銀ではない。銃弾もまぁ問題ないだろう。これまでの町でマフィアが銀の弾丸を持っているパターンはなかった。どうやら、銀の弾丸というのはありふれたものではないらしい。
部屋の隅にいる男は魔導師のようだが、魔術については言わずもがなである。
目的、か……色々ある。僕は視線を戻すと、名前もよく知らないファミリーの幹部に言った。
「金だよ」
「…………何?」
男の目が見開かれる。小さくため息をつき、続ける。
「生きるのには金がいる。最初は町の外に根城を持つ山賊を潰して回っていたんだ。でも、大規模な山賊なんてそうそういるものじゃないし、捕虜がいた場合とても面倒だった。見捨てるわけにもいかないからね」
ライネル軍を潰した時の捕虜の処理もとても面倒だった。あの時は連れて帰るなど不可能だったので、センリが結界を張ってひとまずの安全を確保し、町に戻るしかなかった。
結局、ライネル軍の捕虜達がどうなったのか、僕たちは知らない。要塞都市ロンブルクがすぐに兵士を派遣していたら助かっただろう。
戦闘を生業とする者の中には種類がある。
魔物討伐を生業にする者。戦争に参加し給金を貰う者。賞金首を狩る者。だが、そのどれもが僕たちには適していなかった。
僕たちは追われる身だ。なるべく目立たない方がいい。何度も大物を狩ったら噂になるし、センリは目立つ。伊達メガネをかけたくらいでは彼女の美貌は誤魔化せない。
ともかく、僕はもっと簡単に手っ取り早く金を手に入れる方法を考えた。
「マフィアを潰すのが手っ取り早いし、人のためにもなる。山賊と違って町に一つは存在するし、金もたんまり蓄えてる。犯罪者が人を襲う理由がわかるな」
「ッ……イかれた、男だ」
ついでに、こういった暗黒街のボスは大体、国と繋がっているので僕のような怪物でなければ簡単には手を出せない。
これは禊のようなものだ。マフィア潰しは人の役に立ちおまけに金まで入る、吸血鬼の天職と言えた。終焉騎士は基本的に犯罪組織と戦ったりはしないが、センリも相手がマフィアなら戦闘を許してくれるのだ。
マフィアを潰し、貴金属をせしめ、町を去る。それが最近の僕の生活だ。
「ふぅッ……ここの情報を、漏らしたのはどいつだ?」
ドスを効かせた声で、男が続ける。
まだ襲いかかってこないのは自らの優位性を信じているためか、あるいはその本能で僕の正体に気付いているためか。そんな事を聞いても仕方ないと思うのだが、隠す必要もないので答える。
「一個前の町のマフィアだ。潰す前に尋問した。影響力が広いというのも良し悪しだな」
「あぁ!? お前、生きて、帰れると思っているのかぁ?」
隣のチンピラが目を見開き、恫喝してくる。ライネルの咆哮と比べて何と些細な事か。
一般人を恐喝するには十分かも知れないが、既に何度も体験しているので今では哀れみすら感じてくる。
「戦うのはオススメしない。こういうのも何なんだが、僕はちょっと人間離れしてるよ。それに、僕が求める物を持っているなら見逃してあげてもいい」
「何だとッ!? フザケた事を――」
「黙れッ! 話している最中だッ!」
「ッ……わかりました……ボス」
どうやら、この男はボスだったらしい。
種類もわからない、カイヌシが使っていたものよりもごつい銃の銃口をこちらに向けかけたチンピラを、ボスが一喝する。
マフィアにとって威光というのは重要だ。にも拘らず、ここまで舐め腐った交渉を持ちかけられてまだ我慢できるのは純粋に凄い。
やはり人間は凄い。身体は弱くてもその胆力は一流だ。もしも彼らが事前に僕の正体を知り準備されていたら、僕は負けていたかもしれない。
ボスが言葉に出さず、視線で僕に続きを促してくる。僕はかけていたサングラスを持ち上げて言った。
「『
『人食い』は本当に厄介な事をしてくれた。せっかくカイヌシから貰ったクリスタルは燃え尽きてしまい、今の僕はいつ奴らから追われてもおかしくない立場にある。
一体、カイヌシやロードはあの結晶をどこから手に入れたのだろうか……。
ボスの眉がぴくりと動く。どうやら今回も外れのようだ。
僕は大きくため息をつき、うんざりした気分で立ち上がった。
=====あとがき=====
今話から四章です! またよろしくおねがいします!
また、書籍版一巻が本日(11/30)発売になりました。
センリの少し色っぽいイラストや振り回されるルウの話などなど、書き下ろしやらイラストが盛りだくさんです。
そちらも何卒宜しくお願いします!
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