第十四話:捕虜

 終焉騎士。それはこの世界で最強の代名詞だ。

 その名は英雄と同意であり、祝福と呼ばれる特殊なエネルギーを自在に操るその力は数多強力無比な人外達の力を凌駕する。


 英雄譚の多くは彼らの物語であり、終焉騎士達で成り立つ終焉騎士団はこれまで数多の伝説を打ち立ててきた。その殲滅対象は大抵の場合死霊魔導師とアンデッドだが、状況によってはただの魔王と戦う事もある。


 終焉騎士は本来闇を祓う者だ。祝福のエネルギーは強力だが反面、それで浄化できるのはアンデッドだけで、亜人や竜などはその対象にならない。だから、騎士の位によっては敗北も十分ありえる話だというのは理屈ではわかるのだが、僕はモニカの話を聞いた後も信じられない思いだった。


 センリで分かる通り、終焉騎士は鬼のように強い。僕が容易く相手できるような連中相手に捕虜になるわけがない。最近はセンリとの模擬戦もやっていないが、未だ僕は彼女を捕まえる事すらできていないのだ。まぁ相手はいざとなったら飛べるので仕方がないのかもしれないが、吸血鬼の身体能力を考えるとこれは尋常な事ではない。


 なんか、センリのこと考えていたらセンリが恋しくなってきた。ちょっと早いけどもう帰ろうかな……。


 だが、終焉騎士の捕虜である。もしもそれが本当ならば、センリの友達である可能性もあるし、助けたらセンリが喜ぶに違いない。もしかしたら「エンド、頑張った」と言って血をくれるかも知れない。その時はきっと多少の無礼をしても許してくれるだろう。牙が疼く。


 それに、そもそもその捕虜がセンリに匹敵する素晴らしい血の持ち主な可能性もある。助けてあげたらちょっとだけ味見をさせてくれる可能性もまぁゼロではないだろう。限りなく低いけど。


 モニカについていき、来る際に気になっていた鉄の扉の向こうに進む。

 扉の先にあったのは地下への階段だった。どうやら生きた捕虜はその先に収容されているらしい。まだ捕虜の姿は見えないが、濁り淀んだ空気は強い死の気配を感じさせる。


「エンド様が……終焉騎士に興味があるとは思いませんでした」


「彼らは僕の敵だからね。戦ったこともある」


 まぁ、一方的にひどい目に遭わせられただけなのだが……。

 ネビラ達には太陽刑を受けたし、エペについては言わずもがなだ。センリは捕まってくれず、思う存分血を吸わせてもくれない。


 だが、僕の言葉を勘違いしたのか、モニカは感心したような声を上げるのみだった。どうやら彼女は僕がセンリの飼い犬である可能性を本当に全く考えていないらしい。


 階段を下りていくと、そこには無骨な牢屋が並んでいた。近くには完全武装の亜人の兵士が何人も見張りをしている。

 死と絶望の匂いがした。牢獄からは声が聞こえなかった。恐らく、悲鳴も枯れ果てたのだろう。ボロ布を着せられ、やせ細った捕虜たちはルウよりもずっと扱いが悪い。


 牢獄は何種類かに分けられていた。女子供、男、老人だ。もしかしたら人気で分けているのかも知れないが、扱いは余り変わらないようだ。

 中にはセンリと変わらない年齢の少女もいたが、極上の血を知っている僕の食指は動かない。まだ全員解放してセンリから血をもらった方がマシである。


 悲惨な光景だが、僕の感情はほとんど動かなかった。捕虜たちも僕の姿を見ても何も声を上げない。人型の魔物だと思われているのかもしれない。


『夜の結晶』のついた首輪に軽く触れる。僕は栄養を与えればまだマシな血になるだろう可愛い女の子を探しながらぼやいた。


「ひどい状態だ」


「次から次へと増えますし、味はそこまで変わらないらしいので」


 全く、これだから野蛮な魔物達は。それにこんなに痩せていちゃ、抱きしめた時にも微妙じゃないか。肌ツヤも良くないし、ちゃんとシャワーも浴びさせないと……僕はセンリの血に慣れてしまっているのだ。アルバトスも十分美味だったし、今更美味しくない血は吸えない。


「肉の柔らかい女子供が人気があります。取り立てが一番人気なので、最高級品はありませんが」


「モニカ、ちゃんと栄養を取らせて、もっと清潔な牢にいれるんだ」


 心と力を込めて言う僕に、モニカが目を見開く。


「え?」


「僕はグルメなんだ、この程度の血、吸えない。適度な運動もさせるんだ、肉付きが悪すぎる」


「えっと、それは…………」


「僕達にとっての吸血はただの食事じゃない。君たちが、詫びをしたいと言うから来たんだ。僕を騙したのか? それともモニカの血をくれるのか? んん? 言う通りにしてくれるには誰をぶちのめせばいい?」


 何でもいいわけじゃないのだ。僕は、美味しく楽しく血を吸いたいのだ。めくるめく快楽の時間なのだ。

 そこまで期待していたわけではないが全く、期待外れにも程がある。人食いとやらと戦うにしても血は吸っておきたい。


 ……モニカならばともかく、捕虜の血を吸ったらセンリは怒るだろうか? だが、僕に定期的に血をくれると言ったのにいなくなってしまったセンリが悪いのだ。


「わ、わかりました、エンド様。どうにか、どうにか考えてみます。ご容赦ください」


 モニカが青ざめ、一歩後退る。だが僕の視線はむき出しになった柔らかそうな首筋に釘付けだ。

 吸血行為は人を狂わせる強い快楽を伴うという。吸血鬼が怖れられ、そして時にそれに与する人間が出る理由である。噛んでしまえばどうにでもなるのではないだろうか。センリやアルバトスのように全く流されてくれない例もあるが、センリやアルバトスは明らかに平均的な人間ではない。


 視線に気づいたモニカが首を手で隠し、派手に露出している胸元を隠すが、その所作がまた吸血衝動を誘う。鬼人を怪力認定しているようでは僕を跳ね除ける事はできない。


 と、そこで僕は大きく首を横に振った。

 いや、ダメだ。僕は平和な吸血鬼なのだ。嫌がっている女の子を襲うなどそんなはしたない真似できないし、万が一癖になったりでもしたらセンリに浄化されてしまうかもしれない。

 犬に化けてぺろぺろしてがぶりといくのはどうだろうか? ……いやいや、ダメだ。犬形態では吸血できない。


 どうしても吸血関係に意識が行ってしまう僕を明らかに警戒しつつ、モニカが案内してくれたのは一番奥の牢だった。


 一際大きな牢だった。警備なのか、中がよく見える位置に完全武装の鬼人が三人退屈そうに屯している。 

 近づくだけでわかった、他の牢に入れられた人々とは一線を画する輝くような正のエネルギー。

 本能が接近を忌避していた。頭の奥がかっと熱くなる。これは――多分、戦意だ。闇は光の敵であると同時に、光は闇の敵でもある。

 センリはいつも僕と一緒にいる時、光の力を滅多に纏わなかったし、味方だったためか纏っていた時もこんな感情は湧かなかったので、初めての感覚だ。


 モニカが小さな声で警告してくる。


「屈強な兵隊が三十人斬られました。完全に手足を拘束していますが余力は残っています、気をつけてください」


 その言葉に、表情に出さずに胸を撫で下ろし、答える。


「大丈夫……ネビラよりも弱いよ」


 十分強力なエネルギーではあるが、僕が見たことのあるどの終焉騎士よりも弱い。獄に繋がれ弱っているのもあるのだろうが、僕の予想よりも随分下だ。

 どうやらセンリはもちろん、ネビラやルフリー達もそこまで下のレベルではなかったらしい。滅却のエペの部下なのだから当然か。


 そして、僕は囚われの終焉騎士と対面した。


 終焉騎士は両腕を金属の環で拘束され吊るし上げられていた。その両足には足かせが施され、巨大な金属の球がいくつも広い牢内を転がり音をたてている。鍛え上げられた肉体は拷問でも受けたのか傷だらけで、そこかしこに血が滲んでいる。しかし僅かに動いている事から生きている事がわかった。

 いや、恐らく力を練っているのだ。祝福を操るには高い集中力が必要とされる。肉体的に弱っているのならば尚更だ。ふせられた顔が僅かにあがり、その胡乱な瞳が僕を捉える。僕には今にも死にそうなその眼差しの奥に燻る戦意の炎がはっきりと分かった。


 思わず後退り、目を見開いて声をあげる。出した声は動揺に震えていた。


「お……男じゃないか」


「え? は、はい。男だと、思われます」


 モニカが不思議そうな声をあげる。聞いていない、聞いていないよ。

 僕は男の血を吸いたくない。吸えないのではなく、絶対に吸いたくないのだ。そりゃ死が近づいたならば仕方なく吸うが、それは最後の手段である。


 多分吸血鬼ならばわかる感覚だろう。飛び散った血を舐め取るのならばまだしも、首筋を噛むのは異性でなくてはダメなのだ。そして相手が好意を持っている子ならば尚更いいのである。きっと、僕が以前吸血鬼の食欲と性欲が統合されていると感じたのと関係があるのだろう。


 牢に繋がれていたのは屈強な青年だった。豊富な黒髪は逆立ち、鍛え上げられた肉体はまるで優れた彫像のように無駄のない機能美に溢れていた。顔立ちは整っており、生命エネルギーに満ちあふれている。だが、男だ。

 僕が女吸血鬼だったら喜んで血を吸いに行っただろうが、僕は男なのだ。これでは助けたとしても助け損だ。そして僕はメリットがないのならば助けたくないくらい終焉騎士が恐ろしいのである。


 今すぐにでも踵を返して他の牢から美味しそうな素質のある女の子を見繕いたい気分である。

 わざわざモニカが僕に言うくらいだから女の子だと思ったのに、余りにも肩透かしだ。


「騙された……酷いよ」


「!? い、いえ、騙してなどは――お、お怒りを、お鎮めください、エンド様」


 同じ終焉騎士だから期待していたのに……センリと同じくらい可愛い女の子だと思っていたのに、そりゃ終焉騎士の比率を考えれば可能性は低かったけど、この仕打ちはあんまりだ。

 モニカが過剰におびえている。だが、魔王ライネル軍は最低だ。やっぱり僕にはセンリしかいないな。



 さてどうすれば一番センリから気持ちよく血を貰えるだろうか。僕は手負いの獣のような騎士を眺め、真剣に考える事にした。

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