第四話:隊商④

「間違いない。人間業じゃない……魔王の手勢だ。今までも何人も行商人がやられていたが……まさか、こんな大規模な商隊も襲ってくるとは――」


 この隊商のリーダーをやっている壮年の男が、深刻そうな表情で言う。

 獣避けでがんがん火を焚かれた焚き火の前で、隊商の主たるメンバーが集まっていた。


 近くでは男たちが大きな穴を掘っている。ばらばらにされた死体を埋めるためだ。荼毘に付す余裕も、持ち帰る余裕もない。街の外を長距離移動する職はまともな墓には入れない。グスター商会の者たちもそれは理解していたはずだが、感傷くらいある。


「隊商は補給線の一つだ。ロンブルクは堅牢だが荒れた土地だ、食糧などの補給無しで戦い続けることはできない。奴ら、恐らくそれを狙ってるんだ」


 魔王ライネル。それが、ロンブルクが阻んでいる魔王の名前らしい。数多の魔獣を率いる魔王のようだ。


 あの女は人間に見えた。臭いも人間だったが、そんなことをいったらアルバトスも人間形態の時は人間の臭いをしていた。あの惨劇を、悲鳴を上げる間もなく一人でしでかしたとすれば、かなりの力だ。


 それぞれの商会のリーダー達が、護衛の傭兵パーティのリーダー達が、それぞれ真剣そうな顔で話し合っている。

 僕は焚き火の側に身を横たえ、じっとその話を聞いていた。


「ロンブルクまでは急いでも一週間はかかる。補給線の断絶が目的ならば、間違いなくまた襲ってくるぞ」


「……立ち向かうしかない」


 あの女はどうやらどこの商会にも所属していなかったようだ。だが、この隊商はかなりの人数がいる。見知らぬ人間が一人混じっていたとしても、別の商会の人間だと考えてしまうのが普通だ。

 そして、大規模な隊商を組むというのは、ある程度の安全を確保できるが、同時に足が遅くなるということを意味していた。たとえ積荷を放棄したとしてもロンブルクまで生きてたどり着けるとは思えない。


「護衛に慣れているプロの傭兵が、襲撃に対して声一つ上げられないと言うのは考えにくい。恐らく……奇襲でやられたんだと思う。相手は多くもないけど……多分、一人でもない」


 センリが終焉騎士として、対怪物の専門家として口を開く。唯一、女と打ち合い、且つ傭兵二人の命を救ったセンリの言葉に、皆が耳を傾ける。


 グスター商会を全滅させるのは僕でもできるだろう。だが、正面から打ち合えば合図を出す時間くらいは与えてしまう。

 グスター商会には五人の傭兵がついていた。その実力にもよるが、虚を突いたとして五分といった所か。


 隊商が雇っている護衛は決して弱くはない。

 ただ、人間なだけだ。人間だから、身体能力は大きく劣り、どうしても奇襲を受けると崩れやすくなる。相手が女の姿だったから油断したというのもあるかもしれない。


 言われてみれば、相手が魔王の手勢だとすると、一人だというのは考えにくい。

 何がいるのかわからない巨大な隊商に一人で襲いかかるなんて馬鹿げた行為だ。僕はこういう状況から情報を読み取ることに慣れていないが、センリの言葉には理があった。


 そして、数が多くないというのもわかる。魔王の軍勢は人間のそれと比べて人数が少ないというのもあるし、そもそも大規模な軍を動かせるなら奇襲など掛ける必要がないのだ。


「撃退……できるのか? センリ殿」


 商隊長がセンリを見る。センリは僕を見下ろし、僕は小さく鳴いた。

 協力しよう。散々可愛がられたのだから、それくらいはやるべきだ。僕の鼻ならば遠くから奇襲を察知できる。


 センリは僕の頭を手の平で撫で、真剣な顔で言った。


「バロンの鼻ならば襲撃を察知できる。さっきの女が敵だと気づいたのも、この子」


「……それが本当なら、信じられないくらい優秀な犬だ。猟犬なんかよりも余程役に立つ…………どこで手に入れたんだ?」


「…………餌をあげたら、懐いて、ついてきた」


 僕はセンリが差し出してきた指を遠慮なくぺろぺろ舐めた。

 絶賛である。得意げに尻尾を振る僕を、センリが呆れたように見下ろしている。その冷たい眼差しは僕の人としての尊厳を問いかけているかのようだった。


 センリが続ける。


「それに、私は…………周辺を察知する魔法を使える。バロンと合わせれば奇襲は防げるはず」


 その言葉に、傭兵達が目を見開く。魔導師の表情が訝しげなものに変わる。

 センリの剣の腕前は既に知られている。その上で回復魔法を使えるだけでも凄いのに、探知魔法も使えるとなれば下手な魔導師よりも役に立つ。


 隊長が少し言いづらそうに皆の疑問を代弁した。


「その……センリ殿、貴方は……何者なのだ? 何度も助けられたし、言いづらければ言わなくてもいいが……貴方の能力はただの傭兵とは思えない」


 センリの表情に逡巡が過る。僕達は追われる身だ。なるべく出自は隠すべきだが、既に名前は知られている。父さんに貰った身分証明書は僕のものだけだったからだ。

 視線が集中している。既に注意を引いてしまった。センリは背筋をしっかり伸ばし、淡々と言った。


 その佇まいに卑下している様子は何もない。


「私は……元終焉騎士団の一員だった。今は訳あって一人と一匹で旅をしている。このことは秘密にして欲しい」


 その言葉に、隊長の目が限界まで見開かれる。終焉騎士なんて滅多にお目にかかれる存在ではない。ただの傭兵が吹聴したのならば窘められるような内容だったが、センリには人間離れした雰囲気があった。


 そして、その日から僕達は『元終焉騎士の謎めいた勝利の女神と犬』になった。

 どうやら襲撃を察知できる犬より元終焉騎士の方がインパクトが大きかったらしい。




§




 その日から隊商の形態が変わった。緊急事態だ、もはや商会同士の仲がどうとか、秘密がどうとか、言ってはいられない。

 夜の休憩時間に組む陣は快適さを代償に、より密集したものになり、中心に非戦闘員を集め、その周りを傭兵たちが守る形態になった。


 緊迫した空気に、子どもたちも静かになっていた。僕も静かにした。


 襲撃は毎晩行われた。最初のように女は出てこなかったが、明らかに野性のものではない獣がキャンプを襲い、数人が負傷した。


 今思えば、あの女は隊商の中に紛れ込ませるための要員だったのかもしれない。内部から崩されればこのかなり巨大な隊もあっという間に崩れていただろう。


 回復に、探査に、戦闘に、センリは八面六臂の大活躍だった。

 彼女の探査の力は正のエネルギーを有効活用したものだ。エネルギーの性質を変え、網状に張った微弱な力のワイヤーで動くものを探知する。

 僕の探知は臭いを使ったものだが、センリのそれは臭いを必要としない。僕ほど遠くまではわからないようだが、明らかに上位互換である。僕の立つ瀬がない。そして、探査の力を使われる度に僕の身体は少しムズムズするのもまた悩みどころであった。


 女の臭いはかなり遠かったが、常について回っていた。まだこちらを狙っている証拠だ。

 相手は何を察知して隊商を正確に追っているのだろうか。もしかしたら僕と同じように臭いを使っているのかもしれない。


 そして、五日目の夜。ロンブルクもそろそろ近づいてきた辺りで、隊長は皆を呼び出して言った。


「そろそろ勝負をつける時だ。奴らを全滅させよう。このまま襲撃を受け続ければジリ貧だ。今のところしのげてはいるが、消耗はゼロじゃない」


 その言葉には真実と嘘が混じっていた。消耗はゼロではないが、今の所無視しても問題ないレベルだ。安全を取るのならばこちらから打って出るべきではない。

 だが恐らく、隊長は今後のことも考えているのだろう。


 この隊商はかなり大規模だ。だから、最初の襲撃を受けても立て直せた。もしもあれがグスター商会単体だったら全滅し何もかもが闇に葬られていただろう。

 そして、ロンブルクに荷物を運んでいるのはこの隊商だけではない。


「少なくとも女の形をした魔族は近くにいる間に始末をつけるべきだ。あれを野放しにしておけば間違いなく流通が滞る」


「……あれはかなり手強い」


「だが、センリ殿ならば倒せる。そうだろ?」


 センリの言葉に、ここ数日ですっかりセンリのファンになってしまった様子の隊長が笑みを浮かべる。


 確かに悪くない案に思える。ここ連日襲いかかってきていた魔物は、傭兵だけでもうまく連携することで撃退できていた。

 グスター商会が全滅したとはいえ、まだ隊商には護衛が大勢残っている。


 女は近くにいない。倒すにはこちらから仕掛ける必要があるが、攻勢にセンリを含めた何人も出しても、隊商を守れるだけの数が残っている。馬車を一箇所にまとめたことで少し余裕が出ているのだ。


 隊長が真剣な表情で断言する。


「人型の魔性は少ない。恐らくあの女の魔族はこの襲撃の要だ」


「…………どう思う? バロン」


「きゅーん」


 倒せるのならば……倒すべきだ。もちろん不安はあるが、そんなことを考えていては何も手に入らない。

 相手がこの連日の襲撃で何を目論んでいるのかはわからない。だが、待っていてはジリ貧だという隊長の意見はもっともなものに思える。


 リターンを得るにはリスクを踏む必要がある。僕が――あらゆる手を使い自由を手に入れたように。


 センリは目を閉じてしばらく沈黙していたが、やがて薄紫の瞳で隊長を見た。

 僕達は護衛として雇われた。だからこれは任務の外にあるが、センリの性格ならば協力しないというのはありえない。もちろん、僕だって協力する。


「…………わかった。協力する」


「感謝する。センリ殿」


 そして、僕達の作戦が始まった。

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