第九話:弱点

 まず必要なのは戦力の確認だ。

 僕とホロスと終焉騎士団。三つの勢力の中で最弱なのは間違いなく僕である。


 僕が森の魔獣と戦えていたのはひとえにロードのバックアップあってのものだ。今の僕は実体験と位階変異を経て少しは成長したが、あの頃とそこまで大きく変わってはいない。


 一般的に、戦いを知らない市民が最下級の一種として有名なアンデッド――ゾンビと化した場合、戦闘能力は増すと言われている。


 本来の人間の脳にはリミッターが存在している。


 人間の肉体は全力で力を出すと反動で損傷してしまうらしい。リミッターはそれを防ぐために存在するセーフティであり、この機能のおかげで人間は健やかな日常生活を送れているが、同時に全力というものを基本的に出せないようになっている。

 一方で、アンデッドと化した存在にセーフティは存在せず、痛覚も存在しない。ゾンビと化した人間は肉体が損壊するのも構わず生前とはかけ離れた人外の膂力を発揮し、痛みも感じないため殺すまで止まらない。

 生存を肉体器官に頼っていないため、心臓を刺されて手足がふっとばされても怨念のみで対象に食らいつく。


 僕はゾンビではなく死肉人だったので若干の差異はあるだが、それが生前の貧弱な肉体のまま復活した僕が復活直後に森の魔獣を倒せた理由の一つである。ちなみにもう一つの理由はロードが魔法で足止めや回復を担当してくれていたからだ。あれがなければ戦いに慣れていない僕では高確率で倒れていた。ロードには感謝してもし足りない。


 今の僕は更に屍鬼として、あの頃よりも更に強力な能力を持っているが、そんな僕が終焉騎士団に太刀打ちできるかと言うと、ノーだ。

 一対一では確実に負けるし、恐らく僕が五、六人いたとしても彼らは雑草でも刈るかのように殺すだろう。


 終焉騎士団は厳しい訓練と経験を経た精鋭中の精鋭だ。

 武装は団員によって違うようだが、その誰もが一騎当千で、おまけに彼らは僕のようなアンデッドの対処に慣れている。

 戦闘技術が違う。身体能力が違う。おまけに経験も負けているとなると、僕には万に一つも勝ち目はない。


 彼らは光である。闇の支配者が死霊魔術師ならば、彼らは真逆の存在だ。

 それは、社会的地位が高いとか、そういう意味ではない。


 終焉騎士団は死霊魔術師とは真逆のエネルギーを操るのである。


 詳しくはわからないが、書物によると、この世界には大まかにわけて正のエネルギーと負のエネルギーが存在しているらしい。

 光と闇、生と死とも言い換えられるが、生きとし生けるものは漏れなく正のエネルギーを持って生きている。そして、それがゼロになった時に生き物は死に、永遠にこの世界から別れを告げる。


 一方で、そのルールを覆す魔術が存在する。それが死霊魔術だ。

 その魔術――呪いは、生き物の死体を――負のエネルギーで動くように作り変える。


 今の僕はホロスの魔法によって、負のエネルギーで動く人形となっている。心臓が動いていないのに身体が動くのは、僕という存在の動力源が変わっているからだ。

 心臓の鼓動によって生み出されるという正のエネルギーではなく、生き物が死んだ際に発生する負のエネルギーで動くように変わっている。そして、負のエネルギーは正のエネルギーと違って――自然消耗しない。

 だから、アンデッドに寿命は存在しない。アンデッドと呼ばれる理由だ。


 だが、弱点がないわけではない。僕の肉体は無敵ではない。

 僕の身体が動くのはロードの力によって少しだけ道を外れた状態になっているからだ。肉体が激しく損耗し魂を繋ぎ止めることができなくなれば死ぬだろうし、そして――何らかの理由でエネルギーが『ゼロ』の状態になっても死ぬ。


 ここまでは単純な話だ。

 此処から先は、僕もあまり理解できていない少し複雑な話であり――アンデッドが終焉騎士団に対して圧倒的不利な理由である。


 便宜上、正のエネルギー、負のエネルギーという単語を使っているが、厳密に言えばそれは少し違うらしい。


 『正』はエネルギーだが、『負』はエネルギーではない。負は『状態』らしいのだ。


 終焉騎士団が操るのは(というか、普通の生き物が操るのは)光の力――正のエネルギーである。

 彼らは類稀な武力を誇るが、アンデッドと相対する際、『破壊』ではなく極めて効率的に――『浄化』する。莫大な労力を費やし肉体を破壊するのではなく、光のエネルギーを足すことで僕の状態を負の状態ではなく、ゼロの状態に持っていこうとしてくる。そして、ロードの力によってようやく動くようになった僕の身体はゼロの状態になった瞬間この世界のルールに則り動かなくなる。二度目の死を迎えるというわけだ。


 これが、僕、というよりアンデッドの致命的な弱点だ。


 一方で、僕達アンデッドは彼らに対して同じ手を使えない。負のエネルギーは厳密に言うとエネルギーではない(僕も言っていて混乱してきた)のだから負のエネルギービームなど撃って彼らをゼロにすることはできないのだ。


 世界の大原則に則ったこの弱点をなくすのは不可能だ。


 まともに相対しても勝てないのに、本当に酷い話である。まぁ、もしもその弱点がなかったとしても圧倒的な戦力を誇る彼らに勝てる目などないのだが――閑話休題。


 僕も生前と比べれば強くなった。生前が弱さを極めていたような状態だったので比較するのもおかしいかもしれないが、屍鬼と化した僕は人を越えた膂力、人を越えたタフネス、人を越えた再生能力を持ち、ついでに屍鬼特有の強みとして爪の一部を変形できる力――『尖爪』と、牙を鋭くする力――『鋭牙』を得た。

 アンデッドで言えば二年生である。屍鬼は死肉人と違い、屍を貪らなくては力が出せなくなるが、その膂力はリミッターがかかっていないからなどという理由では言い表せないくらい強力だ。


 一般的なランクとして屍鬼は最下級の傭兵が一人から二人いれば倒せる程度のアンデッドとされているらしいが、僕はもう少し賢いので三、四人くらいいても跳ね除けられる自信がある。


 だが、その程度の実力では英雄候補である終焉騎士団には勝てない。


 今回の事件で一番手っ取り早いのは逃げる事である。僕はロードのように終焉騎士団に恨みなんて持っていないし、戦いたいとも思っていない。だが、それには僕への『特権』を持っているロードが邪魔になる。


 ロードの持つ『特権』は強力だ。そしてそれは実は、僕が今まで邪魔になっていた絶対命令権だけではない。

 絶対的命令権に、大まかな居場所の検知。そして――遠距離から特定の魔法を掛ける権利。


 いくら物理的な距離を稼いでも、僕とロードには魔術的な繋がりがある。それはロードが死なない限りなくならない消えない一種のセーフティであり、これを通してロードは僕に自由に魔法を掛けることができる。つまり、自由に僕をただの死体に戻せるのだ。


 外部から特権を解除することは不可能だ。いや、もしかしたらできるのかも知れないが、僕ではとても無理だ。時間もない。

 逃げるにしても、なんとかして『奇襲』でロードを殺す必要がある。


 正直、ロードと共に終焉騎士団を撃退するか、それともロードを殺して逃げるのか、どちらが難しいのか僕には判断がつかなかった。


 八方塞がりだ。どちらも無理にしか思えないのだが、どちらかを選ばなくてはならない。


§


 そして翌日、その悩みが解決する目処が立たない内に僕はさらなる苦境に立たされた。ロードが敷地内に無数の見張りを放ったのだ。

 音も鳴く忍び寄り、その見聞きした物を余すことなく主に伝える無数の梟である。


 僕は夜間にこっそり外に出ることができなくなった。そしてそれは、屍鬼グールである僕の食欲を満たすものが手に入らない事を意味していた。

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