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 その日の午前中、希濤は病院の検査があるらしく、時間がないようだった。彼女が死ぬまで、あと十八日。

 でも結局、希濤の数値に異常が出て、長引いたらしい。

 会えなかった。


 

 夜、心配で、眠れなかった。

 で、何もすることが分からないから、スマホを見始める。追加している友達の人数は、家族を除いて、二人だけだった、北川と、希濤。

 今の時間は、もう遅い、普通の人間はもうとっくに寝ているだろう。

 僕は、北川にメッセージを入れる。

・生きてる?

 返事が来た。

・死んでる

 向こうから、続けてメールが送られて来た。

・俺さ、なんか眠れん

『僕もだよ』

・外で会わないか?

『えー』

『いいけど』

・ここな

 そう言って近くの公園で、待ち合わせした。

 もう着替えるのも億劫だったから、そのまま、サンダルを履いて、玄関を開ける。後ろから、重く、低い声がした。

「どこに行くんだ」

 アイツがいた。

「ちょっと、コンビニ」

「……」

 何にも言わないので、僕はそのまま無視して、外に出ようとした。何か、変だった、僕の、心にあるものが変わっているような気がした。現実は何も変わっていない、僕が変わったんだ。

 僕は、何かが言いたい、でも、もう絞りきった雑巾のように、何も、言葉が紡げなかった。

 結局、何も言わずに、僕は外に出た。

 夏の夜。

 独特な涼しさが、僕を包み込む。



 北川と待ち合わせした公園。なんか、夜になると恐ろしい化け物が出るようだった、錆びたブランコに体を乗せると「キィ」と、不気味な声が出る。小さい頃はよくここら辺で毎日日が暮れるまで遊んでいたと、母はよく僕に言っていた。小さい頃とは真反対のようだ。

 北川は近くのコンビニに寄ったみたいで、コンビニ袋をぶら下げて、僕に手を振った。

 彼は僕の隣のブランコに座る、同じく「キィ」と錆びた金属部分が擦り合う、気持ち悪い音を出す。

「雷坂さん、大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃない」

 そう聞いて、彼は、沈黙する。

 夜の生温い、微温の風が僕の頬を凪ぎる。木の葉とこすり合って、サラサラした音が流れる。

「俺さ、今度、最後に会いに行こうと思うんだよな、あの、雷坂さんに」

 なんでそんなこと僕に言うんだよ、と思った。でも、それをそのまま彼に言うこともできず、僕はただ「そうか」と言うことしかできなかった。

 あまりにも話す話題がなかったので、僕はとりあえず話せそうなものをかたっぱしから探した。

 何度か話題のキャッチボールをしていたら、いつの間にか、僕はこんな話を投げた。

「コンビニで何買ったんだよ」

「酒」

 そう言って彼はコンビニで売ってる安そうなワイン、そして缶ビールをいくつか取り出した。バレたら退学かな? と言ったりした。

「大丈夫だ、他のものも買っている」

 大量のお菓子と、僕たちの年齢でも飲めそうな飲み物。水。

 北川は「俺は酒から始めるんだよ」と言いながら、買ってきたワインをそのまま開けて、ガブガブと、ワインならぬグレープジュースを飲んでいるようだ。途中まで飲んだら、僕のことを一眼見て「飲むか?」と聞かれた、とりあえず飲んでみる、酸っぱい。

「まずい」

「俺もそう思うよ、なんで大人はこんなものが好きなんだよ」

 確かに、なんでだろう。

「まぁ、大人なんてみんな少し、狂っているからな」

 また飲み始めた。

 僕たちは買ってきた酒を全て飲みきった、記憶が少しおかしくなったみたいで、僕たちは自分が何をしたのかよく分からない、気がついたら、僕は木の上で、寝ていて、北川は公園の砂場に手を埋め込んで寝ていた。

 僕はとりあえず木から降りて、北川の手を砂場から引っ張り出して、彼に水をぶっかける、それでも起きなかったから、僕は家に帰った。

 夜でも朝でもなさそうな時間だった、午前四時少し過ぎた時だった。家に帰って、水を飲めるだけ飲んだ。頭がとにかく痛くて、壊れそうだった。なんか変だ、おかしい、それが分からない。

 僕は、全身、酒臭い。シャワーを三十分浴びた、もしくはそれ以上。歯を何回も磨いた。着替えて、エアコンの効いた部屋の中で、また何も無かったかのように、横になる。そうやって、横になったら意識を深い闇の中にできると思ったけど、意識はどんどん冴えていくばかりで、眠れなかった。

 試しに、希濤に電話してみる、今は迷惑かな、とか、そんな思考ができるような頭じゃ無かった。

 とにかく、無性に希濤に、電話したくなった、声が聞きたい。

 通話ボタンを押して、何回か「トゥルル」と響く。

「どうしたの、音谷くん? こんな時間に」

 出てくれた、向こうも眠れなかったのだろうか。僕の中にいろんな想像が巡る。

「ごめん、急に、なんか僕おかしいんだよ、希濤の声が、聞きたい」

 向こうから何にも答えがもらえない。

「あのさ、今日の面会時間っていつから?」

 時間を少し開けて希濤が答えた。

「今からでも、会えるよ、私が話し通しておくからさ、来てよ、私も会いたい」

 


 


 

 

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Autumn Leaves 雷坂希濤 @kinami0402

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