拾った男の正体

私は井川の本当の記憶が知りたかった。

どんな人物で、何をやっていた人だったのか。更には井川自身への興味が湧いていた。


「ねぇ。井川くんの本当の記憶ってどんなだった?何をしている人だったの?」

「何をしている人か。普通のサラリーマンだよ。つまらない。舞子さんとの今のが楽しいよ」

「じゃあ。その生活を止めて、私とこのまま、暮らさない?」


私は勇気を出して言った。井川は少し黙る。口を開いた。


「それは出来ないよ。舞子さんにはいるんでしょう?」

「ま、まあ、そうだけど」

「今までありがとうございました」


井川は私に頭を下げた。


「いえいえ。こちらこそ、あと、これ少ないけど、今月分の給料」


私は給料を井川に手渡す。井川は受け取る。


「ありがとう」

「さあ。料理も出来たし、食べましょう!」


私と井川はテーブルに着き、二人で作った料理を食べ始めた。

しばらくすると、電話が鳴る。


「ごめん。電話に出るね」


私は電話の子機を取った。


「どうぞ」


私は電話に出た。電話口の男が言う。


「俺だ。ユーリだ」電話口の男は、ユーリだった。

「え?」

「動揺するなよ。舞子。最近、変なこと無いか?」

「変なこと?」


私は驚いた。子機を持ったまま、井川を見る。井川は微笑んだ。


「うんうん。何も」

「なら、いいけど。実は俺を含め、在日ロシア人を調べている奴がいるらしい」


調べている?一体どういうことだろうか。


「多分だが、警察の外事課がいじかだと思う。お前のところに来ていないなら、いい。巻き添えにしてすまない。また連絡する」

「あ。待って」


ユーリは一方的に電話を切った。井川は話しかけてくる。


「今の誰から?」

「……友達から」


私は嘘を着いた。


「そう。食べよう」

「うん」


もしかして、その警察の外事課というのは井川のことだろうか。まさか、そんなことがあるのか。私は不審感が湧く。


「あのさ、友達が外事課がどうとか言っていて」

「外事課?へぇ」

「何かマークされているんだって、何かドラマみたいだね」


井川は少しだけ、動きを止める。何でも無かったように言う。


「ドラマか。現実のほうがドラマより、面白いかもね」


私は井川の手を取る。井川は驚く。


「なに?」

「あなたは一体、誰?何者?」

「何って?ただの記憶喪失者で、一般人だよ」

井川に本の少しだけ、動揺が見えた。


「本当のことを教えて、お願い!」


私は一か八か言った。


「……ごめん。本当のことを言うよ。俺は、警視庁公安部外事一課けいしちょうこうあんぶがいじいっかの者だ」


井川は自分の警察手帳を私に見せてきた。本当だったんだ。私は裏切られた。


「ヒドイ。監視していたの?」

「ああ。そうだ。君は、高井ユーリの恋人だろう?上から君を調べるよう言われていた」

「記憶喪失って言うのも嘘だったのね」


私は震えが止まらなくなった。井川の頬を叩く。

井川は目を反らさずに私を見た。


「ごめん。傷つけるつもりは無かったんだ。だから、それを知らせずに消えようと思った」

「ごめんなさい。今は何も考えられない。一人にしてほしい」


私が言うと、井川は外へ出て行った。


私は一晩中、泣いた。

井川の目的はユーリと私の関係がどういうものか探っていた。

私はその次の日も、海の家を休みにし、引きこもった。

気持ちが落ち着いてくると、私は外に出る。

海の家の玄関に手紙が置いてあった。

私はそれを開ける。井川からのものだった。


****************




山川舞子やまかわまいこ


この度は記憶喪失を装って、ごめんなさい。

任務に就いている間、あなたとの仕事は楽しかったです。

次第にあなたのことを騙しているのが嫌になり、あなたに知られる前に姿を消そうと思っていました。

本当にごめんなさい。

貴女とは普通に出会いたかった。

本当にありがとう。そして、ごめんなさい。

さようなら


井川良改め、川井良二かわいりょうじより

****************




私は涙を流した。けれど、まだ近くに井川がいるような気がした。

「山川さん」

私は頭を上げ、声のするほうを見た。


拾った男の正体(了)




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記憶喪失の男 深月珂冶 @kai_fukaduki

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