万華鏡売り

きし あきら

万華鏡売り

 旅人のあいだで「万華鏡売り」のことが噂になっている。

 それは汚れた布をかぶった背の低い老人で、商品が収まった木箱を背負い、目をつけた旅人と二三日の旅程をともにするという。

 そのうちに親しくなったふりをして、別れぎわには記念にと万華鏡をひとつ渡してくる。

 うっかり覗いてしまえば最後、あらわれる光彩は至上の観覧だけれども、それが一瞬にして目の膜を焼き、目の底を割り、縮んだ瞳孔の奥にめぐる華を育てなければならなくなる。

 またその目玉は本人の死後も美しくあり続けるために、ついには再会した老人に引き抜かれるのだと…。

 居酒屋の相席で、そのようなことを矢継ぎ早に口にする旅人は、だから秘密にしなけりゃならんのだ、おれはもう忘れるのだと言いながら、先ほどから右頬を濡らすおのれの涙が色を持っていることに気が付いていないのだろうか。

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万華鏡売り きし あきら @hypast

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