第9話 投げキャラVSドラゴン『ワンチャンをもぎとる』

 レスラーの規格外の力を恐れた火竜は、自分の攻撃のみが届く間合いを保って、長い尾を振って攻撃してきたのだ。

 お互いの距離は10メートル近く離れている。竜の尾はロザリオマスクに当然届くが、男の平手は何もない空を突くのみである。

 だが、これが功を奏した! 竜の尾がレスラーの横っ腹に叩きつけられる寸前に、平手がピシッと尾の攻撃を食い止めたのだ。ロザリオマスクは笑って言う。


「攻撃判定の強い技を出しておき、相手の技を出がかりで潰し、その行動を制限する! これが、『牽制』だ……!」


 ドラゴンはうろたえた。振り回した尾を平手で打ち返してくる相手など、今まで会ったこともないからだ。ダメージはほぼ受けていないが、気味が悪かった。

 尾を振るのは背を見せることになる。未知数の相手に背を向けるのは危険と火竜は判断し、相対して爪による小刻みな攻撃に移った。ロザリオマスクが言い放ったような、まさしく『牽制』とも言える爪の攻撃。

 ところが今度は、この爪の攻撃を下がってかわし、竜の腕をカウンター気味に蹴っ飛ばすロザリオマスク。


「相手の牽制攻撃を下がってかわしてスキを作り、攻撃の戻りにこちらの攻撃を差す! これが、『差し返し』だ……!」


 ぶつぶつ言いながらロザリオマスクは前に進む。ガードをする様子もない。レバーが後ろに入っていないのだ。

 火竜は唸り声を上げた。この唸りは、蹴り飛ばされた爪の痛みより、理解不能の畏怖がにじり寄ってくることへの反応と言ったほうが近い。

 初めて会った時から今に至るまで、常に火竜のほうが有利な状況にいる。ましてや相手は、焼かれて噛まれてK.O.寸前。負けるはずがないのだ。

 しかし、ことごとく打ち負ける! レスラーは歩きながら、時折しゃがんで空間に手刀を繰り出し、中段を狙って鋭い蹴りミドルキックを入れる。これが『牽制』として竜の攻撃を途中で止め、何か空振ったスキに『差し返し』てくるのだ。

 口をすぼめて火球を一発放ってみれば、レスラーは前方に跳んでかわしている。ジャンプパンチで顔面を強打される火竜。

 ことごとく攻撃を読まれている錯覚に陥り、手を出さず様子を見ていると、男は両手を掲げたままで、祈りの歩みを火竜に向けるのだ。


「プレイング・パワーボム……!」


 レバー一回転+K。ゴーストを合掌に挟み込んだあの歩き投げで、ロザリオマスクは火竜の目前まで堂々歩いてやってきた。

 牽制や差し返しの打撃を恐れて技を出さなくなったところを、近づいて投げる。これは投げキャラの勝利における、常套手段だ。

 とは言えドラゴンもバカではない。ここまでの戦いを見ても分かるように、この火竜は図体の割には慎重だ。とっさに危険を感じて翼をはためかせ、空中へと難を逃れている。

 歩いた先の投げるべき標的が宙へ逃げてしまったため、投げスカリポーズを出して、地上で硬直するロザリオマスク。ただ歩き、手を合わせて祈っただけの格好となった。

 おお、神よ。ここまで火竜に近づいたというのに、空中に相手を逃してしまい、彼は今どんな顔をしているのだろうか?

 天を仰いだ彼の顔は、笑っていた。思った通りに事が運んだからだ。


 自らは一撃も攻撃を喰らえない状況での、牽制や差し返し、火球に合わせてのジャンプ攻撃。

 すべての読みを通しているが、ロザリオマスクは決死であった。ひとつ間違えば敗北確定、その後に待つのはおそらく、K.O.ではなく、死だ。

 それでも威風堂々、焼け野原を歩み続ける必要が彼にはあった。体力的にも能力差的にも、博打に出るしかないと彼は踏んでいた。博打の成功率を上げるのに必要なのは、運か? いいや、胆力だ。

 読みを通すために、不利な戦況を心境でひっくり返すために、必要なのはハートの強さだ。

 このレスラーはドラゴンに対し、心理戦を挑んでいたのである。そしてその第一歩が今、成功したから、笑っているのだ!


「ぬりゃああああっ!」


 飛び上がったドラゴンを追いかけるようにしてレスラーはジャンプし、初戦で「ファイヤー・ドラゴン・バスター」の叫びとともに出てしまったジャンプボディプレスをかまして、浮いたドラゴンを迎撃する。

 今回はコマンド失敗のジャンプ大パンチではない。追い詰められて飛んで逃げた火竜を、地面に突き落とすためのあえてのジャンプ攻撃。

 かくして両者は空中でもつれ合って、地面に落ちる!

 密着状態での地上落下。これは完全なる投げキャラの間合いである。急いで起き上がったドラゴンとロザリオマスクは、互いに最速で次の行動に打って出た。

 ここまで近づいたとなれば、投げキャラの取る行動は、そう。


「クリスチャンラリアット!」


 ロザリオマスクの選択は、

 相手を容易につかめる密着状態にまでもつれ込んだにも関わらず、十字の形でグルグルと回る、打撃必殺技を選択したのである。

 かたや火竜が起き上がりに最速で取った選択は、空中への再度の回避。

 ドラゴンはこう考えた。離れてしまえばどうということはない対戦相手。どうやら地上にいる敵しか投げられない。体力的にもまだまだ自分がリードしている。もう一度距離を取って仕切り直せば、こんなレスラーに負けるはずなど無い。

 その思考と選択は正しかったはずだ。だが、ロザリオマスクに、

 ジャンプ途中のドラゴンの腹に、レスラーの腕と拳がクリーンヒット。クリスチャンラリアットの転倒効果により、もんどりうってドラゴンは、再度地に落ちる。

 吹き飛ばされたその巨体が、ロザリオマスクの投げ間合いから、遠ざかっていく――。


「いかん、いつもの癖で飛びを落としたが、これでは……!!」


* * *


 空中に逃げるドラゴンをボディプレスで叩き落とし、もう一度逃げるドラゴンをラリアットで吹っ飛ばす。これでロザリオマスクは、二度の読み合いに勝った!

 だが、技の選択をミスってしまった。竜の巨体すらも吹っ飛ばすクリスチャンラリアットが災いし、互いの距離が遠ざかってしまう……。

 すぐさま間合いを詰めようにも、ロザリオマスクは横回転がまだ止められず、二~三度余計にグルグルと回っている。

 このままでは、投げキャラにとって致命的な距離が開いてしまう。あと一度だけ投げを通せる距離にドラゴンがいてくれれば、勝てるというのに……!

 ところがその時、奇跡が起こった!


――シガー町長(談)


* * *


 クリスチャンラリアットで両者の距離が離れ、また接近戦に持ち込むまでの危険な読み合いをやり直さなければいけないのかと思われた、その時。

 火竜の体は壁にぶつかって、地に落ちた。焼き払って何もないはずのこの土地で、火竜は壁に当たって、地を這ったのだ。

 いいや、それは壁ではない。

 いつの間にやらドラゴンの背後に、結界に守られたシスター・コインが、震える脚で回り込んでいたのである。第七の遺物による結界にドラゴンはぶつかり、跳ね返されたのだ。


聖貨教せいかきょうが代々受け継ぐ名、ワン・チャンス・コインの名にかけて……! わたしも、ひとつぐらい、お役に……立ちます!」

「よくやった……コイン! ワンチャン、もぎ取ったり!!」


 シスター・コインと言う名の画面端に引っかかったドラゴンは、それ以上吹っ飛ぶことなく、その場に倒れ伏した。

 ロザリオマスクのジャンプがちょうど届く絶好の距離。火竜の起き上がりに合わせて男は飛びかかり、ジャンプ中に二回転コマンドを入力する。

 既に二度空中に逃げて痛い思いをしていたドラゴンは、近づいてくるレスラーを相手に、思わず地上にとどまってしまった。

 いわばこれは二択である。投げキャラが目の前に着地しようとしている。その時、飛んで逃げるか否か。

 ここまでの戦いでロザリオマスクは、「飛んで逃げる」の選択肢を、ドラゴンから排除しようとしていた。限りなく二択が一択になるように。本命である投げ技が確実に通るように。

 そして彼が描いた画図通りに、もっとも重要なこの局面でも、ドラゴンは読み負けた!

 火を吐く巨大な魔物の目前に着地するなり、覆面神父は両手を広げた。

 瞬時、世界が暗転する。男と竜の間に、輝かしき十字の光が解き放たれた。

 これぞロザリオマスクの、超必殺技。

 (近距離時)レバー二回転+Pで、ファイヤー・ドラゴン・バスターだ!!


「ファイヤァアー……!!」


 ファイヤー・ドラゴン・バスターは、捉えた相手を続けざまに投げる技である。第一撃は、ロザリオマスクの通常投げに同じ。プリースト・ドライバーで投げる。

 プリースト・ドライバーとは、巨体の彼が十字のポーズで相手を押しつぶす投げ技だ。

 必殺技のようなスクリュー要素はないものの、150キロオーバーの巨漢がのしかかってくることを思えば、充分な破壊力があることは想像に難くないだろう。

 とは言えそれは、対戦相手が人間サイズであればこそ。ドラゴンの腹につかみかかるロザリオマスク。掛け声は力強いものの、ドラゴンは動かない。

 当然である。火竜のサイズで言うなれば、例えばだ。大型トラックをプロレスラーが押し倒そうとしているようなものなのだ。果たしてそんなことが可能なのか?

 

 ロザリオマスクは異世界に呼び出される前、大型トラックに轢かれそうになったところを、逆につかんで押し倒しているのだ!

 投げキャラの異常な握力と腕力と圧力に、ドラゴンは押し倒される!


「ドラゴン……!!」


 続いて「ドラゴン」の掛け声とともに放たれる第二撃は、プレイング・パワーボムの投げ方に同じ。倒された相手の頭を合掌でつかみ、天高く放り投げる。

 ここで先ほどと同じ疑問がよぎる。

 この火竜のサイズで言うなれば、例えばだ。大型トラックをレスラーが放り投げようとしているようなものなのだ。果たしてそんなことが可能なのか?

 

 ロザリオマスクは異世界に呼び出される前、大型トラックに轢かれそうになったところを、このトラックをつかんで宙へ放り投げているのだ!

 押し倒された状態で、レスラーにその頭をむんずとつかまれ、ドラゴンは無造作に空中に投げ飛ばされた。


「ぬぅうん……!」


 そして、ラスト! 第三撃は空中に放り出された相手を追いかけてジャンプし、その体をつかんでの、超高々度スクリュー・プリースト・ドライバーである。

 押し倒され、放り投げられ、ドラゴンはかつて味わったことのないダメージを受けてはいたが、致命傷には至らない。空中であれば竜のフィールドである。そのまま翼をはためかせて逃げることも可能なはずであった。

 

 これが一連の投げ必殺技の途中だからだ。つかまれてしまえば投げ終わるまで、もう相手は逃げられないのだ。投げキャラの常識の前に、火竜は言い知れぬ敗北感を味わったという。


 気づけばレスラーは、空中の火竜にジャンプで追いついていた。火竜の頭に生えた角を、右手と左手で一本ずつつかむ。

 ロザリオマスクの頭は上、足は下、腕は右、そして左に。上下左右に伸ばされた体は十字の形を正確に描き、火竜の頭をつかんで、離さない。

 グルグルグルグルと横回転で、天を衝かんばかりにともに上昇、上昇、上昇――からの一転、落下!


「バァスタァーーー!!」


 地面にビターン! 火竜の全身ドスゥーン!! 地響きがグラグラァァー!!

 これが、ロザリオマスク最強の超必殺技。ファイヤー・ドラゴン・バスターだ!!

 焼かれた野にはドラゴンとともに、十字の形の落下跡(巨大)が残った。

 火竜は十字の落下跡に身を沈め、そのまま――動かなくなった。


「勝った……!」


 ロザリオマスクは、低くうめいた。投げ落としたドラゴンの上に覆いかぶさるようにして、寝転がる。

 絶命に足るほどの投げを受けたとは言え、なにせ相手はドラゴンである。いつまた起き上がってくるかもしれない。早くここから離れたほうがいいのは間違いないが、力尽きた彼は身動きが取れなかった。

 戦いの終わりを見届け、結界を解いて駆け寄ってくるシスター・コイン。

 激戦と、傷だらけで倒れる目の前の戦士を見て、彼女は言葉ではなく、涙を溢れさせていた。


「よう、シスター・コイン……。信じてよかっただろう? 俺を、君を、神を。そして、プレイヤーを……だ」

「なんという人なのですか、あなたは、あなたは……もう……!」

「俺たちの勝ちだ、コイン。ははははは……」


 流石に限界と見えるロザリオマスクは、力なく笑う。

 そんな二人の前に、忍び歩きの音すら立てず。いつの間にやら姿を現す、まだらの色のローブの魔術師が一人――。


「……!? この気配……! 何者だお前!」


 鋭い視線で魔術師を見やるも、頭からすっぽりとローブをかぶり、その顔は影の内で見えない。

 魔術師が手に持つ杖には魔力が集積し、何かが今、解き放たれようとしていた。

 起き上がれ、ロザリオマスク。異世界転移開幕五番勝負は、まだ終わっていないのだ。

 あらかじめお伝えしよう。このローブの人物、ここから話を更に一転させる、危険人物である。さあ、レバーを回したまえ。

 次回、異世界二回転!!

 対戦者、『謎のまだらのローブ』魔法使い!!

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