第8話 投げキャラVSドラゴン『上下左右』

「うーん……。コマンドミス……ですか?」

「大舞台で緊張してミスが目立つのは仕方のないことだ。インターバルをはさみ、悪い流れを断ち切って、もう一度行こう。レバー二回転は難しいとは言え、次こそは決めてくれるに違いない」


 シスター・コインの胸中には、妙な引っ掛かりがあった。ロザリオマスクとの会話には、わからない単語や概念が、今までにも無数にありはしたのだ。

 だが今回のそれは、より異質である。彼女はそのわだかまりを解消するべく、おずおずと質問を投げかける。


「ここで落ち着く時間を少し取るということで、あれば……。この機会にお伺いしたいことがあるんです、ロザリオマスク」

「ほう? なんだねコイン。俺に答えられることなら答えよう」

「先程からお話に出てくる、コマンドというのは、具体的になんなのでしょうか……?」

「なるほど、良い質問だ」


 教職者として信徒に教え諭すかのように、ロザリオマスクは語ってみせた。


「必殺技は、レバーとボタンの組み合わせで出すことが出来る。スクリュー・プリースト・ドライバーであれば、レバー一回転+Pだ。Pが何の略かは、わかるかね?」

「Pは、プリースト……? あっ、でも、今までの戦いで聞いていた感じだと、違いますね? パンチ……ですか?」

「そう、その通りだ。パンチには小中大の三つの種類があり、ボタンも三つある。同じくキックにも、小中大の三つがある。ゴーストに放った強度の違う足払いは、この小中大のキックを、しゃがみで出したものだ」


 太い指で地面に歪んだ丸を六つ描き、ボタンについてロザリオマスクは説明する。


・パンチ ●●●

・キック ●●●


「通常技はこの、小中大の三つのパンチと、小中大の三つのキックを、使い分ける形で出している。立った状態で出す六種類のパンチ&キック。しゃがんだ状態で出す六種類のパンチ&キック。あとはジャンプ状態で出すものもあるな」

「多彩な技を使い分けているんですね……」

「ゴーストに対しては、しゃがみの小中大キックだけでなく、立ち中パンチやジャンプ大キックも出したが、全て当たらなかった。それで必殺技のクリスチャンラリアットを繰り出したが、それすらも全く当たらないとはな……」

「必殺技というのは、小中大の技ともまた別にあるものなんですね」

「ああ。これらのパンチとキックにレバーを組み合わせれば、スクリュー・プリースト・ドライバーなどの各種必殺技が出る。必殺技も小中大のボタンによって性能が変化することもあってだね。例えばプレイングパワーボムは」

「ま、待ってください。わたしが一番気になっているのは、そうした前提部分の話でして。改めてお伺いしたいのですが、ロザリオマスク」


 神父のコマンド講義を遮るようにして、シスター・コインは疑問の核心に触れた。


「あなたがおっしゃることが事実であるとすれば……レバーとボタンの組み合わせで、コマンドが成立して、あなたは必殺技を出しているということ……ですよね?」

「そうだ! やっとわかってくれたかコイン」

「違うんです、ロザリオマスク……わたしはそれが一番わからないのです。レバーとボタンって、何なのですか……? そのコマンドというのは、何を、どうやっているのでしょう?」


 シスターには、それがどうにも飲み込めなかった。ましてやこの大男は、コマンドについてはまるで他人事のように、「次こそは決めてくれるに違いない」などと言うのである。

 そしてこともなげにロザリオマスクは、「コマンドというのは何をどうやっているのか」という疑問に、こう答えた。


「さあな? 俺も実物を見たことはないからわからんが、プレイヤーがコマンドを入力しているんだろう」


 ロザリオマスクの言っていることは、わからない。

 だが、何がどうわからないのかを、先程から自分が何に引っかかっていたのかを、シスター・コインは質疑応答で導き出すことに成功した。

 ロザリオマスクは、コマンドを入力されて必殺技を出しているという。ならば一体、そのコマンド入力者とは、誰なのか?


「ロザリオマスク……その、プレイヤーとは……? 何者、なのですか……?」

「当然、俺を使っている投げキャラ使いのことだ。おお、そうか? その辺りの常識に既に、互いの行き違いがあるわけだな」

「プレイヤー……? 投げキャラ使い……?? あなたは、誰かに……操られているということですか……?」

「ははははは! 操られているというと聞こえが悪いな。俺を選び、戦っているプレイヤーが、どこかにいるというだけの話さ。プレイヤーがコマンドをミスれば、俺も技が出ない」


 あまりの常識の違いに、コインは絶句する。

 自分が誰かの手によって動かされ、行動の成否をその手に握られていることについて、自覚を持ちながらもこの男は、どこ吹く風と笑っているのである。


「誰かに……。より高次の存在の何者かに、あなたは動かされているんですか……??」

「そういうことになるな。しかし、君も経験したことはないか? 自分自身でもままならぬ行動、運の善し悪しとしか思えない結果、それによって導き出される勝利または敗北。こんなこと、人生では往々にしてよくあることだろう?」

「ロザリオマスク……。あなたがおっしゃっているその存在とは、まさか、それは……。もしや、『神』なのでは……?」

「どうだろう、それも俺にはわからない。だが俺は、プレイヤーを信じている。『神』と同等にね」


 そう言いながらロザリオマスクは、うやうやしく十字を切ってみせる。

 竜に食いちぎられた衣服から、痛々しい胸元が垣間見えていた。


「シスター・コイン。君も俺と同じように、祈りの際にこうして十字を切っているだろう」

「は、はい」

「十字を切る動作。上下左右。この十字の方向は、レバーを表しているのだ」


 地面に描いた六つの丸の横に、十字をひとつ描き加えるロザリオマスク。


† ●●●

  ●●●


「えぇ……?」

「一回転コマンドというのは、正確にはレバーを一回転させる必要はない。上下左右の四方向にレバーが入れば成立する。いいかね? 十字を切れば、相手を投げられるのだ」


 その時だった。ごうと押し寄せる炎で、辺り一面は瞬く間に紅蓮に包まれた!

 視界を覆う炎と、全身を覆う炎。燃え上がる二本の人柱!

 この量の炎である、当然燃えているのは人間だけではない。ちりちりと火を上げつつもまだ形を保っていた茂みの草木も、全てが炭と化し焦土となる。


 何が起きたのかと言えば、ロザリオマスクとシスター・コインが身を隠していた場所に向け、火竜が本日三度目の炎の息ファイヤーブレスを吐きつけたのだ。

 奇妙で異常な戦闘能力を有する男に逃げられたまま、放置するほど、ドラゴンは甘くはなかったということ! 体内に充分な火炎を蓄え、横殴りの大放出にて敵を一掃したのである。

 奴は赤きレッドドラゴン。全て焼き込み粉砕するのだ。

 離れた場所からの突然の攻撃に、ロザリオマスクは覆面のてっぺんから爪先まで燃やし尽くされ、火だるまとなってその地に転がった。

 服を、皮を、血を、肉を、骨を。五回焼かれて悶絶する。

 燃え盛る炎は、レスラーの意識すら一瞬焼いた。


 脳内にフラッシュバックしたのは、炎をかき消さんとクリスチャンラリアットで回る髭の中年、シガー町長の姿だ。火元は横転したトラックであり、そこには彼の運命を変えた、事故によって片脚を失った修道女がうめいている。

 トラックにペイントされた狐のイラストが、黒く焦げていく。アシッドシティでのあの事故がきっかけで、修道女との出会いによって、俺は――。

 そうだ、シスター・コインが危ない!


「コイィイン!!」


 焼き飛びかけた意識を即座に取り戻し、その身の炎を鎮火させてロザリオマスクは起き上がった。昔を思い返している場合ではない、今は異世界での大一番の真っ最中なのだ。

 突然の襲撃に、炎の息ファイヤーブレスをガードすることも出来ずに、今度はモロに食らってしまった。シスター・コインを、守ることが出来なかった。

 燃え盛る視界の中で、自分以外にもう一本火柱が上がったのは見ている。果たして彼女は無事なのか? 竜の息吹で見通しが明るくなった大地を、ぐるりと一回転見渡すと。


「わたしは無事です!」


 心配するレスラーの耳に、聞き覚えのある声が元気良く響く。

 シスター・コインは燃やされることなく、光の柱の中にいた。その胸元には、第七の遺物である銀の『聖貨コイン』が、静かにたゆたっている。


「祈りで生み出していた結界が、急激に力を増して……。恐らく聖遺物がわたしを守ってくれたんだと思います。ですから、無事です!」

「ははははは……良し!」


 ロザリオマスクは笑って結界にチョップを一発軽くかます。

 鈍く響く「ゴィン」という音とともに、立ち小パンチは跳ね返された。


「ガッチガチの壁だな。こうなると相手から距離を取ろうにも、これ以上は下がれない。シスターが俺にとっての画面端になったということか……」

「そんなことより、あなたは無事なのですか……? あなたのことも、この結界が守ってくれればよかったのに……」

「俺かね? 満身創痍だ。もう体力はドットしか残っていない」


 ゴーストに噛まれた傷は一度治してもらったが、その後のドラゴン戦で炎の息ファイヤーブレスをガードして5回の削り、火球の直撃と数回の削り、胸元への噛みつき、そしてつい今しがた全弾直撃の炎の息ファイヤーブレス

 とっくに死んでいておかしくないダメージ蓄積だ。立っているのも不思議なくらいだが、ロザリオマスクは「体力がゼロになるまでは問題なく動ける」と豪語する。


「もっとも、ここまで体力が減ってしまえば、もうこれ以上のダメージを受けることも、必殺技をガードすることも……出来はしないがね。仕方あるまい、戦い方を変えるとしようか」


 シスターに広い背を向けて、男は前に向かう。向かう先にいるのは、飛来し地に降りる猛威。

 火竜であった。


「そんなボロボロの状態で、まだ戦う気ですか……?」

「なあに、これ以上のダメージを俺が喰らわなければいいだけのことだ」

「そんな無茶な……!」

「無茶でもないさ。戦いで俺のゲージも溜まっている。今度こそファイヤー・ドラゴン・バスターで投げ飛ばしてやる! 要はつかんで投げてしまえばいいのだろう?」


 不敵に笑って近づいてくる男に対し、火竜は炎でなく、威嚇の咆哮を浴びせた。しかしロザリオマスクは動じない。

 続けざまに放たれる竜の尾の横薙ぎ。これはガードで体力を削られることもない、通常技の扱いであると、最初に受けた段階で彼にはわかっていた。

 ならばガードで凌ぐか? いいや違う。

 先んじてロザリオマスクは、しゃがんで平手打ちを連打していた。

 ここから彼は、機先を制し、相手を飲む!!

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