第7話 投げキャラVSドラゴン『コマミス』

 戦況は明らかに火竜優位。体力、攻撃力、飛行能力、防御力、圧倒的なリーチの差。人間とドラゴンでは、種族としての性能差が有り余るほどある。

 不利はそれだけではない。ドラゴンが口をすぼめて撃ってくる火の玉が、遠距離攻撃を持たないレスラーに対してあまりに相性が悪すぎるのは、シスター・コインの目にも明らかであった。

 クリスチャンラリアットで飛び道具を抜けたとしても、左右に動いて近づける距離は微々たるもの。むしろ無駄にスキを晒して、長い竜の尾で反撃をもらうのは必至だろう。

 せめてもう一歩、軽やかにステップでも踏み出せれば良いのだが。


 当然のように火竜は更に一発、まるでシャボン玉を作って飛ばすかのように、気軽に火の玉を撃ってくる。気軽にとは言うがそのサイズはシャボン玉どころか、スイカよりも一回りデカい。

 だがしかし臆することなく大男は、はちきれんばかりに筋肉が詰まった神父服の胸元を、でかい平手でバチン! と叩いてみせる。

 これは彼特有の、自信を示すアピールではなかった。


 ロザリオマスクはその時まるで、火の玉にぶつかりに行くかのように、ガードを解いて上半身を全面に押し出していた。

 一歩踏み込んだ体重移動と同時に、両の手のひらで胸元をバチンと、力強く叩いたのである。

 するとその衝撃で、火の玉が掻き消えた!


「ドラミングステップ!!」


* * *


 彼の体格やパワー・レスリングっぷりを指して、「キングコング」だの「ゴリラに育てられた男」だの書きたてるマスコミは、後を絶たなかった。

 そうした噂を逆手に取り、ファンサービスという側面もあって生み出されたのが、この技。ロザリオマスク第四の必殺技である、ドラミングステップだ。

 「俺に任せろ」という周囲へのアピールと、踏み込み攻撃を組み合わせたこの技は、プロレスの舞台ではあまり使うタイミングはなかったのだが、ストリートファイトにて真価を発揮した!

 離れた場所から気功で攻撃してくるやつや、火を噴く大道芸人まがいが、アシッドシティを取り巻く世界中にいるのである。

 スキも大きく、ここぞという場面でしか狙えない奇襲技とはいえ、初見の相手には実に有効だ。

 これで間合いを詰められた時のドラゴンの顔と言ったら、ゴリラに睨まれたカエル同然!


――シガー町長(談)


* * *


 手の内は極力明かさず、決着寸前までとっておくもの。火球に追いつめられたふりをして、ロザリオマスクはこの第四の必殺技を使う機会を、虎視眈々と狙っていた。

 優位に立って余裕を感じ始めたドラゴンの吐いた火の玉を、大男がステップしながらのドラミングで打ち消して、近づいてきたのである。

 そう、それがそれこそが、ドラミングステップ。

 何が起こったのか、火竜には理解し難かった。シスター・コインも同様である。

 だが、この女神官にはわかっていることもある。これはロザリオマスクの逆転の一手であり、そのステップで詰めた間合いが、いかに重要なものであるのか。


 ドラミングで火の玉を消して前方へ移動し、立ちポーズに移行したレスラー。飛び道具で間合いを保っていたのに、ぐっと大男に近づかれたドラゴン。

 懐に入ったと言うには、まだ遠いはず。両者の間には、人一人分以上の距離が未だあった。たとえ長身のレスラーと言えども、手を伸ばして投げ技が届くような距離ではないのだ。

 

 スクリュー・プリースト・ドライバーが届く距離まで、この男はドラミングステップで近づいている。常識的に考えればこの体格差、容易につかめるわけなど無いのだが。ロザリオマスクの常識は違うということを、シスターも既に理解していた!


「くらえ! ファイヤー・ドラゴン・バスター!!」


 覆面神父が叫んだ技名は、今までの戦いでもまだ、聞いたことのないものだった。しかしなんと雄々しく、頼もしく、この場に相応しき技名であろう。

 きっと千載一遇の好機に向けて隠しておいた、奥の手なのではないか。シスターはそう期待の目を向ける。


 あらかじめお伝えしよう、これはロザリオマスクの超必殺技であり、彼のライバルたる伝説の格闘家ホムラ・タツタに対抗するために作られた技である。

 ロザリオマスクが異世界に呼び出される前のことだ。暴力組織バッドビルの崩壊するアジトの中で、対峙していた二人の猛者の姿があった。

 アシッドシティの髭の町長、M・C・シガー! 方や、道着を着込んだ東洋人!

 道着の男の顔つきは影に包まれよくわからぬが、その眼光たるや、達人のものであることは明らかだった。


焔の竜ホムラ・タツタを倒すための技、ファイヤー・ドラゴン・バスターが……。火を噴くときが来たわけだ」

「…………」

「そう睨むのをやめたまえ。火を……貸してはくれないか?」


 差し出す葉巻が灼熱の波動で吹き飛ばされた瞬間、すかさず投げ間合いに入る、シガー町長!

 こうしてファイヤー・ドラゴン・バスターが炸裂し、戦いに決着はついたのだが、それはそれ。この異世界に来る前の戦いの話である。詳細は今語られるべきことではない。

 現在、この場で最も大事なことは、ただひとつ。そうした超必殺技をロザリオマスクが持ち、火竜の目前でその技名を叫んだということだ。

 果たしてどんな投げ技なのか? それがこれからお披露目されるであろう!

 いざ、火竜との激戦、終結の時!


 ところがロザリオマスクは、この異世界においては、どういうことか目前のドラゴンをつかまなかった。

 例の驚異的な跳躍力で、竜の顔に届くようなジャンピングボディプレスをぶちかまし、厚い胸板で竜の背に一撃、わずかにダメージを与えたのみで終わるのである。


「えっ……?」

「なんたることだ、また……! コマンドミス……!」

「えっ。……えっ?」


 シスター・コインの最初の「えっ」は、「どうしてロザリオマスクは投げでなくジャンプ攻撃をしたんだろう」の意味であり、その後の「えっ」は「だからコマンドミスって何?」の意味であった。

 ともあれ、ドラゴンに一撃加えることには成功した。そのダメージは微々たるものだが、炎の息ファイヤーブレスを生身で耐えきり、尻尾の一撃でもノーダメージ、ドラミングで火球を消して間合いを詰め、ボディプレスで飛びかかってドラゴンに一撃加えたのだ。

 火竜は身構えた。この男、只者ではない!


 小刻みに爪を振るって追い払おうとするが、これもレスラーの上下ガードでことごとく防がれてしまう。

 なにせこの大きさのドラゴンが放つ爪である。指の一本が、格闘家の腕一本に相当するようなサイズで切りかかってくるのだから、小刻みも何も、本来なら即死レベルの攻撃だ。

 しかしロザリオマスクは、ガードで無傷で受けてしまうのだ。なぜならこれが通常攻撃だからである。レバーを後ろか斜め後ろに入れれば、体力の減少はない。

 ドラゴンは対処法を考える……。しかし、わからない! 「レバーを後ろか斜め後ろに入れれば、体力の減少はない」なんてやつの対処法が、異世界のドラゴンにわかるはずもないのだ。慎重に爪を繰り出してみる以外に、方法が浮かばなかった。


「ヘイ、シスター!」

「は、はい! なんでしょうロザリオマスク!」


 爪をガードし続ける防戦を強いられて、徐々に火竜との距離を離されているロザリオマスクが、シスター・コインに提案をする。


「まずは一旦この場を離れ、態勢を整えよう」

「へ? え、ええええ!?」


 ドラゴンの攻撃の合間にガードを解き、ささっとロザリオマスクはシスターのそばに近づいて、これをつかむ。さすがの吸い込み間合いであった。

 片腕で娘の体を抱き、そのままぴょんぴょんとジャンプしてドラゴンから離れる姿は、本格的にキングコング風だ。


「えっ、あの? あの?? な、なんで跳んでるんですか……!? あの???」

「ジャンプして移動するほうが歩いて移動するよりも早いからだ!」


 シスター・コインを抱えたまま、ロザリオマスクは燃える茂みの方へと逃げ去っていく。

 火竜はその後姿に忌々しげに火球を放ったが、届く寸前に地に落ちて消えた。


 さて状況を整理しよう。

 火竜に襲われた村があり、そこから一人の神官の娘が、村外れの祠へやってきた。

 二度も火竜の炎に晒され、祠の周辺は焼け野と化してしまった。娘が抜けてきた茂みにぼうぼうと生えていた草木も、今やボウボウと燃え盛っている有様である。

 その只中に、左右に向けてドラミングステップをバチン! と放つ大男が一人。誰だこいつは、もちろんロザリオマスクだ。

 胸を平手ではたいて四方八方へのステップ。何をしているのかというと、消火しているのである。


「……よし。ある程度火は収まった。これで一旦身を隠し、態勢を整えることは出来るだろう」

「いや、あの、それでもあちこちが燃えている中に身を隠すのは、煙なども危険だと思いますので……。わたしも祈りますね……?」


 シスター・コインが十字を切って祈りを捧げると、彼女の周囲に光の結界がゆらりと広がる。

 熱や煙や妖魔など、有害なものからわずかばかりに身を守る障壁だ。聖遺物を収めていた祠に刻まれていたものと同系統の、下位魔法である。


「むっ、息苦しくない! 魔法というやつには相変わらず驚かされる」


 感心するレスラーに対し、シスターは言い返した。


「驚いたのはこちらです、ロザリオマスク。まさかあなたの方から、逃げて態勢を整えようと提案をされるなんて」

「これは逃げているのではないぞ? 一旦落ち着かせた後で、すぐに再戦だ」

「いいえ、いい機会ですから逃げましょう! 火竜から離れた今こそ、逃げるべきです。戦ってお分かりいただけたでしょうが、あなた一人で火竜を倒すのは、さすがに無理です……」

「俺はそうは思わんがな? さっきも勝負を決める間合いにまで入ることは出来た。コマンドミスさえなければ勝てる場面だったぞ」

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