第6話 投げキャラVSドラゴン『ゲージが必要』
荒くれ者どもが熱狂する、地下プロレス会場。
そこには、颯爽と現れた善玉レスラー・ロザリオマスクと、ターバンにサーベルの
生身の体に突き立てられるサーベル、しかしこれをロザリオマスクは悠々ガードし、ノーダメージ!
投げ間合いに踏み込んで、ターバンの男をスクリュー・プリースト・ドライバー。一発逆転、轟沈だ!
こうしてアシッドシティの地下プロレスで活躍するうち、ロザリオマスクは表舞台にもその名を轟かせる人気レスラーとなる。
やがては異種格闘全国行脚という、ストリートファイトすれすれの戦いに身を投じることとなった。
伝説の格闘家、美脚の女戦士、職業軍人、野生児、怪しげな妖術使い、スモウレスラー、など、など、など……。
レスリングを遠く離れた局面で、ロザリオマスクは様々な強者と戦ってきたのだ。
最も近くでその戦いを見てきた俺に言わせれば、彼らも全員、異世界の化け物のような
ドラゴンが相手とて、臆することはない。ロザリオマスクは見知らぬ強者と幾度も戦い、そして投げてきたのだから。
――シガー町長(談)
* * *
翼をバサリとはためかせ、頭上に現れた一匹の火竜。
巨大な体は陽の光を隠し、戦士と神官に影を落とすも、新たな光源を眼下にまざまざと見せつけてもくる。それはたゆたう炎であった。
顎も裂けよと天地に開いた口中より、破滅の音を轟かせ、渦巻く炎が今まさに解き放たれようとしているのだ。
既に一度この地を焼き、聖貨を収めた祠を消し炭と変えたあの、
逃げる間もなければ、立ち向かう間もない。
禍々しい輝きとともにドラゴンの口から放たれたそれは、火球ではなくむしろ火柱。炎の津波と言ったほうがより近い。
この魔物は火炎ではなく、火災を吐いているのだ。
かくして視界一面を、迫り来る火の海で覆い尽くされたロザリオマスク。さあ果たして、これをどう受けるか?
クリスチャンラリアットを出せばこの男、数回転の間は胴体無敵である。頭上からの炎とは言え、胴回りだけでも無傷で済むなら、まずはこれにて一命を取り留めるかもしれない。
では、背後に下がらせたシスター・コインは何とする?
レスラーが抜けた炎は、戦い見守るか弱き乙女を、骨と化すまで焼くだろう。ギャラリーがいたほうが燃えるタイプのレスラーだが、これではギャラリーが燃えてしまう。
ならば、この場に立ってガードだ! と答えを出した時には、ドラゴンの
いいや、だが待て。巨漢のロザリオマスクの全身を包み込むほどの大きさで、炎は迫ってきている。足元だって焼かれるのは明白だ。もしや下段にも攻撃判定があったらどうする? ならばここはしゃがみガードだ!
いいや、待て待て。ドラゴンは空中から炎を撃っている。ジャンプ攻撃がしゃがみガードで防げないのは、彼の世界の常識だ。ゴーストのジャンプ攻撃もそうして防いでみせたではないか。だったらやはり立ちガードするべきなのか?
そもそも、第一だ。これほどの炎をガードできるのか?
炎の壁は常識で考えて、ガードで防げるような代物ではない。
「だが、ガードだ!!」
両手を眼前でクロスし、シスター・コインをかばうような形で、ロザリオマスクは
立ったりしゃがんだりガードポーズをしたり解いたり。その行動と瞬時の判断は、一秒間を六十分割した時間内の、とっさの対応。
やがて炎が、周囲をすべて焼き尽くす――。
「……えっ……? 無事……なの、わたし……?」
シスター・コインがゆっくりと目を開けると、ドラゴンが炎を吐ききったその後には、改めて燃やし尽くされた一面の焼け野原。
なのに傷一つ受けていない自分の姿。
そして、彼女の前にガードポーズで立ち続ける、黒衣の巨漢!
「ロザリオマスク!」
「怪我はないかね……シスター・コイン」
「わたしは平気ですが、あなたは全身真っ黒じゃないですか……! 無事、ですか……?」
「おう! 元より神父の服は黒いものだ!」
衣服の
「どうなることかと思ったが、経験値が物を言ったな。対戦経験が豊富であると、攻撃モーションなどでその攻撃がガードできるか否か、上ガードなのか下ガードなのか、だいたいわかるものなのだ」
「でも、完全に無傷というわけでは、無いようですね……」
ロザリオマスクの拳に浮かんだ火ぶくれを見て、シスターは心配そうに言う。
「ああ。やはりこの炎は必殺技のようだな。ガードの上からでも体力を削ってくる。しかも5回もだ!」
「回数がどれほど重要なのかは、わたしにはわかりませんが……。そもそも炎をガードで無効化って、あらためてとんでもないですね……」
「はっはっは。こちとら地獄の業火なんぞ、インドの妖術使いで経験済みだからな。そして、重要な事がひとつ!」
いまだ彼らの頭上で羽ばたいているドラゴンに指を向け、レスラーは高々と宣言をしてみせる。
「我々が悠長に話している間も、次の炎を撃たず、こちらの様子をうかがっている。光とともに放たれる、5回ガードの極大炎撃。これはつまり、ゲージが必要な超必殺技と見た!」
「ゲージ……? ドラゴンにそんな特性ありましたっけ……」
首を傾げながらシスター・コインは、ゴーストの詳細を調べたときのあの書物をまた開き、ドラゴンについて探り始めた。
「
そんなシスターに対してロザリオマスクは、読者諸氏も予想外のことを言う!
「シスター・コイン。メイスを貸してくれ」
「えっ?」
「君はメイスを持っていると言っていたな。貸してくれ」
「あ、は、はい! どうぞお使いください!」
非力な女性が振るうための小振りなメイスは、この世界の戦士が通常扱うものに比べて、一回りも二回りも小さい。
ロザリオマスクがそれを片手に握ると、戦闘用の鈍器というよりは日曜大工のハンマーのようでもあり、凶器攻撃用の隠し武器にも見える。
そんなメイスを、覆面レスラーは自らの口元に持っていく。
「おいコラ、ドラゴン!! お前やる気あるのか! 何をいつまでも空高く飛んでんだ! ああ!? これじゃこっちの攻撃が届かんだろうが!!」
ドラゴンに向かっての抗議をメイスを通して行う、メイスパフォーマンスの開始であった。
「こちとらペットショップ見物に来てんじゃねんだぞ! 降りてこい!! 投げられるのが怖いのかコラ!! 炎の大地をお前の血で染めてやろうか!?」
「あの、ロザリオマスク? そのメイスは祝福されているので特別なメイスではありますが、声を大きくするような効果はなくってですね」
「わかっている! だがこうしたほうが、なんだかしっくり来るのだ!」
――するとそれは、風を巻き上げながらゆっくりと降下した。
挑発が功を奏したのか、単なる気まぐれなのか、それとも別に理由があったのかは、わからない。
ただひとつ確実に言えることは、大きすぎる。
頭上にとどまっていた時にはまだ、その大きさが実感としてはわかりにくかったが、目の前に降りてきたとなると。
ヒグマでも足りない。ゾウでも及ばない。現代世界では地上にこれほどの大きさの生物はいない。
海中になら近いサイズの生き物もいるだろう。この大きさでは、浮力がなくては生存が困難だからだ。
だが目の前の化け物はその大きさで空を飛び、火を噴く。それが
とても人間ごときが、ましてやたった一人で、武器も持たずに戦うような相手ではないのである。
戦慄する二人の前で、火竜は咆哮を上げて尻尾を振り回し、目前の男と女を薙ぎ払おうとする。
ちりちりと燃え上がる野原を根こそぎさらいながら、横殴りに襲い来る
だがこれをロザリオマスクは、ただの立ちガードで防いで見せる! 高らかに響き渡るガード音!
「炎と違って、こっちは通常技だな。俺の体力が削られていない。立ち大キックと言ったところか?」
必殺技はガードをすれば削りダメージを受けるが、通常技はガードしてもノーダメージ。
脅威の理屈でドラゴンの尾の一撃を受け止めて、ロザリオマスクはジャンプに移行。ドロップキックで飛びかかるさまを、固唾を呑んで見守るシスター。
それに対して火竜は、尻尾を振って背を向けた状態のままで、首をぐいと伸ばして迎撃する。
なにせ、生物としてのあらゆるリーチが十倍近く違うのだ。振り向いて顔を向けるだけで、どこからでも攻撃が届いてしまうのである。
飛びかかったロザリオマスクを、下から突き上げるような噛みつきで落とすドラゴン! さながら昇り龍の如し!
「ぐおわっ!」
胸元を食いちぎられて地に落ちるロザリオマスク。どうやら奪われたのは大半が衣服ではあるが、こちらは当然無傷とはいかず、胸からだくだくと血を流している。
休む間もなく、今度はレスラーの起き上がりに火の玉が飛んでくる! 火竜が口をすぼめて吐いたのは、この地を焼いた業火とは違い、砲弾のような鋭い火球であった。
とっさに全身で十字を描いて、クリスチャンラリアットの姿勢を取るロザリオマスク。だが、火球を前にして繰り出されたのは、一発のストレートパンチであった。
パンチで炎が消せるはずもなく、胴体無敵もあるわけがなく、ロザリオマスクは火球を食らって燃え上がる。
「くそっ、コマンドミスだ……!! 同時押しは案外と難しいからな……」
「火を! 急いで火を消してください!」
心配するシスター・コインの声を受けながら、ロザリオマスクは地面にゴロゴロと転がって、その身の炎を鎮火する。
「コマンドミス」なる理解不能の言葉を口にしているのは、ダメージで意識が混濁しているのか、それとも?
真実を突き止める時間は、今はない。火を消して起き上がるレスラーに対し、竜の火球が再び放たれたのだ。
とりあえずガードで数発しのぐが、衣服をかじられてあらわになった肌は、これを防ぐたびに火傷が増えていく。ガードの上からゴリゴリと体力を削られているのだ。
「この火球はゲージを使わないほうの必殺技ということか……。超必殺技だけでなく、飛び道具も対空技も、どっちも揃えてるとはやりやがるなこのドラゴンめ。まさしくあの超必殺技を食らわせるのに、ふさわしい相手と言える……!」
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