第5話 投げキャラVSゴースト『発生何フレームだ』
「ゴーストは、現世と幽界の狭間に漂うモンスターです。実体と言えるものが別世界に存在するために、通常の攻撃は当たらず、地面や肉体をすり抜けてくるんです」
「ほう……。軸ずらしで攻撃をかわしているのか? アシッドシティで暴力組織とやりあった時に、軸ずらしにはお世話になったものだが」
「ご理解が早くて助かります!」
「いや、あまり理解していない気がするが……まあ良い! それで、別の世界にいて攻撃がすり抜けるなら、どうしてゴーストの攻撃の方は俺に当たるんだ? さっきから一方的に噛みつかれっぱなしだぞ!」
「それはゴーストが攻撃の際に、体の一部を現世に実体化させているからですね」
「なるほど、良いことを聞いた」
歪んだ歯並びが透けた体でもよくわかるほど、ゴーストはその口を大きく開き、ロザリオマスクの首元にかぶりつこうとする。
その瞬間を捉えるようにして両手を振りかぶり、ゴーストの体につかみかかるレスラー。待ちに待った抱擁がなされるかに思えたが、残念ながらその両手は空を切り、ゴーストの歯型が肩口に残されただけだった。
「ぐあっ……! ええい、当然のように噛みつきやがって。リング上なら反則だぞ亡霊め!」
「実体化した瞬間をつかもうとしたんですか!? 無茶です、本当に一瞬しかゴーストは実体化しないので、通常の攻撃では触れることすら出来ません!」
「くそう! 発生を見てからつかむのが不可能なのは間違いなさそうだが……。一瞬って何フレームだ! まったく!」
「フレーム……? そ、その呪文のような言葉の意味はわかりませんが、呪文や魔法はゴーストに有効ですよ? あっ、わたしの持っているメイスは祝福されたものなので、これならゴーストにも当たるはずです、使ってください!」
「祝福されたメイスなら攻撃が当たる……? ははははははは! そうか、それならば良し! 凶器攻撃に走るほど俺は落ちぶれていないぞ、シスター・コイン!」
ロザリオマスクは高らかに笑った後、神妙な顔にて両手を掲げた。懲りもせずにまた、ゴーストの幽体をつかもうというのか?
ところがである。覆面レスラーはそうして両手を頭上に挙げたまま、戦いを諦めたがごとく、ゴーストに向けてすたすたと歩み寄って行ったのだ。
無抵抗のその歩みから、両手を合わせて天を仰ぐさまは、まさしく神に捧げる祈りのポーズ。
そう、忘れてはならない。この覆面レスラーは神父でもあるのだ。必殺技名にも冠しているように、プリーストなのである。
「そういうことですか、ロザリオマスク……! 未熟なわたしにはまだ叶わぬ祈りですが、司祭様である、あなたであれば! 祈りによるターンアンデッドも出来るだなんて、すご」
「アァァーメエーーーン!!」
ロザリオマスクは異世界にて、第三の必殺技を披露した。
両手を掲げて無防備に数歩進んだ後に、祈りを捧げる両の手のひらを強く重ね合わせる。いわば合掌である。
その合掌の手のひらに挟まれてしまった、ゴーストの、顔! 大男の手に左右から
今まであらゆる打撃も投げも無効化してきたにもかかわらず、この合掌はすり抜けることが出来ない!
覆面神父の神々しい祈りに、亡霊は首根っこをつかまれたのだ!
* * *
レバー一回転+Kで放たれる技、プレイング・パワーボム。
俗に歩き投げと呼ばれるこの技は、コマンド成立と同時に祈りの動作で一定距離を歩き、その途中に相手がいれば祈りに巻き込み頭を両手でつかまえる、覆面神父ならではの必殺技なのだ。
そう、
――シガー町長(談)
* * *
「現世に実体化していない部分には、投げられ判定がない? だが祝福されている武器ならば、効果があるだって? ということは、俺が祈りのために重ね合わせる両手であればどうだ! やはり、つかめるじゃあないか!」
神に仕えるものが持つ祈りの力を存分に発揮し、ゴーストの顔面を合掌の中心にとらえたロザリオマスク。
そのままぶわっと前方に飛び上がり、地面に向けて祈りの両手を振り下ろす。さながらアメフトのタッチダウンのようであったが、重要なのは彼が持っているのがボールではなく、ゴーストの頭部だということだ。
スクリュー・プリースト・ドライバーに比べれば、頭をつかんで飛び上がって叩きつけるだけのこの技は、ダメージでは劣る。しかし、ゴーストの貧弱ボディが、巨漢レスラーの本気の投げに一発でも、耐えられるかと言うと……?
答えはNOだ。
地面にビターン! ゴーストの歯がボロボローッ!!
幽体なのに生身の男にその首をひっつかまれたゴーストは、わけも分からぬままに強引に土へと還される。
神父の祈りの手の中で、ゴーストの顔はひしゃげ、死後も元気に噛み付いていた歯は全て抜け落ちた。
半透明だった姿がひときわ青白く光り、浄化されたかのようにかき消えていく。
「この技にこんな特性があるとは、こちらの世界に来るまで俺も知らなかったぞ。プレイング・パワーボムは、光属性の投げ技だったのだな」
「見た目は光属性と言うより、物理攻撃っぽかったですけどね……」
「なあに、投げられたのならばそれに越したことはない!」
シスター・コインを振り返って、笑ってみせるロザリオマスク。ゴーストに噛まれた頭からは出血が続き、マスクの中の顔を濡らしていた。
「いけません、ロザリオマスク。血が……!」
「うん? まあこの程度、いまさら痛くも痒くもないさ」
「出血を止める程度であれば、わたしの祈りでもなんとかなります。動かないでください……」
さっと近寄って背伸びをし、レスラーの額に手をかざして、祈りを捧げるシスター。
巨漢の神父も軽くかがんで傷跡を近づけると、淡い光が二人の間に生まれだす。
「おお、シスター・コイン! これは回復魔法というやつか? 傷がふさがっていく! 俺の無骨な祈りとは大違いだな……
「もう……ここまでにもっと驚くことがいっぱいあったはずですよ? わたし程度の回復魔法で、驚かないでください」
「この世界では、常識――か?」
「ふふっ。そうですね」
戦いの緊張から解き放たれ、シスター・コインも思わず笑みがこぼれてしまう。
「君も一度、その常識を俺に向かって勝ち誇ってみたらどうだ。やってみると楽しいものだぞ」
「わたしがですか?」
「このプロレスラーが、真正面から受けて立とう!」
「ええと、じゃあ……。やれやれ、この程度のことはこの世界では常識なんだがなー」
「なんだって! この回復魔法がか? すごい!!」
「……確かに、ちょっと楽しいですね。でも、そんなにわざとらしく驚かないでください。今は安静にですよ、回復中なんですから」
シスターにそう制されて、覆面神父は
「そうだな。いつまた次の敵が現れるかも知れん。回復は出来るときに万全にしておかないとな」
「ロザリオマスク、まずですね。次の敵が出てきても戦わないでください。わたしは何度も、一旦この場を離れて態勢を整えようと」
その時だった。
二人の顔に、一瞬にして暗い影がのしかかった。これは比喩ではない。
晴れ渡った空を覆うかの如き、巨獣の飛来がそのときあったのだ。
耳に届いた羽音から想定される、最悪の事態を胸の奥で打ち消しながら。娘は空を見上げた。
そして絶望する。
そこには、宙を舞う火竜の姿があったのだから。
「嘘……でしょう……? 祠を壊して飛び去った、火竜が……。戻って……きたの……?」
「なるほど……。次の対戦相手が現れたわけだ? 恩に着るぞシスター・コイン。おかげで連戦の前に出血は止まった」
今度はシスターは、絶望とは違う意味合いでの「信じられない」という表情を、ロザリオマスクのほうに向けた。
上空で口を開く火竜に対して、このレスラーはなんと、ファイティングポーズを取り始めたのである。
「待ってください。嘘……でしょう……? あなたはまさか、ここで火竜と戦う気ですか……?」
「勿論だ」
「絶対に、ダメです……!! いかに実力者であろうとも、戦士一人で戦うようなモンスターではありません! この世界でも最も強大なモンスター、火竜ハヴザンドですよ?」
ロザリオマスクは、太い人差し指を一本立てて、「チッチッチッチッ」と舌を打ちながら横に揺らしてみせた。
「野良でこうして強者とまみえることは、よくあることだ。対戦機会を避けていては、いつまでたっても勝てやしない。それに俺は、こいつを倒すために呼び出されたんだろう?」
「しかし、それにしても戦うための準備が何も……! ロザリオマスク、あなたは確かにお強いですが、自信過剰すぎますよ!」
「強い? 俺がか? ははははははははは! そう見えるか! そういう風に思われているうちに勝ちをもぎ取るというのも、俺のようなキャラのひとつの戦略だからな……」
シスターを後ろに下がらせ、ロザリオマスクは自らを鼓舞する声を上げた。
勝利をその手に、つかみ取るために。
「到底勝つことが不可能な相手なのであれば。そしてどうしても勝ちたい相手なのであれば! 最初の一戦が最大のチャンスとも言えよう。この世界に俺が対策される前に、勝つ!」
叫びに呼応するようにして、ドラゴンの口から炎が解き放たれる。
次回、異世界二回転!!
対戦者、『火竜』ファイヤー・ドラゴン!!
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