第4話 投げキャラVSゴースト『ボタンチェック』

 シスター・コインが旅立った村には、聖貨教せいかきょうの小さな神殿がある。

 神殿の内外には、円を基調とした鏡やタペストリー、聖水入りの瓶に浸された貨幣などが並べられている。そしてそこには、シスター・コインの祖父もいた。

 今その場にいるのは、老いた祖父だけではない。それ以外にも、見知らぬ三者。

 そのうちの一人である、ピンクの髪の女騎士は、失意の声を老人に向けていた。


「第七の遺物は……この村にはない、ということですね……」

「ああ。我が孫娘である、聖貨教せいかきょうの神官に取りに向かわせている。だが時を同じくして、火竜の飛び交う姿を見たものもいるようだ……。一体どこから沸いたのか、魔物共も祠に押し寄せている。ともすればもう、間に合わなかったのかもしれん……」

「くっ……! あんな奴らに……!」


 女騎士は自らのロングスカートをぎゅっと握り、悔しさを押し殺した。

 端正な顔には、あまり感情の変化は見られない。表情と行動とセリフの間には、いささか不自然な溝が感じられた。

 彼女の傍らには、全身を金属鎧に包んだ護衛と、執事らしき中年男が並んでいる。


「討伐に……向かおう」

「お待ち下さい、お嬢様」


 剣を携えて意気揚々と祠に向かおうとした女騎士を、執事が口頭で制する。


「焦って動くのは、お止めになったほうがよろしいかと。主に考えられる、ふたつの理由によってです」

「ふたつの理由……? 言ってみろ」


 女騎士が鋭い目つきで促すと、執事は静かに指を一本立て、「まず、ひとつ」と語ってみせた。


「聖遺物はそう簡単に壊れるようなものではありません。たとえ火竜の襲撃を受けたとしても、傷ひとつ付くことはないでしょう。また、財宝を溜め込む性質のある竜とは言え、あの巨体ではコイン一枚を持ち帰ることは容易ではない。ましてや魔物がそこかしこに蔓延はびこっていると聞きます。急ぐ必要が今ないのであれば、まずは様子を見るほうが賢明かと」

「あわわ」


 中年執事の声には、年相応以上の落ち着きがある。その抑揚に、静かな説得力をたたえていた。

 説得力のあるセリフをいっぺんに叩きつけられたことで、女騎士は表情を変えぬままに変な反応を返していたが、その場の全員が、一旦なんかスルーした。


「……ふたつ目は?」

「我々は祠の場所を知りません。お嬢様、どちらに向かわれるおつもりで?」

「あわわ……」


 しまったという様子で、女騎士は自らのロングスカートをまた、ぎゅっと握った。表情に変化はほとんどない。でもまた、「あわわ」って言った。

 そこに全身鎧の護衛も口を挟む。


「それにまあ、この辺でそろそろ休みたいしなぁ……。疲れた体で火竜の相手はゴメンだぞ。これで票数は二対一だが、どうするよ? お嬢様?」

「しかし……聖貨教せいかきょうの神官が、今まさに危険にさらされているかもしれないの、だから……!」


 女騎士が両手を握りこぶしにして、新たな理由を思いついたとばかりに、反論を始める。ジェスチャーは大振りだったが、顔つきは相変わらず、美しく整ったままだった。

 中年執事は女騎士の反論に対し、「たしかにそれは心配ではありますが」と前置きをした上で、説得の言葉を付け足す。


「実はお話していなかった、みっつ目の理由もありましてね。これは多分に憶測なのですが」

「……なんだ、言ってみろ」

「お嬢様。我々が赴かずとも魔物退治は現在、着々と進行している可能性があります」

「どうして……そんなことが言える」

「見えたのですよ、彼方の丘に十字の光が。異世界からの戦士が、既に来ているのかもしれません」


 かくして火竜の息で燃やし尽くされ、煙もまだ冷めやらぬ、焼け野にて。

 死屍累々に転がるは、倒され尽くした小鬼の群れ。首魁の大鬼も一匹ゴロリと転がっている。

 投げ飛ばされた彼らモンスターの落下地点には、十字の形の跡がふたつみっつ。

 その十字の跡から地面をすり抜け現れる、半透明の霧のような細き腕。地に並ぶ十字、蠢く亡霊。まるでこの地が、墓場にでもなったかのようだ。

 そしてその亡霊の目の前で、渾身のストレートパンチを空中に向かってぶんぶん振り回している巨漢レスラー(覆面)。

 なんだこいつは! そう、ロザリオマスクだ!


「ロザリオマスク、何をしているのですか……?」

「見てわからないか、シスター・コイン。俺はな、こいつを投げているんだ!」

「投げている……?」

「コマンドなどの知識が君にはないようだから、わかりやすく基本を教えてあげよう。つまり、相手の近くでレバー横+大Pをしているのだ」

「ええと、はい……?」


 わからないなりに、ロザリオマスクの言葉から知ってる単語を寄せ集め、理解しようとするものの、『相手の近くで』『レバー横』『+大P』。全部わからないのでシスター・コインは脳細胞をフル回転させた。

 頭の中で、十字の形でぐるぐる回る覆面レスラーが浮かんでは消える。結局何もわからないまま、ロザリオマスクが話を続けた。


「俺の通常投げは、十字に相手を固めて浴びせ倒しをする、プリースト・ドライバー。この幽霊に対して先程からそれを試みているが、パンチを空振りするだけで投げが全く出ない」

「た、確かに……。パンチを空振りするだけで投げが全く出ていませんね!」


 自分の理解が多少おっつく話になったので、コインは少し表情が明るくなった。

 そんな彼女を背にして戦うロザリオマスクには、表情の変化がわかるはずもなく、この男は奇妙な行動を更に繰り返す。

 今度は何もない空間に両手を振りかぶり、何もない空間をかき抱いた。もちろん、何も起こらない。

 空間をつかみ損ねた覆面レスラーが、そこにいるだけである。

 シスターはまた「えっわからない」という顔になりつつある。


「明らかに投げ間合いに踏み込んでいるにも関わらず、プリースト・ドライバーが成立するどころか、必殺技のスクリュー・プリースト・ドライバーを入力しても投げスカリポーズが出るだけだ!」

「投げスカリポーズ?」

「なるほど、これは……わかったぞシスター・コイン。このモンスターは、投げられ判定がない」

「投げられ判定……?」


 言葉そのものは通じているものの、異世界同士の未知の概念がコミュニケーションを阻害し、「通訳ほしい」とシスター・コインは一瞬思った。

 一応ロザリオマスクの説明は続くが、相変わらず彼女には言っている意味がよくわからない。

 あらかじめお伝えしよう。これを読んでいるあなたもロザリオマスクの常識がよくわからず、意味が理解しにくいかもしれないが、シスター・コインと同じ気持ちで、戸惑う彼女の味方になったつもりで、読んであげてほしい!


「相手に投げられ判定があるのであれば、間合いに入ればつかめるし、先程のオーガのように体格差があっても投げ飛ばせる……。それがゴブリンやオーガと戦ってわかったことだ。俺のいた世界と、これは変わらぬルールだった。だがこのゴーストは、投げられ判定自体がない。これではボーナスステージの車同然だ」

「話がところどころ理解できないのですが、ロザリオマスク。つまり……?」

「こいつは投げたりつかんだりが、一切出来ないということだ」

「やっぱりつかめないんじゃないですか! それって大ピンチじゃないですか……?」

「空振っていたのは大パンチだがな、ははははは!」


 気持ちよく笑っているが、笑い事ではない。ロザリオマスクの最大の持ち味である投げの通用しない敵が、地面をすり抜け現れて、レスラーの腹の肉に噛み付いてくるのだ!

 先ほど話の腰を折ったこの攻撃を、とっさにガードするロザリオマスク。続いてゴーストは半透明の体で地面に埋まり、顔だけを地上に出した状態で、ロザリオマスクの足元に噛み付いてくる。

 すると今度はしゃがんで足元のガードを固め、この噛みつきもノーダメージでレスラーは耐えてみせる。


「うむ、しゃがみガードで下段攻撃の対処も可能だな。しゃがみガードはレバー斜め後ろだ、簡単だろう、シスター?」


 戦闘しつつロザリオマスクは軽くレクチャーを入れてくれているようなのだが、専門知識が全体にわからないシスター・コインは、なんとなく微妙な笑顔しか浮かべられなかった。

 心持ちとしては、「しゃがみガードっていうのもあるんだ……ふうん……」ぐらいである。


「そしてこれが先ほどから繰り返している、立ちガード! レバー後ろで相手の中段攻撃、上段攻撃を無効化出来る! 例えばこういうジャンプ攻撃には、立ちガードが有効だ」


 言いながらロザリオマスクは、上空に浮かびガチンと頭に噛みつくゴーストを、またまた両手クロスの立ちガードで防いで見せる。

 ゴーストはゴーストで、噛みつきを防がれた後はロザリオマスクの体をするりと抜けて地面に沈み、まるで水面から顔を出すようにして、ふくらはぎに噛み付こうとする。もちろんこれも、しゃがみガードに移行して防ぎ切ったレスラー!


「飛んだり潜ったりすり抜けたり、忙しいやつだな。生前の職業はシンクロナイズドスイマーかね? おかげで立ちガードとしゃがみガードの良いレクチャーにはなったが……」

「あっ、やっぱりレクチャーだったんですね」

「シスター・コイン。君に教えながら俺自身も、この世界で自分の動きがどこまで通用するのかを学んでいる。勝ちたければキャラとガードぐらいは憶えたほうが良いぞ! では続いて、ボタンチェックと行こう!」


 足元から顔を出すゴーストに、スピードを変えた足払いを、ロザリオマスクは何度か繰り出した。しかしこれもゴーストの体を、全てすり抜けてしまう。

 意に介さぬままにぬるっと浮かび上がる半透明の人影に、今度は立ち上がってのチョップのなぎ払い。ところが、これもすり抜ける!

 ふわりとレスラーの頭上に浮かんだゴーストを、逃してなるかとジャンプして追いかけ、ドロップキック。だが、またもやロザリオマスクの攻撃は、亡霊の土手っ腹をすり抜けるだけで当たらないのだった。


「小足、中足、大足、立ち中パンチ、ジャンプ大キック、全部当たらん!! 投げも通じないんだぞ? なんだこいつは! チートか!!」


 苛立ち混じりにクリスチャンラリアットでぐるぐる十字に回ってみせると、お得意の必殺技のこれであれば、ようやくゴーストに、当たるかと思えば? やっぱり当たらないのだ!

 技の終わり際に頭をガブリと噛みつかれ、マスク越しに血が滴ってくる。


「俺の攻撃は当たらないのに、どうしてゴーストの攻撃は俺に当たるんだ!? やられ判定のおばけめ……!」

「聞いてください、ロザリオマスク。異世界のモンスターに詳しくないであろうあなたに、わたしからお教えします!」


 シスター・コインは荷物の中から書物を取り出してページをめくり、ゴーストに関する記述を探していた。該当ページを発見し、ロザリオマスクに口述する。

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