第3話 投げキャラVSオーガ『無敵時間』
足元に砂埃を巻き上げつつ、ロザリオマスクは回る回る!
鍛え上げられた丸太の如き腕が、寄らば折るぞと言わんばかりにグルリと振り回され、さながら大男メリー・ゴー・ラウンドである。
この腕の破壊力であればオーガの投げ槍も、はたき落とすことが出来るのかもしれない。
傍らのシスターが期待の目を向け、オーガが不安を感じた次の瞬間、彼らの想像を上回る異常事態が発生したのであった。
明らかにロザリオマスクの腕や胴に当たり、刺し貫いたと思われたオーガの投げ槍が、巨漢レスラーの身体をすり抜けて背後に飛んで行ったのである。
十字の形の両腕ラリアットの、回転を終えたロザリオマスク。彼をすり抜けて後方で地面に刺さった、オーガの投げ槍。
これは一体どういうことであろうか。どんな
「この世界でも俺の技は、変わらず通用するようだな……。となればこの程度の飛び道具、恐るるに足らず!」
「槍を叩き落とすでもなく、ましてや触れることもなく、すり抜けましたが……??」
「そう、これが俺の第二の必殺技、クリスチャンラリアットだ」
「クリスチャンラリアット?」
「クリスチャンラリアットは回転中に胴の部分に無敵時間があるため、飛び道具をすり抜けてかわすことが可能!」
「無敵時間……???」
「しかもそれだけではない。俺は独自にこの技の研鑽を重ねてバージョン・アップしたことにより、回転中に少しずつ左右に移動も出来るのだ!」
「無敵……時間……??? 無敵?? ですか?」
* * *
この世界にはない新たな常識を前に、シスターは思考停止をしてしまったようだ。ならば代わって俺が、解説をしよう。
その身に宿る無敵時間を利用すれば、飛び道具をすり抜けることや、相手の技を受けずに一方的に攻撃を食らわせること、ひいては飛び込みを対空することなどが可能となる。
暴力組織バッドビルの雑魚どもに囲まれたあのとき、とっさに繰り出した十字の回転が無敵時間を生むとは、俺自身も思わなかったが……。
やがてクリスチャンラリアットはこの俺、
――シガー町長(談)
* * *
投擲をかわされてひるむオーガは、噛みタバコを苦々しげにベッと吐き捨て、続けてもう一本槍を投げる。
ぐるぐる回るでかい的に向かって、狙いを定めて投げる槍。これが当たらないわけがないのだ。
だが、当たらない! 槍が接触したはずのロザリオマスクの胴は、まさしく無敵と言わんばかりに飛び道具を通過する。
それどころかその胴体無敵の男が、両腕を広げて横回転しながら、ちょっとずつオーガの方に移動しているのだ。オーガすごく困惑。
シスターもすごく困惑。
びびったオーガが次々に、槍や拾った岩や消し炭や悪魔の像を放り投げるも、ロザリオマスクはクリスチャンラリアットの胴体無敵でこれらの飛び道具を何度も何度も抜け続け、徐々にオーガとの距離を縮めて行き――ついには互いの距離は数メートル。
長く屈強なオーガの腕が岩を投げて伸び切ったところに、クリスチャンラリアットの拳が全力でぶち当たる!
「飛び道具の出際、捉えたり!」
2メートル超えの巨漢レスラーの腕とは言え、当たったのは手の先でしかない。そして当てられたのは5メートル超えのオーガであり、接触したのは互いの拳。常識で考えれば、かすり傷程度のダメージだ。
と、思われたのだがロザリオマスクの常識は違う!
バチン! と音を立ててオーガは吹っ飛び転倒した。
何故ならこれがそういう技だからだ。彼がそういうキャラだからだ。
ロザリオマスクは投げキャラだった。格闘ゲーム世界の常識に則った、
そしてこの技クリスチャンラリアットは、当たれば相手は転ぶ。巨漢レスラーのさらに倍はあろうかというモンスター、オーガが敵であろうが関係はない。
飛び道具をすり抜けて移動し、当たれば対象は転んでしまう十字の姿のラリアット。投げキャラであるロザリオマスクにとっては生命線の技であり、剣と魔法のファンタジー世界に、おいそれと持ち込んで良い常識ではない。
とは言え、もう遅いのだ!! ロザリオマスクの常識は既に、この戦いを侵食している!
「俺の前で転ぶということが、どういうことか。お前に教えてやろう、オーガよ」
ロザリオマスクは、彼の世界の『
早速起き上がってこれを迎撃しようとするオーガだったが、振った拳が伸びるよりも先に、重ねられたドロップキックがオーガの腕を蹴り飛ばす。
「オガァァアアアッ!」
クリスチャンラリアットを受けた利き手に今度は飛び蹴りを受け、叫びを上げてのけぞるオーガ。
唯一放り投げなかった最後の武器である、棍棒を腰布から引きちぎり、ブンと振り回して牽制を行う。
同じ徒手空拳、同じ巨漢、であればより大きくリーチの長いオーガの方が圧倒的有利。ましてや武器を手にしてしまった! 飛び道具を抜けて白兵戦が可能な状況に持ち込んだとは言え、相も変わらずリーチの問題は歴然とそこにある。
巨漢の両者の間には、人一人分以上の距離が未だあった。たとえ長身のレスラーと言えども、手を伸ばして投げ技が届くような距離ではないのだ。
ところがその間合いを無視してロザリオマスクが、オーガをつかんでしまう!!
繰り返すが、手を伸ばして投げ技が届くような距離ではないのだが!
走って距離を縮めたのでも、もう一度ジャンプして近づいたのでもない。ロザリオマスクとオーガはともに地上にいたにも関わらず、ドロップキックから流れるような動きで、気づけばオーガは覆面レスラーにつかまれていた。
それを横で見ていたシスターには、まるでオーガがロザリオマスクの投げの間合いに、一瞬で吸い込まれたように見えたという。
「お前は大きく強く小賢しかったが、俺よりも投げ間合いが狭かった。それが敗因だ、オーガ! 俺より大きいファイターを投げるのは、久方ぶりだぞ……!!」
さあ、異世界転移してからこれを見るのは、三度目! スクリュー・プリースト・ドライバーの開始だ。
自分よりも更に大きな体のオーガの両腕に、左右の手をかけたロザリオマスク。今回は相手の腕をつかむのではなく、肘を極めるような形となった。
つかんだらもうこの男の握力は、投げきるまで対象を離さない。オーガの豪腕を無理やりに横に引き伸ばし、特注サイズの十字を巨漢同士で作り上げる。
大男二人分の重量を無視するかのようなスピン、重力をあざ笑うかのような上昇。
太陽に近づく姿はまるで、そのまま天にも昇るようではあったのだが――。
当然落下するのである! 身動きを封じられたオーガが下、ロザリオマスクが上になって、地面にビターン! オーガの牙ボキィー!
焼かれた野にはひしゃげたオーガとともに、十字の形の落下跡(大)が残った。
まるでレバー一回転+
「ふうむ、スクリュー一発で勝負が決まったな。自重でダメージが倍加したか……。オーガ、お前も受け身を覚えればもっといい試合が出来るようになるだろう!」
「すさまじい
「シスター。異世界の君には、俺の力がチートに見えるかね? いいや、これは仕様だ! 俺は俺に与えられた、投げキャラの力で勝つ。異世界のモンスターも、恐るるに足らずと言ったところかな。はははははははは!!」
異世界に呼び出されたかと思えば、未知のモンスターと連戦し、しかし疲労も迷いも一切見せることなく。男は勝利し、野太い声で笑った。
マスクで素顔は見えないが、それでもシスターに安心感を与えるには、充分だった。
思わず彼女も、笑みがこぼれてしまう。
「なあ、シスター。我々は互いにわからないことだらけだ。腰を落ち着けて話をしよう。相互理解が必要だ、そうは思わないか?」
「まったく同感です! 今のところわたしは、あなたがとても頼りになる人だということしかわかっていません……」
「それだけわかっていれば充分とも言えるがな。だが俺としても知りたいことはいくつかある。中でも、真っ先に知りたいことと言えばだ……」
神妙な面持ちでシスターを見やったあと、再び口元に笑みを戻して、ロザリオマスクは問いかける。
「シスター、君は名前はなんと言う?」
「ああ、そういえば……名乗る暇もありませんでした。申し遅れましたロザリオマスク。わたしの名はコイン」
「コイン……?」
「フルネームはワン・C・コインですが、皆さんわたしのことはラストネームで、コインと呼びます。これはわたしの一族が
コインと名乗る娘は、炭と瓦礫と化した祠の残骸から、一枚の銀貨を取り出す。
「
「ははは……! はははははははは!! そうか、そうなのか! ははははは!」
「どうされましたロザリオマスク? 何かおかしいことでも……?」
「ははははははは! これはな、シスター・コイン。出来すぎた偶然に笑いが止まらんのだよ。そうか、俺はコインでこの世界に呼ばれたのだな? くっくっく……はっはっはっは……!」
ロザリオマスクは、超犯罪都市アシッドシティの懺悔室での、最後の風景を思い返していた。
だくだくと血の流れる胸を押さえ、車椅子の修道女に祈りを捧げられる、ロザリオマスク。
暴力組織バッドビルとの長き戦いは、終わった。
しかしその戦いも、全て終わりを告げるのだ。致命傷を受けた覆面神父の死によって。
唯一の心残りは、片脚の修道女である。ロザリオマスク亡き後は、彼女が一人でこの教会を、孤児院を、支えていかなければならないのだ。
疲れた戦士にようやく訪れる休息のはずだった。だが、ロザリオマスクの口から出た言葉は、ただ、一言。
「コンティ……ニュー……」
その直後だった。ロザリオマスクが銀の
偶然なのか、必然なのか、神の意志か、悪ふざけか。真理はわからぬままである。とは言え彼は召喚早々、ゴブリンとオーガに勝利した。まずは勝利を噛み締めて、笑っていたロザリオマスクだったが――。
ふとひとつの可能性に行き当たり、見知らぬ異世界のシスターに向けて、彼は疑問を発する。
「待てよ……? コインによって蘇り、致命傷が塞がった、だと……? シスター・コイン、まさかこの召喚は、人の傷を癒やすのか?」
「え、ええ。わたしも詳しくは知りませんが、おそらくは……。生死の境をさまよう方が召喚され、こちらの世界でゲンダイチシキなどで無双するケースは、言い伝えにも聞きます」
「であれば、シスター! ぜひともこの世界に呼んで欲しい人物がいるのだ!! 俺の胸の穴が跡形もなくふさがったんだ、彼女の脚も元に戻るんじゃないのか!? 再び両脚で、地を駆けることが……!」
つかみかからんばかりの勢いでロザリオマスクがシスター・コインに懇願するが、残念そうに彼女は、首を横に振ることしか出来ない。
「すみません、それは不可能です……! 聖遺物が呼び出せる戦士は、一人だけなのです。聖貨教の銀のコインはあなたを選び、この世界に呼びました。新たに誰かをこの世界に召喚することは出来ないのです……!」
「そ、そうなのか……。それは……残念だ……」
「で、ですが」
付け加えるようにしてシスター・コインは、こんなことを言う。
「聖貨教の
「うむ……よし! 俺がこの世界に呼ばれた理由が、わかった気がするぞ。求めるべきは聖遺物なのだな? あの癒せぬ傷を癒やすために、神が俺に与えたもうた
話の腰を折ったのは、ロザリオマスクの腰に食らいついた歯だった。
振り向くとそこには、半透明の人影が浮いており、ぼやけた輪郭で緩やかに噛みつきを繰り返す。
「ええい、オーガの時と全く同じ展開で話の腰を折られるとは……! これはアレか? ずっとこの調子で、次々モンスターに襲われるのか? ボスラッシュ的なアレか!」
「これは、ゴースト……! 祠が崩された影響で湧いて出たのかもしれません。まずは一旦この場を離れ、態勢を整えましょう!」
「いいや、シスター・コイン。これはある意味チャンスとも言えるぞ。俺にはこの異世界で試したい技が、まだまだある! こういう敵はトレモにうってつけなんじゃあないか?」
「えっ、でも……ゴーストですよ? つかめますか……?」
「つかめない気はするが、だとしてそういうキャラ差を覆すのも、投げキャラの真骨頂というものよ……!」
一方その頃、シスター・コインが旅立った村には!! 女騎士率いる三人組が、姿を表していた!!
――突然の場面転換に戸惑う読者もいるだろう。あらかじめお伝えしよう、これはいわゆる伏線であり、ふたつのシーンの同時進行である。
異世界に投げキャラが召喚され、戦い始めたことによって、物語の歯車は既にグルグルと回り始めているのだ。
見目麗しきピンクの髪の女騎士は、第七の遺物の在り処を尋ねているところであった。焼野で戦うロザリオマスクやシスター・コインも気になるが、この女騎士は果たして何者なのか?
次回、異世界二回転!!
対戦者、『やられ判定のおばけ』ゴースト!!
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