第10話 投げキャラVS魔法使い『すかし投げ』

 一瞬の暗転の後に十字の光が上がったことは、祠から離れた村からも見て取れた。

 中年執事はそれを、紅茶片手に聖貨教の小神殿から眺めている。


「どうやら間違いないと思われます、お嬢様。異世界からの戦士が来たことは。先程の地響き、何か巨大なものが倒れた影響でしょうか。もしや、火竜が……?」

「ついに、この日が……あわわ」

「その慌てる口ぶり、いくつになっても直りませんねえ」


 困った様子で茶をすする執事と、美しい顔を崩さないまま「あわわ」とつぶやく女騎士。

 そんな二人に対して驚愕の表情を向けていたのは、この神殿の主。シスター・コインの祖父である。


「どうしました? ご老人。そのような顔をされて」

「どうしたも何も、あなた方……。一体、今、何をしたのだ?」


 中年執事と女騎士の足元には、瓶の破片と清められたコインが無数に散らばっており、聖水は床にぶちまけられていた。全身を金属鎧に包んだ護衛は、これらの破片やコインや聖水を頭から浴び、「やれやれ」と言ったふうである。

 だが、中年執事と女騎士の体には、一片たりとも瓶の欠片もコインも飛沫も、一切まとわりついてはいなかったのである――。


 かくも神殿にて不穏漂っていた、一方その頃。

 ドラゴンを投げ飛ばした直後のロザリオマスクは、立ち上がり、謎の魔術師に向けて文句を述べていた。


「異世界くんだりまで来たかと思えば、開幕五連戦だぞ! こんな代わり映えのしない焼け野原で何度も戦わせやがって。チュートリアルが厳しすぎる!」


 威勢はいいが、これは虚勢であった。

 相次ぐ激戦で投げキャラの体力にも、とっくに限界が訪れている。

 火傷、裂傷、打撲、流血。ドラゴンを超必殺技で投げる前に彼がしていた発言に従うのであれば、もうドットしか体力は残っていないはずだった。

 突然現れた、まだらのローブの魔術師が、何者なのかはわからない。しかしロザリオマスクのことを警戒するかのように、離れた場所からヤツはこちらを見ている。

 手に持つねじれた木の杖を振ると、魔力が形成した火球が生み出され、ゆっくりと解き放たれた。

 ファイヤー・ドラゴンが倒され、あちらこちらの炎の勢いも弱まりつつあるこの地にて、新たに一発打ち込まれたファイヤー・ボール。


「……根性値ぃ!!」


 自らを奮い立たせるために頬を両手でピシャリと叩き、ロザリオマスクは前に跳んだ。炎を避けて大パンチを喰らわせるために。

 シスター・コインはそんな彼を見て、もう止める言葉をかけることすらなかった。おそらく彼は、止まらない。それはわかった。ならば、祈りだ。

 五度目の戦いに赴くレスラーに対して施した、治癒の祈り。わずかばかりの時間しか祈れず、どの程度の回復効果が見込めたかはわからない。

 しかしこのわずかな体力が、ロザリオマスクの奇跡の呼び水に、なるかもしれないのだ。


 対戦相手を前にしたロザリオマスクは、後ろを振り返ることはなかったが、背後のシスターに感謝をしていた。

 彼女の祈りで、自分にはまだワンチャンスがあると、信じることが出来たからだ。

 ところがであった! 信じられない出来事が、直後この男を砕く!


 火球の魔法を放った魔術師は、これを飛び越えてくるレスラーに対し、杖の頭をぐいと向ける。

 するとねじれた木の杖はぐんぐんと伸び、ジャンプ中のロザリオマスクを、遠距離から空中で叩き落としたのだ!

 しゅるしゅると縮んで魔法使いの手に戻り、即座に元のサイズになる杖。

 すると今度はこの魔法使い、杖にまたがってふわりと宙を舞うではないか。


 驚異的なジャンプ高度は、ロザリオマスクのものと非常に似ている。違っていたのは、その緩やかさだ。物理法則を無視したゆるふわ加減である。

 かと思えばこの魔術師、杖の先端をロザリオマスクに向けて、ぐるぐるとドリルのように回転しながら急降下してくる。

 変幻自在のトリッキーな動きで、まだらのローブがひらりとめくれ、魔法使いのその顔が明らかになったのだが。

 あらわになった面構えは、意外にも幼女の如きあどけなさであった。

 有り体に言ってロリである。

 より特徴的なのは、頭部に生えた獣の耳だ。まだら模様の猫科の動物を思わせる大きな耳をローブで覆うことにより、小さき体を大人の背丈に見せかけていたのであろう。

 そんな愛らしい耳もいっしょにくるくると回りながら、ドリルステッキで魔術師はロザリオマスクに攻撃を仕掛けてくる。


 跳んだところを伸びるステッキで迎撃され、立ち上がろうとすればジャンプドリルで起き攻めを仕掛けられ。

 とっさにガードでジャンプ攻撃を防ごうとしたのだが、急降下のドリル攻撃は、レスラーの体に触れることすらなく目前にすたっと着地する。


「何っ!? ジャンプすかしだと?」


 驚くロザリオマスクの頭を、幼き獣人はむんずとつかみ、覆面の顔に対して手持ちの杖で折檻のように連続打撃!


「のじゃっ! のじゃっ! のじゃっ!」

「ぐっ、ぐおっ、ぬあっ、ぐあーっ!!」


 獣人幼女は独特の叫びでレスラーの頭を何度か叩き、なんと……。

 ロザリオマスクをパーフェクトゲームにて倒してしまったのである!

 倒されたレスラーの胸中は、驚きに満ちていた。獣人幼女に倒されたからではない。彼はかつてリング上で味わった出来事を、地に臥せりながら思い返していた。


「ケヒヒヒヒ! 燃えろ! 切り刻まれろ! このジャガンナータの手によって!」


 アシッドシティの地下プロレス会場、対戦相手はロザリオマスクの好敵手にして天敵、ターバンにサーベルのヒールレスラー。

 その名も、ジャガンナータ! 口から火を吹き肌を焼き、そのサーベルは妖術師の操るコブラのように伸びて襲い来る!

 暴力組織バッドビルが取り仕切っていたこの地下プロレスにおいて、ロザリオマスクとジャガンナータは二枚看板として活躍していた。やがては世界各地にストリートファイトすれすれの全国興行をしたことは、以前にも説明した通りだ。

 しかしであった。バッドビルに潜入することが目的であったロザリオマスクは、やがてその正体を知られるに至り、組織の幹部でもあるジャガンナータに深夜、大型トラックで襲われる。

 バッドビルの構成員がたむろする、アシッドシティのストリート。黒い狐のペイントつきのトラックが、ロザリオマスクを煌々とライトで照らしていた!


「乗っているのは、お前か……ジャガンナータ。そのトラックで、どこに行くつもりだ」

「てめぇの運命を変えたこのトラックで、わざわざ来てやったんだ! てめぇの正体、ボスから聞いたぜ? だったら行くとこは決まってるよなぁ、町長さん……? ケヒヒヒヒ!」

「ふざけた真似を……。行かせんぞ……!」

「どきな!! どかなきゃ轢いて、てめぇのホームまで引きずってやるぜぇ~!」


 恐るべきはトラックの突進か、それともその突進をガードで防いでみせたロザリオマスクか。何度も言うがこの程度の突進、ガードでなんとかなってしまうのだ。ドラゴンを素手で投げ倒す男にとって、所詮は車などボーナスステージ。

 体で受け止め押し倒し、タイヤをつかんで宙に放り投げ、ロザリオマスクは大型トラックにも投げ勝った!


 だが異世界召喚を受けた今の彼はと言えば、獣人幼女にK.O.されて気を失い、為す術なく地を這っているところである。

 獣人幼女は緊迫感のない声で言った。


「困ったものなのじゃ。聖遺物をぶっ壊すために遣わせたのに、結局こんな厄介な男を呼んでしまうとはー」

「聖遺物を壊すために……遣わせた……ですって?」


 まだらのローブの獣人幼女の言葉に、疑問を発したシスター・コイン。

 その声に反応した魔法使いは、びっくりしてその場で垂直ジャンプ。やはりロザリオマスクと同じような、非常に高い跳躍力である。

 まっすぐふわりと浮かぶさまは、バーチカルのじゃロリ獣娘マジックユーザー。

 ジャンプ頂点からシスターに対して杖を向けると、またもやしゅるしゅると伸びて遠くから襲い掛かってくる。


「きゃっ!」


 しかし杖は、第七の遺物『聖貨コイン』の結界に跳ね返された。

 ロリ獣人も「のじゃー」と驚きを隠せない。


「同じ槍でも壊せないとは、聖遺物はやっぱり厄介なのじゃ……」

「槍? 杖じゃなくて……槍、ですか? しかも、って……?」

「おっとー。独り言独り言なのじゃー」

「その杖、もしかすると……。聖遺物のひとつ、『聖槍』ですか? 聞いたことがあります、『聖槍』はどこまでも伸びて過たず対象を貫くと!」


 シスター・コインの言葉を受けて、魔法使いの獣の耳が、ピクリと動いた。


「……なんだか面倒な娘と一緒にいるのじゃ、ロザリオマスク。よーし、一旦、仕切り直すのじゃー。超必殺技一発でやられるなんて、火竜もまだまだ弱っちいしー。なのじゃー」

「『聖槍』だけじゃない! あなた……火竜を操る魔術師ですよね? 聖遺物を破壊するために、ドラゴンをこの地に遣わせたということですか……?」


 シスターは、ロザリオマスクの行動や言動に驚きすぎて、他にも気になっていた問題については、戦いの間ずっと棚上げしていた。しかしここに来て、この怪しげな妖術使いを前に、とめどなく疑問が湧いて出てくる。

 例えば何故、第七の遺物を入手する直前に、火竜がこの地を焼きに来たのか。

 オーガに率いられたかのようなゴブリンが、集団で襲ってきたのか。

 火竜が再び舞い戻り、即座にレスラーを倒そうとしたのは。何故なのか。


「まさか、あなたが。わたしたちを、狙って……! 『聖槍』を持つ遺物使いが、『聖貨』を狙っていたということ……!?」

「のじゃっ」


 コインの言葉に答えることなく、魔法使いは杖に向かって一声発した。

 するとロリ獣人はテレポート。倒れた火竜の首の上へと、瞬時に移動していた。

 そのまま今度は、杖で空間をごにょごにょとかき混ぜる。別空間に移動するための穴が、広がっていくのがわかった。


「でっかい穴を作るのは大変なのじゃ。ロザリオマスクごときに負けなければ、竜に乗って帰れたのに……。やれやれなのじゃ」

「おい、待て……!」


 文句ばかりのロリ魔法使いに呼びかけたのは、倒された大男である。

 気絶から目を覚ました、ロザリオマスクであった。

 だが彼は、どんな攻撃を受けても即座に立ち上がっていたこの男は、今回は起き上がることすらできなかった。

 戦う力が、まだ回復していないのだろう。これほどの連戦の後だ、当然である。

 ロザリオマスクは這いずったままで魔法使いを睨み、質問を投げかけた。


「シスターの話は途中から聞いていた……。その杖は、聖遺物なのか……!? 俺は、この世界にある遺物に用がある……!」

「そっちの都合とか、そんなん知らないのじゃ」

「それだけじゃあない! お前、俺を『投げ』たな……? 空中からの攻撃をガードしようとした俺を、ガードの上から、『投げ』た……! ガードを『投げ』で崩せると、何故知っている」

「……そっか。よく考えたら、待ち構えたほうが良いかもしれないのじゃ。じゃー、いろいろ知りたければ、追って来ると良いのじゃ。火竜といっしょに風詠遺跡かざよみいせきの奥で待っているのじゃー」

「ふざけるなこの野郎! その伸びる攻撃、炎の飛び道具……。嫌というほど見覚えのある連携だ。お前……ジャガンナータ……? いいや、そんなはずは……! ええい、名を名乗れ!!」


 振り絞ったロザリオマスクの声に対し、拍子抜けするような調子で、魔法使いの獣人幼女は答えた。


「ノージャガー」


 広がった転移の大穴は、魔法使いと火竜を飲み込み、彼らはテレポートで姿を消し去った。


 次回、異世界二回転。新章突入。

 異世界人、モンスター、冒険者、迷宮の主。彼らが風詠遺跡かざよみいせきなるダンジョンにて、聖遺物の争奪戦を巻き起こす!!

 対戦者、『その辺にいる』チンピラ!!

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