エピローグ ~ひきこもりくん、先生が来ましたよ~
「はぁ、はぁ、はぁ」
俺は息を切らしながら住宅街を走っている。
先に青姉の仕事場、つまり査問委員会の事務所にたどり着いたので青姉は今頃薫さんとお茶でも飲んでいるだろう。
人が全力ダッシュをしているというのに優雅なもんだ。まぁ俺の想像だし、普通に働いてるかもしれないけど。
「はぁ、はぁ、はぁー。や、やっと着いた」
目的地に着き、膝に手を突いて息を整える。
「それにしてもでっかい家だなぁ」
顔を上げて目の前の家を見た俺は感嘆の声を上げる。
高級住宅街の中でも一際大きく、外観もどこかの宮殿みたいだった。
今からここに入るのかと思うと緊張する。
「ごくっ」
俺は唾を飲み込んでからバカでかい門の横にちょこんと設置されたインターホンのボタンを押した。
ピンポーン。
「…………」
返事がない。家が大きいから時間がかかるのかもしれないな。
そう思った俺はもうちょっと待ってみる。
すると少しして門が開き、中からメイド服を着た若い女性が姿を現す。
メイド服いっても、俺が以前青姉に着せた露出の多いメイド服ではなく、長袖にロングスカートという手と顔以外はほとんど肌色が見えない作りの気品あふれる装いだった。
「どちら様でしょうか?」
メイドさんは俺を見てショートボブの茶髪を揺らしながら小首を傾げる。
「この間、お電話させて頂いた鈴屋です」
俺は聞き覚えのある声で以前電話で話した女性だと判断し、答えた。
「あっ、坊っちゃんの。そういえば今日からでしたね」
メイドさんは思い出したように手を叩く。どうやら俺がなんの為にここへ来たのか理解してくれたらしい。
「どうぞ入って下さい」
「あっ、はい。お邪魔します」
彼女に促され、重厚な門をくぐる。
「うわぁ」
門の先で目にした光景に驚き、俺は再び感嘆の声を漏らす。
瞳に映ったのは洋風の庭園だった。
生えている木は庭師によって整えられているのか全て同じ高さ、同じ形になっている。
逆側の池には橋がかかっていて、中継地の屋根がある場所ではお茶が出来そうだ。
「どうかなさいましたか?」
無遠慮に見回しすぎたのかメイドさんが不思議そうに聞いてくる。
「あ、いえ、 すごいお家だと思いまして、ジロジロとすいません」
思っていたことを素直に告げ、俺は頭を下げた。
「ふふっ、初めていらっしゃる方は皆様そう仰います。気にせず頭を上げて下さい」
メイドさんは口に手を当ててクスクスと笑う。
「す、すいません」
俺は頭を上げてもう一度謝り、なるべくキョロキョロしないように気をつけながら彼女の後ろを付いて行った。
●●●
「こちらハーブティーでございます」
「あ、ありがとうございます」
家の中に入った俺は何故か応接間に案内され、メイドさんとのティータイムに興じようしていた。
「あ、あの」
このままでは駄目だと思い、話を切り出そうする。
「おいしい」
だが、メイドさんが発した言葉に遮られ失敗に終わった。
この人、なんか飄々としていてどう話しかけていいのかわからない。
「鈴屋さんもどうぞ飲んで下さい」
「あっ、はい。頂きます」
向かいのソファに座る彼女に薦められ、俺はとりあえずハーブティーを飲む。
「おいしい」
口の中に爽快感が広がり、鼻にすぅっとした心地好い香りが抜ける。
「ふぅ……。って違いますよ!」
ティーカップをソーサーに置き、一瞬和みそうになって慌ててソファから立ち上がった。
「どうかなさいましたか?」
現状になんの疑問も抱いていないのか、メイドさんは汚れのない瞳で俺を見つめる。
「あっ、えっと、は、はい」
冷静な彼女を見て、取り乱した自分が恥ずかしくなってソファに座り直す。
「あの、そろそろ本人に会いたいんですけど……」
俺は少し疲れを感じつつ、懇願する。
「ふふっ、申し訳ありません。久々の来客でしたのでつい」
メイドさんは全く悪びれた様子なく笑いながら謝罪した。
「では坊っちゃんのお部屋に案内致しますね」
そしてソファから立ち上がり、応接間の扉を開ける。
「ありがとうございます」
俺はお礼を言って立ち上がり、彼女と共に廊下へ出た。
「こちらです」
彼女に導かれ赤い絨毯の敷かれた廊下を歩く。
壁には高そうな絵が沢山飾られている。
「ここが坊っちゃんのお部屋です」
メイドさんに導かれ、長い廊下を抜け庭へと戻ってきた俺は、洋風の庭の中で異彩を放っていた和風の蔵らしき建物の前でそう告げられる。
「彼の部屋が外にあるならどうして一回家の中へ入ったんですか?」
「申し訳ありません。久しぶりの来客でしたのでつい。ふふっ」
俺が尋ねると彼女は先ほどと同じ言葉を繰り返して笑った。
「はぁ……俺、この人苦手かも……」
溜め息を吐いて呟く。
「ふふふっ」
メイドさんは変わらず微笑んでいた。
「これ押せば出て来てくれますかね?」
俺は気を取り直して扉の前まで歩き、横に設置されているインターホンを指差して問いかける。
「坊っちゃんはひきこもりですので恐らく出てこないと思います」
とメイドさんは答えた。
「そうですか。でもまぁ一応」
その答えを聞いた上で、俺はインターホンのボタンを押す。
ピンポーン。…………。
彼女の言う通り出てこない。もう一度押してみる。
ピンポーン。…………。
やっぱり出てこない。
でもこういう時にどうするのが正解か、俺は身を持って学んでいる。
正解、それはひたすらボタンを連打することだ。
ピンポピンポピンポピンポピンポピンポーン。
「何度も何度もうるさいな! 一体なんなんだよ!」
作戦通り、インターホンから怒り狂った少年の声が聞こえた。
「あら、すごい」
「いえいえ、それほどでも」
後ろで驚くメイドさん。俺は少し照れながら謙遜した。
「お前誰だよ!」
メイドさんと話す俺を画面で確認したのか、少年がきつい口調で聞いてくる。
俺はスーツの皺をビシッと整えてからインターホンのカメラへ向き直り、にっこりと笑って告げた。
「ひきこもり君、先生が来ましたよ」
ひきこもりくん、先生が来ましたよ 風呂上がりの熊 @FroagariNoBear
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