2-7 ジャーヴィスの憂鬱

「今日の予定としては、アバディーン商船へストーム拿捕の協力を確認に行くつもりです。先方の準備が整い次第、アバディーン商船の定期便をロワールハイネス号で襲います。マリエステル艦長、頼んでいたスクーナー級2隻の手配は大丈夫でしょうか?」


 シャインの問いにリーザは大きくうなずいた。


「ジェミナ・クラスから南へちょっといった所に、アノールという小さな港があるの。そこへ商船として待機させてあるわ。荷の転送は大丈夫よ」


 いきなり物騒な話を始めたふたりの艦長に、事情を知らないジャーヴィスは焦りながら口をはさんだ。


「申し訳ありません、どういう事なんですか? 定期便を襲うって? 私はてっきりジェミナ・クラスで“海賊ジャヴィール”の噂をはやらせて、ストームが出て来た所を待つ、とばかり思っていたのですが」


 シャインが小さく頭を振った。その表情は硬く精彩に欠けていた。


「それで出てきてくれたらいいんだけど……やはり『海賊ジャヴィール』の存在を実際に示さないと怪しまれるだろう。それに、昨日みんなが集めてくれた情報で興味深いことがわかったし」

「えっ?」


 シャインは卓上に海図を広げた。

 そこには、ジェミナ・クラスの北と東の海域、二ケ所に集中して×印がつけられている。港から出て約二、三時間航行した所だろうか。


「ストームは港で積み込みのすんだ船を襲っている。そして、アバディーン商船の船は、過去二回襲っていずれも失敗に終わっている。報告のある残り四回については客船で、乗客の貴金属を片っ端から奪う、というやり方だ。四回も襲うってことは、いずれも稼ぎはたいしたことがなかったんだろうね」


「客船を狙ったのは、警備船がいないことで、襲いやすかったのでしょうか」


 シャインはジャーヴィスの問いに、軽くうなずき同意した。


「だろうね。その場しのぎに襲ったと思う。だからこそ、次はアバディーン商船の定期便を襲うと思うんだ。かの会社はエルシーア随一の、貴金属、魔鉱石取引の大手だからね。一回でも襲撃が成功すればその見返りは大きい」


「ならば、定期船に張り付いてストームが出てくるのを待つか、いっそのこと我々が定期船に仮装すれば、よいのではないですか?」


 シャインは首を横に振った。


「時間があればそうしたい。でも、可能な限り早くストームを捕らえるようにと命令を受けている。具体的には一週間でだ」

「一週間ですって!?」


 期限の猶予がないことを覚悟したジャーヴィスだが、そこまで短いとは思ってみなかった。ジャーヴィスが驚くことを想定していたのか、シャインは淡々とした口調で話を続けた。


「アバディーン商船は一週間なら協力できると言ってくれた。だから、明日の定期便は海賊ジャヴィールの存在を世間に知らしめるために、ロワールハイネス号で襲撃する」

「そして私の船に積荷を積み替えて、アバディーン商船の代わりにそれを目的地まで運ぶの。流石に海軍の船に手を出す海賊(お馬鹿さん)はいないでしょうから」


 リーザが作戦の後半を引き継いだ。


「後はこれを一日置きに繰り返す。アバディーン商船の積荷を奪う『海賊ジャヴィール』の事を、ストームは絶対に見逃しはしないだろう。奴は必ず我々の前に姿を現すはずだ」

「それで、ストームが現れたらどうするんですか?」


 シャインは出かかった欠伸をかみ殺していた所だった。

 ジャーヴィスは冷静に質問をしながらシャインの横顔を見つめた。

 昨夜はあまり寝ていないのだろう。色白のせいか、今朝は目の下の隈が気になる。


 元よりシャインはこの三日間、ずっと船を空けて、ジェミナ・クラスに上陸していた。この作戦を実行するため、段取りを整えていたのだろう。たったひとりで。


 ――馬鹿馬鹿しい。


 ぎりっと奥歯を噛みしめたジャーヴィスの耳に、シャインの代わりに説明するリーザの明るい声が聞こえた。


「ロワールハイネス号には二十名の海兵隊員を乗せておくの。明日、荷の転送の時に乗り込む手筈になっているわ」

「彼らは今、マリエステル艦長の船で待機しているのですか?」

「ええ。転送用の船で待機しているわ」


 シャインが忘れていたと言わんばかりに、「あっ」と小さく呟いた。


「ジャーヴィス副長。彼らの受け入れの準備を君に頼まなくてはならなかった。今日は船倉を整理して、二十名分のハンモックと食料を積み込めるようにしておいてくれ」


 ジャーヴィスは内心やれやれと思いながら頷いた。


「了解しました。これで作戦の概要は理解しました」


 ジャーヴィスは胸の内でくすぶっていた疑問が少し消えて、清々しい気持ちになっていた。そこで自ら話を切り出した。


「グラヴェール艦長。取りあえず話が一段落したので、朝食を用意しようと思いますが、マリエステル艦長とご一緒にいかがですか?」


 その言葉に反応したのはリーザだった。


「まぁ……グラヴェール艦長、ジャーヴィス副長の言葉に甘えていいですか? 実をいうともう、お腹ぺこぺこで……」


 カカーンと朝の静寂を破るかのように、頭上で船鐘が鳴る音が聞こえた。


「8点鐘――八時か。ぜひ、どうぞ。特に、うちの士官候補生の入れるお茶は最高で……眠気覚ましにはもってこいなんですよ」


 そう言うとシャインは、人目をはばからず大きな欠伸をした。


「それって、とっても苦ーーい、ってことかしら?」


 リーザが嫌そうに顔をしかめた。


「グラヴェール艦長の分は、特別濃いめに作らせます」


 にやりと意味ありげな微笑を浮かべ、ジャーヴィスは席を立った。


「ジャーヴィス副長、普通で大丈夫だよ。だから……」


 慌てるシャインを尻目に、ジャーヴィスは一礼して部屋から退出した。

 艦長室の扉を閉めて、ジャーヴィスはしばしその場に留まっていた。

 無意識の内に両手をきつく握りしめながら。


「私があなたにできるのは、こんなことしかないのか」


 ――こんなことしか、頼ってもらえないのか。


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