2匹のネイト。
タッチャン
2匹のネイト。
皆様初めまして。小説家の東出と申します。
この度私はノンフィクション物を書く為に日本を離れ、サンフランシスコはサクラメントに来ていた。
私の目的はFBIの実態、および裏の顔を聞き出し、
1冊の本にするべく、この地に降り立った。
私の取材を快く承諾してくれたのは、元FBIの、
パトリック・S・オブライエン氏だった。
私は彼の元を訪れ、彼の住まいで握手を交わし、軽い自己紹介をした。
爽やかな笑顔と、日本ではまずお目にかかる事は出来ない程、ガッシリとした肉体は輝いて見えた。
私が女性なら恋に落ちていただろう。いや、男の私から見ても魅力溢れる男性だった。
日本の事をあれやこれやと、聞き出す彼には申し訳ないが、私は早速仕事に取り掛かった。
取材を初めて早10分、凶悪犯罪者に向かって銃を撃ったり、同僚が銃撃戦で亡くなったなど、日本では考られない話を沢山聞かせてもらった。
私は最初に疑問を持っていた事を聞いてみた。
「何故FBIを辞めたのですか?」と。
パトリック氏は言った。
「その質問は遅かれ早かれ来ると思っていたよ。
僕は表向きは自分からFBIを辞めたと思われている
んだ。でも、そうじゃない。決して違う。
僕はヘマをしてクビになったんだよ。」と。
「任務で失敗をしたのですか?」と私。
「まったく、悲しい事に上の連中はそう思ってるんだ
よ。僕としては間違った事はしてないんだ。
彼も今頃、心を入れ替えて善人になってるよ。」
「彼?」
「あぁ、そうだね。ミスターヒガシデにこの話をし
ないといけないね。あの日は寒かったよ。
ロシアの冬より寒かったのを今でも覚えてる。」
彼は語り出す。
「あの日、僕は新人と張り込みをしてたんだ。
笑えるだろ?映画や小説で見るFBIはもっと晴れやかな仕事をしてる様に描くけど、実際は違う。絶対に違う。現場の僕たちは地道な仕事をして初めて犯罪者に近付くんだ。
彼らは僕の故郷のサクラメントで麻薬を流していたんだ。許せる事じゃ無いんだ。絶対に。
僕は何としても彼らを捕まえたかった。そして、
毎日、神にお祈りをして罪を償い、社会復帰して善良な市民になって欲しかったんだ。
僕たちは彼らの隠れ家から40フィート離れた所で、車の中で暖をとっていた。4時間はたったかな。
すると彼らは、隠れ家から出てきて表に停めてある車のトランクに麻薬を詰め始めたんだ。
僕と新人は車から降りて、銃をホルスターから抜き、
突入したんだ。彼らは僕らの姿を見るとすぐに逃げたんだ。現場には2人しかいなかったから、新人に一人を追わせて、僕はもう一人を追いかけた。
僕の方は捕まえたけど、新人は逃げられたみたいで、
僕の所に戻ってきては何度も逃げられた相手に向かって汚い言葉で罵っていたよ。
その時に、何でかな、今でもわからないんだ。
僕は神からのお告げだと思っているけど、犯罪者の一人を捕まえた時に僕の心は複雑な心境だったんだ。
このまま彼に手錠に掛けて、連行する事が正しい行いとは思えなかったんだ。
だから僕は彼の目を見て僕の好きな昔話を聞かせてあげたんだ。こんな話だ。」
───────────────────────
黒一色の猫ネイトは、デブな体躯な割りに機敏な動きが出来る猫であった。
彼の飼い主は、猫じゃらしで遊ぶネイトを見て、
「全盛期のモハメド・アリを見てるみたいだ。」と彼を讃えた程であった。
飼い主が出掛けると彼は、凄まじいジャンプ力でドアの鍵を開けると外に出て、彼の唯一の友達、
ネズミのネイトに会いに行ったのだ。
ネズミのネイトは、人間が出したゴミ袋から食料を調達していた。
猫のネイトはその姿を見ると声をかけた。
「ごちそうは見つかったか?」
完全に油断していたネズミのネイトは、体をビクッと震わせてゴミ袋から出てきた。
「チーズの切れ端があったよ。ネイトも食べる?」
猫のネイトは言った。
「俺はさっき家でたらふく食べたからいらん。」
「それじゃ僕が全部食べちゃうね。」そう言って、
ネズミのネイトは美味しそうにチーズを頬張った。
猫のネイトは言った。
「なぁ、いつものやろうぜ、トムアンドジェリーご
っこだよ。猫の俺が追いかけてやるから、ネズミ
のお前は必死に逃げろよ。行くぞ?」
これは彼らのお馴染みの遊びだった。退屈な日常の中でこの遊びだけが彼らの心を震わせた。
だがいつもこの遊びをする時、ネズミのネイトの顔は暗くなる。その表情は猫に追われる恐怖感では無く、罪悪感であった。
この日、ネズミのネイトは決意していた。
たった一人の友達、ネイトに真実を打ち明けると。
そしてネズミのネイトは勇気を振り絞って言った。
「ごめんね。ネイト、僕はウソをついていたんだ。
君は僕の事をネズミと思ってくれていたけど、
僕はネズミじゃないんだ。僕はね…本当は…
ハムスターなんだよ。長い間、騙してゴメン。
赦してほしいなんて思ってないよ。僕にそんな
権利はないんだから……」
猫のネイトは驚いた後、落ち着きを取り戻して言った。
「……早く逃げろよ。お前が逃げないと始めれないだ
ろ。」
ネズミの──いや、ハムスターのネイトは言った。
「赦してくれるの?」
猫のネイトは言った。
「赦すとか、赦さないとかどうでもいいだろ?
お前はお前。俺の友達のネイトだろ?ほら、
早く逃げろよ。泣いてる暇はないぜ?」
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童話を語り終えたパトリック氏は感傷に浸っていてカーペットを見つめたまま黙っていた。私はその後が聞きたくて彼に問い詰めた。
「その話を聞かされた彼はどうしたんですか?
そしてその後どうなったのですか?」
「彼はとても感動してたよ。だから僕は彼に手錠を掛
けずに、そのまま解放したんだ。彼の心の中にあ
る善良な部分を信じたんだ。今でも信じてる。
彼を逃がした事によって、上の連中は僕をクビにし
たんだよ。でも僕は後悔してないよ。
もちろん彼は今、全うな人生を送ってるよ。」
そう語るパトリック氏は清清しい表情をしていた。
彼は自分の信念に忠実な男だったのだ。
こんな素敵な男性が独身だなんて信じられない。
彼の欠点を見つける事のほうが難しいと私は思っていた。
「海外でその様な童話が流行っていたのは知りませ
んでした。題名は何ですか?是非読みたいです。」
パトリック氏は言った。
「タイトルはまだ決めてないんだよ。」
………まだ?私の中で疑問が浮かぶ。
「まだとはどういう事ですか?もしかして……」
パトリック氏は両腕を広げて言った。
「だって僕がハイスクール時代に考えた話だからね!
僕は今後、この話で成功を納めるんだ!
なぁヒガシデ、何かいいタイトルは無いかな?」
私は言った。
「……2匹のネイト。なんてのはどうでしょう?…」
私が帰国するその日にパトリック氏が逃がした麻薬密売人が現行犯で逮捕された。
テレビでその事が大々的に取り上げられていた。
元FBI捜査官の童話が彼の心に響く事はなかった。
パトリック氏の欠点はその豊か過ぎる、想像力なのであった。
2匹のネイト。 タッチャン @djp753
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