3. 人魚の子に会う

 気が付いたぼくの目に、最初にうつったのは……。


 おだやかな陽光ようこうと、それをさえぎる何かのかげ……だれかのあたまだった。

 それは、見たことのない、女の人のかおだった。

 その人は、ぼくのほほに手をれていた。

 うれしそうな声を立てている。ぼくが目を開いたからだろうか。ぼくは、その人に頭をぶつけないように、そっと体を起こした。


 その女の人は、れた長い黒髪くろかみを、ふくよかな頬と、小麦色の体に貼り付けていた。真っ黒な目が、吸い込むようにぼくを見ていた。うっすらと開いたくちびるの間に真珠しんじゅのような前歯がのぞき、知らない国の言葉で歌っているような笑い声を、静かに発していた。

 その人は、上半身に水着を着けていなかった。ぼくは目をらした。その人は、下半身に水着を着ける必要がなかった。

 なめらかなはだの下に、発動機はつどうきのように強靭きょうじんそうな筋肉のうねりがあった。そこに足はなく、太い筋肉のうねりの先には、イルカにそなわっているようなひれが付いていた。

 彼女は、人魚にんぎょだった。

 ぼくは、おどろきながらも、彼女にお礼を言った。


 「助けてくれて、ありがとう」


 その言葉はつたわったのだろうか、彼女は笑顔になり、ぼくに抱きついてきた! 彼女は、全身で喜びをあらわしていた。

 ぼくは、目頭めがしらが、涙でじんと熱くなるのを感じた。

 命が助かってうれしかった、それだけじゃない。こんなにもっすぐな好意に出会ったことが、今までなかったのだ。


 ぼくはまわりを見回した。

 ぼくたちは、なかば海に沈んだテトラポットの上に横たわっていた。

 ぼくが目指していた沖合おきあいの防波堤は、岸側きしがわ船溜ふなだままりになっており、海側うみがわには、波による侵食を防ぐため、たくさんのテトラポットが沈められている。ぼくたちは、入り組んだテトラポットの隙間すきまかくれており、ウィンドサーファーたちの視界には、入っていなかった。


 彼女は、ぼくの手を引いて、海の中にさそおうとした。ぼくと遊びたがっているのだろうか?

 ぼくは誘いに応じ、海に飛び込んだ。何のためらいもなかった。先ほどおぼにしかけていたことなど、もう忘れていた。ぼくは海を、少しも恐れていなかった。彼女が助けてくれるに決まっているからだ。


 こうして、ぼくと人魚の子の付き合いが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る