第30話 事件の行方3

 残りは四人。まだ止まってはいられない。全員始末できなければ詩音の敗北だ。なんとしても残りの四人を殲滅しなければ――


 頭がくらくらした。身体も重い。いままでどれだけ身体を損壊されてもこんな感覚にはならなかった。自分の能力を使い過ぎて限界が来ているのかもしれない。


 だが――


 限界が来ようとも、止まることは許されないのだ。この街をより大きな混乱に陥れないためにも、詩音は前に進み、敵を打破しなければならないのだ。


 それに――


 敵はすでに詩音の存在に気づいている。恐らく、作戦の邪魔をする詩音の排除を優先するだろう。盗む部隊の奴らも、敵を排除できる程度には異能力を使えるだろうから。


「思った以上に……きついな」


 詩音は呟いた。


 きつくとも、とまるわけにはいかない。もう四人まで減ったとはいっても、異能力者たちへの脅威はまだ消えたわけではないのだから。あと四人、なんとしても倒さなければならない。詩音は自らを鼓舞するために身体を操作して自分の体温を上昇させた。


 端末を操作し、当たりのマップを確認する。敵は、三人。距離はそれなりに離れていた。しかし、いくらなんでもいまの状況で三人まとめて相手にするわけにはいかない。うまく一人ずつおびき出したいところだが、果たして。


 もう、こっそり近づいて不意打ちは通用しないだろう。詩音の存在は相手に気づかれているのだから。戦いになるだろうが、詩音の異能力であれば、一度触れるだけで倒すことが可能だ。一対一であればまず負けることはないだろう。


 問題は、どこまで自分の身体が動いてくれるか、である。詩音は自らの異能力によって動かされているのだ。いま、自らの身体を動かす異能力が限界を迎えつつある。原因は、御剣の異能力の攻撃を受けたことと短時間で異能力を行使しすぎたことが原因だ。


 詩音は自分の身体がどうなってもよかった。どうせもとより死んでいる身である。どうなろうが、知ったことではない。知ったことではないが――


 自分が死ぬと、凍花の武器がなくなってしまう。このクソみたいな街をよくしたいなんて考える酔狂な娘の剣がなくなってしまうのだ。そうなったらあいつは、この街を変えることはできないだろう。この街を変えるには、相当な力が必要になるだろうから。そう思うと、やはり――


「死んでなんて、いられないよな」


 結論は出た。


 限界が来ようが残り四人を始末する。そして、生き延びる。その両方をやってはじめて、詩音は凍花の剣になれるのだと思う。


「いたぞ! あいつだ!」


 そんな声が聞こえて、詩音はそちらに身体を向ける。そこには敵がいた。運のいいことに一人だ。詩音は敵を見定め、身体を操作し、一気に近づこうとする。


 だが――


 近づこうと地面を蹴った瞬間、地面が盛り上がって動きを止める。盛り上がった地面はそのまま形を変えて、詩音の身体を――


 そのまま呑み込んだ。


 ぐじぐじと骨と肉がすり潰される音が聞こえる。圧倒的な質量によって、詩音の身体は骨も肉も内臓も区別がつかない肉塊へと変えられていく。


「俺だ。敵は始末した。作戦続行の是非を問う」


 敵は潰れた詩音がいる隆起した地面を一度目配せしてからそう言った。やるべきことはやった、と言いたげな口調である。


 しかし、詩音は身体をすり潰された程度では死ぬことはない。すでに死している詩音を動かす異能力はまだ消えていない――


 詩音はすり潰された身体を復元する。そして、身体を操作し、力を一気に増大させて自分を押し潰していた地面を吹き飛ばした。それから着地する。


「馬鹿な……」


 敵は驚いた顔をしていた。無理もない。身体を確実にすり潰したのに蘇ってきたのだから。


 敵との距離は五メートル弱。一瞬で詰められる距離。これで、終わらせる。詩音は身体を再び操作し、地面を蹴った。


「くそが! なにがどうなってんだ!」


 敵は少しだけ恐怖を滲ませながら叫んだ。圧倒的な速度で向かってくる詩音を、地面を鋭く隆起させて阻もうとする。鋭く隆起した地面は、詩音の身体をいくつも貫いた。だが、この程度では止まらない。鋭く隆起した地面に思い切り身体をぶつけてそれを破壊する。手は、まだ届かない。あと一歩、距離を詰めなければ――


 そこで――


 ずるん、と詩音の身体が沈んだ。見ると、詩音が立っていた場所が液状化している。敵の能力によるものだろう。地面を操り、詩音が立っているところを液状化させた。きっとここは、どこまでも沈む底なし沼だろう。もがいたところで、脱出はできない。


 しかし――


 詩音の身体能力の向上は身体を操作して行っている。である以上、身体を操作すれば、このような場所から脱出するのは容易い――


 底なし沼に沈みかけていた詩音は身体を操作し、底なし沼から飛び出す。それから敵の真横に着地。そのまま裏拳をかますかのように敵に触れ、死の概念を流し込む。


 あらゆる生物に死を与えるそれを受けた敵は、すぐに動かなくなり、その姿すらも消えていった。


 これで残りは三人。どこにいる?


 ここでの騒ぎを聞きつけたのか、一人がこちらに向かっている。隠れている時間はなかった。それならば、こちらから向かってやる――


 詩音は地面を蹴り、敵の方向へと加速する。曲がり角から出てくる敵に向かって、そのまま死の概念を流し込んで――


 敵の姿が見えた。やれる。手を、伸ばせ――


 がくん、といきなり急激な重さが詩音を襲った。上からかけられる圧倒的な重量によって、詩音は押し潰され、地面に突っ伏してしまう。


「上から見下ろすってのはいい気分だな」


 そんな声が聞こえた。若い男の声だ。


「てめえがなにしてんのかは知らねえけど、さっさと死ね。というか、どうして死んでねえんだ? 軽く数トンの重量を与えてやってるはずなんだが」


 若い男は、不思議そうな声を出す。


「まあいいや。死なねえのならいまの十倍にしてみるか」


 若い男がそう言うと、詩音の上からかかる重量がさらに重くなる。ぎちぎちと骨と肉が軋む音が聞こえた。


「なんだあ? 身体強化系の異能力か? だとしたら随分頑丈だなあ。どこまで耐えられるんだてめえ」


 さらに荷重が強まる。それでも、詩音は前に進もうとする。


「やるねえ。まだ耐えられるのか。じゃあもっと重くして――」


 そこで、若い男の言葉が途切れた。予想外のことが起こったからである。詩音の腕が千切れて、若い男に向かって飛んでいったのだ。バラバラになった身体を再結合させられるのであれば、意図的に身体をばらして自由に操ることも可能なのだ。詩音の分離した腕はそのまま若い男に触れて――


 死の概念を流し込む。


「がっ……な、なんだ、これ……」


 若い男はそう言い、倒れながら崩れていく。


 これで八人。残りはあと二人。


 若い男が死ぬと、詩音の上からかかっていた想像を絶する荷重は消え去った。まずは、近くにいる一人を倒す。


 詩音はマップを確認する。それほど離れていない場所にもう一つ光点があった。先ほど地面を操っていた男と戦った場所に向かってきている。こちらから向かうには時間がなさすぎた。もう来る――


 ごりん、という音が聞こえた。


 なんの音だ、と思って音のした方向を見ると、腕が見事にねじれていた。本来であれば絶対に曲がることのない方向へと折れ曲がっている。


 曲がり角を曲がって、敵が現れる。


「驚いた。腕を曲げてやったのに叫び声も出さないなんて」


 曲がり角から現れたのは女だった。


「生憎、痛覚が鈍いものでね」


「ふーん、そうなんだ。じゃ、あたしたちの邪魔するなら死んでね」


 女がそう言うと、詩音の身体のいたるところがねじれ始める。ぎりぎりと、ぼりぼりと、骨を砕き、肉と内臓をねじ折りながら詩音の身体はねじれ、折り畳まれていく。


「驚いた……どうやってるのかしらないけど、あたしにねじられてもまだ耐えているなんて。あなたは一体どんな異能力を持っているのかしら」


 女は徐々にねじ切られ、すり潰されていく詩音の身体を眺めながらうっとりとした笑みを見せていた。


「でも、無駄よ。あたしの異能力でさっさと潰れなさい」


 ねじ曲げられた詩音の四肢はもはや意味のないものになっていた。この異能力をどうにかしなければ、動くこともままならない。


「なんだ、他の奴らが全員やられたから、もっとすごいことやってくるのかと思ったけど、たいしたことなかったわね。まだ生きてる? 頭以外全部潰しちゃったけど」


「ああ、まあね」


「へえ、まだ生きてるんだ。あんた何者?」


「さあ、俺も知りたいね」


 四肢は潰れた。胴体も潰れた。動くことはままならない。


 だが――

 腕も胴体も潰れようと、異能力は使うことはできる――


 手で触れる以外でも死の概念を放つことは可能だ。ただ、それは詩音にすら見えないものだから精密な制御ができないだけで――


 こうして敵を見据えているのなら、放つことはできる。


 詩音は、身体中から死の概念を解き放つ。四肢も潰れ、胴体も潰れ、だるまのようになった詩音からあらゆる生物に平等に死を与えるモノが溢れ出す。溢れ出したそれは、当然のことながら近くにいた女も呑み込んで――


「は?」


 女はそれだけ言って、影も形も残らず崩れていった。女が死んだのを確認した詩音は、身体を操作し、もとの状態へと戻す。


 これで、九人。あと残りは一人。


 だが、マップには最後の一人は表示されていなかった。この近くにはいないらしい。


「凍花、最後の一人が見えない。どこにいるかわかるか?」


 端末の向こう側にいる凍花に話しかける。


『少し待ってください。最後に一人の場所は――』


 そこで一度言葉を切って――


『出ました。最後の一人は、神木幹也の邸宅に向かっています』


「…………」


 どうやら、親のところにも顔を出す必要がありそうだ。

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