第28話 事件の行方1
後藤洋二郎は悩んでいた。いま自分が行っているのは、本当に正しいことなのか、と。
後藤は、異能力者から異能力を盗むために、この異能力者たちが住む地区に足を踏み入れた。異能力者たちが住むこの地区は、自分たちが暮らしている場所とはなにもかも違う。整然としていて、以前見た、前世紀の、隕石が落ちて閉ざされる前の東京の街並みのようだ。
「盗む、か……」
後藤はぼそりと呟いた。その声に反応する者は誰もいない。まわりには、何人かの異能力者の姿があった。この地区を歩く異能力者は自分とはまったく違う世界に住んでいる住人のように見える。どうする、とこの地区に入り込んでから何度も行った問いかけを再び行う。
後藤は、自警団トップの涼風遼の思想に共感してここにいる。だが、これに参加している他のメンバーのように異能力者を憎悪しているわけではなかった。
『おい、後藤』
耳に装着した端末から声が聞こえてくる。
『なにをやっている。お前、まだ一人も異能力を盗んでいないじゃないか。さっさとやれ。我々の目的を達するためには、お前にも動いてもらわなければならない』
後藤を叱咤する声は、この作戦の現場指揮官の声だった。
「ああ、わかっている」
後藤は返答する。
わかっているとも、そんなこと。だけど――
ここで平和そうに暮らしている異能力者から、異能力を盗んだら、彼らはどうなってしまうのだろう? それが頭に過ぎるのだ。
この地区に侵入するまで、後藤は異能力者はもっと悪辣な存在だと思っていた。この東京で力で権力を握る悪党ども、そう思っていた。
しかし――
この場に入ってわかった。ここで暮らしているのは自分とそれほど変わらない人間であることを、理解してしまった。彼らにも自分と同じく家族があり、傷ついたら悲しんだりするのだろう。それを思うと、彼らから異能力を盗むのはあまりにも自分勝手に思えた。それが、この街をよくするのだと言い聞かせても、後藤の手や足は鈍ってしまう。
自分はそれほど綺麗な人間ではないことはわかっている。この街で暮らしていくためには清廉潔白でなどいられないのが普通だ。後藤だって、遼にスカウトされて自警団に入るまでそれなりの悪事に手を染めてきている。なにを、いまさら躊躇しているのだろう。
やるしかない。
もう、自分たちは引き返せないところまで来てしまったのだ。自分たちの存在に異能力者が気づいたら、間違いなく粛清されるだろう。その前に、すべての異能力者から異能力を盗み、この街に新たなる秩序を作り上げるのだ――
後藤は、近くを歩いていた異能力者に狙いをつけた。隙だらけだ。これなら、問題なく異能力を盗める――
そう、思った瞬間――
なにかが自分の横を通り過ぎていった。それと同時になにかとぶつかる感触。なんだ、と思って後藤は振り向く。だが、誰の姿も見えない。
「なんだ……まあいい。嫌なことはさっさと終わらせてしまおう。俺には、どうせこんなことしかできないんだから」
地面を踏み込み、狙いをつけた異能力者に近づこうとした瞬間、後藤の視界は急激に落下する。
なにが、起きた? 突然の出来事に、後藤は動揺する。立ち上がろうとしても、立ち上がれない。まるで、自分の足がなくなってしまったかのような――
「な……に?」
見ると、後藤の足は消失していた。なにが、どうなっている? どうして俺の足がなくなって――
後藤は状況がつかめないまま、痛みも苦しみもなく、その身体が崩れ、影も形もなくなっていった。
これで何人から異能力を盗んでやっただろう? 山中仁は自分の中に増えていく異能力にうっとりする。
山中に異能力を盗まれた異能力者はこのあとどうなるのだろう? それを考えるだけでも笑いがこみ上げてくる。異能力者の権力はその異能力によって支えられているのだ。それがなくなるということは、奴らは無価値になったも同然だ。奴らは力ある存在からゴミに成り下がったのだ。なんて嬉しいことなどだろう。力あるものが失墜するというのは。もっともっと、異能力を盗んで、奴らを失墜させてやりたい。山中にあるのはそれだけだった。
涼風遼が考えている新しい秩序などどうでもよかった。山中は力あるものが失墜していくところが見れればそれでいいのだ。あの男がそのあとでなにをどうしようが知ったことではない。どうせ、このようなことを考える人間だ。きっとろくなことになりはしないだろう。山中は、いま自分が楽しければそれでよかった。いままでもずっと、そうやってこの街で生き延びてきたのだから。
「さて、次だ……」
山中は平和そうにしている異能力者に狙いをつける。異能力なんて力を持っているくせに、どいつもこいつも隙だらけだった。これが、力あるものの余裕なのか? それとも、力がありながら腑抜けているのか?
どちらでも構わない。自分が奴らから異能力を盗めば、それで終わりなのだ。その余裕でいられるのも、腑抜けていられるのもだ。そして、奴らから盗んだ異能力は山中に蓄積される――
「そういえば、涼風の奴は異能力者どもから異能力をあらかた盗んだらどうするつもりなんだろうな」
それが気になった。自警団トップでありながらこんなことを画策する野郎だ。きっと、実行部隊である山中たちにもなにかさせるに違いない。
「となると、保身は考えておかねえとな。こっちには力があるんだ。あいつくらいどうにでもできるだろ」
そう結論づけて、山中は前を歩いている異能力者に近づいて――
異能力を盗もう、としたその時――
「がっ……」
その異能力者はいきなり山中の方を振り向き、山中に蹴りを放った。まさか反撃を食らうとは思っていなかった山中は大きく後ろに弾き飛ばされる。
やっと骨のある奴が出てきやがった。これで少しは楽しめる。獰猛な笑みを見せた山中は立ち上がり、自分に蹴りを放った異能力者に近づこうとした。
だが――
立ち上がると同時に、膝が砕け、地に這いずった。立ち上がろうとしてもまったく力が入らず、ずるずると這いずることしかできない。なんだこれは。あいつに、なにをされた――
山中に蹴りを放った異能力者は、山中が動かなくなったのを見て踵を返した。待て、と言おうとしたが、声は出なかった。身体が動かない。いや、これは、身体そのものがなくなっているかのような――
山中は、一切状況が理解できないまま、その意識は消えていった。
なにが起こっている? 順調だったはずの作戦になにか怪しげなものが近づいているような気がして、姫岡義信は動きを止めた。
姫岡は端末のホログラムディスプレイを出現させる。表示したのは、この作戦に参加している人間の現在位置。
動かなくなっている光点が二つあった。この作戦は、異能力者全員から異能力を盗むという作戦だ。である以上、動き回る必要がある。動かなくなるのはおかしい。なにが、起こったのか?
「おい、なにが起こった?」
動かなくなった光点の人間に、端末を介して話しかけてみた。しばらく待っても反応は返ってこない。
やはり――
なにか予想外の事態が起こっている。この作戦を邪魔する何者かが、現れたのだ。だが、どこの誰だ? 異能力者の連中にはこの作戦は知られていないはずである。かといって、自警団の連中がこれを嗅ぎつけて邪魔しに来ているとは思えない。異能力者には極力関わらないようにするのが、この街に住む非異能力者の鉄則だ。だから、わざわざ、自警団がこんなところまで出張ってくるはずはない。
ぞわり、と姫岡の背中を撫でる嫌な感触が感じられた。自分に、なにか近づいている。とても嫌な感触の、なにか。なんだ、これは。姫岡は背後を振り向く。そこには――
若い男が立っていた。十八かそこらの子供だ。格好からして、この地区に住んでいる者とは思えなかった。だが、異能力者でない者がここにいるはずがない。
若い男はゆっくりと歩いて近づいてくる。まるで姫岡がなにをしていたのかわかっているみたいだった。
「動くな」
姫岡は、持っていた熱線銃を若い男に向ける。しかし、若い男は姫岡の警告など聞こえていないかのように、その足を止めることはない。若い男は、姿勢を変えたのち、一気に加速し、姫岡に近づいてくる。銃を構えていた姫岡は反応が遅れてしまう。若い男は、そのまま、姫岡の腹に掌底を叩きこんだ。姫岡は、うめき声をあげ、膝をついた。姫岡を強襲した若い男は、そのまま立ち去ろうとする。
「ま、待て……」
姫岡は、痛みに堪えながら、立ち去ろうとする若い男の方に振り向いて銃を構えようとした。その瞬間、姫岡の腕が落ちる。まるで、腕が腐ってしまったかのようだった。痛みは、まったくない。
「なに……?」
なにが起こったのか、まるで理解できなかった。姫岡は、気がつくと地面に伏していた。足が折れている。足が、自分の体重を支えきれなくなったかのように。そして、やはり痛みはない。
腕がもげ、足が折れた姫岡は、自分を襲う得体の知れない出来事に心から恐怖を感じた。
駄目だ。ところで転がっているわけにはいかない。自分たちには目的があるのだ。異能力者から異能力を盗むという目的が。それを達する前に、死ぬわけには――
だが、姫岡の願いは叶うことなく、彼という人間は誰に知られることもなく消えていった。
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