第27話 くそみたいな事件を終わらせるために……
「凍花!」
扉を破り、奥の部屋へとなだれ込んだ詩音は声を上げる。凍花の姿が見えた。詩音の声には反応しない。殺されているはずはないからなにかで昏倒させられているのだろう。詩音は倒れている凍花に駆け寄った。
「凍花! おい! 大丈夫か? 起きろ」
身体を持ち上げ、頬を優しく叩く。見たところ、外傷はない。が、なにか薬の類が使われている可能性はある。それに、仮面が異能力を使ったせいでこの奥の部屋も直接の影響は避けられているものの、温度がかなり低下していた。大丈夫、なのか?
すると――
「ん……」
すぐに反応があった。生きていることがはじめからわかっていたことだったが、それでも詩音は安堵する。そして、嬉しかった。
「……詩音?」
目を開いた凍花は詩音のことを呼んだ。どうやら、詩音のことはわかるらしい。
「ああ。そうだ。大丈夫か? 見たところは大丈夫そうだが」
「はい……ですが、私はどうしてここに……? いや、ここは一体……?」
「まだ状況がわかってないのか? 時間はないが説明してやる。お前は谷山にさらわれてここに来た」
谷山、という言葉を聞いて凍花は反応する。
「そうでした。谷山に呼ばれたと思って、彼に会ってからの記憶が途絶えている。思い出しました。ありがとうございます」
こんな状況でも礼を言うとは律儀な奴だ、なんてことを思ったが、口には出さなかった。
「それで、一体なにが起こっていたのですか?」
凍花に問われ、詩音は言葉に詰まった。
凍花の叔父がこの事件の黒幕だったことは言うべきか? 自分が追っている事件の黒幕が叔父であったと知ったら、彼女はどう思うだろう。それが気になった。
だが――
この事件を終息させるのなら、凍花の力を借りなければ無理だ。である以上、それは花さなくてはならない。詩音は覚悟を決め、話し始める。
「事件の黒幕は、お前の叔父だった」
「え?」
凍花は呆気に取られたような顔をする。なにを言われたのか理解できない、という顔だった。
「仮面を、異能力者から異能力を盗む異能力者を作り、それを使って異能力を盗んでいたのはお前の叔父、涼風遼だったんだ。この場に現れ、話をした」
「そんな……」
凍花の顔は驚愕に支配されていた。自分が追っていた事件の黒幕が肉親であったのなら、そんな顔もしたくなるだろう。
だが――
「申し訳ありません。少し動揺してしまいました。それは充分あり得るシナリオであったでしょう。事件を構成する事柄を考えてみれば、敵はかなりの技術力や資金力があったのですから。その人物が叔父であるというのは予測できたことではあった」
凍花はすぐに気を取り直した。それを見て、詩音は再び安心する。よかった。ここで戦えなくなるような女ではなかったか――
「それで、叔父の目的とはなんですか?」
「自分が作った異能力者の能力を盗む異能力者を使って、異能力者全員から異能力を盗むって計画らしい」
「まさか……そんな」
いつもの冷静さを取り戻した凍花も、すべての異能力者から異能力を盗むなんて突飛すぎて馬鹿げていると思ったのだろう。
「どう思う?」
「どう思うとは……どういうことですか?」
問うた詩音に問い返す凍花。
「お前の判断を聞きたい。お前が叔父の計画を支持するのなら、俺はお前の言う通りにする。雇われているわけだからな。だから、この計画を止めるかはお前が決めてくれ」
「私が……」
意外なところで責任を問われて、凍花は困惑していた。困惑しつつも、思案を続ける。一分ほど考えたところで――
「叔父の計画を止めましょう」
素早く判断を下した。詩音は、凍花が自分が思っていた通りに判断を下してくれてそっと息を撫でおろした。よかった。俺の判断は間違っていなかった――
「叔父の計画の通り、異能力者全員から異能力を盗まれれば、この街はさらなる混乱に襲われるでしょう。いまの東京は異能力者によってある程度秩序を保っている状態です。もし、それが一気になくなったりしたら、混乱は避けられない。もしかしたら、東京に隕石が落ちてきた時なみに混乱するかもしれません。そうなったらいま以上に暴力の嵐が吹き荒れる。そうなったら東京は崩壊して、二度と立ち直れないかもしれない」
「…………」
「私はこのクソみたいな街をよくしたい。ここで産まれ育ってきましたから。だから、いま以上の混沌に襲われるのは見たくない。
それに、私は異能力者を排除すべきというのは正しいとは思えない。彼らも、この街の住人です。である以上、異能力者とわたしたちは共存していかなければならない。上手く折り合いをつけて共存する。それしかないんです。異能力者だって同じ人間なのですから、手を取り合って協力するくらいはできるのではないですか? わたしと、あなたのように」
「さあ、それはわからねえけど」
でも、満足した。凍花はこの街から異能力者を一斉に排除することが正しいとは思っていない。ああ、本当にこの娘はこの街を変えていきたいのだ。いまの言葉で、詩音はそれをはじめて理解した気がする。
「お前がやってくれるっていうなら俺はなにも言わん。だが、すでに計画は動き出している。もう、異能力者たちが住んでいる区画に、遼の手下の異能力を盗む異能力者が忍び込んでいるらしい。何人かはわからんが、あの口ぶりからすると一人じゃないのは明らかだ。どうにか、ならないか?」
ここには当然のことながら、いつも詩音のサポートに使っている端末は存在しない。だが、戻っている時間もない。
「いえ、大丈夫です」
凍花は自信満々に言う。
「もし、あの場から引き離されても端末を遠隔操作できるように、携帯型の情報端末を仕込んであります」
そう言って凍花はどこかから小型の携帯端末を取り出した。それを耳に装着する。
「それで、わたしはなにをすればいいですか?」
「異能力者が住んでる区画に忍び込んだ盗む異能力者の居場所を知りたい」
「わかりました」
凍花はそう言って、ホログラムディスプレイとキーボードを出現させ、怒涛の勢いでキーボードを叩いていく。指の数は詩音と同じはずなのに、三倍にも四倍にもなったかのように見えるほど速かった。画面がポップアップしては消え、またポップアップする。目の前で目まぐるしく行われているが、詩音には、凍花が一体なにをしているのかまったくわからなかった。
それでも――
いまでも事態が動いている。ここでこそこそやっている間も、異能力者たちの居住区に忍び込んで遼の腹心が異能力を盗むために動いていると思うと、凍花のことを急かしたくなってしまう。
だが、耐えた。耐えて、精いっぱい行ってくれている凍花のことを見届ける。いまの詩音にできることは、これしかないから――
「完了、しました」
凍花は手を止めた。その顔には汗が滲んでいる。きっと、渾身の力を込めてこの作業を行ったのはすぐに理解できた。
「叔父には、側近のような部下が十数人かいます。異能力者たち全員から異能力を盗むなんて大がかりなミッションを、そこらの輩にやらせるとは思えません。動くとしたら、彼らでしょう。そのデータを送ります」
今度はゆっくりとキーボードを操作して、詩音の端末に情報を送る。すぐに、詩音の視界に情報の着信を告げるポップアップが表示された。それをタッチすると、先ほど言った遼の腹心たちの顔写真や簡単なプロフィールが表示された。
「ありがとう。これでなんとかなる」
「ですが……」
「相手が十数人だからって心配してるのか? 大丈夫だ俺を信頼しろ。そのくらい、どうにでもなる」
詩音の言葉を聞いて、凍花は少しだけ躊躇みせて――
「わかりました。ちゃんと、戻ってきてください。こちらもサポートを続けますから、あなたは心置きなく叔父の野望を食い止めてきてください」
「わかったよ。またな」
詩音は身体を操作し、身体能力を向上させて地面を蹴って部屋から飛び出す。目の前には、氷で閉ざされた扉がある。
「邪魔すんな!」
詩音はそう怒鳴り声を上げて、凍りついた扉を蹴り破って外に出た。
さて、これから異能力者どもを救ってやることにするか。
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