第22話 落とし前はつけてもらう
木間命太郎と不動静。
それが残りの襲撃者の名前である。凍花から送られてきた情報を参照すると、木間の方が詩音に攻撃を仕掛けてきている異能力者だ。となると不動の方は名前の通り動きを止める能力者の方ということになる。
不動の方は、動きを止められるだけだから詩音に対してほとんど有効な攻撃手段を持っていないはずだ。奴の視界に入ると、動き止められるから戦っている最中に邪魔されると面倒ではあるがそれ以上ではない。
であれば――
先に始末するべきは木間の方だ。奴を始末しなければ、この攻撃はずっと続くだろう。御剣とは違ってそれは詩音を殺し得るものではなくとも、攻撃されるのは鬱陶しい。今日静かに寝るためには最低でも木間を始末しなければ駄目だ。木間を始末できれば、あとはどうにでもなる。
詩音はビルの屋上に着地した。詩音の視界に表示されているマップを参照する。距離はそれほど離れていない。詩音に足ならば、邪魔されなければ三分とかからない。
だが――
上からなにかが降ってくる。詩音はそれを前に飛んで回避し、隣のビルに移動。後ろから突き刺さったなにかが形を変えて詩音に迫ってくる。植物のように見えた。詩音は死の概念を解き放ち、迫ってきた植物を枯死させた。
まだ、攻撃は続いている。こちらに木間の攻撃は通用しないとわかっているのに続ける理由はなんだ? なにを狙っている? やはり――
木間を捕らえて、吐かせるか? 手錠は一応、あと一つだけ残っている。この手錠をどうにか嵌めることができれば、口を割らせるのも不可能ではないだろう。
とはいっても――
先ほどの轟のように、捕らえた瞬間、木間が始末されることも充分あり得る。それに――
木間がなりふり構わず攻撃を仕掛けてきたのなら、やはり、詩音といえども手錠を奴の身体のどこかに嵌めるのも難しい。
「生かして捕らえるのは難しいか……」
詩音はビルの屋上から飛び立ち、隣のビルへ向かう。詩音はマップを確認する。木間との距離は着実に縮んでいた。これなら、次跳べば――
地面を蹴って次のビルに飛び移ろうとしたその時――
詩音の足もとからなにかが突き出してくる。鋭く尖ったそれは詩音の身体を貫くことなく無数の突き上がり、詩音の身体を拘束した。空中で変な姿勢になって押し留められる。
しかし――
詩音はわずかに動く手で突き上がってきたなにかを殴り、同時に死の概念を叩きこむ。死の概念を叩きこまれたそれがすぐに朽ちて消えていく。そして、足からも死の概念を叩き込み、破壊する。
「ずいぶんと大規模な異能力だが……俺とは相性が悪かったな」
詩音のぼやきに反応する者は誰もいない。
詩音はまたビルの床を蹴って飛び立つ。隣のビルへ、また隣のビルへ、また隣へ。リズムよくハイスピードで踊るように飛んでいく。
木間との距離は、もうあと少し。もう一つビルを越えれば、木間の姿を視認できるはず――
そう思った瞬間――
ごごご、という音が聞こえてきた。地鳴りのような、ただならぬ音だ。その音は、どんどんとこちらに向かってくる。音が聞こえる方向に視線を向ける。そこには――
「……マジかよ」
そこには、前世紀の遺物であるダウンタウンのビルを次々となぎ倒し、飲み込みながら津波のようなものが押し寄せていた。
一体、どれほどの生物を操作してあれを創り出したのだろうか? 自分なんかを倒すために、どれほどの生物をないがしろにしたのだろうか? どれだけ生物を操ったところで、すでに死んでいる自分を殺すことなんてできないのに――
そう思うと、怒りが湧き上がってきた。
自分ごときを倒すために、無辜の人々を犠牲にした木間に対して――
怒り? この俺が怒りを感じている? 驚いたな。死んでいるんだから、感情なんてとっくに死んでいると思っていたのに。感情というのは、死んでいても発現されるものらしい。なかなか面白くない冗談である。
津波は轟音を立てながら迫ってくる。あれは、ただ一人、動く死体である湊詩音を倒すためだけに行われているのだ。もし、あの津波を作り出すために犠牲になった人がいるのなら――
いや、ここはダウンタウンだ。人は当然のことながら存在する。あれに飲まれてしまった人たちもいるだろう。
ならば――
あれを作り出すために犠牲になった人たちのために――
あれに飲み込まれ、理不尽に死ぬしかなかった人たちのために――
あの津波を、ちゃんと殺してやらなければ。
せめても償いとして。
詩音には死を与えることしかできないから――
詩音はもう一つ前にビルに飛んだ。津波がやってくる最前線。
ここで、これを止める。止めて、殺し尽くす。そうしなければ、このダウンタウンが得体の知れない津波に飲まれてしまうから――
ビルをなぎ倒し、飲み込みながら生命の津波は襲いかかる。その圧倒的な物量で、詩音を押し潰すために――
詩音は目を閉じた。
津波はすぐ真上にまで迫ってきた。それでも、動かない。
そして、一歩下がり、押し寄せてくる生命の津波の正面に立ち、力を解放する。
死よ。
死よ。
死よ。
あまねく生物に存在する死よ。
すべてを飲み込むこの暴虐の津波を殺し尽くせ――
詩音の手に津波が触れた。触れると同時に詩音の身体がその圧倒的な質量によって押し流され、飲み込まれそうになる。
それでも――
詩音は地に足をつけ、自分に襲いかかる圧倒的な質量を前にして踏みとどまる。
死よ。死よ。死よ。耐えて耐えて耐えて耐えて耐えながら、死の概念を、目の前のつまみを殺し尽くすために放ち続ける。
足が折れそうになる。
腕が砕けそうになる。
それでも耐えなければならない。
だって、この津波を抑えられなかったら、多くに人が死んでしまうから。そうなったら――
頭に浮かんでくるのは凍花の顔。
これに飲まれてしまったら、この街をよくしたい、そんな馬鹿げた考えを持っているあいつが、嫌な顔をするだろうから――
だから、折れるわけにはいかない。
「うおおおおおおおおお!」
詩音は叫んだ。こんな風に叫んだのは生まれてはじめてかもしれない。叫んだりする柄ではなかったし、そもそも叫ぶほど感情が昂ることもなかったから。
死よ、死よ、死よ。自分の力を使いつくしてもいい。あの津波だけはすべて、殺し尽くしてくれ――
すると――
目の前から重さが消えてなくなった。
前から押し寄せていた津波は次々と朽ちて滅んでいく。詩音の放った死の概念が、津波全体に行き渡ったらしい。
「はは、やってみるもんだな」
詩音はそう言うと、そのまま尻もちをついた。あまりにも大きな力を使ってしまったせいで、身体の力が抜けてしまった。
だが――
詩音はすぐに立ち上がる。
やるべきことは、まだ終わっていない。
詩音はあたりを見回す。生命の津波に飲まれた前の区画は破壊され尽くしていた。その中に一つだけ、無事なビルがある。そのビルの屋上に見えるのは人影。恐らくあれが木間だろう。奴を、どうにかしなければ。詩音はそのビルに向かって突撃する。
「ば、馬鹿な……」
木間のいるビルに到着するなり、木間は驚愕の表情を見せた。あれだけの質量で押し切ろうとしたのに殺せず、あまつさえ破壊をまき散らすその質量を逆に破壊し尽くしたからだろう。
木間はぐったりと腰を下ろしていた。先ほど津波を引き起こすために、相当大きな力を使ったのは明らかだ。
「轟を殺したのはあんただろ? あんたらの目的はんだ?」
「…………」
木間は無言を貫く。それは仲間を売りたくないからなのか、それとも――
「ははっ」
木間は笑った。その笑いは、どこか勝ち誇っているように見える。
「馬鹿め。まんまとおびき出されやがって。やった、やったぞ! 俺はやったんだ! 目的を達成した! 俺たちは、勝ったんだ!」
「は?」
木間がなにを言っているかわからず、詩音が首を傾げていると――
甲高い音が聞こえてきて、木間は力なく倒れた。音がした方を向く。そこには、熱線銃を構えた不動の姿。
「お、追いつかれたら始末しろって言われてたんだ。へ、へへへ」
不動はどこか壊れたような笑みを見せている。
「おい」
詩音は不動に話しかける。最後に残ったのはこいつだけだ。こいつから話を訊き出すしかない。こいつの異能力を考えれば、荒い手段で情報を引き出すのも可能だろう。
「お前らの目的はなんだ?」
「な、なんだとてめえ」
不動は熱線銃を躊躇することなく撃った。音速を越える速度で撃ち出される熱線によって、詩音の頭部を貫通する。貫通と同時に焼かれているため、出血はまったくない。
だが、熱線銃で頭部を貫通された程度では詩音は死なない。額に指二本ほどの大きさの穴が空いたまま、不動との距離を詰める。
「な、なんで死なねえんだ!」
不動は恐慌しながら熱線銃を撃ちまくる。不動の射撃は見事で、放たれた熱線はすべて詩音の身体を貫通した。熱線は詩音の身体をゴミのように引き裂いていく。だが、詩音は止まらない。この程度で止まるほど、詩音の身体はよくできていないのだ。
「う、動くな」
そう言って不動は詩音に視線を向ける。詩音は身体の動きが止められた。歩いている姿勢のまま詩音は硬直する。
動けないようだが、異能力は使えるようだ。詩音は腕を操作して細い針のように伸ばし、不動の足を刺し貫いた。
「ぎゃああああ」
足を刺された不動は地面に転がり、詩音から視線を外す。詩音は再び距離を詰めていく。
「もう一人はお前が殺しちゃったから、お前に訊くとするよ。どうして轟を殺した? お前らの目的はなんだ?」
もう一歩近づこう、としたその時――
不動の様子が突如変化した。それを見た詩音は後ろにステップする。
「あ、あああ。助け……」
不動は手を伸ばす。だが、その思いも空しく、不動は動かなくなった。
なんだ? 詩音は状況を確かめる。気がつくと、不動の後ろには――
仮面をつけた何者かが立っていた。
仮面は動かなくなった不動を蹴りつける。すると、不動はガラスのおもちゃのように砕けてばらばらになった。
詩音は、そいつを見て気合いを入れ直した。
こいつが、異能力を与えていた奴なのだろうか?
ならば、ここで――
「こんなところ呑気に遊んでいていいのか? 湊詩音」
仮面をつけた何者かの声は、なにかで声を変えられているらしく性別は判然としなかった。
「どういうことだ?」
「貴様のパートナーはいただいた」
「な……」
その言葉は痛みを感じないはずの詩音の身体に強烈に貫いた。
「それを伝えにきた。また会おう」
「ま……」
待て、といおうとして、詩音の声は出てくれなかった。仮面は屋上から飛び降りて姿は消えてしまう。
奴の言葉。あれが意味するものは――
凍花がさらわれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます