第21話 反撃開始
危なかった――
頭部を刃で射抜かれて、目を見開いたまま動かなくなった御剣の死体を見て、詩音は安堵した。
この男は、強敵だった。死なぬ自分に死を意識させた男。敵として、戦ったことに敬意を表したいと思う。
だが、まだ終わりじゃない。襲撃者はあと二人。詩音を殺しきれる御剣がやられたことを奴らは認識しているだろう。それで残りの奴らがどうするかは不明だが、狙われたまま放置するわけにはいかない。確実に始末する。逃がしてなるものか。
その前に――
詩音は異能力を発動し、御剣の死体に干渉する。詩音の異能力によって御剣の死体は崩れていく風に流されていく。残ったのは、御剣の血液が残ったナイフの刃だけ。
それにしても、なにかに使えると思って持ってきたナイフが決め手になってくれるとは思わなかった。あれがなければ、詩音はやられていたかもしれない。できれば、発射した刃を回収しておきたいところだが、異能力者である詩音が持とうとすると問題が起こるかもしれない、そう判断し、刃はここで放置しておくことにする。少しもったいない気もするが、仕方がない。
「俺だ。襲撃者を一人始末した」
待機上体を解除し、端末の向こう側にいる凍花に報告する。
『そうですか。わかりました。身体の方は無事ですか?』
端末の向こうから聞こえてきたのは詩音を案ずるような声。
「無事じゃなけりゃ話したりしねえよ。どうせ無茶やったって死なねえ身体なんだ。お前はお前ができることをやれ。俺のことなんて心配しなくていい」
『ですが……』
「それよりも、居場所はわかったか?」
『いえ。もう少し時間をください。情報がわかり次第、そちらにお送りします』
「わかった」
詩音は了解して通信を待機状態にする。
凍花との通信が終わった瞬間、上からなにか気配がした。詩音は横に大きく飛ぶ。詩音が先ほどまでいた場所には矢のようなものが数本突き刺さっていた。
「まだやる気か。ならいい。今度はこっちから行ってやる」
詩音を自分の身体を操作して地面を強く踏み込み、宙へ飛び上がった。近場のビルに着地する。霧に満たされた東京は相変わらず視界が不明瞭だ。しかし、低い場所にいるとひたすら上から狙われる。やられてもどうにかなるとはいえ、やられてばかりというのも気に入らない。そろそろ、未だに姿を見せない襲撃者にぶちかましてやらなくては。
ビルの床を蹴って飛ぼうとしたその時、足にぬるりとした感触が感じられた。飛ぼうとした詩音はそのまま下に引き寄せられる。詩音の足をつかんでいたのは、液状化した形のないなにか。とても生物には見えなかった。恐らく、この襲撃者の能力で生成されたものなのだろう。
「この……鬱陶しい」
身体を操作し、蹴りつけても液体のような身体が震えるだけでまったく効いている様子はなかった。このままこの雑魚に構っている暇はない。詩音は蹴ると同時に死の概念を液状化生物に叩きこんだ。死を叩きこまれたそいつは即座に崩れていく。足の戒めが解けた詩音は再びビルの床を蹴って宙へと飛び出した。隣のビルに着地する。
隣のビルに着地すると同時に、視界をなにかが埋め尽くした。突如、目の前に現れた異常に詩音は一瞬動揺する。鳥のように見えるなにかが詩音が立つビルの屋上を覆っていたのだ。鳥のような生物は、禍々しい音を立てながら渦を巻いている。
「くそ……さっきからなにが狙いだ、こいつ……」
それがよくわからない。この襲撃者の異能力では、御剣と違って詩音を殺し得るとは力があるとは思えなかった。なのに、こいつらは攻撃の手をやめることはない。まだなにか、隠しているものがあるのだろうか。
禍々しい音を立てながら渦を巻いている中から、なにかが飛び出すのが見えた。しかし、その速度は詩音の反応より速く、詩音の腕は渦を飛び出した一匹によって切り飛ばされる。
だが、腕を切り飛ばされる程度で詩音は動じない。飛ばされた自身の腕を操作して引き寄せ、腕を接合する。
どうする――
これだけの量を一気に殺すとなると、かなりの力を消費する。しかし、これだけの量がいるとなると、穴を空けた程度ではすぐ塞がれてしまうだろう。
渦の中からまた一匹、飛び出してくるのが見えた。やはりそれは詩音の反応より速く、回避しきることができない。腿のあたりを深々と切り裂かれた。じわり血が滲む。
やはりこいつらは、時間を稼いでいるのか? ならばどうして時間を稼ぐ必要がある? なにか、狙いがあるのだろうか? どうにもそれがわからない。
禍々しい音を立てる渦は、徐々に狭まっているように見えた。
このまま細切れにするつもりか――
細切れにされたところで、詩音は死ぬことはない。詩音の本質はこの身体ではなく、自身が持つ異能力なのだから。
痛みも苦しみも感じないといっても、自分の身体がミキサーに入れられたみたいになって気持ちのいいものではない。どうにかして、ここを切り抜けなければ――
その時――
徐々に距離を狭める渦が変貌した。鳥のように見えた生物はどろどろとしたなにかへと変化し、一気に距離を狭め、詩音に津波のごとく襲いかかった。ねばねばとしたそれは詩音の身体に重くのしかかり、身体の動きを制限する。このままその重量で押し潰すつもりか。みしみしと音を立て、詩音はどろどろのなにかと一緒に落下していく。
骨が折れる音が聞こえた。
肉が潰される音が聞こえた。
それでも、詩音の意識は消えることはない。折れた身体を、潰れた身体を操作し、自身に襲いかかる圧倒的な重量に対抗する。
落ちる。
落ちる。
落ちる。
どこまで落ちていくのだろう。
自分は、これ以上下に行くことなんてないはずなのに――
身体の感覚がどろどろしたなにかと混ざり合ってわからなくなった。
それでも、詩音の意識は消えることはない。自分の身体と外界の境界が消えてなくなっても、湊詩音という動く死者の意識は確かに残っていた。
自分は、負けるわけにはいかない。ここで負けてしまったら、自分を信じてくれたあいつに申し訳ないと思うから――
詩音は力を解放する。
あらゆる生物に死を与える究極の力。それはどこまでも深く、黒く、恐ろしい。生物であるのなら絶対に抗うことのできないその力が解放される――
ぱん、と乾いた音が聞こえた。
気がつくと詩音に襲いかかっていたどろどろのなにかは消えてなくなっていた。
どうやら、また自分は死に損なったらしい。
だけど、それでいい。
いまはまだ、死ぬわけにはいかないから――
『詩音』
声が聞こえた。ここ最近、馴染みの深い声。凍花の声だ。
「どうした?」
『敵の居場所がわかりました。現在進行形でトレースしていますので、追いかけてください』
凍花がそう言うと同時に、詩音の視界に地図がポップアップする。そこに光点が二つ、点滅していた。
『その光点があなたを襲撃している異能力者の居場所です。両方特定するのに時間がかかってしまいました。申し訳ありません』
「いい。俺に謝る必要はない。ありがとう」
詩音は礼を言い、少しだけ気恥ずかしくなって、凍花の返答が聞こえてくる前に通信を待機状態にした。
「さて、ここから反撃開始だ。よくもまあ、いままで好き勝手にやってくれたな」
詩音はそう呟いて、再び宙へと飛び上がった。
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