第20話 窮地
死よ。
死よ。
死よ。
あらゆる生物に終わりをもたらすそれは、音もなく、不可視でそれは襲いかかる。
これは、詩音が使う異能力の中での必殺の一撃。一切の苦痛を与えずに死を与えるだけの存在。詩音の父が、異能力者の頂点に立つ男が、畏怖を感じた力――
詩音から放たれた死の概念は指向性を持って御剣に襲いかかる。
奴は、認識できないものは殺せないと言った。であるなら、この死の概念は人には見えない。目に映らず、音もなく近づいて、その中にあった生物にただ死を与える存在だ。御剣が持つあの剣では殺せない。
死よ、襲え。
死を、食らえ。
死に、飲み込まれろ。
御剣は動かない。こちらの攻撃を待ち構えるにしている。見えず、音もなく近づくそれは、間違いなく御剣を殺し得る――
「それはなかなかに邪悪だな」
そんな声が聞こえた。ぞくり、と詩音の背中になにか嫌な感触が撫でる。すると――
御剣は彼に襲い来る、見えないはずの死の概念に向かって剣を振るい――
御剣に約束された死を与えるはずだったものが斬られて、殺される。
「な……」
奥の手を破られた詩音は驚愕するしかなかった。馬鹿な……。詩音は一歩後ろに下がる。あれは、見えも触れもしないものなのに、何故?
「ずいぶんと驚いた顔をしている。いまのがきみの決め手だったわけだ」
詩音の放った一撃を破った御剣はやはり余裕だ。圧倒的な強者としてそこにある。
「あれは……見えも聞こえもしなかったはずだ。どうして……」
「見えも聞こえもしないものを斬れたのがそんなに不思議かね? 見えず、聞こえず、触れずともそれは私に向かって放った攻撃であろう。それならば斬ることもできる。認識できれば、私の剣は斬って殺すことが可能だ。私でなければ無理だっただろうがね」
御剣は滔々と語った。確かにあれは御剣に向かって放たれたものだ。人智を超えたこの男なら、斬れるかもしれない。詩音はそう思った。
御剣はわずかな音を立てながら詩音に近づいてくる。その姿はまるで王者のようだ。詩音は、動けなかった。
「実にいい時間であった。我々は、思う存分その力を振るい、競い合った。これほど充実した時間を過ごせたのははじめてだ。きみは敵として素晴らしい力を持ち合わせている。私とて、斬るのが惜しくなるほどな。
とはいっても、私のクライアントはきみを始末することを望んでいる。私はその犬である以上、その命には従わねばならん。残念なことこのうえないが、敵同士として出会ってしまった以上、仕方あるまい。
ところで、きみはあと何回復活できる? いや、こう問うべきか。殺しても死なぬきみを動かしているものは一体なにかな?」
御剣は剣を構え直す。向けられた切っ先からは、禍々しさが漂っていた。
「く……」
恐らく、御剣はそれほど時間がかからずに、詩音を動かしているのが異能力であると気がつくだろう。そうなると、詩音の不死は破られる。そうなったら――
いや、なにを考えている。自分は負けるわけにはいかない。自分を信じて待っているあいつのためにも――
詩音は距離を取るために動き出そうとした、その瞬間――
詩音の身体が、自身の制御を離れ、その場に塗り固められたかのように固定された。
これは、二人目の襲撃者の異能力。放置しておいても構わないと判断したことが仇になった。まずい。このまま動きを封じられていたのでは、確実に――
「…………」
動かなくなった詩音を見て、御剣は歩みを止めた。歩みを止めたその顔には、わずかな怒り。
「私だ。なにをやっている。余計な真似はするな」
御剣は詩音ではない誰かに話しかけた。傍から聞いていても怒っているのがわかる口調だ。恐らく、どこかに装着している端末を介しているのだろう。
御剣が言うと、詩音の戒めも解けた。
「すまなかったな。邪魔が入った」
御剣は剣を下げ、綺麗に頭を下げた。
「別にいいさ。ま、助かったけど」
しかし、これによって焦っていた詩音もいくぶんか冷静さを取り戻せた。そのおかげで、詩音はこの男を倒す方法を思いついた。
どうしてあれのことをすっかり忘れていたのか。あれを使えば、確実に倒せるはずだ。
だが、チャンスは一度。失敗は許されない。この男に二度目は通用しないだろう。どうやってそのシチュエーションまで持っていくか問題だ。
いや、そんなこと考えても仕方ない。どちらにせよ、それを成功させなければ、詩音には勝ち目がないのだ。なにがどうなったとしても、それを通さなければ――
「気配が変わったな。なにか私を倒しうる方策でも思いついたのかね?」
御剣は再び正眼の構えを取る。いつでもこちらに向かってこれる状態だ。
「そんなところだ」
倒す手段は見えたが、これを悟られてはならない。こちらがやるのは不意打ちだ。不意を衝いて、一撃で殺す。
「それは面白い。必殺の一撃を破られてもなお、勝機を見出すとは、実に面白い少年だ。では、それをやってみたまえ。十全にやぶってみせよう」
詩音と御剣は同時に距離を詰めた。詩音は低い姿勢で、御剣の持つ剣の間合いの内側に入る。御剣はそれを迎え撃つ形になった。詩音は自身の身体を操作し、掌底を放つ。しかし、詩音の手に感じられた感触は肉体の感触ではなく、硬い感触。御剣の持つ剣だ。自信の身体への攻撃は防いだものの、御剣は人智を超えた力で放たれた掌底によって浮きあがり、大きく後ろに弾き飛ばされた。
「私の剣で斬られるとやられかねないとわかっていながら、間合いの内側に入ってくるとは。きみの勇気に敬意を表しよう」
後ろに弾き飛ばされた御剣はそう言って、空中で姿勢を立て直し、近場にあったビルの壁面を蹴って詩音のもとに向かってくる。詩音の命を刈り取るために剣を振るう。最小の動作で振られたそれが狙うのは詩音の首。迫りくる剣を詩音は自身の身体を操作して後ろに飛んでそれを回避。斬撃を回避されても、御剣は止まらない。返す刀で斜め下から剣を振り上げる。丸い切っ先が詩音の頬を薄く斬り裂いた。
詩音は力を解放し、再び死の概念を解き放つ。目に見えない、音もしないそれが御剣に襲いかかる。
「それは一度見ているぞ!」
御剣はそう叫び、剣を振るい、彼に向かって放たれた死の概念を斬って殺す。狙い通りだ。それでいい。御剣に死の概念が通用しないことはすでにわかっている。狙うべきは、別のもの。
詩音は再び距離を詰める。自信の身体を操作し変形させ、腕を高質化させて斬撃を放つ。その斬撃は、御剣の剣によって阻まれる。鍔迫り合いの状態。だが、詩音は両手で剣を持つ御剣にじりじりと押し込まれていく。
しかし、それでも狙い通りだ。力のぶつかり合いをすれば、こちらが押し込まれることはわかっていた。詩音は再び身体を操作し、変形させた腕をさらに変形させる。無数の棘が御剣に襲った。不意をつかれた御剣はその棘によって身体のいくつかを貫通した。
「く……」
御剣は後ろに飛んで距離取る。肩と腕と足に血が滲んでいた。だが、その程度の傷で御剣が止まるはずがない。
「きみは自分の身体も変形させられるのだったな。油断した。そんなことができるのであれば、わざわざ正面からぶつかる必要はない、か」
三ヶ所刺し貫かれても、御剣の余裕は消えていない。むしろこの状況を楽しんでいるようにも思えた。なんという男だ、と詩音は感心するしかない。
詩音は異能力を使い、死骸を集めて、御剣の下から死骸の刃を襲わせる。自身の足もとという死角から攻撃を受けても、御剣は揺るがない。足もとから突き上がってきたそれを、流れる木の葉のようにすり抜けて、詩音との距離を詰める。
まだだ。まだ、あれを使うのはここじゃない。詩音は自分に言い聞かせる。
詩音は再び異能力を使い、先ほど攻撃に使った死骸を無数の矢に変化させて御剣に放った。
「甘い!」
御剣は剣を最低限の動作で振るい、次々と襲い来る死骸の矢を斬り落としていく。一発、二発、三発、四発。まだ止まらない。襲わせるだけ襲わせる。五発、六発。まだ殺されていない死骸は残っている。七発、八発、九発、十発。御剣の剣は流水のごとくゆるやかさで振るわれ、矢を撃ち落としていく。これで最後。十一発、十二発。二つとも斬り落とされる。ここだ。詩音は自分のホルスターに収まったそれを抜いて、発射した。
御剣は自身に向かって放たれたそれに当然気づき、手に持った剣でそれを斬り払おうとする――
だが――
「なに……?」
いままで余裕を崩すことがなかった御剣に、はじめて驚愕が見えた。彼の持つ剣によって防がれるはずだったそれがすり抜けたからに他ならない。
御剣の剣をすり抜けたそれは、吸い込まれるように御剣の頭部へと突き刺さる。頭部を射抜かれた御剣は、動きを止め、膝をついて倒れ、そのまま動かなくなった。
御剣を殺したのは、能力を無効にする素材で作られたあのナイフ。
「あんたの異能力も、あんた自身も強力だった。だけど、その力を過信しすぎたな。まあ、異能力を無効にする素材で作られた武器なんて知ってるはずもないから、無理もないんだが……」
その言葉に返すものはいない。ただそこには、ナイフの刃で頭部を貫かれ、血を流すだけになった物言わぬ骸が転がるのみ。
これで、一人。
残りはあと二人。
反撃開始だ。
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