第19話 危険な異能力

 ばらばらに斬り裂かれた詩音はすぐさま自分の身体を操作する。身体を操作して、分断された身体をくっつけていく。十秒と経たずに詩音の身体は復元された。傷は問題ない。だが――


 三人目の襲撃者。


「三人目の襲撃者が現れた」


 詩音は待機状態を解除し、凍花にいまの状況を告げる。


『本当ですか? どこにいるのです?』


「俺の前にいる。逃げられそうにないな」


『そう、ですか。わかりました。どうにか、退けてください』


「わかってるよ。どちらにしても退けられなきゃどうにもならなそうだ」


 そう言い残して詩音は通信を待機状態にする。


「話は終わりかね?」


「意外だが。攻撃できる隙なんていくらでもあったような気がするが――」


「不意打ちというのは好かん。それは武人として正しくない」


「ふーん。随分と礼儀正しいことで」


 詩音は軽く言葉を返す。


「それにしても、十二分割にしてやっても死なないのか」


 興味深そうに言う古風な格好をした男。


「実に興味深い。貴様はどこまでやれば殺せるのだろうな」


 古風な格好をした男は、静かな声で厳かに言う。付け入る隙は一切なかった。仮に詩音が身体能力を強化して不意を衝こうとしても、失敗に終わるだろう。詩音は腕を前に突き出して構える。


「知らないね。俺だって知りたい」


 まずいな――と心の中で思う。


 何度も殺されて復活したせいか、随分と力が失っている。いままで、何度殺されてもこのようなことはなかったのに。あの古風な格好をした男が持つ先が丸い剣には、詩音を殺しうる特殊な力があるのだろうか。


「私は、御剣斬月という」


 古風な格好をした男はいきなり自分の名を名乗る。


「……なにが狙い? 名乗ったところで、出せるものなんてなにもないけど」


「きみとはこれから命のやり取りをするのだ。私は殺す相手には名乗ると決めている。それとも、きみは殺す相手には名乗ったりしないのかね?」


 御剣は一切隙を見せないまま嘆息する。どうやら、こちらに隙を作るためにいきなり名乗ったわけではなさそうだ。


「もしよければ、きみも名乗ってくれるとありがたい。きみほどの強者と戦えるのだ。こちらが相手の名を知らぬというのは失礼だろう?」


 堂々と、そして力強く御剣は言う。無駄な話をしているのに、まったく隙は見えない。


「湊詩音」


「ほう。いい名だ。名乗ってくれてありがとう。これで心置きなくきみを殺すことができる」


 御剣はそう言うと、空間そのものがなくなったかと錯覚するような速度で距離を詰める。詩音は御剣が持つ、剣の間合いに突入した。それから、最低限の動きで剣を振り払う。詩音の身体を両断する横薙ぎ一閃。空気を切り裂き、煌めく光のごとく詩音の腰のあたりから剣が迫る。


 しかし、先ほど御剣の攻撃は受けている。今度は対応可能だ。詩音は思い切り地面を蹴り込み、斬撃を回避。空中に舞い上がって御剣の上空を取る。腕を針のように変形させ、上から急襲した。


「遅い」


 御剣は腕を振り切る直前で、軌道を変化させる。上空を回り込んでいる詩音にその先の丸い刃が襲いかかる。詩音は空中で身体をねじって回避を試みたものの、攻撃を行おうとした右腕を切り落とされてしまった。斬り落とされた瞬間、また力が抜けていく。腕は落下し、詩音は地面に着地する。斬り落とされた腕を操作して自分のもとに引き寄せ、乱暴にくっつけた。


 しかし――

 普段ならすぐにくっつくはずの腕が、なかなか修復されない。


 やはり、御剣の持つ剣はただ斬るというだけではない、という確信を持った。


「さすが、死なぬだけあって思い切りがいい。だが、その思い切りのよさはいつまで続くだろうか」


 余裕に満ちた声で距離を詰めてくる御剣。ゆっくり歩いているというのに、隙というものがまったく見当たらない。


 どうする? 詩音は自身に問いかける。


 奴に何度も斬られるのはまずい。御剣に斬られ、致命傷を負うたびに、詩音のどこかにある力がどんどんと削られている。このまま斬られ続けると、殺されるかもしれない。


 殺される――


 死んでいる自分が殺されるなんて実に馬鹿馬鹿しい。死んでいるものをどうやって殺すというのだろう。面白くない冗談だ。


 だが、こいつを切り抜けられなければ、詩音に明日はない。


 詩音は異能力を使い、あたりにある死骸を集め始める。集めて、鋭い矢を生成した。それを御剣に向かって一気に放つ。


「ほう。そんなこともできるのか」


 御剣は剣を二振りし、彼に迫ってきていた矢を真っ二つにする。斬られた矢は、一気に形を失い、ただの残骸へと崩れていく。


「まだだ」


 詩音は切り裂かれた死骸を再び変化させる。無数の細かい弾丸へと変化させ、御剣に向かって撃ち出した。それは御剣を殺すまで追い続ける魔弾である。しかも、それが無数に襲いかかるのだ。


 それでも、御剣の余裕は崩れない。剣を構え直し、襲いかかる無数の魔弾を迎撃する姿勢を取った。正眼に構え、剣を振る。


 その時、詩音に見えたのは無数の閃光。御剣の振るう剣があまりにも素早くてそう見えてしまったのだ。


 何度も何度も何度も、骨や死骸でできた魔弾が弾かれる音が聞こえる。その剣の速度は、人智を超えていた。


「マジかよ……」


 詩音は目の前で行われた超絶技巧に絶句するしかなかった。この身体能力、異能力で強化していなければ実現は不可能だ。あの剣に、御剣の身体能力を強化する力があるのだろうか?


「いや、いまのはなかなか肝が冷えた。危なかったよ。まさか斬ればそれで終わるかと思ったが、あのようなことをやってくるとは」


 危なかった、と言っておきながら、御剣は息一つ切らしておらず、余裕に見えた。そのうえ、どこか楽しそうだ。


 詩音は再び死骸を操作しようとする。いくらあんな動きができるとしても、何度も同じことはできないはずだ。何度もあんなことをすれば、いずれ体力がなくなるだろう。こちらはどうせ、いくらでも操れるのだ――


 だが、死骸を操作しようとしても動いてくれなかった。


 なに? どうなっている。どうして動かない。あれはすでに死んでいるものだ。詩音が意のままに操れる存在のはず――


「きみの健闘に、一つ種明かしをしよう」


 正眼に構えたままの御剣は隙を見せないまま言葉を発した。


「私の異能力はただよく斬れる剣ではない。斬ったものを殺すのだ。まあ、首を斬れば死ぬから、無意味な能力だと思っていたが、まさかこんなところで役に立つとは」


 満足そうに頷きながら言う御剣。


 斬ったものを殺す。その言葉を聞いて、詩音は納得した。最初に放った矢を斬られた時、崩れて残骸に戻っていたのはそういう理由からだったのか。


 そして、無数の弾丸を斬ったあと、詩音の能力の反応しなくなったのは、あの残骸が完全に殺されてしまったからだ。死骸すらも殺す異能力。そうなると――


 自分もあの死骸の残骸と同じく、殺されるのではないか? そんな疑問が生まれた。


「まあ、殺せるのは私が認識できるものだけらしいがね。私はきみがなにによって生きているか認識していない。だからきみは、私の必殺の剣を受けてもまだ動いているというわけだ」


 御剣は詩音がどうして不死なのかを認識していない。だからこそ詩音はまだ死なずにいる。


 しかし――


 それが知られてしまえば、詩音は殺されることになるだろう。詩音が操っていた、あの死骸の残骸と同じように。


 いや、認識されなかったとしても――


 御剣に斬られ、致命傷を負って復活するたびに詩音の力が減退しているのを認識していた。あの剣で殺され続ければいずれ動かなくなる。そしてそれは、それほど遠くない。


 殺される――

 それをはっきりと認識して、詩音はぶるりと身体を震わせた。


 死ぬかもしれない。いままで願い、叶うことのなかった死がいまそこにある。それは願っていたはずのことなのに、どうして恐れを抱いているのだろう?


 このまま殺されてしまったほうがいいのではないか? そんなことを思った。別に、長く生きたいわけじゃない。死ぬのであれば、それはそれで――


 そこまで考えたところで――

 頭に思い浮かんだのは凍花の顔。


 氷のような仏頂面を貼りつけた、自分と同じ年齢くらいの少女。

 彼女のことを、思い出した。


 あいつは、俺が死んだら悲しんでくれるだろうか? そんなことを疑問に思う。


 たぶん、悲しんでくれるだろう。無表情を貼りつけているけれど、わりと多感なところがある娘だから――


 あいつが悲しむのなら、死ぬわけにはいかない。詩音はそう思い直し、構え直す。


「一つ訊きたいんだけど」


「なにかね?」


「あんたのその常識外れの身体能力も異能力?」


「まさか。これは修行の結果だよ。いつか異能力者と戦う日のために鍛えていたのだ」


「とんでもねえなあんた」


 この日、詩音は生まれてはじめて戦った相手に敬意を抱いた。

 だが、それも終わりだ。ここで、終わらせる。


「次はなにをしてくるのかな?」


「とっておき、ってやつさ」


 詩音は腕を前に出して、身体中から死の概念を解き放ち、御剣に向かって放った。

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