第18話 二人目の襲撃者

 上空から降り注いだ矢の雨を受けた詩音はふらふらとよろめいた。だが、どこからか攻撃を受けることがわかっていたため、意識はなんとか繋ぎとめる。


 それに――

 襲撃者は一人ではない。


 矢の雨が降り注ぐ直前、攻撃を行っている者とは違う異能力の影響を受けて、詩音は強制的に動きを止められた。詩音をいまもなお攻撃しているあの矢を放っている襲撃者が、同じことをしたとは思えない。何故なら詩音は動く死体である。生物になんらかの働きかけをする一人目の異能力では、詩音に対し働きかけることは不可能だからだ。ならば――


 その時、なにかの力によって封じられていた自分の身体が動くようになる。それを察知した詩音は素早く移動し、身を隠す。


「俺だ。襲撃者は一人じゃない」


 詩音は耳に装着した端末の向こう側にいる凍花に話しかけた。


『……本当ですか? いえ、その質問は不適切ですね。あなたがこの状況でわざわざ嘘を言うはずがない。二人目も異能力者ですか?』


「ああ。いまのところ姿は見えてないが、轟を殺した奴と同じように遠隔で作用するタイプの能力のようだ。どのように遠隔から作用するのかはわからんが、それほど離れた距離にはいないだろう。できればそいつも探ってくれるとありがたい」


『わかりました。ところで、二人を相手にして……大丈夫ですか?』


 端末の向こう側から聞こえてきた声はどこか不安そうだった。無理もない。異能力者同士の戦闘になれば、二対一になれば不利なるのは避けられない。


「ああ。二人だろうが三人だろうが、どうにかしなきゃならねえんだ。俺の平穏な生活のためにはな。それとも俺の力が信用できないか?」


『そんなことはありません。あなたの力は信用しています。だからこそわたしはあなたを引き入れたのです』


 凍花は強く言う。誰かに信頼なんぞされるのははじめての経験だったが、悪くない、と詩音は思った。


「なら、俺の心配なんてしなくていい。あんたはあんたがやれることをやってくれ。あんたにだって目的があるんだろ?」


『そうですね……わかりました。ご武運を』


 凍花の言葉を聞いて、詩音は端末を操作して通信を待機状態にしておく。この状態であれば簡単な操作ですぐにつなぎ直すことが可能だ。どちらかになにかあれば、すぐに対応できる。


 よし――

 いまの状況を整理してみよう。


 襲撃者はいまのところ二人。生体に作用する異能力を持つ奴と、動きを止める奴。もしかしたらまだいる可能性は充分にあるだろう。この二人だけ始末すればいいとは思わないほうがいい。


 しかし、少し気になるところがある。


 轟を殺したのはわかる。轟の電気を操る異能力を考えると、仮面の男が知られたくない情報まで探ることが可能だからだ。轟の異能力を応用すれば、あらゆる電子機器をハックできる。この閉ざされた東京はかなり情報化が進んでいる。味方に引き入れることができれば有用だが、敵に捕らえられるとかなり面倒なことになる。隠密に活動している仮面の男にしてみれば厄介なことこのうえない。


 だが、詩音から逃げながら攻撃を続けているのは何故だ? それがよくわからない。最初の襲撃のあとも詩音に対する攻撃は続いている。ただ攻撃しただけでは、殺せないとわかっているはずなのに――


 まるで、時間稼ぎをしているようだ。


 時間稼ぎ――


 わざわざ時間稼ぎをする理由はなにがある? 考えてみたけれど、その真意はわからなかった。


 なにが狙いだったとしても、詩音はこの襲撃者をどうにかしなければならない。これは確定だ。とにかく、ここに隠れていたのではなにも始まらない。攻撃を受けるとわかっていても、ここから出なければ駄目だ。


 詩音は身体に突き刺さった矢を抜き捨てながら、道に飛び出して走り出す。

 走り出して、しばらく経ったところで気づく。


 どうして最初に二人目の異能力の影響を受けたあと、矢を食らってから、二人目の異能力の作用が切れたのだろう。なにか、力を作用させ続けられない理由でもあったのだろうか? なんだ? なにがある。考えろ――


 そうか、目だ。


 動きを止める異能力を持つ襲撃者は、目で見ていなければその動きを止めていられないのではないか? そう考えると辻褄が合うはずだ。普通なら死んでいるはずの攻撃を受けてなおも平然と動く詩音を見て、その襲撃者は目を逸らした。それで詩音に作用していた力が途切れたのだ。現に、遠くから見通すことができない場所にいた時は動きを止める異能力の影響は受けなかった。そう考えると――


 動きとめる異能力者は放置していてもいいかもしれない。なにしろ詩音は動きを止められ、攻撃を受けたところで死ぬことはないのだから。攻撃を受けても死ぬことはない詩音だからこそできる判断である。


「とはいっても、どこまで保つんだろうな」


 詩音は自身が持つ異能力によって生かされている。そして、異能力者はその力を扱うのに限界が存在する。その限界を超えてしまえば異能力の行使ができなくなるのだ。自分の異能力はどこまで影響していられるのだろう。殺され続ければ、いずれ、その力は尽きてしまうのではないか?


「まあ、殺されるのならそれでもいいか。そこまで命に執着する必要もないし」


 どうせ無様に生かされ続けてきたのだ。戦い続けた揚げ句、死ぬのであればそれはそれで勇敢な死にかたと言えるだろう。


「でも、負けて死ぬってのは気分が悪いな。どうせなら勝ち逃げがいい」


 そんなことを洩らすと、上空から矢が降ってくるのが見えた。詩音は自分に向かって降り注ぐ矢を一気に前へ加速してそれを回避する。地面に深々と突き刺さった矢は変形し、前を疾駆する詩音を追跡してきた。それは触手のように伸び、細く長くまわりを覆い、詩音を取り囲む。取り囲んだそれは、一気に距離を狭め、詩音の身体を引き裂こうとする。


「ほんと、なにが狙いなんだろうね」


 詩音はそう呟いて、自身の異能力を解放し、力を解き放つ。解き放たれた死の概念が触手を襲い、一気に朽ち果てていく。道が切り開いたところで詩音は再び走り出した。


 動きを止める異能力者が目で捉えなければ、その力を作用させられないのであれば、人間を超えた速度で動ける詩音であれば簡単には捉えられないはずだ。素早く動いていれば、捕捉される可能性は少ない。そう詩音は判断した。


 どちらにせよ、あの矢を放ってくる襲撃者を始末するのが先決である。


「言い忘れていたが」


 詩音は待機状態にしていた端末を操作し、凍花に話しかける。


「こいつらを生かして捕らえるのはたぶん無理だ。よほどのことがない限り、全員始末する。いいな」


 これは一応言っておかなければならないだろう。襲撃者たちが仮面の男と繋がっているのは明らかだが、この切羽詰まった状況では生かしたまま捕らえるのは難しい。


『……わかりました。わたしもこの状況で殺すなとは言いません。あなたの判断に任せます』


 凍花は力強く、そして重々しい声で答えた。

 凍花の返答を聞いたところで、詩音は端末を再び待機状態にする。


 その時――


 目の前にあったビルの壁が一気に切り裂かれた。それを見た詩音は背後に飛んで距離を取る。


「遅い」


 撒きあがる煙を切り裂いてそんな言葉が聞こえた。その声の主は気がつくと距離を詰めていて――


 風切り音が聞こえると同時に、詩音の視界が下へと落ちる。一瞬、自分の身になにが起こったのかわからなかった。だが、すぐに理解する。これは――


 首を、斬り落とされた。


 それを理解した詩音は、身体を操作して地面に転がった自分の頭を拾い、切り裂かれた首に載せた。身体を操作して頭部を接合する。


「死なぬとは聞いていたが、なかなかの異形だ」


 自分の頭を載せた詩音はその声の主を見た。先の丸い剣を持った、古風な格好をした細身の男である。


「しかし、死なぬといっても斬っていればそのうち死ぬだろう。私の剣はそういうモノだ」


 音もなく、古風な格好の男の姿が消える。古風な男は、距離を詰め、背後に回り込んでいて――


 聞こえてきたのは、無数の風を切る音。

 それが聞こえた瞬間、詩音は回避する間もなく、その身体は細切れにされた。

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