2章 死神と襲撃者たち
第17話 追走
どうして自分には異能力なんてものがあるのだろう、そんなことを以前考えたことがあった。
異能力者の子供なのだから異能力があって当たり前だろう。一度発生した異能力は高い確率で遺伝する。それが異能力について知られている数少ない事実の一つだ。詩音自身もそう思ったし、他の人間もそう思うだろう。
だが――
それでも、と思う。
どうして自分には異能力なんてものがあるのだろう、と。
こんなものがなければ、自分はもっと普通に暮らしができていたはずかもしれなかったのだから。
湊詩音は自分の異能力を忌避していたことがあった。スラム街に捨てられてからまだ数日しか経っていない時のことだ。
こんなものがなければ、自分はこんなところで暮らすことはなかったのではないか、と。そんなことをあてもなく考えていた。そんなことを考えたところで、自分が両親から捨てられた事実なんて変わらないのに。きっと、その頃の自分はまだ満たされていたのだろう。満たされていたからこそ、そんなことを考える余裕が残されていた。
しかし、気がついたらそんなことはどうでもよくなっていた。この閉ざされた東京で子供が誰の庇護を受けずに生きていくのは非常に困難だ。日々をどうにか生き抜いていくためには、そんなことを考えている暇などなかったのだ。余計なことを考えられるのは、満たされている者の特権だと知った。異能力を隠すことだけは忘れなかったが、それでも自分に宿った異能力のことなんてどうでもいいと思うようになった。
それが、異能力者として産まれながら、異能力者に疎まれ、捨てられた湊詩音の過去である。たいした話でもなんでもない。満たされていた者が、すべてを失っただけのこと。そんな、シンプルな話。
正直な話、死ねればよかったのかもしれない。
恐らく詩音を捨てた両親も、詩音を殺すつもりでスラム街に捨てたのだろう、と思う。
だけど、詩音は死ぬことができなかった。
いや、違う。自分はすでに死んでいるのだ。この身に宿った忌々しい異能力によって動かされている。どこまでも忌々しい能力だ。
死ねないというのは、なんと無様なのだろう。死んだら楽になれるのに、と何度思ったことか。
この事件に、積極的に首を突っ込んでいたのは、自分の異能力を盗まれることをどこかで期待していたのかもしれない。そうすればきっと、自分の異能力で生かされている詩音に安息の死が訪れるはずだから――
『……し……くだ……』
声が聞こえる。どこかで聞いた覚えのある女の声だ。どこから聞こえてくるのだろう。
『応……して……くださ……』
その声は詩音に語りかけているようだ。どこか必死さが感じられる。そんなに心配なのだろうか? 自分のことを心配してくれる誰かがいただろうか?
『応答……し……くだ……い』
女はなおも必死に呼びかけている。自分はそれほど必死に呼びかける価値などあっただろうか、と疑問に思う。
『応答してください!』
次の声ははっきりと聞こえた。ああ、そうかこの声は――
『なにが起こったのですか? 応答してください!』
どこかに吹き飛ばされていた詩音の意識が戻った時、最初に聞こえてきたのは凍花の声であった。耳に装着した端末から必死な声が聞こえてくる。倒れたまま、詩音は自分の状態を確かめる。頭になにか違和感があった。どうやら頭になにかが突き刺さっている。それが原因で、詩音は意識を失っていたようだ。詩音は頭に突き刺さっていたなにかを引き抜いてから立ち上がる。
「悪いな。頭部に攻撃を受けたせいで意識が断絶していた」
詩音は凍花に状況を端的に説明する。
『攻撃……まさか?』
詩音の言葉を聞いて、凍花の声色が変化した。どうやら、向こうも詩音がどういう状況にあるかを理解したらしい。
「ああ。異能力者からの攻撃だ。恐らく、あの仮面の男の手先だろう。こちらが接触した時点ですでに轟を監視していたのかもしれない」
それで、轟が捕らえられたから始末した、というところだろうか。
そうなると、轟はすでに仮面の男を再度接触をしていた可能性がある。仮面の男も、轟と同じく、この東京の現在の秩序を脅かそうとしているのだから。
目の前には、上半身が爆散し、血液をまき散らすだけ肉塊と化した轟の姿があった。
詩音は自分の身体を見る。頭以外にも十数本、先ほど引き抜いたものと似たようなものが突き刺さっていた。身体に刺さっていたそれを次々と引き抜いていく。
どこにいる――
詩音はあたりを見回すが、破壊の限りをされ尽くしたこの倉庫街に身を隠せそうな場所はどこにもない。すでに逃げたが、もしくは――
「そっちから、何者かを確認できるか?」
『いえ。わたしの方からでは確認できません。ですが、異能力者が異能力を行使しているのであれば、すぐ見つけられるはずです。こちらから、設置されているカメラを覗き見して探してみます。すこし時間をください』
真摯に、そして少しだけ申し訳なさそうに凍花は言う。
「頼む」
詩音はそう言って、動き出そうとした瞬間――
前方からなにかが飛来してきた。詩音は自信の身体を操作して身体能力を向上させ、横に飛びそれを回避する。詩音が先ほどまでいた場所に、八本の大型の矢のようなものが突き刺さった。
とりあえず――ろくな遮蔽物がないここにいると一方的に攻撃を食らうだけだ。まずはここから離れる。死ななくても、痛くなくても、攻撃を受けるのは気分的にいいものじゃない。詩音は地面を蹴って加速して、倉庫街を飛び出す。近くにあったビルを駆け上がり、屋上へ向かう。
「ちっ……」
ビルの屋上に駆け上がった詩音は吐き捨てた。異能力の限界を考えると、このあたりの近くの高所に陣取っていたはずだ。このビルの屋上からなら、なんらかの補助があれば、霧に包まれていてもあの倉庫街を確認できる。ここにいないということは、轟を始末し、詩音も殺せたと思って離れたのか、それとも、詩音を殺せなかったのを見てここを離れたかだが――
その時――
詩音の足もとからなにか気配を感じた。だが、反応が一瞬遅れてしまう。下から突き上げてきたのは、先ほど投擲されてきた矢と似た形状のもの。詩音の身体は下から突き上げてきたそれに串刺しにされ持ち上げられた。
どうやら、相手はこちらが倒せていないことをわかっているらしい。なにを目的に攻撃しているかは不明だが、まだ続くだろう。
「この……」
襲撃者の能力は不明だが、いままでの攻撃パターンを考えると、遠距離を主体にした異能力であると予想ができる。
詩音は持ち上げられ、ままならない状態のまま身体を操作し、突き上げてきた矢から身体を引き抜いた。それからビルの屋上に着地。遮蔽物のない屋上から離れようとした瞬間――
コンクリートを貫いて咲き誇っていた突き上げた矢が変形を始める。生物のように蠢きながらその形を変形させ、動き出そうとした詩音に襲いかかった。
「仕方ない……」
詩音は自分の異能力を解放し、その身から死の概念を矢に向かって放つ。死の概念を浴びたそれは、一気に朽ちていった。朽ちたのを確認したのちに詩音は屋上から飛び降りる。身体を操作しながら、体勢を整えて地面に着地。
「あの矢……こっちの力は通用するみたいだな」
遮蔽物に身を隠し、詩音は呟いた。詩音の能力が通用するとなると、自分に襲いかかってきたあれは、生物ないし生物に準ずるなにかということになる。ああいう形状の生物を創り出しているのか? だがそれだと、轟の肉体が爆散したことには説明がつかない。
しかし、それを考えている暇はない。いまはとにかく、襲撃者を探さなければ。相手の異能力を見極めるのはそれからでも構わないはずだ。
詩音は遮蔽物から出て、再び加速し街を駆け始める。
もし、この襲撃者が生物を利用したものだとするならば、と考える。この襲撃者は自分と同じことができるかもしれない。詩音が、この街にある死骸を集めて操ったように。しかも、それだった場合、その資源は詩音に比べて圧倒的に多い。この閉ざされた東京にだって、生物なんていくらでもいるのだから。
「毎度のことながら、楽させてもらえないね」
高速で駆けながら詩音は呟く。
「あれ……」
いきなり、詩音の身体が動きを止めた。無論、詩音が自分で動きを止めたわけではない。いきなり、自分の身体が動かなくなったのだ。
「二人目……」
詩音が言ったその瞬間、上空から無数の矢が降り注いだ。
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