第16話 転換

「ああ。そうだよ。それがどうした?」


 轟は苦々しい顔をして吐き捨てるように言う。


「いや別に。ちょっと気になっただけ。で、どうしてそんなことを?」


「決まってるだろ。異能力者どもをぶっ殺すためだ。あいつらはこの街のガンだ。あいつらがいるからこの街は一向によくならない。それをやってやろうとしただけだ。ま、爆薬程度じゃあいつらまったく殺せなかったけどな」


 轟の言葉から、その計画が失敗に終わったことは、彼にとって苦々しい記憶であることを理解した。


 それにしても、異能力者というのは結構面倒なものだ、なんてことを詩音は思った。普通の人々からは恐れられ、急進的な思想を持つ轟のような人間からは排除すべき敵と認定される。轟自身も、いまはすでに異能力者だというのに。彼はそれに気づいていないのだろうか。そんなことが頭に浮かんできたが、揚げ足をとっても仕方ない、と判断した詩音は言わないでおくことした。


「てめえ……どうして俺のことを追ってやがる?」


 轟は脅しをかけるような声で訊いてくる。この状況でよくもまあそんな調子で喋れるものだ、なんてことを思う詩音。


「あんたに異能力を与えた人間を追っている。なにか手がかりがないかと思ってさ」


 詩音は正直に言う。このあたりのことは、隠していても仕方がない。適当な理由を考えるのも面倒だし。


「ふん。言えることなんてなんにもねえよ」


 相変わらず轟の態度はふてぶてしい。なにか知っているから言わないのか、それとも――


 詩音は轟に視線を傾ける。轟の様子に変わったところは見られない。詩音の異能力によって、腕が欠損し、拘束されている以外は。


 詩音には嘘を見抜く能力などない。これはさっさと連れていって、アジトで奴の記憶を引きずり出した方がいいだろう。ここで下手に尋問するよりは手早いだろう。それに、詩音には相手に真実を喋らせる技術も持ち合わせてない。


 だが、轟を凍花に会わせていいものだろうか? なにしろ轟は凍花の両親を殺した人間だ。いつもは冷静な凍花が、轟を前にした途端、その冷静さを失ってしまう可能性は充分にあり得るだろう。


「まあ、なるようになるだろ。あいつもそこまで馬鹿じゃないだろうし」


 詩音は凍花のことを思い出す。彼女はいまやるべきことと自分の私情を分離するくらいはできるはずだ。そうでなきゃ、あの氷のような空気を身に纏うなんてできないだろう。


「……なに言ってやがる」


 詩音のつぶやきに轟は反応した。


「ま、気にしないでよ。こっちの話だから。あんたには関係ない」


「ああ、そうかよ」


 ふん、と轟はそっぽを向いた。この状況であっても、このような態度を取れる人間も羨ましいな、なんてことを詩音は思った。


「ところで」


 と、詩音は切り出す。


「あんたはどうしてそこまで異能力者を嫌っているんだ?」


「あ?」


 詩音がそう言うと、そっぽを向いていた轟がこちらを向く。その目はやけにぎょろついていた。


「そんなこと、言わなきゃいけねえことか?」


「別に。ちょっと気になっただけ。言わなきゃもう一本残った腕をもらっていく、とか言ったら言ってくれる?」


 脅しをかけるつもりはないのだが、そうでもしないとこの男が素直に言ってくれるとは思えなかった。それに腕くらいなら、いまは再生医療で簡単に治すことができる。腕をまるまる一本となると、それなりの金がかかるはずだが、轟もあの仮面の男から金を渡されているのなら、その程度は賄えるだろう。


「ほんと、異能力者って奴は腹立たしいな。自分が権力そのものだと思ってやがる」


 轟は残った腕で地面を叩いた。乾いた音が響くだけで、なにも起こらない。


「まあいい。そんなもん決まってるだろ。俺は革命家だ。革命家である以上、権力は打倒しなければならない。ただそれだけだ」


「それが秩序を保っているものだとしても?」


 轟の言葉に詩音は問い返す。


 現在の東京は異能力者に対する恐怖で秩序を保っている。詩音もそれが正しいとは思えないが、この閉ざされた街ではそうするしか道は残されていないのだ。轟の言っていることは、その秩序を破壊することである。


「そうだ。秩序を保っていようがいまいが、悪いもん悪い。悪いもんは倒す。それを言ってなにが悪い? 言論の自由は人間の権利だ。異能力者だけのものじゃねえ」


「……確かに」


 朗々と語る轟の言葉に詩音は頷いた。


 自由は必要だ。自由のない世界というのは堅苦しいし、生きづらい。きっと、まともな社会というのは自由が保障されているのだろう。


「異能力者のくせに、ずいぶんと物わかりがいいな」


「ま、異能力者のコミュニティを追放された身なんでね」


 自嘲するような口調で詩音は言った。


 追放された結果、スラム街で最低な暮らしをしていたわけだが、詩音はこのことについて別段なにか思っているわけではない。ただ、運が悪かっただけなのだ。自分の異能力があんなものだったことも含めて。


「で、てめえは俺をどうするつもりだ? てめえ一人じゃねえだろ?」


「うん。ちょっとあんたから情報を引き出させてもらう。どうせ尋問しても喋ってくれないだろうしね」


「拷問でもするつもりか?」


「まさか。そんな暴力的なことはしないよ。俺の雇い主はわりと潔癖だからね。あんたに肉親を殺されていたとしても、そんなことはしないと思うぜ」


 凍花に確認したわけではなかったが、詩音にはそう思えた。


「期待しておいてよ。それとも、拷問とかされたいわけ?」


「はん、そんなこと――」


 と、そこで轟の言葉が途切れた。どうした、と言おうとしたところで――


 轟の上半身がいびつに歪み始めた。ぎちぎちと不気味な音を立てながらどんどんと変形していく。なにが起こっている?


 詩音が呆気に取られている間にも、轟の上半身はさらに大きな音を立てて歪む。肉が潰れる音、骨がねじ折れる音が響き渡る。そして――


 轟の上半身は無残に爆散した。轟のまだ温かい血肉と臓物の破片があたりにまき散らされ、当然のことながら近くにいた詩音にもそれが降りかかる。それを浴びた詩音は固まった。いま自分の目の前で起こったことに対して理解が及ばなかったからだ。


 これは――


『どうしました?』


 凍花の声が聞こえ、詩音は現実に舞い戻った。しかし、目の前の光景が変わったわけではない。轟は血と臓物をまき散らして無残な状態になっていた。これでは、アジトにつれていっても情報は引き出せないだろう。


「轟が殺された」


 詩音は緊張感に満ちた声で言う。


 轟を殺す理由。いままで手を出してこなかった連中が手を下した。ということはやはり、轟はあの仮面の男に繋がる情報を持っていたのだろうか? それとも、殺されたのは別の理由か? どちらにしても、いま詩音は――


『……本当ですか?』


「ああ。こんな時に嘘言ってどうする? これは、間違いなく――」


 そう言おうとしたところで、詩音は自分の胸になにかが突き出ていることに気づいた。痛みはなかった。そもそも、動く死体である詩音が痛みを感じるはずもない。


 やはり、異能力者からの攻撃を受けている。早く態勢を立て直さなければ、そう思ったが――


 詩音は無数のなにかに襲われ、全身を貫かれ、そのまま倒れた。

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