第15話 死神

 殺す殺す殺す殺す殺す殺す。


 轟の中で猛烈に渦巻くのは暴風のような殺意だった。なにしろ轟は、長らく異能力者をぶち殺すために活動していたのだから。


 轟は身体を電気へと変換し、高速で移動する。先ほど轟が倒した倉庫の上に立った。ここからであれば、あのガキを見下ろすことができる。異能力者を見下ろすというのはなかなかいい気分だった。だが、異能力者と戦闘になった以上、いい気分に浸っているわけにはいかない。


 轟は腕に力を溜める。そして、腕から全方位に雷撃を放つ。近くに雷が落ちたかのごとき轟音が鳴り響く。轟が放った雷撃によって、破壊された倉庫はさらに破壊されていく。


 雷撃をひとしきり撃ったところで、轟はあたりを見回す。あのガキは、どこに――


 そう思った瞬間、あのガキは平然と轟が乗っている倉庫の上に上がってきた。間髪入れず、ガキは倉庫を蹴って轟との距離を詰める。速い。だが――


 轟は再び身体を電気に変換し、高速移動する。距離は七メートルほど。


「速いな」


 倉庫の上に乗ったままのガキが言う。その声からして感心しているらしかった。


「どうした異能力者。その程度か?」


 轟は挑発をしてみる。挑発しつつも、思考する。


 あのガキの異能力はなんだ? 先ほど距離を詰めてきたときの速度を考えれば、身体強化系だろうか? いや、待て。それでは、俺の足を這い上がろうとしていた能力の説明がつかない。こいつの能力は、なんだ? 轟は、正体の知れない相手の能力に警戒する。


「その程度、と言われればその程度だけど。あんたは生かしておかないといけないしね。なかなか難しいんだよね、そういうの」


 病人みたいな顔色をしたガキは飄々とした口調で喋る。その様子からして、余裕があるのは明らかだった。その余裕が苛立たしい。


 殺す。

 轟の中に渦巻く殺意がさらに激しさを増した。


 どうせこれから異能力者を全員殺さなければならないのだ。このガキの能力がなんであれ、轟の偉大なる目的を達するためには、このガキをまず殺さなければならない。轟の能力の方が、あのガキよりも強いはずだ。なら――


 轟は再び身体を電気へと変換して移動する。光速の移動。人の身では、絶対に追いすがることはできない速さの世界。轟はガキの背後に回り込み、雷撃を放った。轟も光速であるのなら、この雷撃も光速だ。回避など、できるはずもない。


 しかし――


 雷撃がガキに襲いかかるその瞬間、奴は身体を捻って向かってきた雷撃をかわした。大きく空中に飛んだガキはそのまま姿勢を整え、地面に着地する。


 ……馬鹿な。


 轟は驚愕するしかない。轟の速さは光速なのだ。そもそもとしてスケールが違う。いくら奴が身体能力を強化できるといっても、光速に反応できるなど、ありえるわけが――


「驚いてるようだけど、さっき同じようなことやったじゃん」


 ガキは息一つ切らさずに悠然と言う。


「一度受ければ、似たような攻撃には対応できるよ。こっちだって異能力者なんでね。そのくらいの対応はできる。異能力者になってから日が浅いだけあって、そのへんまだうまくできないみたいだね」


 その言葉を聞いて、轟の顔が熱くなった。露骨に嘲弄されたわけでもないはずだが、無性に腹が立ったのだ。轟の中にある殺意がさらに激しく渦巻く。


 殺す。

 その言葉が再び、そして強く思い浮かんだ。


 対応できる? いいだろう。できるものならやってみろ。その異能力者の経験とやらでな。


 轟は身体を電気に変換する。一瞬でガキに近づく。電気に変換した身体でパンチを繰り出した。光速で放たれたそれはガキの身体を貫く。強烈なパンチと電流を浴びたガキは煙を吐き出しながら宙へ浮かんだ。空中で動かなくなっているガキに今度は蹴りを放つ。当然、身体を電気に変換した光速の蹴りだ。強烈な雷撃と轟の足の重さが高速でぶつけられ、インパクトの瞬間、骨が砕ける音が聞こえた。それからガキは大きく吹き飛び、破壊された倉庫に激突する。身体中から、もうもうと白煙を立ちこませていた。


 これで、間違いなく死んだだろう。いくら自分の身体を強化できるといっても限界はある。身体を強化しても異能力者は人間である。心臓が潰れれば死ぬ。首を落とされれば死ぬ。全身を激しく強打し、数千万ボルトもの電流を何度も受ければ、間違いなく死ぬ。その感触は、はっきりと残っていた。自分の手を使って人を殺したのは初めてだったが、不快感はなかった。相手が憎むべき敵である異能力者だからかもしれない。


 さて、終わりだ。面倒なことになったが、さっさと帰ろう――

 そう思って、ガキに背を向けた瞬間――


「いや、やるねえ。こっちじゃ対応できない速度で攻撃されちゃあ、回避のしようがない」


 あのガキの声が聞こえてきた。ぞくり、と轟の背中になにか嫌なものが這いずったような気がした。


 轟は振り向く。そこには、立とうとするガキの姿があった。高圧電流で皮膚が焼け爛れ、腕があらぬ方向に曲がっていたが、その顔は平然としている。痛みに苦しんでいる様子はまったくない。その姿が、あまりにも異様だった。


「腕が折れちゃったな。治せるかな」


 呑気な声でそんなことを言って、折れた腕をいびつな音を立てながらいじくりまわしていく。


「元通りになるのは時間がかかりそうだけど、こんなものでいいかな。見てくれはマシになったし」


 ガキはそんなことを言って、明らかに折れたままの腕を気に留めていない。まるで、痛みすらも感じていないかのようだ。


 なんだこいつは。そのあまりにも異様すぎる姿に、轟は一歩後ろにずり下がった。


「どうしたの? こないの? こないのならこっちから行くけど」


 片腕をだらんとさせたまま、ガキは轟に近づいてくる。


 こいつの異能力はなんだ? それがわからなければ、轟に勝ち目はないのではないか。じり、と数ミリだけ後ろにずり下がった。嫌な汗が頬を伝う。


 だが――


 轟の目標は全異能力者を殺し、この東京に革命を起こし、解放することだ。目の前にいるこのガキも異能力者だ。こいつだって殺してやらなければ、轟の目的は達せられないのだから。


 やるしか、ない。


 それに――


 死なない生物などいないのだ。これだけの攻撃を受けても死なないのであれば、それはきっとなにか隠していることがある。


 けど、もし違ったら? そんなことが轟の頭に過ぎった。


 ……そんなわけあるか。


 トリックのない不死などこの世にいるはずがない。不死のように見えるのなら、そこには必ず異能力がある。


 やはり、奴の異能力の解明するのが先か?


 どうする。

 どうする、どうする?


 轟があてのない思索をしていると、前をゆっくり歩いていたガキが姿勢を変え、地面を蹴って突進してくる。


「この……」


 轟は全身から雷撃を放った。見渡す限り一面に雷撃の槍が襲いかかる。数千万ボルトの電流により、その中にあるものがすべて破壊されていく。


 しかし――


 その電流の中であっても、あのガキは止まらなかった。着実に、距離を縮めてきている。奴から接近させるのはまずい。そう判断した轟は身体を電気に変換して移動する。光速の移動。圧倒的な速さで距離を取る。


「これじゃあ埒が明かないなあ」


 まるでやる気が感じられない気の抜けた声で奴は言う。こんな状況で気の抜けたことを言っているあのガキを見ていると怒りがこみ上げてくる。


「仕方ない。あれを使おう。殺さないように注意しないとな」


 轟が圧倒しているはずなのに、轟の異能力の方が強いはずなのに、どういうわけか轟の方が追い詰められているように思えた。


 どうする?

 轟は再び問うた。


 こちらは光速で移動できる。だから逃げるのは容易い。轟の速度に追いつけないのは、いままでの様子から明らかだ。


 だが、それでいいのか?


 ここで逃げてしまっては、いずれ起こす全異能力者の抹殺は遂行できなくなるのではないか?


 くそ、やはり――


 あのガキは、ここで殺さなきゃ駄目だ。そうしなきゃ、俺は惨めな敗北者のまま屈辱に塗れて生きていくしかなくなる。


 そんなものには、耐えられない。


 こうなったら――


 轟は身体を電気に変換し、ガキのまわりをまわる。まわりながら雷撃を放っていく。雷撃雷撃雷撃。光速で移動しながら雷撃をつるべ打ちする。


 放った雷撃によって発生した白煙で姿が見えなくなったところで、接近してとどめを放つ。距離を詰める。ガキの身体を殴ろうとした、瞬間――


 轟の腕が、音もなく崩れ始めた。


「な……」


 轟は驚愕した。


 なにが起こった? なにをされた? わけがわからず、轟は動きを止める。

 崩れていく腕には一切痛みはなかった。それがさらに恐怖を増大させる。


「くそ……一体なにが……」


 やはり逃げるべきだった。身体を電気に変換しようとした瞬間――


 がちゃり。


 残った腕のほうからそんな音が聞こえて、電気に変換しかかっていた身体が元に戻る。


「異能力を封印させてもらった」


「なに?」


「その手錠には、異能力を封じる力がある。それをつけている限り、あんたは異能力は使えない」


 ガキは淡々と言う。


「てめえ……まさかはじめからこれを狙って……」


「まあね。正面からぶつかったんじゃ絶対生きたまま捕獲なんてできなかっただろうし」


「くそ!」


 轟は吐き捨てた。だが、異能力を封じられたいまとなっては、抵抗するすべは残されていない。


「目的は、なんだ?」


「あんたの話を訊きたい。異能力を与えた奴の話、あと――」


 そう言って、別の誰かに話しかけるガキ。よく見ると、耳に装着するタイプの情報端末をつけている。


「わかった。そっちも聞いておくよ」


「話してもいいが、一つ条件がある」


「……なに?」


「てめえの異能力はなんだ?」


「……気になるの?」


「ああ。それとも言えねえことか?」


「いいよ別に。隠してないし。

 俺の異能力は、死を操る能力」


「なに?」


 轟は訝しげな声を上げた。


「死んだものを、そして死という概念そのものすらも操る力。それが俺の異能力。あんたの腕は、死の概念に触れて死んだんだ」


「…………」


 なんていう能力だ。死を操るだと? 異能力は常識など燃やすようなものであるが、それはいくらなんでも外れすぎているだろう。


「死んでるものを操るってことは、もしかしててめえの身体能力があれだけ高かったのは――」


「うん。死んでる。いつ死んだのかは覚えてないけどね。俺は、自分の持つ異能力によって、死んだまま生きているように見せているわけだ」


「……死神め」


「昔にも言われたことがある。俺の能力について種明かししたんだ。あんたもちゃんと話をしてくれないか?」


「いいだろう。なにから話せばいい?」


「そうだね――あんたが、十年前の異能力者を狙ったテロの実行犯って話は本当?」

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