第14話 俺には運が味方についている

 革命の日は近い。轟には確かにその実感があった。


 仮面の男との待ち合わせ場所であるスラム街の廃倉庫に辿り着いた。だが、仮面の男らしき人影はまだない。時刻を確認する。約束の時間まで少し間がある。


 この街はクソだ。きっと、この東京に暮らす多くの人間がそう思っていることだろう。過去に壊滅し、閉ざされ、生まれ変わるしかなかったこの東京には見せかけの秩序しかない。異能力者がその力をもって権力をほしいままにしているのが現在の東京だ。権力は、市民が持つべきものである。一部の人間だけが持ってていいものではない。一部の人間のみが権力を持っていた場合はすぐに腐敗する。それは人類の歴史が証明していることだ。人間は嘘をつくが、記録は嘘をつかない。それは真理だと言える。


 あの横暴な異能力者どもさえどうにかすれば、この閉塞しきったクソみたいな街にだって道は開かれるだろう。そのためには早く、あの異能力者どもを全員殺し、権威を失墜させる必要がある。それしか、この街を変えるすべはない。


 その目的が、あまりにも遠くにあったそれが、手に届く距離にまで近づいた。轟が手に入れたこの異能力を駆使すれば、革命は必ず成功させられる。それはきっと、遠くない日に訪れるはずだ。


 これから訪れるであろう輝かしい未来を夢想していたその時――こちらに近づいてくる足音が聞こえた。


 間違いない。あの仮面の男だ。こんな辺鄙な場所にわざわざ来るヤツなど他にいない。自分の目論見通りにことが運ぶというのはなんて気分がいいのだろう。やはり俺は、異能力を手に入れてから運が味方についている。これなら、革命だって成功させられるに違いない。


 くくく、と轟は忍び笑いをする。笑うのはまだ早い、そう思っているのに、笑うのがやめられない。


 轟の革命が成功したら一体どうなるだろうか? 間違いなく自分は英雄として讃えられるだろう。この東京を変えた偉大なる人間として、未来永劫記録されるに違いない。


 異能力者ども全員ぶっ殺した先には、どんな未来があるだろうか? そんなことが起これば、混乱は起こるだろう。しかし、一度崩壊した東京を復興させたこの街の住人には、越えられない試練ではないはずだ。轟は、この街の住人の力を信じている。


 だが、力あるこの街の住人を縛りつけているのは異能力者という存在だ。あいつらがいなければ、この街はもっと発展していたに違いない。もしかしたら、この閉ざされた状況すらもどうにかできていた可能性さえもある。あいつらは、それを摘み取っている。なんて愚かしく、罪深いのだろう。全員平等に殺してやらなければ、この街は変われない。そのためには、この革命を成功させるための計画が必要だ。轟には力がある。過去の轟ででは成功させられなかっただろうが、いまならば成功させられる――


「もう来ていたか」


 そんな声が聞こえて、轟は愉悦の夢想を打ち切って前を見る。そこには仮面をつけた男がいた。以前、轟に異能力を与えた時と同じ仮面をつけている。


「ああ、待ってたぜ」


 轟は愉快な声を出して仮面の男を招く。仮面の男は、迷いのない足取りで轟に近づいてくる。仮面の男は、三メートルほど離れた距離で立ち止まった。


「それで、話とはなんだ?」


 仮面の男の声には、特徴が感じられなかった。恐らく、高価な装置を使って声を変えているのだろう。どうやら、まだ警戒されているらしい。


「まあ、そう焦るなよ。その前にあんたらの目的を教えてくれないか?」


 轟はフレンドリーな声で仮面の男に話しかけた。


「まず情報が先だ」


 しかし、仮面の男は轟の様子に気にかけることはない。あまり冗談は通じないタイプのようだ。


 別に出し渋るつもりはない。奴らに取り入って利用するためにも、さっさと言ってしまうか、と轟は結論を出す。


「わかったよ。結論から言う。あんたら、追われているぜ」


「なに?」


 轟の言葉を聞いて、仮面の男は少しだけ様子を変化させた。


「あんたらが能力を与えた連中を追ってる奴がいる。俺以外の二人に接触したみたいだ。恐らく、俺のところにもやってくるだろうな」


「……自警団か?」


「さあな。それは知らねえよ。自分らで調べるんだな。だが、自警団の連中が異能力者の影を追うとは思えねえが」


 所詮、自警団の連中だって人間だ。下手に異能力者に絡んで、危険な目に遭いたくないはずである。


「どこの誰が追っている?」


 仮面の男は轟に重ねて質問をする。相変わらず、その声からはまったく特徴がつかめない。


「こいつだ」


 轟はそう言って、ネットワークから手に入れた画像を仮面の男の端末に送信した。病人みたいな顔色をした、十八かそこらのガキ。昨日、ダウンタウンで、生井とかいう馬鹿とひと悶着していた頃の画像だ。


「この男、異能力者か?」


「ああ。昨日の騒ぎはあんたが能力を与えた生井とかいう奴の仕業だ。異能力者に対抗できるのは異能力者だけだからな。間違いないだろう」


「…………」


 仮面の男は沈黙している。轟の提供した情報が不満だったのか、それとも――


「この男に関する情報は他にもないのか?」


 仮面の男が問いかける。


「あるにはあるが、ネットワークに転がってる情報は恐らく偽物だ。こいつがやったのか、他の誰かがやったのかは知らんが、どうも情報が操作されている形跡がある」


 轟の力を駆使すれば、調べることも可能だったが、それは黙っておくことにした。情報提供をして交渉する時は小出しにする方がいい。


 それに恐らく、少なくともあと一人は仲間がいることも轟はつかんでいたが、これも黙っておいた。こちらもあとで使えるかもしれないと判断したからだ。


「なかなか興味深い情報だ。警戒しておこう。

 で、貴様の目的はなんだ?」


「お、わかってるねえ。さっきも言ったと思うが、俺はお前らが同志だと思ってるんだ」


「…………」


 仮面の男は答えない。

 無機質な仮面から読み取れるものはなにもなかった。


「俺はこの街に革命を起こそうとしている。異能力者たちを全員ぶっ殺して、閉塞しきったこの街を変えてやるんだ。あんたらだって俺が考えていることと似たようなことをやろうとしているんだろ? なら協力しねえか?」


「ふむ……」


 仮面の男は思案するような声を出す。しばらく無言の時間が続いたところで――


「いいだろう」


 と、仮面の男は声を出した。意外にもあっさりと首肯したので轟は少しだけ驚いたが、その驚きは心の中に留めた。


「確かに、我々は貴様と同じようなことをやろうとしている。貴様の目的が我々と近しいものであるのなら、こちらに拒否する意味はないからな」


 やった、と轟は心の中で快哉を叫んだ。これでまた、革命は一歩近づいた。この東京を変革できる日は近い。その確信を持った。


「だが、しばし待て。いくら貴様が目的を同じにするとしても、信用に値するかは別だ。少し調査させてもらおう」


「ああ、いいぜ。そのくらいは当然だ。なにしろ敵は異能力者なんだからな」


 轟は努めて陽気に答える。ここで下手にかみついて、約束を反故にされてはたまったものではない。


「では、これで失礼させてもらう」


 仮面の男はそう言って、轟に背を向けようとする。


「ちょっと待て。一つ訊きたいことがある」


「なんだ?」


「異能力を与えたあと、俺にわけのわからないことをやらせたよな。あれは一体なんだったんだ?」


「ただのテストだ。忠誠心を図るためのな」


 それだけ言って、仮面の男は轟に背を向けて歩き出した。その姿は数メートルで霧に紛れて見えなくなる。


「それでは、調査が終わったら追って連絡をする。それまで用心しろよ」


 歩きながらそんなことを言って、仮面の男は霧の中に消えていった。仮面の男の足音が聞こえなくなってから、轟も歩き出した。


「いいぞ……すごくいい。やはり俺には、運が味方についている」


 自分の言葉をかみ締める轟。うまくことが運ぶというのはなんと気持ちがいいのだろう。


 かさかさかさ。


 突如、そんな乾いた音が聞こえてきて轟は足を止めた。まわりにはなにもない。だが、その音ははっきりと聞こえてくる。


 これは……轟を追っているあのガキの異能力だ。轟はすぐに戦闘態勢へと頭を切り替える。


 轟のまわりには、白いなにかが這いまわっていた。それは生物のように蠢きながら、轟の足を這い上がってくる。


 こんなもので、俺をどうにかできると思うなよ。轟は、異能力を起動し、その力を一気に放出する――


 その瞬間、あたりに轟音が鳴り響いた。轟の放った力によって、あたりにある倉庫が破壊された。ばちばちと音を立て、破壊された倉庫は帯電している。轟の足を這い上がろうとしていた白いなにかもすべて吹き飛ばされていた。


 これが、轟が手に入れた力。身体を電気に変え、電気を操る力だ。


 普通の雑魚ならこれで終わっているところだが、ネットワークで見た情報からするに、これで終わるとは思えない。


「隠れても無駄だぞ。死にたくなけりゃ出てくるんだな」


 轟は叫び、腕に込めた雷撃をあたりに解き放った。轟から放たれた雷撃によって、次々とあたりが破壊されていく。


「ほんっと、楽させてくれねえなあ」


 破壊された倉庫から声が聞こえてくる。なにかが、ひょいと破壊された倉庫を飛び越え、その声の主は轟の前に姿を現した。病人みたいな青白い顔をしたあのガキだった。


「あんた、轟雷太だね?」


「だとしたらなんだ?」


「訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」


「は」


 そんなもん、いいわけねえだろ。そう言って轟は身体を電気に変化させ、ガキの背後に回り込む。光の速度で移動した轟の速度に反応できるはずもない。背後に回り込んだ轟はガキの背中に手を当て、一気に力を解き放つ。強力な電流を身体に流し込まれたガキは身体をびくびくと痙攣させたのち、力なく倒れた。


「ふん、これで終わりか。たいしたことなかったな」


 轟は再び歩き出そうとする。


「驚いた。まさかそんなことはできるとはね」


「なに?」


 あのガキは立ち上がっていた。間違いなく、轟の雷撃を食らって死んだはずなのに、どうして奴は生きている?


「どうして生きている? なんて言わないでくれよ」


 ガキはへらへらとした様子でそう言う。


「俺だって、どうして大丈夫なのかよくわかってないんだから」


「いいだろう。どうせ異能力者は全員殺すんだ。てめえもここでぶっ殺してやるよ」


 轟は再び異能力を解放する。

 いいだろう。俺の邪魔をするというのなら、何者であれ全員死んでもらう。

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