第13話 俺は革命家
轟雷太は革命家である。異能力者に支配されたこのクソみたいな街を解放するために活動を行っていた。
少し前まで、革命家としての活動はできなかった。その答えは、とても明瞭だ。
轟に力がなかったからである。
異能力者ではない轟が異能力者どもを排斥するなど所詮不可能なのだ。この東京で圧政を敷いているあの異能力者どもは憎たらしいが、力のない者は無力でしかない。奴らには、ナイフも銃も爆薬も、もしかしたら核すらも通用しないかもしれないのだから。
この十年、轟は屈辱に塗れた人生を送っていた。みじめな敗北者として。圧政に潰されるしかない哀れなゴミとして生きてきた。
だが――
その屈辱に塗れた日々も終わった。
一週間ほど前、轟は異能力者になった。突如現れた仮面の男から金を渡され、異能力をもらわないかと持ちかけられたのだ。嘘みたいな話だと轟自身も思うが、間違いなく自分は異能力者になっていた。もう轟は屈辱に塗れて生きていく必要はない。なにしろ、この東京におけるヒエラルキーの最上段に位置する存在になったのだ。
きっと、普通の奴ならば、この異能力を使って、好き放題生きていくだろう。
しかし、轟はそんなことするつもりはまったくなかった。
轟がやるべきは革命だ。
この東京を支配する異能力者どもを排斥する。それが轟の目的だ。轟は熱烈な反異能力者である。この異能力を使い、革命を起こす。成功すれば、お高くとまった異能力者が没落し殺されるだろう。早くそれを見たかった。
「おい、おっさん」
「……なにかね?」
轟の思索に茶々を入れたのは自分よりもひと回りは年下の若者だった。
「そんなところに突っ立ってると邪魔だよ。どいてくれないか」
「ああ、すまないね。少し考えごとをしていたもので」
轟は狭い道の端に寄る。若者は開いた道を進んでいく。彼が角を折れて見えなくなるのを確認したところで、轟も歩き出した。
轟の計画が成功すれば、あの貧相な若者もきっと自分のことを讃えてくれるだろう。異能力者どもの圧政から解放してくれた英雄だと、そんなことを言って。
ふふふ、と笑い声が漏れ出た。
いや、駄目だ。計画はまだ始まってもいない。計画が終わったあとのことなど考えるべきじゃない。いま考えるべきなのは――
手に入れた異能力を使って、どうやって異能力者どもの支配を打破するか、である。
革命にはプランが必要だ。いくら轟の異能力が最強であるといっても、何百といる異能力者を一気に相手にするのは旗色が悪いのは間違いない。そもそも、真正面から突っ込んで一人一人殺していくのも面倒だ。あのむかつく奴らはもっと苦しませてから殺さなければ駄目だ。この街をこんな風にしたのは異能力者どものせいなのだから。
異能力者になった轟がいれば、金も人員も設備も必要ない。しかし、異能力者どもをこの街から全員消してやるには、相当に練られたプランが必要である。それを、どうするか――
できることなら、奴らに想像を絶する苦しみを味わわせてから殺してやりたい。それぐらいやってやらなければ、虐げられてきた者たちが浮かばれない。
どうしてやろう――霧の街を進みながら轟は考える。
まずは、身を隠すか? 異能力と一緒に手に入れた金があるから、数ヶ月は潜伏していられるだろう。
そこまで考えたところで――
「奴らは、使えるんじゃないか?」
そこで、轟の能力を与えた仮面の男のことを思い出した。
轟に異能力を与えるくらいだ。なにか悪だくみしているに違いない。もしかしたら、奴らは轟と同じことを目的にしている可能性もある。
運のいいことに、異能力を手に入れてから、いくつか連絡を取り合って、わけのわからないことをさせられていたので端末には履歴が残っているはずだ。
轟は端末を操作し、異能力を使い履歴を解析して仮面の男に通話をかけた。果たして、どう出る?
『誰だ?』
端末から声が聞こえてくる。無機質な、機械によって変質させられた声だ。いきなり連絡を寄越しても声を変えているとはなかなかに慎重である。
「この間、異能力を与えられた奴。轟だ」
轟は名乗った。
『何故この番号がわかった? 貴様との連絡は――』
「なんだてめえ、俺にくれた異能力がなにか忘れてんのか? あれを使えば、お前の連絡先を特定することなんて簡単だよ」
『……ふ、そうか。そういえばそうだったな』
満足したような声を出す男の声。
『で、なにか用かな?』
「ああ、あんたらがなにをしてるのか気になってさ。俺も仲間に入れてくれない?」
轟は素早く結論を言う。交渉では結論を先延ばしにする必要などまったくないからだ。
『……なに?』
「なんだなんだ。俺じゃ不満か? これでも俺、結構便利な力を持ってると思うぜ」
轟の力は強力だ。轟の異能力なら、先ほどのように端末番号を特定するだけでなく、もっと大きなことだって可能だ。いまの東京は、高度に情報化された社会だから。
『なにが目的だ』
スピーカーの向こうからは重々しい声が聞こえてくる。轟を疑うような声。そんな声を出したくなるのも無理はない。轟だって逆の立場なら、こんなことを言ってきた奴を警戒するだろう。
「目的? 決まってるじゃねえか。あんたにプレゼントしてもらった異能力を使って異能力者ども全員ぶっ殺してやるのよ。なにしろ俺は革命家だからな」
『…………』
スピーカーの向こうは沈黙している。十秒ほどそれが続いたところで――
「俺は知ってるぜ。あんたらは異能力者から異能力を盗んでるらしいな」
これも調べて発見した情報だ。普通の人間が異能力者に近づくだけでもかなり危険なのに、その能力を盗むときた。これではなにかありますと言ってるようなものである。
「……っ」
スピーカーの向こうから動揺が感じられた。やはり調べておいてよかった。こういう時、情報というものは非常に役に立つ。よし、いける。もうひと押しだ。
「てことはあんたらも俺とは同志ってことじゃねえか。なあ、なかよくやろうぜ」
轟はなれなれしい声を出して言う。いける。その確信を持った。奴らに取り入ることができれば、轟の目的は大きな躍進を遂げるだろう。
「なんだじゃあ手土産が必要か? いまあんたらを追ってる奴らがいるぜ」
『なに?』
電話の向こうから上擦った声が聞こえてくる。どうやら知らない情報だったらしい。いいぞ。自分はいま上手くいっている。やはりツキが来ているのだ。このままま押し切りたいところだが――
「ま、これを聞きたけりゃ俺もあんたらのグループに一枚かませてくれよ。悪い話じゃないだろう?」
『いいだろう。だが、その前に一度会って話を訊く。お前を仲間に入れるかどうはそれからだ』
「ああ、それでいいぜ。どこに行けばいい?」
やった! と轟は心の中で快哉を叫んだ。しかしそれは、表には出さない。いまは大事な交渉中だ。いくらツイているといっても、その喜びを相手に察知されるわけにはいかない。
スピーカーから、指定された場所の番地が流れてくる。
ここからそれほど遠くない場所にある、寂れた倉庫街だった。
「わかった。じゃあこれからそこに行くよ。お互い、いい話にしようぜ」
そう言って轟は通話を切った。それから、足を止め――
「あははははははは!」
轟は大声で笑った。歓喜の笑い声だった。しかし、轟が歩いている裏通りには自分以外誰もおらず、その笑い声に反応するものはいない。
「革命、革命、革命! やっと起こせる。前は失敗したが、今度こそ成功させてやる」
成功させれば、俺は英雄だ。異能力者どもの圧政から解放した英雄。なんて素晴らしい響きなのだろう。
「いや待て、まだ成功した時の妄想するのは早い」
そう口に出して、自分を戒めた。
奴らが本当に自分と同じ目的を持っているかどうかは不明だ。会って話を聞かなければ、本当に自分の目的と合致しているのかもわからない。妄想するのはまだ早い。笑うな。笑うのは、異能力者どもを全員ぶっ殺してからにしておけ。
そう思っても、笑いがこぼれてしまう。自分の目的が具体的な形になりかけているのだから、嬉しくなっても当然だ。
ああ、早く。早く奴らと接触しなければ。時間はまだ少しだけある。気持ちが逸っても仕方ないとは理解しているものの、逸ってしようがない。
轟の革命家としての人生で、ここまで目的に近づいたことは初めての経験だった。この感覚は、なかなか悪くない。
「さて、時間をどうやって潰すか。奴らは他人の異能力を盗めるんだ。同志かもしれなくても警戒しておかないとな」
轟はそう呟き、霧に包まれた裏通りを再び歩き出した。
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