第8話 情報収集

 詩音は拘束されたままの剛田を抱えてアジトへと戻った。戻った詩音が案内されたのは、地下。そこにはなんと、普通の家にはあるはずのない重苦しい牢があった。


「こんなものがあるとはな」


 そんなことを口から衝いて出たものの、自警団にできないことをやろうとしてるのだから、この程度の設備を要しておくのは当たり前か、なんて納得する。


「そんな長く拘束するつもりはねえと思うから大人しくしててな」


 詩音は剛田に話しかけたものの、剛田は反応しない。捕まえた剛田のことをこれ以上刺激しても仕方ないと思ったので、詩音もなんとも思わなかった。こっちだってさっさと面倒なことは終わらせたいのである。


『詩音』


 耳に装着した端末から凍花の声が聞こえた。端末越しでもその声の涼やかさは瓦らない。


『牢の中にヘルメットがあります。それを彼に装着してください』


 指示を受けて、詩音は牢の中を探す。そのヘルメットはすぐに見つかった。ケーブルが装着されている以外は、特に変わったところのないヘルメットである。そのヘルメットを剛田に装着させた。


「つけたぞ」


『確認しました。では、少し待っていてください』


 なにをするのかと思ったものの、特に剛田の様子もまわりも変わったわけではない。一体なんだ? そんなことを考えていると――


『終わりました。それでは、彼を解放してください』


 聞こえてくるのは凍花の涼やかな声。


「いいのか?」


 凍花はあまりにも呆気なくそう言ったので、詩音は逆に訊いてしまった。これで終わりなのか? それにしてはずいぶんと簡単だ。尋問とかするものだと思っていたが――


『はい。もう彼から訊くことはありませんので』


 問題ない、ということなので、詩音は剛田を再び担ぎ上げ、牢から出し、階段を上がり、廊下を進んで家の外にまでやってきた。外に出たところで、手足の拘束を解く。


「もういいぞ、どこにでも行け」


 詩音は手を振りながらそう言った。


「おい待て」


 剛田はせっかくほとんどなにもされずに解放だというのに不満そうな顔をしていた。


「なんか問題でもあるのか?」


「あるだろ。この足につけられた手錠を外せよ。これじゃあ、能力が使えねえじゃねえか」


「……だってよ。どうする?」


 詩音は凍花に質問する。


『駄目です』


 率直な答えが返ってきた。予想できていたことだが。


「駄目だってよ」


「なにぃ?」


 剛田は納得できない、というような声を上げる。


『なぜなら、突然大きな力を手に入れた者は、往々にしてその力を自分の欲望のために使うからです。わたしはそういった人間を許すつもりはありません』


「えーっと、突然力を手に入れたあんたが勝手な目的で力を使うかもしれねえからダメなんだってよ」


「な……」


 剛田は驚きの声を出す。どうやら、ここから逃げたら自分のために能力を使うつもりだったようだ。


「ま、そういうわけだ。もともとなかった力なんだし、別にいいだろ、使えなくても。それともなんだ、ここでお前に誓約書でも書かせるか? 『僕は今後一切、自分の勝手な目的のために異能力を使いません』って。破ったら俺が殺しにいく。その手錠には発信器もついてるしな」


 発信器がついているのかどうかは知らないが、こういう脅しをかけておいたほうがいいだろう、と判断した。


「…………」


 詩音の脅しが効いたのか、剛田は表情を硬直させる。


「ま、そういうわけだ。大人しくいままでのように清廉潔白に生きていくんだな。余計なことを考えないで」


「……わかったよ」


 剛田は悔しそうな表情を見せたものの、納得する。


「最後に一つ訊かせてくれ」


「なんだ?」


「てめえら、何者だ?」


「この街をよくしようと思ってる正義の味方、かな」


 詩音の言葉を聞いて、剛田は顔を歪ませる。イラついた、のかもしれない。


「最後までふざけたガキだな……まあいい。お前らがなにをしようと俺には関係ないしな」


 剛田はそう吐き捨てて、歩き出した。彼の姿が霧に隠れて見えなくなったところで詩音は踵を返して家の中に戻る。


『先ほどの脅し文句は、どうかと思いますが』


「なんだ。別にいいじゃねえか。あれくらい言っておいたほうがいいだろ。それとも、あの手錠に発信器なんてついてなかったか?」


『いえ、ついてますが……まあいいでしょう。戻ってください』


 詩音は廊下を進み、一番奥の部屋に向かう。扉のロックを開けて、中に入る。そこには、いくつものディスプレイが映し出された部屋。まるで、この部屋中が巨大な情報端末のよう思える。


「戻ったぞ」


 いままでずっと耳に装着した端末でやり取りをしていたのだから、いまさら挨拶する必要はないかもと思ったものの、一応しておいた。


「で、さっきはなにをやったんだ?」


「彼の脳のスキャンを行いました」


「脳の記憶を、全部引っ張り出したってことか?」


「はい。彼に喋ってもらうより、脳に蓄積されている情報を引き出した方が確実ですから」


「で、結果は?」


「生憎ですがまだ。必要な情報をサルベージするまで多少時間がかかります。終わるまで、休んでいても構いませんよ」


「そうか。ならそうさせてもらおう。ひと仕事終わったわけだしな」


 詩音は部屋を出て、一番近い部屋に入った。



 部屋でごろごろしているところに、凍花からの連絡が来る。どうやら、情報のサルベージが終わったらしい。


 先ほど話してから二時間ほど経過していた。たったの二時間で一人の人間の脳から特定の記憶を引き出すとはたいしたものだ。この家にある端末は、よほどの高性能のものらしい。


 詩音は部屋を出て、すぐ隣にある凍花がいる部屋へと向かう。ロックを解除して部屋の中に入った。


「早いですね」


「隣の部屋で寝てたからな。で、結果は?」


「結論から言うと、めぼしい情報はありませんでした。彼の言う通り、『知らない』というのは本当だったようです」


 凍花は少し落胆しているように見えた。


「そんなにうまくいかない、か」


「ですが、彼の記憶から、この仮面をつけた男がかかわっているらしいことがわかりました」


 詩音の目の前に、ホログラムが出現する。そこには、奇妙な仮面をつけた男が映し出さていた。


「こいつが、剛田に異能力を与えたのか?」


「もしくは、何者かの指図を受けてやっているか、ですが」


「なにか他に手がかりはないのか?」


 詩音がそう言うと、凍花は首を振った。


「まあいいや。まだ一人目だしな」


「ずいぶんと諦めがいいんですね」


「諦めくらいよくないと、底辺ではやっていけねえんだよ」


 なにかに執着できるのはある程度満たされている奴の特権だ、と詩音は言う。


「そういえば、あいつ、その仮面から金をもらってなにかやらされたとか言ってたけど、それはどうだ?」


 剛田がそんなことを言っていたことを思い出し、詩音は質問する。


「たいした情報はありませんでした。結構な金額を渡していたわりには、やらせていたのはまるで子供の使いです。もっと詳しく調べてみればなにかわかるかもしれませんが。もし気になったのであれば、この端末にアクセスしてください。あなたにも見れるようにしておきますから」


「ふーん。それよりは次の奴の情報を教えてくれ」


「もしかして、もう行くつもりですか?」


「いいや。さすがに今日はやめておくよ。久々に激しく動いたから疲れた。明日になったら行くから、教えてくれ」


「わかりました」


 凍花は端末を操作し、詩音の端末に二人目の情報を送る。


 二人目の名前は、生井操。プロフィールも添付されているが、それはあとで見ればいいだろう。


「確認した。もしなにかあればすぐに連絡してくれ。あとお前も休んだ方がいいぞ」


「そんなこと、言われなくてもわかっています」


「わかってんならいいけどよ。それじゃあな」


 詩音はそう言い残して、部屋を出た。

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