第9話 やっぱり異能力者は最高だぜ
生井操はいままでの人生で最高の気分を味わっていた。そう、何故なら生井は一週間ほど前、異能力者になったからだ。異能力者といえば、この閉ざされた東京におけるヒエラルキーの最上段に位置する存在である。
生井は異能力者になってから、すべてが変わった。
まず、仕事を辞めた。異能力者であるならば、仕事など必要ない。特権を駆使すれば金などいくらでも手に入るのだ。むかつく上司ども辞表を叩きつけたのち、むかつく上司どもを全員血祭りにあげてやった。あの禿げた上司が死ぬときに見せた顔はなんといえばいいのだろう。端的に言うと最高だった。ついこの瞬間まで死ぬなんて頭の片隅にも残っていなかった奴が死を迎える時の、あのアホみたいな顔は面白すぎて忘れられない。
生井の人生は、いま絶頂期を迎えている。
この東京には、異能力者を縛る法律はない。異能力者どもの間にだけなにかルールがあるようだが、そんなもの生井には関係なかった。なにしろ、生井の異能力は最強だ。生井の異能力は、この街でいい暮らしをしている異能力者であっても敵うことはない。
けけけ、と笑いながら生井は街を歩いていく。
今日はなにをしてやろうか。異能力者になってからやりたい放題やってきているが、まだまだやり足りないというのが正直なところだ。
もっと暴力を。
もっと略奪を。
もっと恐怖を。
与えてやりたいと思う。
なにしろ、理不尽に奪われたり殴られたりする奴が見せる表情は腹が破裂するくらいおかしいのだ。あれは、この東京にあるあらゆる娯楽に勝る。それくらい甘美なものだ。素晴らしい。
生井に理不尽に金をむしり取られたあの若者は、想像を絶する恐怖に襲われ、失禁していた。
生井が理不尽に痛めつけたあの中年の男は、その苦痛から逃れるため仲がよかったはずの友人を売った。
なんともひどい話だ。ここ最近、生井の行為によって、人間の本性というのを垣間見たように思える。
人間の本性というのは実に醜い。
しかし、生井はその醜さにすら愉悦を感じていた。
もっともっと、人間の醜い本性が見たい。普通の人間だけでは駄目だ。この街で特権階級としてヒエラルキーの最上段に位置する異能力者の本性も見てみたい。きっと、お高くとまってる奴らも、同じように理不尽な暴力を受ければ、醜い本性を見せてくれるに違いない。異能力を持っているとはいえ、あいつらだって人間に他ならないのだから。
そんなことを考えながら歩いていると、腕に装着した情報端末に着信が来る。
相手は――非通知。
それを見て、生井はため息をついた。
まただ。生井に連絡を寄越しているのは、生井に金を渡して異能力を与えた奴だ。奴らは、生井になにかさせようとしているらしい。
だが――
そんなこと知ったことか。生井は異能力者になった生井は自由に生きると決めたのだ。人間を追い詰めて、追い詰めた先に垣間見せる汚い本性を蒐集して生きていくのだから。奴らはなにかしようとしているらしいが、それは生井には関係ないし、興味もない。興味があるのは、追い詰められた時に見せる、醜い本性だけだ。
生井は端末を操作し、着信を拒否した。これで拒否したのは何回目だろう。奴らに協力しなかったからといって、狙われたりするのだろうか?
いや、それはそれでいいじゃないか。
現れてくれたのなら、生井は異能力者を痛めつけられる。異能力者になってからまだ浅い生井は、異能力者を追い詰めたことはなかった。向こうからやってくるのであればそれは願ったり叶ったりだ。奴らは間違いなく、異能力者たちのコミュニティとは関係ないだろうしな。
「お、生井じゃねえか。どうしてこんなところにいるんだ?」
そんな声が正面から聞こえてきて、生井は足を止めた。そこにいたのは、高校の時の同級生五人。へらへらと笑いながら、こちらに近づいてくる。
「お前、就職したんじゃなかったっけ? なんでこんな時間にいるんだ?」
「ああ、仕事はやめたんだ」
「なんだよ、じゃあ金とか持ってねえわけ?」
「…………」
どうやら、こいつらは金をせびりにきたらしい。五人に囲まれても、生井にはまったく恐怖はなかった。なにしろ生井は異能力者である。このようなゴミが五人いたところで、生井をどうにかできるはずもない。
「おい。無視してんじゃねえよ。やめたっつってもちょっとは金あんだろ。俺たちが遊ぶのに困らないくらいのさあ。さっさと出せよ操ちゃん。その綺麗な顔、ぼこぼこにされたくないだろ?」
にたにたと笑いながら男は言う。自分たちの優位をまったく疑いもしていないのがとても滑稽に見えた。下手をすると、このまま笑い声を出してしまいそうだ。
「…………」
生井は反応しない。どうやったらこの馬鹿どもから醜い本性を引き出せるか考えていたからだ。特に、こういう満ち足りているような奴らはいいものを見せてくれる。どうやってそれを、引き出してやろうか。
「おい、さっきから無視してんじゃねえよ」
男が生井に胸倉をつかみ、思い切りビルの壁面に叩きつけた。ぎりぎりと首が締め上げられていく。このような状態になっても、生井の心は乱れることはない。落とす時は、やはり上げられるところまで上げてから落とすものなのだ。その方が、面白い。
「おら、なんか言えよ」
男はさらに力を強める。なす術なくされている生井を見て、まわりの奴らもけらけらと笑っていた。生井がその気になれば、地獄を見るのはお前らのほうだというのも理解せずに。なんと暢気なことだろう。想像力が足りていない。お前らは、異能力者に手を出しているんだぞ?
でもまあ、そろそろいいだろ。そう結論を出した生井は、生井を締め上げている男の腕に自分の腕をかけた。
「なんだ? もうギブアップか? 相変わらず弱っちい奴だな……あっつ!」
先ほど生井が触れた部分から発火していた。ぎらぎらと輝く赤い炎。
「ぎゃあああああああ! なんだこれ!」
男はつかんでいた生井を放し、地面に転がった。しかし、炎はいくら地面に擦りつけても消えることはない。炎は手首を飲み込み、腕を駆け上がっていく。
「た、助けてくれ!」
先ほどまで嗜虐の笑みを浮かべ、余裕だった男の顔を恐怖と苦痛に支配されていた。その顔を見ていと、陰茎がそそり立ち、射精しそうになる。
「て、てめえ……なにを」
腕を焼かれながら、いきがった台詞を吐こうとする男。なんとも微笑ましい光景である。
「俺さ、あれを見ればわかると思うんだけど、異能力者になったんだよね」
生井に言葉を聞いて、残りの四人は固まった。
「きみらもこの東京で暮らしてるんだから、異能力者に手を出すってどういうことかわかってるよね?」
その言葉を聞いて、四人は顔面を蒼白にさせた。こんな馬鹿どもであっても、そのことくらいは理解しているらしい。
「本当だったら全員ぶっ殺すところだけど、俺は心が広いから一人だけ助けてやるよ」
「ひ、一人って……あいつは……」
そう言って、腕を燃やされて転げ回っている男を指さす。
「あいつは駄目だね。もう燃やしちゃったし、そのうち死ぬよ。あの炎、消えないから。彼のこと、助けたいの? そうなるときみたち全員助からないけどいい?」
「え……」
四人は、生井が言っていることが理解できない、という顔をしていた。
「だってさ、一人助けるって言ったじゃないか。あっちにいる彼だってまだ生きてるんだから、その仲間に入るんじゃないのか? それとも、彼はきみたちの仲間じゃないわけ?」
生井が指をさして、腕を燃やされた彼に視線を向ける。彼は、絶叫を挙げながら、消えるはずのない炎を必死になって消そうとしていた。なんとも微笑ましい光景だ。思わず笑みがこぼれてしまう。
「あ、あ、あいつのことはいい。俺たちのことを見逃してくれ」
なんということだろう。自分たちが助かるためにお友達を見捨ててしまいましたよ。なんてひどい奴らだ。こんな奴らとは関わり合いになりたくない。
「薄情だねえ。まあいいや」
「な、なにをすればいいんだ?」
別の男が言う。その男も、恐怖で顔が引きつっていた。
「きみたち四人で殺し合いして。最後に生き残ったら勝ち。どう? 馬鹿なきみたちでもわかるルールでしょ」
「な……」
四人は一様にうめき声をあげた。生井が言ったことが、それほど予想外だったらしい。
「じゃ、俺はここで見てるからやっていいよ」
ぱん、と生井は手を叩いた。しかし、四人は動かない。
「やらないの? じゃあ仕方ないけど全員死んでもらおうか。燃えて死ぬか砕けて死ぬかを選ばせてあげるよ」
「わ、わかった……ちゃんと殺し合いをする。だから、その……」
「んなごたく言ってんじゃねえよ。さっさとやれ。殺すぞ」
「ひぃ」
路地裏の一角で、血の饗宴が始まった。
「さ、三人とも殺したぞ……」
両手から血を流しながら、五人組の最後の一人が生井に言う。
「ふーん。やるじゃん。ちゃんと死んでるね」
生井は三人に手を触れる。確かに死んでいた。
「友達殺すなんてなかなかできない経験できたじゃん。よかったね」
生井はそう言って微笑みかけたものの、最後の一人はなにも返さなかった。友人を殺したショックか、それとも生井に対する恐怖か。恐らく、どちらもあるのだろう。
「ほ、本当に助けてくれるんだろうな?」
「あー。それなんだけど。気が変わった」
生井は最後の一人に近づいて肩のあたりに手を触れる。
「は?」
「別にお前らって生きてる価値もねえし、お前も殺すわ」
生井はそう言って、力を放つ。すると、最後の一人は固まり、そして――
砕けた。
「ふふふ。ふははははははは!」
五人の無残な死骸を見て、生井は豪快に笑った。
なんて最高なんだ。少し前まで自分が死ぬとは思ってない奴が、いざ殺されそうになると見せてくれるやつは何度やっても忘れられない。
生井の股間のあたりに湿り気が感じられた。どうやら、また射精してしまったらしい。
「いや、今日はいいものが見えた」
パンツも汚してしまったし、今日のところは帰ろう。どうせ、この愉悦は、いくらでも味わうことができるのだから。
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