1章 死神と異能力者になった者たち

第4話 クソみたいな街のクソみたいな事件

 詩音が案内された場所は、自警団本部から五百メートルほど歩いたところにある、比較的裕福な層が暮らしている住宅街の中にあった。二階建ての、前世紀風の家屋である。


「意外と普通だな」


 外観を見て、詩音はそう言葉を洩らす。


「そうですね。別に必要な機能があれば豪勢である必要はありませんから。それとも、煌びやかなのが好みですか?」


「別に。いままで住んでた廃屋より綺麗ならどこだって構わねえよ」


 詩音の自分の住む場所にこだわりなどない。そもそも、そんなこだわりが持てるほど裕福な暮らしなどしてこなかったのだ。いままでずっと暮らしていたスラム街の廃屋より清潔で寝やすければそれでいい。


「そうですか。ではこれを」


 凍花はそう言って差し出してきたのは情報端末に差し込む小型カード。


「なんだこりゃ」


「ここの合鍵です。ここに住んでもらうのですからないと不便でしょう。あとで端末も渡しますから、それに接続してください。なにか問題ですか?」


「いや、なんでもねえよ。それもそうだな。ありがたく頂戴する」


 詩音はそう言って差し出されたカードを受け取ってポケットに押し込んだ。


「それでは、中に入ってください。まだ住居をこちらに移したばかりで色々と荷物が置いてありますが気にしないでもらえると助かります」


 凍花はそう言って扉を開ける。家の中は雑然とダンボール箱がいくつも置かれていた。確かにこれは雑然としている。だが、スラム街の廃屋よりずっといいのは明らかだ。


「部屋は好きなところを使ってください。二階であれば全部屋空いていますから」


「そういえば、あんたもここで暮らすのか?」


「はい。そうですが、なにか問題でも?」


 きょとんとした顔で問い返す凍花。


「……問題はねえけどよ。なんかな……調子狂うな」


 向こうが気にしていないのであればわざわざこちらから言うことでもあるまい。別に詩音としてもなにか変な気を起こす気もないのだ。適当に時間が経過すれば適当に慣れることだろう。


「お帰りなさいませ」


 そんな声が正面から聞こえた。そこにいたのは五十代くらいの品のいい男。


「帰ったわ谷山。こちらは今日からここに暮らすことになった湊くん。わたしの仕事を手伝ってもらうために雇ったの。彼の世話もお願いね」


「ええ。わかりました。では、湊様。なにかあれば私に遠慮なくお申し付けください」


 谷山は礼儀正しく一礼し、優雅に踵を返して歩き出した。


「……使用人なんているのか。さすがだな」


「なにを言っているのです。わたしたちには別にやることがあります。家事に忙殺されていたのではそれもままならないでしょう。そのくらい当然ではありませんか?」


「それもそうだな」


 なんだか一時間もしないうちに自分を取り巻く環境が変わり過ぎだろ、なんてことを詩音は思った。


 だが、使用人がいて困るわけでもない。面倒ごとは全部頼んでおくことにしよう。そのためにあの谷山という男がいるわけなのだし。


「なんか親しげだったな」


「谷山とですか?」


「そうだ」


「谷山は、叔父の友人ですから。私も以前から親交があります。叔父から信頼できる人間として紹介していただきました」


 信頼できる、ねえ。少なくともコソ泥はしなさそうだが。


「で、これからどうすんだ? 俺になにか悪だくみをさせるんだろ。さっさとその話をしろよ」


「悪だくみと言われるのは心外ですが、まあいいでしょう。あなたが構わないのであればその話をさせていただきます。こちらに来てください」


 廊下を歩いて、一番奥の部屋に向かう。詩音もそれについていく。進んだ先には、一般住宅には似つかわしくない電子ロックがされた扉がある。凍花がその扉に触れるとロックが解除された。


 中に入り、明かりをつけると、部屋の中には薄いディスプレイがいくつも並べられているのが見える。どうやらここが悪だくみの本拠地らしい。


「ここはわたしの仕事部屋になります。あなたに渡したカードを端末に接続すれば、触れるだけでロックを解除できるので、なにかあれば自由に入ってきて構いません」


 凍花はそう言うと、ディスプレイが並べられたシステムデスクの椅子に腰かける。


「それでは、あなたにこれからやってもらう話をしましょう。好きなところに座ってください。他に椅子がなくて、申し訳ありませんが」


「いいよ別に。椅子なんかなくても死にゃあしねえだろ」


 詩音はそう言って、フローリングの床に腰を下ろす。


「わかりました。それでは話をさせていただきます。あなたは、異能力者の能力が盗まれる事件をご存知ですか?」


「は?」


 なにかよくわからないことを言われた気がしたので、詩音は思わず聞き返してしまった。なんだ? いま異能力者の能力が盗まれるとか言ってなかったか?


「知らないのであれば構いません。それについても説明しましょう」


「いや、ちょっと待てよ。なんだよ異能力者の能力が盗まれるって。どこの馬鹿な映画の話だ?」


「残念ですが。映画の話ではありません。いまここで、現実に起こっている事件です」


 凍花はいたって真面目な表情をしている。いままでの反応からすれば、嘘を言っているとは思えなかった。


「だからさ、異能力者の能力なんて盗めるものじゃねえだろ。金じゃねえんだから」


「はい。わたしもそう思います。ですが、それは実際に起こっているのです」


 凍花があまりに堂々と言うので、詩音もかみつく気にならなかった。彼女に雇われているのだし、とりあえず話を聞こう。


「わたしが集めた情報によると、数人の異能力者がいきなり能力を使えなくなったようなのです。はじめはわたしもなにかの間違いかと思いました。ですが、調べてみるとそれは本当らしい。もし興味があれば、ここの端末を使って情報を見てください。映像とテキストがありますから」


「…………」


 詩音は無言になり、しばらく考え、それから、いや、と思い直す。


「もしかして、異能力者の能力を盗む能力を持つ異能力者が現れたのか?」


「理解が早くて助かります。恐らくはそうだと、わたしは考えています」


 異能力者の能力を盗む。この東京は魔境だ。そんな異能力者が出てきても不思議ではない。


 だが――


「わからないことがある。異能力者がどうして同じ異能力者の能力を盗むんだ? わざわざそんなことをする必要があるとは思えないが」


「はい。わたしもそう思いました。ですが、調べてみると、どうやらその異能力者は出自が違うようなのです。こちらをご覧ください」


 凍花はそう言ってキーボードを操作し、詩音の目の前にホログラムを出現させる。そこに映されていたのは、どこか見覚えのある光景。これは、なんだ?


「これは、あなたが暮らしていたスラム街の近くにあった研究施設です。この研究施設では、人工的に異能力者を作る研究がされていました」


「なに?」


 思わず詩音は声を出した。


「じゃあ前の晩、というか今日の深夜に行われた騒ぎは――」


「そうです。異能力者たちはこの施設を問題視し、昨晩壊滅させた。ですが、それはもう遅かったようです。潰した時には、すでにそれはある程度実用化されていた」


「そこで研究されていた奴が、この事件を起こしていると?」


「はい」


 凍花は頷いた。


「そして、盗まれた異能力が別の人間に売り払われているようなのです。これは、この東京における現在の力関係を崩壊させかねない。わたしはかなりの問題だと思っています」


 確かに、異能力者の能力が盗まれ、それを別の、異能力者ではない者に売り払われたのなら、色々と面倒を生むだろう。力というものは、人間を歪ませることがある。特に持たざる者が力を手に入れた場合には。


「それはわかった。で、俺はどうすればいい? その異能力を盗む異能力者とやらのアテはついてるのか?」


「残念ながら、まだです。なにぶん、その研究施設のデータをサルベージできませんでしたから。


 なので、あなたには盗んだ能力を売り払われた人間を追ってもらいます」


 盗んだ奴を追うために、盗まれたものを買った奴を追う。常套手段だ。


「いいだろう。そう言うってことは、異能力を買った人間にはアテがついてるってことだな?」


「はい」


「じゃあ、その情報をくれ」


「あの、いまから行くのですか?」


「ああ。放っておけば東京の力関係を崩壊させかねないんだろ? だったらさっさと解決したほうがよくねえか? 俺もさっさと終わらせて、ゆっくりしたいしな」


「わかりました。ではこれを使ってください」


 そう言って渡されたのは小さなケースが二つ。


「なんだこれは」


「一つ目には、通信機能がついたスマートレンズが入っています。そのレンズを装着すれば、能力を買った者がわかる。もう一つには、レンズと連動し、耳に装着する小型の情報端末が入っています。先ほどのカードはそちらに入れてください」


「ふーん」


 そう言って渡された二つのケースを詩音は弄ぶ。


「他になにかないのか?」


「あと、そこのダンボールに使える道具がいくつかあります」


 その言葉を聞いて、詩音はダンボールを漁ってみる。そこには、手錠が数個とナイフが一本、綺麗に梱包されて入っていた。


「その手錠は、内側が異能力者の力を封じる素材で作られており、装着すると能力が使えなくなります。


 ナイフはその手錠と同じ素材で作られており、異能力を無効化して殺傷できます。柄の根元にあるボタンを押すと、飛び出すようになっているので取り扱いにはご注意を。十メートルくらいだったら、充分人を殺せるものですので」


「はいよ」


 詩音はそう言って手錠全部とナイフをダンボールから取り出した。


「この手錠とナイフ、異能力者の力を無効化するって言ってたけど、俺が持っても大丈夫なのか?」


「一応は。異能力者が実際に触ったわけではありませんから確証はありませんが。手錠は錠の内側だけですから、そこに触れないようすればあなたでも使えるでしょう。ナイフは柄の部分は普通の素材でできていますから、刃に触れないようすれば大丈夫かと」


「俺の知らない間にこんなもんができていたとはな。ずいぶんと変わったもんだ。異能力者が知ったら怒るんじゃないか?」


「かもしれません。ですが、いまのところ異能力を無効にするその素材は、隕石の成分を生成しなければなりませんから、大量生産はできません。わたしも、その手錠とナイフを作るのが限界でした」


「あんたが作ったのか?」


「設計はわたしがやりました。実際の作成は信頼できる業者にお願いしましたが」


「じゃ、これ全部持っていくぞ。なにか手錠を入れておくものはないか?」


「ならこちらにポーチがあります。これでいいですが」


 凍花はそう言ってポーチを投げ渡してきた。手錠が綺麗に収められ、なおかつ取り出せるようになっている。


「これでいい。あとはこれを装着すればいいんだな?」


 詩音は小さなケースを開ける。そこにはコンタクトレンズと変わりないものと、耳に装着するイヤフォンのようなものがあった。イヤフォンのようなものを先ほどもらったカードを入れ、耳に装着し、レンズを目に入れる。


「なにか問題はありますか?」


「いや、大丈夫だ。なにかわからないことがあったら連絡する。それじゃあ、行ってくる」


 詩音はそう言って、部屋の扉を開け、歩き出した。

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