黒髪

@tsubaki39

第1話となりのクラスの

白い肌。儚げに影を落とす長い睫毛。小さな鼻に通った鼻筋。小さな口。ほんのり赤く艶めいて柔らかそうな唇。


太陽に照らされると綺麗な栗色に透ける、黒くて艶のある束ねた髪。


僕はその全てを手に入れたかった。

いや、手に入れると決めていた。


となりのクラスの彼女は、いつも目立っていた。派手なグループに属している訳ではなかったが、それが更に目立っていた理由なのか否かはわからない。

まあ僕も自分のスペックを分かっていない訳ではないので、彼女を落とせる自信もゼロではなかった。

スクールカーストは一軍。学生のうちにモテるために必須条件の足の速さ、運動神経の良さを持っていた。クラスの背の順は後ろから二番目。


なんとか彼女の恋愛対象から省かれてはいないだろう。


それから彼女の視界に積極的に入って存在アピールをした。

彼女の親友に、あの子美人だよね、と彼女のことを話していたから、きっと僕の名前は少なくとも二、三度耳に入っているだろう。

周りの人から彼女にするなら誰かと聞かれたら、迷わず彼女の名前を出した。


でもきっと、僕はいつも廊下で騒いでいる五月蝿うるさい奴だと思われている。彼女のクラスの女子達は、わざわざこちらの教室前の廊下で暴れていないで、せめて自分たちの教室で騒いでいろ、という目でこちらを見る。こちらを見ないだけで、彼女もそう思っているだろう。


でもこうしていれば、偶然を装って彼女にぶつかることも可能なのだ。


待て。みんなわざわざ彼女のクラスの前まで行って騒ぐのは、僕と同じ考えだったということか?あぁ、そうか。ふと彼女の教室に目をやると、僕の親友が彼女に勉強を教えて…いや、もらっている。ますます彼女と同じクラスの奴等に腹が立つ。

きっと僕は教えられる側だが、彼女に勉強を教えるアイツがとても羨ましい。我が友よ、彼女に教えたことを一生誇って生きていけ。お前は今日いいことありすぎて早死にするだろう。


嗚呼、これがジェラシーか。ヤキモチだと可愛げのある言い方だが、これは一方的に妬んで嫉んでいるだけ、ただの人間の欲深さだ。



彼女はモテるだろう。いや、モテる。ハイスペックなあまり近づけないというのが現状、口では違う女を好きだと言うやつの中にも、彼女に惚れている奴はきっとたくさんいる。聞くところによると、彼女に本気で恋をしていることがバレたら厄介なことになるらしい。


彼女には彼氏という存在がいたことがなくて、彼氏がいないからこその神聖さに男共は洗脳を受けていたと聞いた。


例えると、繊細で透き通っていて、光輝く新品ガラス細工の置物。

彼らはそれにほこりや傷、指紋などの汚れがつかないためのカバーだ。

売り物の綺麗なガラス細工を汚してはいけないのと同じ。

誰も手を出してはいけない。暗黙のルール。


僕はそのガラス細工に傷はつけない、埃一つも寄せない。

僕の指紋だけをたくさんつけるんだ。


小学生の高学年、少しずつ色気付く年頃。

彼女は恋をした。

恋をする彼女はかわいらしい。

普段の気の強さは何処へ行ったのやら、思い人の前で頬を赤らめ瞳を潤わす。

相手の男も彼女が好きだったので、誰もが仲介役を買って出たそうだ。


だが彼らは散々二人にアドバイスをしておいて、無意識のうちに相手の男の告白を阻止してしまっていたらしい。

彼らは語る。大切な妹が、いや、娘が嫁に行く瞬間を見るようだったと。


彼女がそれからうまくいったかは言うまでもない。


欲深い奴等のせいで可哀想に。


鈍感な彼女には、はっきり好きだと伝えるべきだ。


君が好きになったのが僕だったら回りくどいやり方なしに、ストレートに君を奪ったのに。


僕だったら幸せな両想いをあげたのに。



小学生の頃から彼女を知る人は、彼女に恋愛感情を越えたものを抱いている。

見た目に合わない活発さ、男勝りで気が強く、鈍感。

初対面の男が見ると、理想概念が崩れて少し幻滅してしまうそうだが、近くで見てきた彼らは、そんな彼女こそが我らのマドンナ、いや妹。


僕には相当理解不能だ。


彼女に恋愛感情を抱かないだと?


性格がちょっとおてんばなだけ、それも魅力的じゃないか。

口が悪い、毒舌だって?あの顔に罵られてみろ、ご褒美だぜ。

裏ではドM製造機と呼ばれているが、納得。

まあひとつの愛称というところだろう。

とにかく、彼女はみんなに愛されている。


彼女が男勝りな故に男扱いしている奴等は、それを利用して近くに居たいだけだろう。

彼女が一生懸命になって全部取り除いたはずの給食のネギを食べはじめてから見つけたときにさりげなく皿を差し出し、意識してないなんて、あるわけがない。


先生、僕だったらその箸と皿を永久保存していました。


男共は皆血眼になって彼女の近くの小さな危険を探している。


常に危なっかしい彼女を守りたいのはたいへんよくわかる。それはわかるが、皆んなりまで助けないで、かっこいいところで登場しようとする。先回りして危険な目に合わせないという紳士な選択肢はないのか。 

所詮給食のネギくらいの危険だ。

助けられたところでかっこよくはないだろう。

まず助けられたという意識すらないだろう。


まあ鈍感な彼女は先回りしたことに気が付かないというなら仕方のないことなのかもしれないが。


それでも僕なら先回りをして危険を回避しますよ、先生。


彼女がもし向かいから車が来ていることに気が付かないまま走っていたら、僕の持ち前の足の速さで彼女を追い越して、代わりにかれにいくのに。

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