駆――⑥

 

「来る……っ!」


 高速で迫り来る象霊使しょうれいつかい、左内さない右内うないの両名をとらえながら、御依里みよりは思考を巡らせる。


(能力の範囲に入れば一瞬で焼かれる。もしくは凍らされる。どうすれば!?)

「まずは移動手段を……っ!」


 姿勢を低く落とし、脈術みゃくじゅつを唱える。


滑脚カッキャク


 地面に足を設置させたまま、砂埃を上げながら御依里の体は地面を高速で滑る。迫る二人から離れるように、後ろへ後ろへと下がり続ける。


(これ以上近づかれないように、攻撃で牽制を!)

空牙クウガ散小鳥チリコガラス

土鋲ドビョウ花爪カソウ


 そして空中に複数の石の矢じりや圧縮空気の弾丸を作ると、それを迫ってくる左内と右内へめがけて発射する。

 しかし――


「ははぁ~、やってるやってるよ。まったくの無意味だけどな」

「フフフッ、中級術者程度が、象霊しょうれい能力のうりょくの仕組みもわからず象霊使いと戦えるはずがないだろ」


 脈術が二人の間近まで迫った、その瞬間――

 石の矢じりは一瞬で凍り付き、同時、炎に包まれて爆散。または浮き上がる力を失い、落下して地面に突き刺さる。

 空気の弾丸に至っては、二人に到達するかと思われた瞬間、一瞬で消え去ってしまう。


「なっ、どうして!?」

「アハハハハッ! 象霊が司る属性の攻撃は、すべて通用しないことも知らないのか!」

「火、氷、風……お前の乱術らんじゅつを構成する重要な要素はほとんど通用しない! もちろん、それだけじゃないけどなぁ!」


 御依里は、地面を滑りながら移動しつつ、森の中へとその姿を隠す。


「やっぱり、逃げるつもりだな」

「そうそう。今まで狩ってきた奴らも、みんなそうしたよな」


 森の中を数十メートルほど進み、左内と右内から身を隠した……その直後、


 ――ガクンッ

 

「ぅあっ!?」

(なに、これっ……!)


 まるで見えない蜘蛛の糸に絡められたように、左内と右内の二人からそれ以上離れる事が出来なくなってしまう。見えない柔らかな壁にぶつかったようにも思える。

 その距離、百と数十メートルほどだろうか。


「クックック……だからそれだけじゃないって言っただろ。バァ~カ」

「象霊『パンキゼン』……その能力は繋がり。物理的な意味でも、抽象的な意味でも、様々に結びつけることが出来る」


 二人の背後に浮かび上がる、尻尾が連結している二匹の三ツ目のオオトカゲ。

 御依里はその場に踏ん張ろうとするが、二人が移動する方向へと強引に引きずられてゆく。


「こんなの、どうやって戦えば……!?」


 左内と右内は、ゆうゆうと歩いて地面に倒れ込んだ衣月いつきの元まで戻ると、右内がその焦げた体の首根っこを掴み上げ、大声を上げて御依里に脅しを掛ける。


「いいか! たとえ逃げようとも、こんな子供すらも盗術者とうじゅつしゃとして報告することが俺たちには出来る! 習術海しゅうじゅつかい太園たいえんを祖父に持つ俺たちであれば、そんなことは簡単なんだよ!」

「わかるか? 俺たちが来た瞬間から、お前らは詰んでるんだよ」


 二人は息を合わせて高笑いをする。


「そんなっ。あの二人は今まで、こんなことを何度も?」


 御依里は思わず唇を強くしばる。単純に狩りをするだけでなく、弱者をなぶり殺す行為すらも趣味の範疇でしかない二人の意識を理解できず、強い憤りが湧き上がる。


「よし、行くか」

「続き続きっと」


 右内は衣月の体を地面に投げ捨てると、再び御依里のいるであろう方へと動く。

 象霊の力で宙に浮くと、森に隠れる御依里をさらに自分たちの方向へと引きずり寄せながら、同時に高速で直進して間合いを詰める。


「くうっ、近づかれたら終わるっ!」


 脈術が無効化されるのが分かっていても、石の弾丸、風の矢、炎の斬撃と脈術を続けて放ち、それ以上間合いを詰められないように牽制する。

 二人も高速で迫る術に対応できる距離を維持しながらも、大きな円を描くように逃げる御依里を追いかけ、森の中に入る。


「どうしよう、どうすれば……んっ!?」

〈……っ……。…………〉

「えっ……誰かの、声?」


 御依里が森の中で応酬を繰り広げている最中、身につける黒い衣装の左太ももを覆うプロテクター下のポケットから、何か声のようなものが聞こえてくるのに気付く。

 そこに手を触れる。……と、いつの間にだろうか、もう一つの通信機が仕込まれていることに気づき、御依里はすぐに耳へと装着する。


「痛っ、つぁ……!」


 水ぶくれた火傷の痕が痛む。

 それでも、今はこれが頼りだ。


(誰の声……まさか、疾凍さん?)


 耳にした通信機から声が聞こえる、軽薄な声。


〈やほぅ。余裕が無さそうだねえ〉


 それは、さきほど黒焦げになって地面に投げ捨てられたはずの、衣月の声だった。


迅護じんごの通信機をこっそり仕込んでいて正解だったよ〉

「衣月君!? 無事だったの!?」

〈あのくらい余裕さ。それより今は攻撃を続けて。絶対に手を休めちゃだめだよ〉

「わかってる! わかってる、けど……っ!」


 左内と右内の二人がさきほど言ったように、攻撃する術のほとんどが二人に迫った瞬間に無効化されてしまう。唯一、手応えを感じられたのは、土を素材にした脈術くらいのものだろうか。しかしそれも、二人の間合いに入った瞬間、爆発して塵となるか、不自然に浮き上がる力を失い、墜落して地面に突き刺さってしまう。


 ――焦りが、頭の中に混乱を招こうとする。


〈はじめて象霊使いを相手にするときは、みんな勝手が違って慌てるものさ。大切なのは場数場数っ〉


 衣月は、右内と左内の二人が森の中に入ったことを確認したときから、姿を隠す脈術を使い、空の上から三人の戦いを眺めていた。

 黒焦げになっていた全身は、すでに新品同様に再生されている。


〈これから君が戦いながら僕がレッスンをする。言うとおりに動くんだ。そうすれば、最悪でも負けはしないだろうから〉

「そんなこと、言われても……それより、協力して戦えば――っ!?」

「そこにいたかァーっ!」


 一瞬、左内と右内が近距離まで迫る。

 御依里はとっさに脈術を放ちながら後退するが、片腕に火が回り、片足が凍り付きそうになる。


(やられ――ないっ!)

縮光シュクコウ黄晃閃キコウセン


 目くらましに爆発と激しい閃光を起こしながら距離を取り、炎をはらい、凍り付いた足に熱を起こして解凍する。


「はぁっ……危なっ……」


 凍り付いた足のプロテクターに亀裂が入り、崩れ落ちる。

 もう少し判断が遅れていたら……

 身につけているのが乱術衆らんじゅつしゅうの高い耐熱性能を持つ防具でなければ……

 腕は焼け落ち、足が凍り付いていたかもしれない。


〈これは今まで君に教育してきたことを実践で試すチャンスだ。なあに、本当に危険だと感じたら、君が死ぬ前に助けてあげるよ。間に合えばね〉

「くぅ……わ、わかった」


 空から見下ろす衣月は笑みを浮かべる。木々の間で小規模な爆発が起こり、または一瞬で木が凍り付くなどの現象が起こる。

 三人の位置を正確に把握しながら、衣月は御依里のいる方向を見た。


〈君が本当に戦う力を求めるなら、生きる力を手にしたいなら、これは絶対に乗り越えるべき問題さ。だから――〉

 

 自分の力だけで、この二人を退けてみなよ。


 

 *********



「ケホッ、ウェホッ……なんだこいつ!?」

「デタラメなことしやがる……!」 


 崩壊したコンクリートの建物から、ガレキと巻き上がるホコリをくぐりながら二人の男の盗術者が飛び出してきた。


「そこだ――」

《ギャララララララッ》


 刹那、ガレキの中から一本の鎖が飛び出し、その内の一人の男の足に絡みつく。ズボンを擦り切りながら足の肉に、骨に食い込み、一気にガレキの中に引きずり込む。


「う、あ、ぉおおおおおおおおぁあああっ!?」


 男は頭だけを残してガレキの中まで引きずり込まれる。


「やめろ、やめ……う、あ……助――ボォゴゲエェエエエエエッ!」


 直後、情けなく叫ぶ悲鳴もむなしく、口から大量の血を吹き出して絶命する。


「――ひとつ」


 姿の見えない迅護の冷たい声が、瓦礫の山に反響する。


「なんだこいつ!? 無茶苦茶なっ!」

空牙クウガ旋弓波センキュウハ


 逃げ出した術者は旋風の矢を複数作り出し、たった今殺されたばかりの仲間の肉体を巻き込むこともいとわず、迅護のいる瓦礫の山に向けて放つ。

 直後、ガレキを爆散させながら飛び出してきた迅護は、放たれた旋風の矢とすれ違い、脈術を放った盗術者に高速で接近する。

 その手には、今殺したばかりの盗術者の内蔵ハラワタが握られている。


「ち、くしょお! こいつ、めちゃ、くちゃ、速ぇえ!」


 すぐさま短機関銃の銃口を向け、向かってくる迅護へとトリガーを引く盗術者。

 しかし迅護は極盾きょくち武器ぶき『エクスペディション』の手のひらを前方にかざすことで直径1メートルほどのバリアが発生し、弾丸の威力をすべて無音のままに吸収してしまう。


「まだ腰に弾倉が残ってやがる。こりゃ中級術者程度にはキツいだろうな」

空牙クウガ散小鳥チリコガラス


 迅護は敵を冷静に観察しながら、自身の周囲に二十発近い空気の弾丸を作り、掴んでいた内臓を投げ捨てる。


「敵の支援が遅え。とりあえず殺すか」

空牙クウガ憑怪剣ビョウカイケン』」


 そして『エクスペディション』の能力で威力を遙かに強化された四本の風の斬撃を放つ。同時、空気の弾丸を一斉に敵術者へと発射する。


「ゥルルぁあああァッ!」

「ひっ!?」


 敵術者は一瞬のうちに迫る空気の弾丸や斬撃を、宙で体をひねって回避する。


「うぃっ!? こん……な、がぁ……うがぁああああああああぁっ!」


 だが、すさまじい威力の風の刃により、左の膝から下が吹き飛ぶ。

 さらに三発の圧縮空気の弾丸が、腹部、左肩、右脇に直撃し、ことごとく骨を粉砕。苦痛に叫び声を上げる。


「ちくしょう、ちくしょぉ……がぁあああっ!」

赤爪アカヅメ


 それでもなお意識は明瞭なのか、血を固める脈術を唱え、吹き飛ばされた左足の出血を止める。


「てっ、てめぇええええッ……来んじゃねぇええええッ!」


 照準も合わせること無く、とにかく迅護へと短機関銃の引き金を引く。しかし、一瞬で弾倉に残っていた弾は底をつく。そしてバリアを張るまでも無く、空中を不規則に高速で動き回る迅護には当たらない。


「クソ、クソッ! さっきまでの奴らとはまるで違う! こんなっ、上級術者一人程度に……ああああ痛てぇえええっ!」


 敵術者はやや冷静さを欠きながらも、マガジンベルトをさぐり、弾倉を交換する。

 遅れて、迅護の背後から二名の術者が迫り、一名は両手に二丁の拳銃を、もう一名は短機関銃を抱え、腰に手榴弾を下げて迅護に迫る。

 互いの間隔を広げて飛び、迅護の前にいた術者と正三角形の形で囲む事に成功する。

 迅護は余裕すら感じられる表情で小さくぼやく。


「ハッ……引き金を引く方が早い接近戦で撃つならともかく、こんだけの距離なら術を使え、術を」


 射線が重ならない包囲網で、拳銃や機関銃の弾丸を迅護へ向けて射出する盗術者たち。

 迅護は瞬時に移動の方向を変針、一気に真下へと加速しながら落下し、自ら海面に衝突する


「くそっ、速すぎる! そういう能力持ちか? 追いつけないっ!」

「無駄撃ちするなよ、もうそんなに弾残ってないぞ」


 海面にぶつかる威力を両手の『エクスペディション』で吸収すると、今度は一気に方向転換、腰に手榴弾を下げた術者へと目標を定め、迫る。


「こっちに来る!?」

「動けっ! また囲むぞ!」


 前方にバリアを張りながら不規則に飛び、側面から挟み込む術者の弾丸を縦横無尽に回避する。そして――


空牙クウガ憑怪剣ビョウカイケン


 腰に手榴弾を下げた術者へと、海面への落下の威力を備えた風の斬撃を放ち、牽制する。


「う、お、おおわぁああっ!?」


 胴体スレスレをかすめる、強力な風の斬撃。

 直撃は免れたが、あまりの威力と風圧に体勢を大きく乱す。


「ほら、来たぜ」

「な、お、ぁあッ!?」


 敵術者の眼前まで接近を成功させた瞬間、迅護は鋭い中段回し蹴りを繰り出し、短機関銃ごと左横腹を蹴り込む。


「げぼっ、ごぉぇえええ……っ!」


 体が上下まっぷたつに裂けんばかりの痛みに、体を折り曲げる。


「オラ、行くぞ」


 迅護はその敵術者の頭を掴み、風を巻きながら投げ、そのまま眼下にある島の砂地へと投げ飛ばす。

 男は吐瀉を撒きながら、壊れた人形のように落下して行く。


「さて、残りを――」


 すぐさま迫り来る二人の敵術者を視認すると、迅護はスカジャンを大きく広げる。その内側が太陽の光を浴びてキラキラと光が散乱。

 その中には、たっぷりと海水が満たされていた。


「さっさと潰すか」


 すると、迅護は腕を横に振り回しながら全身を高速回転。溜めていた海水を周囲にまき散らすと、一瞬のうちに海水は霧へと変化し、周囲に拡散。迅護の姿は霧の中へと隠れてしまう。


「くそ、隠れやがった!」


 その白煙の中へと、でたらめに放たれる銃弾が何発も撃ち込まれる。


「げほっ、がは……うげぇ」


 迅護に真下へと投げ飛ばされた術者は、空中でなんとか体勢を立て直し、砂地に着地していた。


「ごはぁっ……痛っってえ……っ!」


 だが、蹴られた脇腹、左腕が骨折しており、肉体の被害は甚大である。

 短機関銃も弾を撃ちつくし、銃身はひしゃげており、持つ意味そのものが無いため、地面に投げ捨てる。

 体をなんとか立ち上がらせ、仲間が戦っている真上へと視線を向ける。


《――ポタタッ タッ》

「……?」


 顔に、何かの滴が墜ちてきた。

 指で触れる。


「……雨?」


 黒い? いや、赤い。

 そもそも空は、雲一つ無い晴天だ。


《ポタポタポタ―― バタッ ボタタタタタタッ》


 それは一瞬、土砂降りの雨のように勢いを増し、全身を濡らす。


「ひ――」

《ドシャァアアアアッ》


 直後、真上から自分の足下に大きな塊が落下してきた。

 砂地に衝突し、血糊が広がる……染みこむ。


「ぅぁ……っ!?」


 小さく悲鳴を上げ、眼を見開いて確認する。

 凄惨な姿に変わり果てた仲間の死体。

 死体には拳銃が口の中に突き刺さるように咥えられており、そのまま口腔内部で何度も発砲され、後頭部から脳髄をこぼし絶命していた。

 もう一丁を握りしめる右手は、すべての指がグシャグシャに折れ曲がり、指がトリガーガードに絡まっていた。そして胸の中心に大きな風穴が空き、ズタズタに破れた心臓がまだ拍動しながら大量の血液を吹き出している。


「うあっ、わああああぁぁッ! かっかか、金梁かなばり……逃げるぞっ、金梁ィ!」


 何者かの名前を叫びながら地面を走る。


「それが仲間の名前か?」


 背後に迅護が音も無く一瞬で降り立ち、後ろから首を掴みこむ。


「ぎゃ……がががっ……あああああああああぁぁッ!」


 首の骨が潰れんばかりのとてつもない握力と、首の肉に突き刺ささる鉤爪に、敵術者は悲鳴を上げる。折れていない方の手で抵抗しようと、首を掴む迅護の手をひっかく。もちろん効果は無い。


「上にいたもう一人は投降した。どうする、お前は死にたい奴か?」

「降参するっ……もう、やめるっ、からぁ!」

「あと一人いるだろ。案内しろ」


 首を掴む手に力がこもる。頸椎にかかる、かつて経験したことのない横からの強烈な圧力に、激痛と苦しさが同時に起こる。

 敵術者は涙を浮かべながら、必死に無抵抗であることを訴えた。


「連れて行くっ! だから、だからもう止めてくれァがぎィいいいにぃいいいッ!!」


 完全に戦意を喪失した敵術者を、島を包囲していた乱術者二名が拘束する。そのまますぐに立たせ、最後の一人がいる場所へと案内させる。


「……最後の一人、金梁は戦闘術者じゃ無い。だが、鏡の中に空間を作り出す能力の極盾道具を持っている。今回俺たちが使った銃も、金梁が外から調達してきたものだ」


 戦闘に巻き込まれていない、最後の三階建てコンクリートの建物の中を誘導させる。豪華だったろうボロボロの絨毯が敷かれた通路の角には、半球状180度角のコーナーミラーがいくつか見られる。

 すっかり朽ちているが、所々に見られる手の込んだ内装を見ると、富豪の別荘地として使われていた過去を感じさせる。

 そのままひとつの女子トイレへと進んでいく。トイレはそれなりに広く、中には仕切られた二つのトイレと、手洗い場が二つ、鏡も二つ壁に掛けられていた。

 迅護は、男が立った、入り口手前の鏡に『エクスエペディション』を構え、敵の反撃に備える。


「金梁、俺たちは終わった。お前も投降しろ……」


 鏡の前に立ち、観念した表情で呟く。


「……おい、聞こえてるんだろ? もう俺たちには――」


 瞬間、迅護の感覚が警鐘を鳴らす。


「――ッ!?」


 とっさに迅護は何者かの気配を感じ、トイレの入り口方向へ視線を向けた。


《 パァン 》

 

 鳴り響く銃声。


「かぅ――はぺ……」


 拘束していた敵術者の側頭部から、血液と脳漿がはじけ飛ぶ。

 瞬間、迅護はもう一つの手をトイレの入り口方向へ向けた。同時、バリアを展開する。

 正面、角に掛けられた半球状のコーナーミラーから拳銃が突き出ている。


「後ろだ、防げッ!」


 迅護は後ろに並んでいた二人の乱術者に叫ぶ。

 直後、さらにもう一つ銃口が現れ、引き金が引かれる。


波守ナミモリ


 二人の乱術者は防御術を展開。同時、銃口から放たれたのは散弾だった。

 防御術に弾丸の威力が吸収される。……が、距離が近すぎる。

 そのまま防御術を貫通した弾丸は、片方の乱術者が身にまとう胸部と腹部のプロテクターに突き刺さる。


《ガァンッ》


 続けて二発目が放たれるが、もう一人の乱術者はすでに回避行動を取っており、散弾は床材を砕いて跳ばすに終わる。


「チィッ!」

《――ギャラララッラッ》


 迅護は舌打ちしながら、両手の鎖を輝く光と共に延長。鏡へと一瞬で伸ばし、鏡から突き出ている腕に巻き付かせ、肉に食い込ませる。


「いやっ、痛っ……つぁあああああっ!」


 コーナーミラーの中から一人の若い女が引きずり出され、廊下に倒れ込む。

 青白く細い手足に、白い服装、そして異様に長い黒髪をしており、その様子に思わず呟く。


「はっ、呪いの鏡かっつーの」


 すかさず鎖が女の全身に巻き付いて、拘束する。女は、強く締め付ける鎖の痛みで大きく苦悶の悲鳴を上げた。

 迅護は床に座り込んでいる乱術者の肩に手を置き、話しかける。


「弾、当たったか?」

「ぐ……いや、装甲に当たっただけだ。大丈夫だ」


 迅護は自身の鎖を手首から分断し、女の身柄を乱術衆に引き渡す。鎖が食い込む痛みに、呼吸も怪しい女へと、迅護は質問をする。


「なんで仲間を殺った?」

「はっ……ぐぅ……、フ、フフフ、別に。そいつ、私のセックスフレンドだったの。尋問で余計な性癖までしゃべられたら、恥ずかしくて生きてらんないでしょ」

「はァ? ……ああ、そうかよ」


 迅護は女を押さえつける乱術衆の術者の肩を叩き、耳打ちする。


「洗いざらい吐かせとけ」

「わかっている」


しばらくもたたず、空に待機していた術者たちも集まり、それぞれが与えられた任務をこなしてゆく。その中にはあの春鳴はるなりの姿もあった。

 その様子を見ながら、迅護は軽く伸びをして、あくびを一つした。


「うし、終わったな」


 迅護は通路を進むと、ガラスの割れた窓へと足を掛け、風を巻いて浮かび上がろうと――

 その瞬間、


「――ッ!?」


 連行を待ち、地面に座っている女の口から、輝く光が溢れ始めるのを迅護は見た。


(あの女――!)


 瞬間、迅護は窓枠に掛けていた足下を爆破。その威力を体に受け、一瞬で座り込む女の真横へと移動する。

 そして堅く握り絞めた裏拳で、女のアゴを力強く打ち抜いた。


「ごプァ……ッ!?」


 女が奇妙な声を上げると同時、


《ボムンッ》


 未完成の脈術が女の口の中で暴発し、女の右頬が弾けて吹き飛んだ。

 あたりに血粉がまき散らされる。

 遅れて騒動に気付いた乱術者達が集まり、気を失って前のめりに倒れた女を囲い込む。


「すまない。助かった」

「チッ、仲間を売るつもりはねえらしい……もっと慎重に運べよ」


 それだけ言い残すと、迅護は爆破した壁の穴へ戻り、床を蹴って跳び上がる。


「待ってください、いったいどこへ?」


 問いかける春鳴に対し、迅護は窓から離れながら答えた。


「帰るんだよ。報告は後で送る」

「いえ、そのような勝手を――」


 制止する春鳴の言葉も聞かず、迅護は最高速で飛び出し、春鳴が呆れたように溜め息を吐いた頃には砂粒ほどの大きさにしか見えなくなっていた。


「……やはり、普通では無い」


 春鳴はそう言って眉をひそめながらも、口元にうっすらと笑みを浮かべていた。


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