駆――⑤


 

 数時間前。

 御依里みよりたちのいる町から北東へ数百キロほど離れた海の上。


 空から海面を見下ろすと、コンテナを載せた全長150メートルほどのサイズの貨物船が一艘、海上をゆったりと航行していた。

 日の高さはちょうど真上にあり、じりじりと太陽の熱が船全体を熱している。


「まぶし……」


 そんな迅護じんごの服装はいつも通り、赤いスカジャンと迷彩柄のカーゴパンツ。

 その甲板で迅護は涼しげにたたずみ、水平線を眺めていた。脈術みゃくじゅつで体の周囲の熱を反射し、体の熱を外に放出しているのである。

 その背後に、プロテクターで覆われた黒装束を身にまとう一人の乱術者らんじゅつしゃが現れる。マントのフードの影に隠れて、顔がよく見えない。


「まだ待機かよ。マジで何を考えてんだ」


 迅護はやや怒気がこもった声で言い放つ。


「予定通り、本日の正午に乱術衆らんじゅつしゅうの特殊強化部隊が出撃しました。その経過を見てからの出撃要請になると思います」


 突如、強い風が吹き、男のフードを剥がす。現れた顔は二十歳前後の若い男のように見える。短い黒髪に、額の右側に大きな傷跡があり、引き締まった表情からは真摯さを感じさせる。

 ……というより、その生真面目そうな態度から、迅護に対する畏敬の念のようなものを感じ取ることが出来る気がする。


黒鍵くろかぎ死神しにがみ、と呼ばれるあなたを――」

「その二つ名はやめろタコ。今は黒鍵くろかぎ猟犬りょうけん……ただの飼い犬だ」

「失礼。あなたほどの実力者をただ待機させておくことは本意ではないのですが……現在試験運用段階にある特殊強化部隊、その初任務と重なってしまったことはすでにお伝えしました通り――」


 男はやうやうしく頭を下げる。迅護は背中を見せたまま振り向きもしない。


「わかってるっつの。その成否が乱術衆は欲しいんだろ。俺に取っちゃどっちでも良いから、さっさと終わらせてえんだよ。つーか、丸一日準備に時間を使っておきながらまだ終わらねえのかよ。敵に実力者がいるなら、なおさら俺を出せっつの」


 舌打ちをする迅護の後ろで男は頭を下げたまま話す。


「なんでも、先に交戦状態にあります特殊強化部隊の発案には、習術海しゅうじゅつかい太園たいえんが関わっているそうで」

「へえ、太園がね」


 太園とは、習術海の組織の位を指す。

 下から、末葉まつば末枝まつぎ泰葉たいば泰枝たいぎ閲幹えっかん耀幹ようかん厳幹げんかん絶幹ぜっかん門主もんしゅ太園たいえん楼園ろうえん……と表立つだけで十一の階位が並び、先の太園といえば第二位。実質的に一部のアジア圏を含む、日本国内の習術海のトップであると言える。


「その特殊強化訓練に多数の象霊しょうれい使つかいを支援しているということで、乱術衆の上層部との協力関係上、作戦の成果を正しく報告する義務があるのだと思います」

「簡単に言えば、俺たち下々の奴らには関係ねえ企みや計画があるってことなんだろ。……ま、イチイチ首を突っ込むつもりはねえけどよ。面倒くせえ」

「他にも、お伝えしておくべきことが」

「言えよ」


 迅護は初めて後ろに振り替えり、男の顔を見た。自分より年上である者が畏敬の眼差しで見てくることには慣れているが、男の視線には表現しがたい苦手なものを感じた。

 本気で、心の底から迅護を尊敬している眼だ。


「特殊強化部隊からの報告によりますと、島に潜伏している敵術者たちの数は八名。そのうち乱術者と思われる者が六名、二名は不明です。……そして敵術者は、銃火器を装備しているとのことです」


 迅護がさっきまで見ていた方向を遠く眺めると、水平線にわずかな点のような大きさの島が見られる。今回、敵の術者が潜伏している、現在は誰にも使われていない無人島である。

 元は資産家が保有していた無人島で、その上には現在は使用されていないコンクリート製の宿泊施設がいくつか並んでいる。それぞれ三階建ての建物はすでにだいぶ古びており、見た目にも一目で分かるほどにボロい。


「銃火器だぁ? 種類は? 数は?」

「現段階で確認出来た範囲では自動拳銃と短機関銃による攻撃が四名から。爆発物による攻撃も確認できたそうです。装備の数は正確には把握し切れていないと」

「使えねえ奴らだな……その特殊強化部隊とやらで対処できんのかよ? ほとんどが中位術者で構成されてるそうじゃねえか。その特殊強化訓練とやらがどんなものかは知らねえけどよ、銃火器で装備した術者は上位クラスと同等扱いだろ」

「それを実験するための本作戦かと……――っ!」


 言い終わるとほぼ同時、男の耳に付けていた通信機から指示が入る。


「はい……はい……了解」


 男は迅護と視線を交わし、マントで隠していたふところから通信機を取り出し、迅護に投げて手渡す。


「特殊強化部隊は八名が軽症、四名が重傷を負い、撤退するそうです。敵術者は三名を討伐。残りをお願いしたいと……」


 渡された通信機を一度、手の中でくるりと回し、手慣れた様子で片耳に取り付ける。片耳を覆い隠す程度に大きな、片側だけのイヤーマフのような機械だ。

 通信機のボタンを押すことで通信が開始される。すると、音声だけではなく、脳の記憶領域に直接イメージとして指示や現在の状況が流れ込んでくる。

 二十秒と経たず、迅護は状況のほとんどを把握し、頭の中で戦いのイメージを描き始めた。


「残った敵は中位が二人、上位クラスの実力者が一人ってとこか。肝心の二名の術派がまだわからねえのがちょっと厳しいが……逃がさねえように囲い込むのに人数足りるか? 例の特殊強化部隊を除けば、戦闘術者は十五人も乗ってないだろ、この船」

「全員、上位術者クラスです。問題はないかと」

「そいつは良かった」


 迷彩柄のカーゴパンツのポケットから、極盾武器きょくちぶき『エクスペディション』という名の装甲に覆われた黒いグローブを取り出し、両手に身につける。装着して数回、手を開いたり握りしめたりを繰り返し、指先のネコ科の動物のように縦に生えた鉤爪を、自分の意思で伸ばしたり縮めたりして動作を確認する。


「――ハッ!」


 その後、両手を前に伸ばし、意識を集中させる。すると、両手の手首の周りに光が生まれ、ソレが真横にぐんっと伸びた瞬間、両手首に金属の輪と長さ三メートルほどの鎖が現れた。

 迅護のもう一つの極盾武器『討龍の舌』だ。


「本当に、お一人で残り五名を相手に?」


 男の表情には不安の色があった。しかし迅護はちらりと一瞥するだけで、返事をすることもなく、空へ飛び上がり、自分の周囲を包み込むように旋風を巻き起こし始めた。同時、船の後方から黒装束の術者たちが空へと飛び出し、先に見える島を包囲するように散開してゆく。


「アンタの名前を教えてくれよ。ここでまともに話ができンのアンタだけだもんな」


 迅護は首だけを甲板の上の男へと向けて、名を尋ねる。


夕我ゆうが春鳴はるなりといいます」

「ハルナリ? ふぅん、覚えとくぜ」


 春鳴という名の男も風を巻きながら浮かび上がり、迅護の隣に並ぶ。同時、迅護は射出された大砲の弾丸のように超高速で飛び出し、春鳴はそれを追いかけるように飛び出した。


「……速いっ」


 乱術衆の上位術者である春鳴を置き去りに迅護はどんどん加速し、飛び出して後、五秒と経った時には200メートル近い差が生まれていた。


「その才能に、嫉妬してしまいます」


 こぼしながら、春鳴は迅護の記憶に無い、迅護との出会いを思い出す。


 それはおよそ一年前。まだ迅護が黒鉤の死神と呼ばれていた時のこと。

 乱術衆は二十数名の盗術者たちと戦闘状態に入り、岩場が隆起する荒野の戦場では熾烈な戦いが繰り広げられていた。

 そこで春鳴は戦闘員の一人として戦っていたが、敵の盗術者に救援が現れ、戦況は徐々に不利な状況へと傾き始めていた。

 地面を見れば、すでに死んだ仲間達の死体が転がり、敵の攻撃を避けて飛び込んだ大きな岩の地面には頭を砕かれた敵術者の死体があった。


(……このままでは、ただ死ぬ……!)


 それは恐怖なのか、焦りなのか、自分の中でも判断が付かない、沸いては沈んでを繰り返す感情と感覚。体はただの機械のように、通信機から聞こえる上官の指示に従い行動を続ける。

 その目の前で、また一人の仲間が体を脈術に貫かれて死んだ。

 その時、春鳴の頭の冷静な一部分が、その状況を冷静に判断していた。


(――変えようが無い)

(――どんな力を持ってしても、近づく死からは逃げられない)


 体は動いていた。過去の経験、知識、肉体に刻み込まれた反応が体を動かし続けてくれた。しかし、冷たい水が血管を走り回っているかのように。熱が抜けていく感覚に襲われた。


(――私も、ここで死ぬのか?)


「そうだ」と頭の中の別人が答えた。


 ――その瞬間、力強い黒が目の前を通り抜けた。


 一瞬で数名の盗術者たちを刻み、血と肉と骨をまき散らしながら戦場をかき乱す。


「ぐる、るるるルルルルぉオオオオ――」


 その叫び声に、敵では無いはずの自分が震えた。

 背筋に電気がはしり、瞳孔が収縮と拡大を繰り返す。

 気付けば、その姿に見とれ、春鳴は動きを止めていた。止まない攻撃が春鳴の体を幾度もかすめたが、その視線は暴れ回る黒に取り込まれていた。


「何をしているっ、死にたいのか!」


 ふと仲間がそばに立ち、春鳴の頬を平手打ちした。


「はっ!?」


 その衝撃で我を取り戻した。体は再び動き出し、戦闘行動を続けてゆく。

 一瞬で塗り変わる戦況に、春鳴は死の誘導力からいつの間にか抜け出していた。

 体には熱い血が巡り、頭の中には強い生の息吹を感じ取ることが出来た。

 敵術者たちを掃討した時、戦場の中心の丘の上に立つその影を見て、ただ憧れた。


(彼のように、死を振り払うほどの力を手にしたい)

「そう思わせてくれたのは、あなたです」


 その時と変わらない羨望の光を眼に湛え、春鳴は島を包囲する位置に止まった。


「死神と呼ばれたあなたの戦いを、再び、この目で見届けさせてください……」


 敵陣に突っ込む手前、迅護はスカジャンのファスナーに指をかけ、奥歯をギリギリと噛みしめる。


「――ぐ、るる、ぅルルルルルォオオオオおおおおおッ!」


 吠え、叫び、力任せにスカジャンのファスナーを引き下ろす。

 熱を感じさせる筋肉の塊がスカジャンの下から現れ、ギチギチと引き絞られる。

 両手の爪を鋭く立て、指先にまで意識を巡らせる。

 ――突撃。島の中心で地響きが起こり、コンクリートの建物が崩壊。

 白煙が立ち上る。

 

 戦いが始まった。


 

 **********



「ほんっと、聞いていたけど何もない田舎だな、右内うない

「その通りだよ、左内さない


 御依里と衣月は、かつて衣月と迅護が戦ったことのある工事中のモールの屋上に、見慣れぬ二人の少年らと共にいた。

 御依里は乱術衆の黒いプロテクターを身につけたまま、額に汗を浮かべていた。脈術で体の熱は逃がしているが、夕方とはいえ、強い陽射しは肌を刺す。


「あのう……こんなところに来て、何かわかるの?」

「いちいち気にしないでよね。俺らが見たいから来ただけだしね。なあ右内」

「そうそう左内の言う通り。君は俺たちの言う通りに案内してくれればいいんだよ」


 町の外れで御依里が二人と合流するなり、彼らは自分を『習術海しゅうじゅつかい』から濡常ぬらつね衣月いつきの形跡を追って派遣された者であると語った。

 なかなかの権威を有する人員なのか、ここまで送迎の黒い高級車に乗って運ばれて来たのを御依里と衣月が発見して後、現在に至る。


「濡常衣月の消息はこの町に来た時点でわからなくなった。俺らは奴を見付けて討伐するように言われてるんだから、君はその協力をしてればいいんだよ」


 御依里はその横柄な口を聞く双子の少年らを前に、口に出さずとも「嫌な性格だなぁ」と思っていた。

 しかし、衣月の方はというと……


「へぇー! じゃあ二人ともすごく強いんだね! 尊敬しちゃうなぁ~すごいなぁ~」


 御依里は顔をしかめ、衣月の耳元でささやくように聞く。


「いつ……ううん、タカシ君。なにそのわざとらしい言い方」

「うーんん? いつもどおりだよぉー? 本心だよぉー?」


 当の衣月は、いつものは派手な金色の瞳も、銀色の髪も、ヒーロースーツもすべて真っ黒に変えて、体型もいつもより幼い感じの十二歳くらいの少年の姿になっていた。名前も、鈴木タカシ、という実に安直で地味な偽名で自己紹介し、二人と握手をしていた。

 その肝の太さに、御依里は単純に「すごいなぁ……」と感心した。

 習術海からの追跡者であると語る二人は、背格好も顔立ちも鏡合わせのように瓜二つで、説明されるまでも無く、一卵性の双子であることは明白であった。


「左の前髪が長くて、左の手に指輪をしているのが左内」


 といって右内は指さす。


「右の前髪が長くて、右の手に指輪をしているのが右内」


 といって左内は指さす。


「「とてもわかりやすいだろ?」」


 そして二人の歳は十五歳だという。

 双子の息ぴったりの会話が、二人の横柄な態度も相まってか、


(なんだかこの二人の話しを聞いてると、妙に気に障るんだよねえ……)


 少々のうっとうしさを、御依里は感じていた。

 どことなく、人を下に見ている態度がうかがえるからだろうか。


「こう見えて、僕たちは派遣された先で何十人と盗術者とうじゅつしゃ魔人戒まじんじゅうを討伐してきた実績がある」


 と左内。


「だから今回も変わらず同じ仕事。楽なもんさ。倒す連中はザコばっかりだけど、死神の称号をいただくのも遠くないだろうね」

「ふーん……」


 御依里はふとした疑問が浮かび、衣月に耳打ちする。


「そもそも、死神ってどういう人が名乗ってるの? 迅護も呼ばれてたんでしょ」

「言っちゃえば明確な定義は無いんだけど、基本的には上位クラス以上の術者を続けて三十人以上倒した経歴を持つ術者が、上から認められて呼ばれるようになるね。だから、中位や下位の雑魚をいくら倒しても意味なんてないんだけどね」


 また、二人は自身の祖父が習術海の上層部である『太園』であり、長い歴史の中で術界に貢献してきた由緒ある家系であることも自慢げに話す。

 御依里はまたさりげなく衣月に耳打ち。


「太園って、偉いのは知ってるけど、そんなにすごいの?」

「この辺りを支配している太園は、実質的にアジア圏のトップだからね。習術海に限らず、他の術界へも強い影響力を持つ位であることは間違いないね」

「へー。強い人なの?」

「御依里姉ちゃん、なんか発想が迅護じみてないかい? ……えっとね、習術海は戦いの成果が階位に影響することはあまりないんだ。上に行けば行くほど年寄りだらけになるし、強さは直接関係しないことが多いとは聞くね。と言っても、過去に華やかな実績を持っていたという人は少なくはないだろうね」

「ふうん、習術海なのに乱術衆にも影響するほど偉い人、かあ」


 御依里は、二人で何かを相談している左内と右内を見る。

 二人は、習術海の装束である上下真っ白な着物を身につけていた。特に下半身は、たっつけばかまと呼ばれる膝下を細くしたものであり、手足には防具である手甲、すね当てが備えられている。そして左の太ももには、二本の小刀が皮のようなベルトで固定されている。

 装備の中で一番目を惹くのは、左肩から右脇に掛けて、美しく花や植物が刺繍された幅の広い布が掛けられている。軍服のサッシュのようにも見える。習術海の位を示すものらしい。


「あのさーあのさー、二人は象霊しょうれい使つかいなんでしょ? どんなすごい能力なの!」


 見た目の年齢よりも幼い感じで左内と右内に話しかける衣月。

 御依里はこの衣月のキャラクターも「なんだか面倒くさいなあ」と思いながらも、口には出さず作り笑いを浮かべながら聞いていた……のだが、


(どうして? なんでこの二人は衣月くんのしゃべり方が気にならないの? もう隠しようも無いほど怪しさがにじみ溢れてる気がするんですけど……。うん、なんかちょっと……一周回っておかしくなってきた……)

「なんだよ、そんなに聞きたいのか?」

「べつに自慢するほどの能力でもないしなあ」

「聞かせてよぉ! みんなにどんなすごい象霊使いなのか自慢できるじゃん! ねーねー頼むよぉ!」

「プッ、フフフ……」

「おい女、何がおかしい」

「ご、ごめんなさい」

「怪しいな……なんか俺たちに隠し事してないか?」

(どうして私にはすぐそう思うの? ほんとダメ……)

「ンフ、いえ、なんでもないの。ちょっと思い出し笑い、みたいな。フフフ」

「フン、まあいいさ……そんなに言うなら、ちょっとくらい見せてやるよ」

「とはいえ、象霊使いじゃない君たちには姿が見えないんだったよねえ。ハハハッ」

「わあい、やったぁ! うれしいなあ!」

「フフッ、くふふふふ……」

(もうほんとうに止めて)


 言って、左内と右内の二人は背後に四体の象霊を浮かび上がらせる。とはいえ、御依里と衣月にはその姿をはっきりととらえることは出来ず、空中に目の錯覚のようにうっすらと何かが見える……というより感じる?程度だ。


「僕たちが使役する象霊はそれぞれ二体。けれど、すべて中位の象霊だ」

「その能力は、同属性なら極盾道具すら無効化できるほどの力がある」


 左内の背後に浮かび上がる、全身を真っ白な霜に覆われた大きなタランチュラ『マシダン』。その能力は氷結。

 そしてもう一匹は、全身が火に包まれている、大型犬のような太い四つ足をした、胴体と頭部が牛で、一対の太い角が鼻先に向けて弧を描く『マクルヴォーデ』。その能力は発火。

 そして右内の背後に浮かぶ二体の内のひとつ。たなびくほど長い尾羽をもつ一つ目のフクロウ『ノグダイラ』。その能力は浮かび上がる力、という。すこしはっきりとしない。


「浮き上がる、力?」

「揚力や浮力みたいな、物が浮かぶ時に関わってくる力に作用するんだ。その能力を応用すれば空を飛ぶことも簡単にできるのさ」


 そしてもう一体。尻尾の先端がつながり合った、二匹の三つ目のオオトカゲで、陰陽玉のように宙を旋回している『パンキゼン』。その能力は様々な繋がりという、これも聞くだけではハッキリとしない。

 それぞれが彼らの身につける指輪によって契約がなされ、能力を行使できるのだという。


「ふうん。よくわからないけど、象霊の能力ってどうすごいの?」

「なんだよぉ~御依里お姉ちゃぁん、そんなこともわかんないのぉ~?」

「もうそのしゃべり方やめて……なんかツボに入って……くふふ」


 象霊のことをあまり知らない様子の御依里を見て、左内は屋上のコンクリートに転がっていた細い木の枝を一本拾い上げ、御依里の目の前に突きつけた。


「見てなよ」


 そう呟いた直後、一瞬にして枝が凍り付き、真っ白な霜に包まれる。

 その出来事は、中位程度の術者が乱術で熱を奪い凍らせるよりも遙かに早く、本当に一瞬で結果が現れたように見えた。


「そして次は、こうだ」


 次の瞬間、凍り付いた木の枝は火に包まれる。それを手にしている左内の指先にまで火は達しているのだが、本人が火傷するような様子は全くない。しかも、火の内側、木の枝は凍り付いて霜に包まれたままだ。


「わ、すご……どうなってるの、これ?」

「象霊の能力は、よほど相性が悪くなければ、どんな能力でも共存する。こうして凍り付いたまま燃やすことなんて簡単な芸踏さ。そして――」


《バチィッ》


 直後、手にしていた枝が爆発する。


「ひゃっ!?」


 御依里は驚き、びくりと体を縮める。


「熱の均衡をわずかでもずらせば、熱割れで破裂する。そのタイミングも自由自在さ」

「うわ、すっげえ、すっげ~! かぁっこいいぃ~!」


 わざとらしい衣月のリアクションに御依里はまた噴き出す。


(あーもう、ほんとうに止めて)


「なーなー、右内さんはどんなことできるの? なーなー見せてくれよぉ、頼むよぉ」


「ハハハッ、面倒くさいガキだな」

「ま、教えてやらないでもないけど……先に仕事を済ませないとな」

「仕事?」


 御依里は首を軽くかしげる。


「その、濡常衣月が最後に戦った場所に連れて行ってくれよ。戦闘の報告に少しは目を通しているけど……たしか山奥だろ? 案内しろよ」


 御依里は衣月の方に視線を向ける。衣月は軽く肩をすくめて、フー……と小さな溜め息を吐いた。


(ん? どういうこと?)


 御依里にはその意図が読めない。

 ひとまえず、二人の言うことを聞いておくことにした。


「じゃあ、案内するね。……あ、飛んでもいいのかな?」

「ああ、『ノグダイラ』の能力で余裕さ」

「心配は無用さ。下手な乱術者よりも器用に飛べる」


 そう言うと、二人はふわりと浮かび上がる。風を巻いて飛び上がる御依里よりもスマートなその浮遊する姿に、また乱術とは違う一面を知らされて御依里は「ほわぁ……」と感嘆の声を漏らした。まだまだ、知らないことがたくさんありそうだ。


 

 それから五分と経たず。

 二人に言われるまま、御依里は衣月と迅護が戦った、旧採石場に二人を連れて来た。

 地面に走る亀裂。崩れた岩壁に刻まれた巨大な爪痕。……まだ戦いの痕跡が残る場所に足を落とした御依里は、周囲を指さしながら振り返った。


「ここが、その時に戦った場所なんだけど――」


 その瞬間、御依里は衣月の背後で笑みを浮かべる二人の顔を見た。

 

「クククク――」


 その笑みは、ギラギラといびつに輝くような醜悪。


 直後、左内が衣月の背中に手のひらを当てる。


「ん? 何を――」


 衣月が後ろへ振り向く暇はなかった。

 

《 シュボァッ 》

 

「うぁ……わぁああああああああっっ!?」


 巻き上がる紅蓮の炎は、一瞬のうちに衣月の肉体を包み込む。

 何が起きたのか理解出来ないまま、拡大する豪炎から後ずさる御依里。


(そんな、まさか、衣月君の正体がバレて――っ!?)


 まばゆい炎の輝きから目を覆い、焦りに唇をきゅっと強く結ぶ。

 だが、二人の口から聞こえてきたのはまったく別の事であった。


「ここに来たところで、濡常衣月の消息を追いかけられないのはわかっていた」

「それなら――成果につながる敵がいないのなら、作れば良い」


 炎が一瞬で収まり、衣月は地面に倒れ込む。

 全身が黒く焦げに染まり、煙が立ち上っている。


「これは……どういうことっ!?」


 御依里は思わず強い口調で叫んでいた。頭に血が上っているのを感じる。

 しかし二人はクツクツと笑い。見下すような視線で御依里の顔を眺める。


「なあに、今までもこうしてきただけのことさ」

「無関係だろうが、無実だろうが、じいじが僕たちの為に実績を作ってくれる」

「だから俺たちはただ、目の前にいるいいカモを殺せばいい」

「盗術者、魔人戒、敵対組織……なんでも後で都合を付けてしまえばいい」

(この子たち……なんてことを)


 御依里はすかさず耳に掛けているイヤホン端末に指を伸ばそうとする。

 しかし、左内の指先がそこへ向けられる。


《シュボウッ》


「きゃぁっ!?」


 直後、端末から小さな爆発にも似た発火が起こり、御依里はとっさに手で払いのける。そしてその炎が頭部全体に広がるより早く、足下を爆発させ、その勢いで二人から大きく距離を取る。

 すると、顔を覆い始めていた炎は消え去る。

 御依里は動きを止めること無く、一気に離れて40メートル近い間合いを取る。結果として、頭は髪が少し焼けるだけに止まる。自分の顔を確認することは難しいが、激しい日焼けをしたように顔の右半分の表面がヒリヒリとする。


(本当に危なかった……。右耳が、染みるように痛い)


 指先で軽く触れると、痛みと触感で耳の薄皮がめくれてしまっているのが分かる。水疱もできているようだ。音の聞こえに関しては……問題ない。鼓膜が痛んでいる様子は無い。

 右内は小さく笑いながら、地面に転がる衣月を蹴飛ばし、左内はそれを踏みつける。


「先に女を始末するべきだったかな?」

「まあいいだろ。しょせん中位術者だ。順番なんて大した問題じゃ無い」


 二人の体が宙に浮かび上がる。


(……攻めて、くる)


 御依里は冷や汗を流し、すぐにこの場を離脱しようと自身の周囲に旋風を巻き起こす。

 だが――


《――ガクンッ》

 

「う、わわっ!?」


 風は周囲を激しく渦巻いているのに、体が浮き上がらない。


「そんなっ、どうして!?」

「象霊『ノグダイラ』の力さ! その力の範囲内にいる限り、お前はもう飛ぶことなんてできやしない!」


 自慢げに声を上げる右内。その背後に浮かび上がる、たなびくほど長い尾羽をもつ一つ目のフクロウ。御依里には、その姿をはっきりととらえることが出来ない。それが不気味で、恐怖心を強くあおる。


「いくぞ、左内」

「オーケー、右内」


 二人は構えを取り、砂も小石も吹き飛ばすほどの旋風を巻き起こす。

 そして御依里との距離を詰めるべく、暴風をまといながら高速で飛び出した。


「来る……っ!」


 迫る二人へと御依里は構えを取り、視線を鋭くして二人の姿をとらえる。

 バチン――、と頭の中で戦いのスイッチが切り替わる感覚を得た。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る