会――⑩
厳しい日差しが射す通学路を
制服は汗ばみ肌に張り付くが、脈術で身体の熱を外に逃がしているため、普通と比較してそれほど蒸し暑さは感じていない。……とはいえ、常に照らす日差しの熱だけは脈術でも容易に防げるものではないため、ジリジリと腕や足の肌が焼けていく実感がある。
「お~い、ネコ~。ちょっと待ってくれりゃ~」
「んーん?」
御依里はあだ名を呼ばれて振り返る。声を掛けてきたのは御依里のクラスメートである、比較的仲の良い三人組の女子生徒たちだった。
御依里は軽く手を振り、三人が追い付くまで歩幅を狭めて歩いた。
「ちょっとちょっとぉ、ネコってば三日も休んでたと思ったら、今日はぜんぜん話してくれないじゃ~ん? いったいどったのん? 落ち込んでるならワシが元気づけてあげようかい? ンフフフフ……そう、ワシと夜のベッドの上で、ぬふふ、ふぽ」
三人の内、見るからに明るい性格の背の高い女子は、御依里の肩に手を回し、御依里の横顔に頬ずりをする。御依里は迷惑そうな様子も、嫌うような様子も示さず、されるがまま頬をすりあわせている。
「もう、エミってば、またそんな冗談。……うーん、ちょっとね。親戚の方でいろいろ良くないことがあって呼ばれたんだけど……ううん、大したことじゃないんだけど、ちょっと頭がスッキリしなくて」
「ふむ、そうか。私はネコが話したくないなら、それでもかまわんよ」
三人のうち、背のもっとも低い地味な見た目の少女は、事務的な声音で返す。
「二人とも、別にそんな気をつかわなくたっていいじゃない。御依里本人が話したくないってだけでしょ。放っておきましょうよ」
最後の一人、顔に薄く化粧をしているスレンダーで華やかな容姿をしている少女は、ツンとした態度で御依里を突き放すような言葉を吐いた。
「ふふふ、気を遣わせちゃってごめんね。ササ、トモ」
「ああ、かまわんよ」
「あのね……別に私はアンタを元気づけるつもりで言ってないのっ!」
性格も見た目の容姿も全く違うのに、三人はとても仲が良い。御依里はいつも三人に付き合うような調子でいっしょにいることが多かった。
「うん、でも、本当に……いろいろあって。……ごめんね」
「気にすんなー、気にすんなー! ワシはネコの元気な笑顔を見たいだけじゃ~!」
特に調子の良いエミ――
しかし、御依里の深く考え込むような落ち込んだ様子に「あー……」と漏らしながら空気を読み、一歩後ろに下がった。
「うん、まー、そだね! まー、そのね! 私たちに相談できることだったらいつでも言ってよ!な!」
「うん、ありがとうエミ。……でも、やっぱり私の気持ちの問題だから」
「なに、ネコが言いたくないなら言うな。それでも、一緒には居てあげよう」
一番背の小さなササ――
「本人が嫌だって言うのに二人ともお節介よ。御依里も私たちがジャマしてるならそう言ってよね。勝手にするから」
ふわりとしたポニーテールの髪を薄い茶色に染めているツンツンとした印象のトモ――
「うん、トモ、ありがとうね」
「だぁから~、私は二人と違う意見なの、って言ってんの!」
なんだかんだ、やいやいと言い合いながら四人で御依里は帰り道を歩いていく。御依里も一人で考え込んでた時より気分が晴れて、この三人がいてくれることに感謝を覚えた。
「――それで、今年のネコの予定はどうなんだ?」
「え? なにが?」
「だから夏休みの予定は? もう来週から入るじゃん? ネコは去年はずっと親戚の方にいたじゃぁん?」
「あー……」
言われて昨年と、一昨年のことを思い出す。
実際はこの町から一歩も出ていないのだが、そのほとんどが集中した脈術の修行や勉強に時間を費やしていたため、夏休みだからと遊んだ思い出はほとんどなかった。
もちろん去年だけでは無い。この町に来て、長期休みのほとんどはそんな修行と鍛錬まみれの生活を送っている。
そして今年は――
「まだどうなるかわからないけど、たぶん去年と同じじゃないかなー、って」
「そっかー、ワシぁ残念だぁー、死ぬほど残念だぁー……」
「ふむ、トモは予備校の合宿だったかな?」
「その通りよ。あーあ、早く大学行ってこんな町から出ていきたぁい! なんか新しくできるはずだったモールもズルズル完成が伸びてるらしいし、ほんっとこの町って何もないんだもん。サイアクっ!」
「何もないこたぁなぁい! 一軒だけカラオケ、ボロいけどボーリング、あとは山と海が……いや別に山と海はクソどうでもいいや。とにかく、高校最後の夏休みだから一度くらいみんなで町の外に遊びに行けたらなぁ~って、思ってるワケ!」
「うん、そうだね。行けたらいいんだけど……。ダメもとで聞いてみるね」
御依里は内心「無理だろうな……」と考えながらも、遊びに誘ってくれるエミの気持ちがうれしくて、今日初めての無意識の笑顔を見せた。
明るい英美理を中心に、もし四人で町の外に遊びに行けたら……という、もしも話に花を咲かせていると、御依里は通学路のガードレールに腰を掛けている一人の人物を見かけ、足を止めた。
「あっ」
「……チッ」
その人物は御依里の他にいる三人に目を配らせると、小さく舌打ちをして立ち上がり、背を向けて歩き始めた。
真夏にもかかわらず身に着けている赤いスカジャン。その背中に描かれた、炎に焼かれる髑髏が一目見るだけでとても印象に残る。
「えー、なにアレ、こわ。不良じゃん、ヤンキーこわ」
怯えたフリをして御依里に抱き着く英美理。ついでに御依里の全身をわきわきと触りまくる。他の二人も、なんであんな時代遅れの恰好をしたヤンキーが……と話していたのだが――
「えっと、ごめんね、ちょっと先に帰るね」
御依里はそういって三人から離れ、先に進んでいく迅護の後を追いかける。
「え? え! ええぇ~! アレ、ネコの知り合いなん? うそん。マジでぇ!?」
「ふむ、まさかとは思うが、ついにネコに男が?」
「おいササ坊、冗談でもマジやめろ勘弁して! ……ああああっ考えただけで脳にダメージがぁ!!」
苦しむ英美理を放置して、笹子と智美は離れていく御依里を目で追う。すると御依里は先に歩いていた不良の肩を叩き、そのまま親しげな笑顔を浮かべて何かを話し始めた。
三人、とくに英美理は激しく動揺しながらビョインッと飛び上がり、「しょ、しょんな……」と肩を落としてがっくりと膝を突いた。
そして小声で、「認めん……わしゃぁ認めんぞ……絶対に嫌じゃぁあああぁぁ……!」と迅護を呪うようにドスの効いた声でブツブツと呟いていた。
「エミ、諦めも肝心だぞ」
「うっさいササ! ワシゃあ御依里に本気なんじゃ!」
「英美理、諦めも肝心よ」
「トモまで何をおっしゃるんですかぁあああああああああ!!」
三人はぎゃいぎゃいとさわぎながらも、次第に離れていく御依里の背中を見つめていた。
「ンフフフフ、だって、何度思い出しても、本当に可愛そうだったんだもの」
「るせェ、黙ってろネコメガネ」
御依里が小さく笑いながら話しているのは、あの夜のこと。
傷ついて意識を失っていた迅護は、御依里に背負われて古書店ジーニアスに付くとほぼ同時に目を覚まし、全身の痛みに歯を食いしばりながらも自力でカウンター奥の畳部屋へと進んだ。
するとそこには黒い衣装に身を包み込んだ医療術者が五人ほど待機しており、迅護が畳の上に仰向けに倒れ込むなり、全員が飛び掛かり治療行為(?)をはじめたのであった。
「クソッ……この、ババアどもっ、くるんじゃねぇ、離せッ……!」
三人に羽交い絞めにされて畳に押し付けられ、残る二人は慣れた手つきで迅護の首筋に小さな拳銃型の麻酔を撃ち込み、電極の通ったシリコンの板を手足に張り付けていく。
「なっ、ぐがぁ……触るんじゃねえ、クソババアども……ォ!」
全力で抵抗する迅護だが、麻酔の効果によってすぐに手足の力を失い、畳の上に手足を投げ出した格好で拘束されてしまう。治療行為を進める五人は非常に静かで、最低限の会話だけをしているように思えたが……
「ククク、いつもいつもババア呼ばわりしている報いよ……」
「あんたの大嫌いな急速治癒で昏眠させて、赤ん坊より無防備にしてやるわ……フッフッフ」
などなど、過去に迅護からどんな迷惑・暴言を受けていたのか知らないが、それぞれ恨み節を呟きながら迅護の治療を進めていた。
かすんでいく意識の中でも、迅護はまるで敵陣に捕らえられた捕虜のように全力の抵抗を示していたが、結局はすぐに白目をむいて意識を失ってしまった。衣服をすべてはぎ取られ、たんたんと治療行為が進んでいく。
それを一部始終見ていた御依里は、「いったいどんな確執があったのか……」と気になりはしたが、あえて口を出さずにずっと見ていた。丸出しの迅護の下半身からは目を逸らして。
そうこうしているうち、治療は15分もかからず順調に終わり、全身は火傷
……必要かどうかもわからないが、紙オムツまで装着させられて。
「うわあ。起きた時どんな反応するんだろう……」
「ねえ、ちょっとあなた」
「え? わ、わたしですか?」
近づいてくる医療術者の一人に声を掛けられ返事を返すと、御依里はいきなり上着をとっぱらわれ、上半身が下着姿になってしまう。
「ひ、ひゃひぃっ!?」
驚いて固まる御依里をよそに、医療術者は御依里の胸元や腹部にできている凍傷を確認すると、指先をクルリと回して合図を出し、他の医療術者に何かの白いカタマリが入ったビンを投げさせ、器用に受け止める。
そして瓶の蓋を開けると、凍傷の痕にそのカタマリ――謎の軟膏を慣れた手つきで手早く塗りつけていく。
「傷がそれほどひどくないから簡単な処置だけにするけど……早く大人になりたかったらいつでも言いなさいね。若さを犠牲にあっという間に傷を治しちゃいましょう♪」
「で、できるかぎり止めておきます……」
「はい、これの残りはあげる。火傷でも日焼けでもなんでも来いの万能薬。取り寄せるとアホほど高いから気を付けてね」
本気ともジョークとも取れない医療術者の言葉を聞き流すうち、御依里の治療は完了し、医療術者たちは手際よく片付けを行い、すぐに立ち去って行った。
――その一連の出来事を御依里は振り返り、目を覚ましてすぐであろう迅護をからかっていた。
「でもどうしてあんなに嫌がってたの? けっこうすごいケガをしてたし、ちゃんと治療を受けたほうがいいんじゃないの?」
迅護はからかわれたことを気にしているのか、なかなか口を開かない。……が、数秒おいて、気だるそうに口を開いた。
「あの治療を受けると、調整する暇もなく全部が良くなっちまう。そのせいでしばらく戦いのカンがズレちまう。それが嫌なんだよ」
「そんな理由で大ケガを放っておくの?」
「そんなことってなんだよ。おかげで先二日くらいは激しい戦いが想定される任務に就けねえんだよ。全部わかってて、親父はそうさせてやがるんだろうがな、クソ」
「大怪我のまま任務に行くよりずっとマシだと思うけどなあ……」
迅護のストイックな姿勢に、御依里は同じ意識の高さで会話を続けられる自信を失い、口をつぐんだ。
どうすればそこまで戦いに身を置き続ける覚悟ができるのか、聞いてみたい気持ちもあったが、自分の気持ちが先に後ずさり、すぐに言葉にすることができなかった。
(――でも)
それでは今までと、何も変われない。
自分の知らないことを、もっと吸収していかないといけない。
できないことを、乗り越えていかないといけない。
そう、御依里は自分の意識を鼓舞した。
「その……迅護、くんは……」
「急になんだよソレ。迅護でいい、迅護で。むず痒いんだよ」
「それじゃあ……迅護はどうして、そこまで戦い続けられるの?」
聞いた。
聞けた。
迅護は一瞬、ジロリと御依里をにらみつけるような視線を向けたが、決して面倒くさがる様子も無く答えた。
「単純な話、親父より強くなりてぇからだ。俺の戦い方で俺自身がどこまで戦えるか、生き残れるかを試したい。それに、絶対に負けたくないヤツもいる」
「たとえば?」
「さっきも言ったが、まずは誰よりも親父だ。あいつの舐め腐った顔に十発くらいブチこんでやりてぇ」
そういって、迅護は自分の右手を見つめ、力強く握りしめた。その手は幾度もの戦いとケガを乗り越えた証か、体のどの部位よりも傷だらけで、身体に比べてゴツく、大きく、手のひらも甲も、皮膚はウロコのように分厚く形成されていた。
「親子なのに、仲良くないんだね……」
「親子だからって仲が良くないといけねぇ理由はねぇだろ」
当たり前のこと言うかのように、迅護は御依里の顔をチラリと一瞥しながら軽く返した。
「うん、そう……そうだよ、ね……」
(なんで、こんなこと聞いちゃったんだろ)
自身に両親に関する記憶が無いにも関わらず、そんな質問をしてしまったことに、御依里は思わず小さな後悔をした。
「……あ」
その直後、御依里は声を漏らす。
「そういえば私、だれかと強さを比較するなんて、そんなこと考えてなかった」
はっとするように、御依里は迅護の言葉で目を覚ました。
明確にどのくらい、どんなことができるかまで強くなろうなんて考えず、ただ漠然とした強さを手に入れようと……そんな曖昧な感覚で強さを考えていたことを思い知らされた。
「うん、うん……なんだか違う。どうやって強くなればいいのかって手段ばっかりじゃなくて、まず誰かを目標にしてそこまで強くなろうっていう……うん、変わった気がする。そうだ、戦闘術者として強くなるなら……まずは身近な結雨さんを目標に……戦い方とか、スピード、手数なんかを参考にして……」
「あ? よくわからねえが、ンなテキトーな答えで充分だったのかよ?」
「ぜんぜんテキトーなんかじゃないよ。今の私に、とてもぴったりだったと思う」
迅護はキョトンとした顔で独り言をぶつぶつと呟く御依里を見ていたが、しばらくすると小さくため息をして、小さく微笑んだ。
その迅護の笑みにも気付かず、御依里は自分の中の発見を忘れないうちに、何を目的にするのか、どこまでを目標にするのかを考え初め、フンフンと鼻息を鳴らしながら意識を集中させていた。
「……ま、俺には関係ねぇ話だしな」
そう言いながらも、迅護は頭の後ろで両手を組み、空を眺めながら御依里と歩調を合わせて歩いていた。
…………
……
夕方。
山にある小屋の地下施設に戻っていた御依里は、長さ二メートルほどの太い筒状の発電機がある薄暗い部屋に腰かけ、その筒状の物体のコントロールパネルに手を当てていた。
そこから乱脈を流し込むだけで、筒状の発電機が回転して電力を発生し、大型の充電池に電気が蓄積されていく構造になっている。目安として、一度マックスまで充電すれば、ひと月程度は電力をまかなうことができる。
乱術衆が他の術界と共同開発した、特別な発電装置である。
「ん……やっぱり、今までの曖昧なイメージとは違う」
発電機を回しながらも、御依里は下校時の発見について未だ考え続けていた。
(これまでは一番強い人ってイメージは結雨さんや陸人兄さんだったけれども……迅護や
「迅護や衣月くんの強さは本当に特別なのかもしれないけれども、そこにどこまで追いつけるかって考えれば……いや、やっぱりちゃんと自分の実力に合わせた目標をまず考えないといけないのかも……そうなると」
《リンローン》
「ん? 誰だろ?」
施設に響くチャイムの音を聞いて、御依里は発電機から手を離す。しかし御依里が部屋を出ようと動くより早く、施設の隠し階段がゴウン……と音を立てて動きだした。
そして重厚な金属音を奏でながら階段ができると、カツンカツンと足音を鳴らしながら銀色のヒーロースーツを身に着けた少年が降りてきた。
「いっ、衣月くん!?」
「やあ、暇そうだね」
衣月の登場に驚いていると、衣月の後ろからもう一人、相変わらず赤いスカジャンを身に着けている迅護が現れ、施設の内部を珍しそうに見渡し始めた。
「ンだよ、ジーニアスより数百倍キレイじゃねえか。なんで俺だけあそこなんだよ」
「二人ともどうしたの? ……ってそれより、ここに衣月くんを連れてきてよかったの?」
御依里はやや警戒した様子で衣月の動きをみていたが、当の衣月は敵意など一切ナシという様子で手を振りながら階段を悠々と一番下まで降り、施設の内部を軽く眺めて「ほ~ぅ」と感心していた。
「まあ君も思うところはあるだろうけれど、あの後も
「笑ってる場合なの……?」
助けを求めるように迅護の方へ視線を向けるが……すでに階段にいない。
かと思えば、冷蔵庫を勝手に開き、中の食品を物色している。衣月を警戒していない証拠とも取れるが、御依里の不安が消えるわけではなかった。
「んじゃあ、俺はもう行くぜ。見回りの当直だしな」
勝手に冷蔵庫の中にあった魚肉ソーセージを三本ほど拝借するなり、二人をそのままに置いて階段を上り始めた。
「えっ、あ、ちょ待っ……」
制止する御依里の声は届いているはずなのに、迅護は視線を向けることも無く地下の施設から出て行ってしまった。
取り残された御依里は不安から心臓をドキドキと高鳴らせながら、いつの間にかキッチンのテーブルに座っていた衣月の方を見た。テーブルの上に置きっぱなしにしていた麦茶のボトルを手に取ると、置いてあったコップの中に注いでごくごくと飲み始める。
「それ、私が使ったコップなんだけど……」
「ぷはぁ。ああ、別に僕の口は唾液とかバイ菌はいないから安心していいよ。外からの菌を除けば、完全な無菌状態だからね♪」
「ぜんっぜん、ぜんぜんそういう問題じゃないっ!」
御依里は湧き上がる感情を誰にぶつけることも出来ず、床をドンドンと踏み鳴らす。しかし衣月は勝手知ったる我が家かのように椅子に腰かけ、のんびりとしながら御依里に話しかけた。
「君の心配もわかるけどね、僕もただの悪者じゃないからさ、そう悪いことはしないよ。大業疾凍も迅護と君を一緒にいさせるよりは安全と判断して僕にここに使うように言ったわけだしね。簡単に言えばチ〇コ無いわけだし」
「チンっ……って。まあ、疾凍さんが言ったのならしかたないけれど……また騙したりしてないよね?」
「アハハハッ、どうしても気になるなら大業疾凍に確認すればいい。迅護もあの店長人形を通してそう指令を受けたから、さっさと出て行ったわけだしね」
「……わかった。あとで確認はするけど、一応、信用しときます」
そう言って御依里はうな垂れながら発電機のある部屋に戻り、コントロールパネルに手を当てて発電を再開させた。シュゥウウウウウウン……と騒がしくは無いが、やや甲高い作動音が部屋の中に響く。衣月は椅子から立ち上がると発電機の部屋の入り口にまで歩き、柱に背を預けた状態で御依里に声を掛けた。
「大業疾凍から少し聞いたよ。キミ、十年近くもたった二人の術者から指導を受けてきたそうだね。そのうちの一人を失って、今どんな方向に進めばいいのかわからないんだって?」
「……それって、なにか変なことなの?」
御依里の声には少し棘があった。衣月は軽く肩をすくめたが、話はそのまま続ける。
「べつに悪いことじゃない。教育者が少数なことも特別珍しいことでもないしね」
だが、衣月の声に真剣味が深まる。
「だけどね、キミの教育者がキミの中の疑問や不安を解決しなかった結果、キミは今そういう悩みを抱えているんじゃないのかい? 具体的にどうして強くなりたいかなんて、本来なら戦闘術者として道を選んだ初めのころに、明確な一つの答えを与えておくものだ」
「…………」
御依里は答えられず、黙り込んだまま下唇をキュッと噛んだ。
自分の未熟を指摘されるならまだしも、結雨と、特に失った最愛の兄への
「じゃあ教えて。衣月くんはどうして強くなりたいの?」
「フフフフ、それを聞く? 聞かなきゃわからない?」
衣月は柱に持たれかけていた背を離すと、右手拳を頭の高さまで持ち上げ、左手に手刀を構えた。
『
そして自分の右手首にめがけ、左の手刀で真空の刃を放ち、切断した。
ボトリ、という音と共に右手首が床に落ちた。御依里に向けたその切断面を見ると、中身が詰まっていないスカスカの空洞になっていたが、切断面はキラキラと金色に輝いている。
「美形の容姿、銀色の髪、銀色の服、それだけじゃなく、派手に目立つ金色の極盾道具。……こんなの自己主張の塊みたいなもんでしょ? 言うまでもなく、僕は自己顕示欲がとても強いんだよ」
床に落ちた手首を拾い上げ、切断した断面図に付ける。すると一瞬のうちに傷がふさがり、手首はぐるりっと大きく二回転しながら正常な手首の位置に修正された。
「僕は誰かに言われたい。敬われたい。恐れられたい。濡常衣月の強さを、名前を聞いた人間がヤツは凄いと、すぐに答え返すような未来が欲しい。そのために、大業疾凍より強くなり、ヤツを倒さなければいけない。……わかるかな?」
そう言い切る衣月の眼はギラギラとした輝きを放っている。
「僕は彼の名声に自分の功績がかき消されるという苦い過去を経験こそしているものの、別に彼に根本的な恨みや復讐心を持っているわけじゃあない。けれど、彼を殺すことになんのためらいも持っていない。自分の目的を達成するためならば、ね」
キュゥウウウウン……と音が徐々に小さくなりながら、御依里の回転させていた発電機は徐々に回転を止めていく。御依里はコントロールパネルから手を放して静かに立ち尽くす。
コントロールパネルには、充電が完了したマークがチカチカと点滅している。
衣月は片手を腰に当てて、首を軽く斜めに倒しながら、じっと動かないでいる御依里を眺める。
「聞くまでもないけれども、君の参考にはならないでしょ」
「……ううん。そうでも、ないかも」
「ほう」
御依里は胸に手を当て、目を閉じて意識を深く思考に向けていく。
「もし陸人兄さんが生きていたら……強くなって、それを兄さんに知らせたい。認めさせたい。結雨さんにもすごいって思わせたい。二人にとって誇らしい術者でありたい。……この気持ちって衣月くんの言う言葉とまったく違うってわけじゃない気がする」
「ふーん、そうだね、確かに自分を誰かに認めさせたいって気持ちは同じかもしれない。視野の大きさこその差はあるけれどね。それが一番違うと言えばそれまでだけど」
御依里は、迅護に聞いた答えと、衣月から得た答えを参考に、自分の胸の中に浮かぶ不安や疑問を一つ一つ解決していく。
「私は今より強くなりたい。兄さんや結雨さんよりも。そしてその理由は、二人に認めて欲しいから……とても幼稚かもしれないけれども、その気持ちは絶対に間違っていないってわかる」
衣月は笑みを浮かべ、手をパチンと一度叩き合わせて、大きく両手を広げた。
「うん、良いじゃないか。言ってしまえば、僕の目的なんてどこまでも幼稚だ。そしてそれを恥じるつもりは一切ないし、馬鹿にするやつがいたら速攻でブッ殺す。大きな目標を立てたところで、それを達成できないとなれば待っているのは挫折だ。挫折を受け入れるのはとても厳しく難しい。君が今言った目標なんて、おそらく僕の目標よりもよほど現実味のある難易度だ。けれど易しくはない。幼稚だといって何も恥じることは無い」
その言葉はおそらく、先日の迅護との戦いに感じたものが含まれているような気がした。しかし決して諦めている色を感じさせるわけではなく、険しい道のりであることをまた深く噛み締めているようにも思わせた。
「おそらく、僕や迅護に出会ったことで君の中で具体的に浮かべられる術者の強さは、ひとつもふたつもランクが上がったはずだ。だからこそ君の中でかつての教育者よりも強くなりたいというイメージが浮かんできた。それは歓迎するべき変化だろう」
衣月は御依里に背を向け、今までとは違う厳しさの含まれた言葉を放つ。
「さっき腕の中身を見せた通り、僕はまだ完全に回復しきっていない。それでも君の気持が本物なら、一日でも早く君の修行を始めなきゃいけない。……明日の夜から開始だ。たったひと月の短い付き合いなんだ、君に合わなくても僕のやり方を押し付ける。甘やかすつもりはないよ」
御依里は衣月の背を見つめ、胸に当てた両手をぎゅっと握りしめて答えた。
「うん。よろしく、お願いします」
その返事を聞いて、衣月は微笑みながら発電機の部屋を離れ、階段を上って去っていった。
その、直後。
《ポルルルルルルッ ポルルルルルッ……》
「えっ、この音って……!?」
鳴り響く音は、発電機の外。リビングの壁に掛けられた通信機から聞こえる。
(緊急の外部通信だ。そんなのここ数年で指で数えるくらいしか……疾凍さんからだったら携帯端末からだし……結雨さんが全部対応してたから、私、何も知らない……)
施設に響き渡る呼び出し音に御依里は気を引き締め、やや緊張した面持ちで手を震わせながら、施設の壁に備え付けられている受話器を手に取り耳を当てた。
「はっ、はいっ……
〈――えっ、ちょっとちょっと御依里ぃ? アナタちゃんとご飯食べてるの? 声に元気がないわよ~〉
その聞き覚えのある明るい声に、御依里の表情は一気に明るく変わった。
「結雨さん!? 今までどうしてたんですか? ケガの調子は……」
受話器の向こう側、乱術衆の医療施設にある専用の通信機が並ぶ部屋で通話している結雨は、御依里の声を聴いてそちらも安心したのか、大きく息を吐き出しながら、背もたれの無い丸いパイプ椅子にゆっくりと座りこんだ。
〈はぁ~、やっと外部との接触の許可が出たのよ~。もう何度も何度も、何度も何度も何度もおんなじ話を違う人に話してはまた別の人に話して質問されて……。ほんっと、聴取が終わるまで外部と接触できないのはわかってたけど、今回はあの
「……うん、うん……はい……あは、あははははっ、それは大変でしたね」
御依里の表情はどんどん明るく、雰囲気も穏やかになっていく。それを結雨も感じ取ったのか、それがうれしくて、結雨もまた笑みを浮かべた。
〈そういえば、疾凍さんから聞いたけど、この数日は大変だったんでしょ? 大きなケガとかしなかった? 疾凍さんの子供で、しかも男だとか聞いたけど、変なことされてない? もし何かあったら、ちゃんと私に言うのよ?〉
「うん、うん……大丈夫です。疾凍さんの子供の迅護って人はなんだか怖い雰囲気だけど、話はちゃんとしてくれるし……悪い人じゃないと思います」
結雨の声が聞こえるだけでうれしくて、安心して、御依里は受話器を支える手を震わせながら、床にへたりこんだ。
「うん……うん、結雨さんに早く帰ってきてほしいけど、私ももっとしっかりしなきゃって……この外部通信だって私、出たことなかったからびっくりして……」
ふと、膝の上に小さな雫が落ちた。一つ、二つ、三つ……目からあふれ出る涙は止まらず、頬を伝っていくつもいくつも落ちて制服のスカートに染み込んでいく。
「この前、疾凍さんが私に謝ったんです。……そう、通信じゃなくて、直接会って。けれど、まさかの戦いの真っ最中にですよ? でも、ちゃんと真剣に……二人を疑ったことを謝るって。……はい、はい、そうなんです。でも、陸人兄さんを失ったことも真剣に…………ううん、建前か演技かどうかなんて、本当にどうでもよくて……」
声が、震える。
「……うん、そう、平気……じゃないです。でも、結雨さんは私なんかよりきっと……」
けれど、これは事実だから。
「……私、陸人兄さんがもういないって実感が……まだ、ちゃんとないんです」
頭の中ではしっかりと理解しているはず。
なのに、ふとまだ目の届かないところにいるだけのような感覚に襲われる。
「まだ会えるんじゃないかって、なんか、そう思っちゃうんです……」
そう言って直後、小さく叫ぶような声を出して、御依里は泣き始めた。
「う、ううぁ……うわぁあああああぁぁぁ……ッ」
受話器の向こう側の結雨も、御依里よりは冷静を装っていながら、涙を流していた。二人にとって陸人の喪失は、明らかな痛みとして胸に刻み込まれていた。
自分の肉体の痛みより、はるかに確かな痛みを伴って。
「私、早く会いたいです。結雨さんに会いたいです。この気持ちを、会って話したいです」
嗚咽を上げながら、御依里はそう呟いた。
結雨もまた、同じ答えを返した。
地下施設の階段の上で御依里の話し声を聴いていた迅護、そして衣月の二人は、ただ黙って畳の上に座り、響いてくる泣き声を聞いていた。
「キミはどう思う? 甘えるなって、つっぱねそうかも……なんて思ったけど」
尋ねる衣月に対し、迅護は魚肉ソーセージを頬張りながら答えた。
「べつに、身内に弱音を吐くくらいでいちいち口出ししねえよ。それを理由になんでもかんでも逃げ腰になるようならブン殴っちまうけどな」
「ま、僕は甘えるような身内も、死を
迅護は無言で立ち上がり、土間に降り、レンジャーブーツを履いて、つま先をトントンと地面を突いて、去り際に二言だけ残した。
「あの女を折るなよ? 親父の命令だ、次は殺すぞ」
「僕が何かしなくても、あの程度の気概でこれからの修行に挑むなら、そのうち勝手に折れると思うけれどね。――彼女の才能次第だけど」
迅護は無視するように顔を背け、玄関の引き戸をピシャリと強く閉じて出て行った。
「さて、それじゃあ僕は別の仕事にはげむとするかな」
そういうと衣月は立ち上がり、両足に金色の粘液をまとわせ、一瞬で銀色の靴を作り出す。玄関を抜けて扉を閉じ、脈術で外から鍵を操作して施錠する。
まだ外は夕暮れの赤をほのかに残しているが、ぽつぽつと明るい星の輝きは見える暗さを帯びている。
「これも大業疾凍の手の内……と考えるのも
不穏な一言を残し、銀色の姿を空へと溶け込ませて消えた。
「私、がんばりますから。二人にとって誇れる術者になれるように……」
泣きながら結雨にそう伝える御依里の胸の内は、熱かった。
まだどのようにも形を変える熱い鉄をはらんでいるかのように、強い熱を帯びていた。
**********
後日、古書店『ジーニアス』に集められた御依里、迅護、衣月の面々は、店長人形の前に立ち、疾凍の指令を聞いていた。
〈――音古鐘くん、君に最も大切な指令を与えよう〉
「……はいっ」
御依里はやや緊張した面持ちで次の言葉を待つ。
――しかしその表情に不安は無い。
〈霧澄くんが現場に復帰するまでの間、君をこの三人のリーダーに任命する〉
「はいっ!」
〈二人とも異論はないね? 今後、可能な限り、彼女の命令には従ってもらう〉
「僕は別にかまわないよ」
衣月はそう答えるも、小声で「きっとあまり意味はないんだろうけどね」と静かに呟く。
「正直どうでもいい。……が、善処はする」
以外にもそう答えた迅護の顔を見て御依里は少し驚いたような顔をする。しかしすぐに笑顔に変わり、「期待してます」とわざとらしく言った。迅護は顔を逸らし、小さく舌打ちをした。
〈短い期間だろうが、君たちにはそれなりに期待している。それぞれの目標に向けて鍛錬を怠らないように……というのはわざわざ言うまでもないかな〉
「フフフ、約束はちゃんと守ってもらうよ、大業疾凍」
「時間が惜しいんだよ。早く解散させろ」
言いたい放題自分のことばかりを語る衣月と迅護。
しかし御依里はそんな二人にドキドキと高鳴る胸で内心、期待を寄せ、一歩前に出て振り返り、二人の目を見ながら大きく息を吸い、神妙な顔つきで二人に挨拶をした。
「た、頼りないリーダーですが、よろしくお願いしまふ、ぅ!」
噛んだ。
衣月は「うん」と薄っぺらな微笑みを浮かべ、迅護はそっけない顔で目をそらした。
しかし迅護は確かな声で、御依里に答えを返した。
「――ああ、よろしく、な」
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