会――⑥
空を駆ける二つの影がある。
下を眺め見れば、いくつもの山がうっそうと茂る森に包まれており、都会の夜のような人口の輝きは一つとして見れない。天は厚い雲に覆われ、星の光どころか月明かりすら一筋も通さない深い暗闇。
二つの影は、文字通り火花を散らしながらぶつかり合う。
すさまじい速さで急降下と急上昇を繰り返し、暴風を巻き起こし、激しい業炎を吹き出し、拳と拳をぶつけあう、命の削り合いを続けていた。
ほんの一瞬、わずかな間だけ雲間から月の光がこぼれる。その光が映し出す二人の姿は、一瞬で脳裏に焼き付くほど印象的な姿をしていた。
一人は、学ランをイメージさせる銀色のヒーロースーツに身を包みこむ、歳は十三、十四ほどに見えるあどけない顔の少年。その髪も、艶やかに月光を照り返すほど美しい銀髪。両目に輝く非現実的な金色の眼を細め、怪しい笑みを浮かべながら敵術者と激しい攻防を繰り返している。
もう一方の男の姿と言えば、歳は十八か十九ほどだろうか。迷彩柄のカーゴパンツにカーキ色のレンジャーブーツを履いて、背中に炎に包まれた髑髏が描かれた赤いスカジャンを身に着けている。髪はボサボサと伸びる黒、野良犬のように鋭い目つきと、ギリリと噛み締める犬歯が危なげに光る。
アウトローな印象を与える風貌そのまま、銀色のスーツを身にまとう少年に対し舌打ちを繰り返しながら、風、火、水など、多様な脈術で攻防を繰り返している。
月光を落とす雲間が失われ、暗闇に染まった天空で戦いを繰り広げる二人。その最中、初めは静かに滴が落ち、徐々に、徐々に勢いを増し、数十秒と経たないうちに激しい豪雨が降り注ぎはじめ、二人の戦いに変化を与え始めた。
「火術が扱いづらくなるなあ。いいじゃないか、それも楽しいね」
銀色のヒーロースーツの少年は不敵に笑うと、素早く距離を取り、両手のひらを胸の前でたたきつけ、強く脈術のイメージを描く。
すると降り注ぐ雨が少年の周囲にとどまり、一瞬でビー玉ほどのサイズの無数の水の弾へと成長し、百数十を超える数が空中に並んでいく。
『
銀色の少年が素早く手を広げると、水の弾は一瞬のうちに凍り付き、氷の矢じりへと変化。そして一斉にスカジャンの男へと放たれた。その速度は一発一発が小口径の拳銃にも匹敵するが、スカジャンの男は空を縦横無尽に高速移動し、そのすべてを回避する。
スカジャンの男が両手を広げる。その両手には黒いグローブが装備されている。
だが、それが只のグローブではないことは一目見るだけでわかる。
手の甲側にいくつもの金属板が装甲のように張り巡らされており、拳先端の指の付け根部分には攻撃的な鋭い突起がある。そして指先には、ネコ科の動物の爪のように縦に生えた黒い鉤爪があり、手のひら側もまた、硬質の薄い装甲で包まれている。
「チィッ、ウゼぇ野郎だ。さっきからチマチマと、クッソダリィんだよ」
スカジャンの男は宙を高速で移動しながら上空へ向けて腕を構えると、その手の中に腕が振るえるほど渾身の力を籠める。そして男の眼下、山の斜面に沿って飛ぶ銀色の少年へと狙いを定めると、その腕に大量の雨水を一瞬のうちに集合させ、少年に向かって鋭い爪を振り下ろした。
「ぐぅ……ルルルルォおおおおあああぁッ!」
『
刹那、ドカンッという空気が破裂するような音が鳴り響いた。
黒い爪から発生した衝撃波は、水で形作られた四本の水の刃に搭載され、すさまじい速さで眼下にいた少年の方へと放たれる。
少年は身軽に空中でそれを回避するが、あまりの速さのため回避できたのは足先スレスレである。
「はははっ、こわっ、ヒリヒリするね!」
少年の端を抜けて山に直撃した水の刃は、その威力で山の斜面を大きくえぐり飛ばし、長さ十五メートルほどの傷跡を四本、深く残した。木々がへし折れ、土砂を散らす。
銀色の少年はそのまま山の斜面を高速飛行すると、その一帯をなでるかのように腕をゆっくりと動かす。すると降り注いでいた雨水だけでなく、木々の枝葉に吸い込まれていた水分すらもが集まり、三秒とかからないうち、少年の真下に巨大な水の玉が形成される。
『
その水を素材に無数のサバイバルナイフほどのサイズもある水の刃を作り出し、スカジャンの男へとすさまじいスピードで発射した。
「それがクソダリぃっつってんだよ!」
スカジャンの男は、迫る水のナイフへと黒いグローブの黒爪を高速で振り回し、すべて叩いて砕いて落す。その質量と速度による威力から、叩き落とす一撃一撃が鐘を鳴らすような激しい音を空中に鳴り響かせる。
そして今度はスカジャンの男の方が、両手の中に旋風と水を混ぜたものを圧縮しながら少年へ迫る。
銀色の少年は足元に残る大量の水を、まるで踊るように大きく両腕を振り回しながら操る。すると、巨大な水の塊は無数の水の花びらへと変化した直後、その一枚一枚が一瞬のうちに凍り付き、巻き起こる豪風に飲み込まれ、氷塊をはらむ氷の竜巻へと変化する。
その脈術が完成するより早く、先にスカジャンの男の脈術が撃ち放たれた。
『
スカジャンの男の手の中より生まれたのは、水と風で作り上げたあまりにも巨大な矢。ぶつかる雨水を霧状に粉砕しながら突き進むそれを、銀色の少年は渾身の力で迎え撃つ。
『
放つのは、周囲に鋭利な氷の刃をまき散らす円柱状の竜巻。
スカジャン男の放つ巨大な水の矢を竜巻の中心に飲み込んだ瞬間、それを一瞬で破壊して吸収し、一気に上昇。獲物に噛みつく蛇のように暴れながら、スカジャン男へと直撃した。
《 ゴォ――ドバァアアアアアン 》
爆発にも似た衝撃波が周囲一帯のの木々を激しく揺らす。そして氷の破片と水しぶきは一帯を覆いつくす他、脈術が作り出した急激な温度差で周囲一帯が白いモヤに包まれる。
銀色の少年はその結果を見定めながら、山の斜面の一本の木の頂点に足を乗せた。
「まあ、こんなことで終わるわけないよね」
白い水しぶきの厚い霧に包まれる空。
その霧が一瞬、大きく膨張したかと思うと――
《 ドォ ゴバァアアアアアアァァン 》
闇を裂く業火の爆発にかき消され、霧は一瞬にして消滅した。
「ぐぅおルぁああああああああアァァ!!」
その爆発の中心から、雄たけびをあげながら銀色の少年へと突撃するスカジャンの男。両腕を大きく広げ、爪を立て、一本の木の上に立っていた銀色の少年に向かって襲い掛かる。
「ははっ、すごい速さだ!」
『
銀色の少年は瞬時に両手の中に雨水を集め、二本の氷の小剣を作り出す。そして木の上から跳躍して空に戻り、高速でジグザグに飛行していく。
スカジャン男は少年の動きを先読み、直角的に飛行の軌道を変化させて距離を詰め、その両腕の爪を銀色の少年の胴体へと振るった。
《バキィィンッ》
防ぐ氷の小剣と、黒い鉤爪がぶつかり合う。
衝撃波が拡散し、降り注ぐ雨水がドーム状に吹き飛び霧へと変化する。
周囲の木々が震えて無数の木の葉が飛び散る。
「ぐるぅ、お、おおオオオオオッ!!」
「アハ、アハハハっ、まずいな、押し切られてしまうよ!」
スカジャンの男が雄たけびを上げながら受け止められた爪へと力を籠める。すると小剣に食い込む黒い爪が、目視ではわからないほどの超高速で振動をはじめる。
硬直していた小剣と爪のつばぜり合いは、徐々に黒い爪が氷の小剣に食い込み、拮抗が破られる。
「裂いて、ハラワタ、
『
スカジャンの男が脈術を唱えると同時、爪がついに小剣を切り裂く。
そして爪先から斬撃が放たれ、銀色の少年の胸元に十字に交差した八本の傷跡が刻まれる。
「アハハハハッ! 痛ったぁ、痛いじゃないか! アハハハ!」
その斬撃の威力に突き押され、銀色の少年は笑顔を浮かべながら吹き飛び、森の中へと落ちていく。いくつもの木々の枝をへし折りながら落下する少年の体は、そのまま森の中に沈み込むかと思われたが――
「コレを
少年の持ち上げた片腕がスカジャンの男へと向けられる。すると一瞬のうちに少年の周囲に光り輝くテニスボールほどの光の弾がいくつも現れ、スカジャンの男へと発射された。
「チィッ!」
スカジャンの男は舌打ちすると、雷のように不規則な動きで空を飛ぶ。そして発射された光の弾はスカジャンの男へと接近すると、ズバン、ズドン、と小さな爆弾のように破裂して幾度も爆発音を空に響かせる。
そのうちの一発、スカジャンの男は迫る光の球を、黒いグローブで直接受け止める。
「一個、拾っとくぜ」
そのまま爆発で腕が吹き飛ばされる……かと思われたが、
《ぼむっ》
光の弾は力なく小さな爆発だけを起こし、そのまま手のひらの中で輝きは消滅してしまった。
――それは脈術による相殺とは明らかに違う、何か異質な能力を思わせた。
光の球をすべて回避したスカジャンの男の前に、森の中から急速に飛び出してきた銀色の少年が迫る。その胸元を見ると、不思議なことにすでに八本の傷跡はなく、切り裂かれた服すらも完全に修復されていた。
――この少年もまた、普通ではない何かの能力を得てると思われる。
銀色の少年は両手の中に、先ほどよりも武骨で頑丈そうな氷の剣を作り、スカジャンの男へと切りかかった。
「接近戦に自信があるんだろう! 見せてみなよ、君の次の手を!」
「チィッ、ヘラヘラしやがって。その余裕ヅラがイラつくんだよ」
氷の双剣による連続攻撃の最中、挑発的に指で招く仕草を見せる銀色の少年。その行動に対し、スカジャンの男は攻撃的ながらも冷静な表情を崩さず、しかし息をつく間もなく素早い連続した爪による攻撃で少年の急所を狙い、剣と爪をぶつかり合わせる。
火花が散るほどの激しい撃ち付け合いが空中で展開される。衝撃で少年の氷の剣が欠けるたび、雨水が触れて修復されていく。
「それならもっと、もっともっと僕を追い詰めてくれなきゃ、ネぇ?」
「調子に乗ンな、クソがッ」
どちらが動き出したかわからないうちに、二人は高速で空を移動しはじめ、不規則な軌道を描きながら移動しつつ、剣と爪の応酬を繰り広げていく。
もはや常人には判断も追い付かない反射速度の領域。剣と爪の攻撃だけでなく、わずかな攻撃の合間に水の弾丸や氷の刃を飛ばし、互いの首や胴体、両手足を狙いながら、空を縦横無尽に駆け抜ける。
その二人が向かう先に視線を向けると、深夜にも関わらずわずかに輝く町の明かりが徐々に迫っていた。
それは三方を山に包まれ、中心には少しのビル群、周囲を田畑でつつまれ、短い弧を描く港がある町。
二人の戦いは、豪雨の中ですらまったく熱が冷める様子なく、御依里が守る町の結界の内部へと突入しようとしていた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます