これまでの事を思い出していた
仁志隆生
これまでの事を思い出していた
何処からともなく、無機質なアナウンスが聞こえてくる。
「――まで、あと三分」と。
私はそれを聞いた後、テーブルの上に置いてある古いノートパソコンを起動させた。
デスクトップからフォルダを開くと、今まで自分で撮った、あるいは誰かに撮ってもらった写真データがいくつもある。
私はそれを一つ一つ開いては眺め、これまでの事を思い出していた。
彼女と二人で行った、あの海の事。
自分達の結婚式の時の事。
子供達が生まれた時の事。
家族でキャンプへ行った時。
クリスマスパーティーをした時。
子供達の入学式や卒業式。
子供達の結婚式。
孫達が生まれた時。
古ぼけた自宅の前で写した、還暦祝いの時の、家族の集合写真。
定年退職の日に、部下達と写した写真。
最後の一枚は、今は亡き妻の、ずっと変わらなかった笑顔を写したものだった。
私は顔を上げ、暗い窓の外を見た。
そこからは星が一つ見える。
青く輝く、美しい星が。
それを眺めていると、色々な事が頭に浮かんでくる。
写真に撮っていない、たくさんの思い出が。
学生の時、授業中に居眠りして先生に怒られた事。
部活でヘトヘトになるまでグラウンドを走り回った事。
帰り道、友達と行ったあの安くて美味いラーメン屋の事。
フラれたあいつを慰めていた、あの時の事。
就職した時、最初の挨拶で噛んでしまった事。
歓迎会でつい飲み過ぎて、泥酔してしまった事。
初めて任された大きな仕事を、周りの人達に助けられながらもやり遂げた事。
妻と最初に出会った、あの合コンの時の事。
どれもこれも、あの星があったからこそだよなと、心の中で亡き妻に語りかける。
すると、彼女が笑顔で頷いてくれているように感じた。
「――まで、あと一分」とアナウンスが流れた。
ひ孫達、そしてその先の子供達は、あの星を見る事はできない。
写真に写してあるが、その目で直に見る事はない。
彼等は映像と先人達の言葉でしか、あの星の事を知る事が出来ない。
私もあと何年かわからぬが、出来る限り彼等に伝えていこう。
美しく、素晴らしかったあの星の事を。
窓の外をじっと見つめる。
もう二度と見られない、あの星をこの目に焼き付けるように。
最後の時まで、忘れないように。
カウントダウンが始まった。
出来る事ならその瞬間が来ないように祈るが、叶わないであろう。
自分如きではどうしようもない、わかっている。
三十秒……二十秒。
それは一瞬のようで、永遠のように長くも感じた。
あと十秒。
五、四、三、二、一
もう、本当にこれで……
ゼロ。
その瞬間、あの星が目を開けていられない程の眩い光を放った。
やがて光が収まると、そこは真っ暗闇があるだけだった。
まるで最初から、そこには何も無かったかのように。
私はいつの間にか、涙を流していた。
あの星を、たくさんの思い出を胸に、いつまでも、いつまでも。
それは、宇宙ステーションにある、充てがわれた自室の中。
「地球最後の三分間」の時の事だった。
これまでの事を思い出していた 仁志隆生 @ryuseienbu
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