第57話 退け鎧の人形騎士よ!
機を待ち、ついに僕が計画を遂行するために定めた地点をゴーレムが通り過ぎた。
よし、やるぞ!
左手に短剣を、右手に聖竜の剣を構え、勇む。
正直に言うと怖い。とてつもなく怖い。またあんな恐怖を味わいたくない。
でも、やるしかないんだ!
覚悟を決め――僕は塔の灰色に塗られた無地の内壁に剣を突き立てると、塔の最上部へ向かうため登り始める。
睨む先は、外の光が差し込んでいる出口。そう、螺旋階段の終着点だ。
――螺旋階段は直線を螺旋状に引いてそこに階段を敷いたようなもの。線なのだからその途中で途切れることはない。あるところを除いては。
線の終わり。その終着点。そこに至ったとき、線は無くなる。
即ち、階段が出口に至ったとき、その先はなくなるのだ。
先がなくなるということは――その先には階段が存在せず上に登る際に遮って阻むものがないということ。
そして、登るためにはゴーレムが出口の真下を通過する必要があったんだ。
思えば簡単な話なんだけど……実際に出口を見るまで思いつかなかった。
恐怖を押し殺すため現実逃避的にそんなことを考えながら、僕は腕に力を込め、渡り橋を登ったときと同じ要領で出口を目指す。
制限時間はもちろんゴーレムが出口に至るまでだ。
螺旋階段の特性上、ヤツが一周する前に上に登らなければいけない。
ゴーレムに気づかれないように気を付けながら、僕は剣を刺し抜きし、手を動かし、再び高みを目指す。
下は見るな。ただ上を、己の目指すところだけを見よう。
そう言い聞かせて登る。無意識に湧いてきた手を止めそうな――溢れ出そうな恐怖をその言葉で押し殺し、ただひたすらに剣を刺す。
今回はあのときみたいな隙間がないので、若干、刺しづらい……だけど!
「――早く……早く!」
もっと早く!
逸る気が言の葉となって紡がれる。
どんどん近づく出口。この運命の終着点にして、僕の目指すその道の頂。
ヤツよりも先に、そこに行かなければ守れない。
そうでないとサラが――僕の幼なじみが、遠い見知らぬ何処かに行ってしまう。
――そんなこと、許してなるものか!
今まで生きてきた中で、サラの婚姻が発表されたときよりも強い思いが芽生え、僕は手にはこれまでないほどの力が込められた。
額に汗が滲む。
お構いなしにひたすら登る。
そしてついに――
「はああ!!」
左側にある出口付近の手すりに左手が――高みへと手が届いた。
外側から足をかけ、右手に持った聖竜の剣を壁から引き抜く。
そして、体を動かして何とか足を手すりにひっかけ乗り越える。
身を乗り出し残った短剣も引き抜いて――
そのとき、突如、背に、大きな気配がした。
――呼吸を整える暇もなさそうだ。
「……はっ!」
振り向き様に引き抜いたばかりの短剣を投げつける。
目くらませに放ったソレは虚しくも硬い兜に弾かれ、手すりを易々と飛び越えると塔の何処かへと放物線を描いた。
――同時に僕は聖竜の剣を右斜め上から振るう。
僕の体の三倍はあろうかというその魔物――階段を登って来たばかりのゴーレムへと。
キンッ!
硬い物同士が触れる音がする。
上段に構え、胴を狙った剣閃だったがゴーレムは無傷。
聖竜の剣でも傷をつけることすらできない……。
でも、それでもいいんだ!
とにかくこの塔の出口から遠ざける。
たとえ一歩でも、退けさせる。
そして時間を稼いで……誰かを呼んで……。
ふと、大きな右腕に抱えられたサラを見る。
いつの間にか情けない考えが僕を覆っていることに気づいた。
でも――それが、それだけが、今の僕にできることだ。
「は!!」
頭を振るように僕はまた剣を――今度は返すように左から横薙ぎを見舞う。
「……」
甲高い音が塔内に響くがゴーレムはびくともしない。
そしてサラを抱えていない方の腕――左腕を大きく上段に振りかぶる。
でも、ここに立っているのはさっきまでの僕じゃない。
受けるのは駄目だ。それはもう分かっている。
――しっかり見る。怖がらず、その巨腕を。
「……っ!」
時期を見て、屈みながら相手に迫るため素早く駆ける。ゴーレムの腕はさっきまで僕のいた先、手すりを破砕した。その破片と風圧を受けるが、構わず僕はそのまま相手の懐に飛び込み……距離を詰めて太い右足に両腕で斬りつけた。
火花が飛ぶ。しかし、傷は入らない。けど衝撃のせいか、均衡を保とうとしたのか分からないけどゴーレムは少しだけ後ずさりをした。
よし! まずは少し!
そう喜んだとき、僕は目を疑う物を見た。
鋼鉄で覆われた黒い両足に、僕が当てた剣撃の位置より高いところにうっすらと白い線が入っている。
これは、一体……まさか剣を受けた傷跡?
「グオオオ!」
唐突に呻り声を上げるゴーレム。
僕は吃驚するが、足を引いたので蹴りが来ると踏み、避けるため飛び退く。
読み通り虚空を黒い足が僕を掠める寸前で通った。
同時に削れた床の大小の破片が宙を舞い、それらが、仮に僕がそこにいたら――という悲惨な運命を示していた。
……確かにゴーレムの力は強く、防御力はすこぶる高い。
でも動きは遅く、攻撃の予備動作をしっかり見て反応すれば避けられる。
そう認識を改めて、僕は再び、今度は両腕で剣を持ち、左足を斬りつけた。
直立姿勢で左腕を前に突き出し、右足を上げているゴーレム。
如何にも均衡を崩しそうな体勢を僕は見逃さず、体を支える右を挫く算段で狙ったが、
「グッ――」
ゴーレムが低い呻き声を上げただけに終わった。
さすが硬いだけあって少しグラついただけだ。ほぼびくともしない。
しかし、上げたままだった右足を下し、手すりを穿った左腕も定位置に戻すとほんの少しだけ後ずさりして姿勢を立て直した。隠れた魔の双眸が間近で僕を貫き、捉える。
怖がるな。大丈夫だ。
そう言い聞かせて僕は再び対峙する。
出口近くは狭く、下は平な床になっているが、あと一歩押し込めば、階段の淵にゴーレムの足がかかるはず。あと、一歩。
まずはそれだけを目指そう。
様子から鎧は傷つかずとも、少ないだろうが中身へ剣撃の衝撃が通っているように思える。なら、渾身の力を籠めて何度も斬りつければ、倒せなくとも退かせることは可能かもしれない。
「はああああ!!」
僕は間合いを詰めたまま再度ゴーレムに剣閃を繰り出す。
ゴーレムはさっきのような拳撃と蹴りが主な攻撃手段のようで、魔法的な攻撃はなさそうだ。しかもここの空間は狭くて大きなゴーレムにとってうまく攻撃できないハズ。なら物理的な動きだけに注意を払い、なるべく近い間合いで交戦するほうが有利な気がする。
そう考えた結果、とにかく足を狙い少しずつゴーレムを出口から遠退けるため――
斬り降ろし、薙ぎ、切り上げを続け様に見舞う。
黒い鋼鉄の足当てに命中するたびに甲高い金属を響かせる。
「グ、グ、グ……」
さっきと同じような呻き声と共に衝撃でほんの少しずつだけジリジリと後ろに下がる。
僕はそれを見てさらに剣戟を強めた。
切り上げ、斬り降ろし、薙ぐ。ベルさんに教えられた剣術の基本の型を組み合わせた流れるような連撃がゴーレムの足に注がれる。
耐えるばかりのゴーレムは、ついにその足が階段の淵へと差し掛かった。
あと一歩、いや、半歩下がらせることができれば!
希望が差し込んだのも束の間――ゴーレムはずんぐりとした左腕を振り上げ、自らの足元へ一気に振り降ろした。
間一髪のところで避け、また破片が僕の体に降りかかる。
気のせいかもしれないが……ゴーレムがさっきよりも俊敏になったような気がする。
不安を覚えながらも僕は再び攻撃に注意しつつ、時には避け、ゴーレムの足をひたすら斬り続ける。そしてついに――半歩、退かせた。
後は……、
「――ッ!」
次の行動を起こそうとしたとき、ゴーレムが――再び拳を振り上げた。
その速度は今までより早い。そして……その拳が禍々しい何かを帯びている。
――魔法かッ!
転移術のために温存していたのだろう魔力を使ってでも、僕を排除しようとしている。
この感じは不味いッ。
避けようとしても、何らかの魔法が使用されている拳だ。
魔法ならどんなことが起こっても不思議じゃない。
どうする!
僕は咄嗟に考える。そして――
賭けになるけど……やるしかない!
僕はゴーレムの足――ではなく足の面積にして半分が宙に浮いている右足付近の階段に右上から斜めに剣を振り下ろす。
聖竜の鱗から作られた剣の刃は、子供の力でも容易く石に沈み、斬り込んでみせた。
「グオオオオオオ――」
雄叫びを上げながらさらに拳へ力を込めるゴーレム。
僕は構わず、食い込んだ刃を引き抜き――左斜め上段に構え、剣を振り下ろす。
サシュ! という音と共に硬い岩を切り裂く。
その二つの剣筋によって生まれたそれは――一直線に放ったボールが壁に当たって返ってきたような軌道を描き、何かに食い込むような黒線が白い階段に刻まれた。だが、まだその線は、交差しそうでしていないところがあり、空白で繋がっていない。
そして僕がまた剣を引き抜いたとき――
「ウオオオオオオオオ!」
ゴーレムも魔法が完了したのか、さらに大きな叫び声をあげ……掲げていた拳を振り下ろし始めた。
瞬間、僕の感覚は研ぎ澄まされ、まるで時の流れが緩やかになったような、ゆっくりとした視界へと変化した。実際にそうなのかは分からない。ただそんな感覚が僕を襲った。
そんなことはいい。今すべきことは――!
数舜淀んだ思考を振り払い、ゴーレムの禍々しい黒と赤が混じったような気を放つ拳が僕の頭上に迫っていることを感じながら――僕は視界をゴーレムの足元に固定し見据える。
さっき引き抜いた余勢を逆方向に変換し、そのまま剣を――定めた箇所に向けて突く!
「――はああああああああ!」
「――オオオオオオオオオ!」
実際の流れる時間、空間ではどうなっているのか分からない叫び声が、この異質な状況下で共鳴する。
僕の剣が先か。ゴーレムの拳が僕を砕くのが先か。
僕の頭上に禍々しい大きな握り拳が迫っており、もうどう足掻いても避けられないことは敏感になった感覚で分かった。
ここで僕の全てが決まる!
そのせめぎ合いが知覚する時間速度を歪ませているのか分からないが、確かに鋭敏なものとなったソレのおかげで、僕の剣先は少しもぶれることなく正確に狙えている。その剣閃の速さ故か、はたまた単なる錯覚か――振るう剣身が僅かに光芒を引き、瞬く光の粒子が舞うのが目に映った。
不思議に思ったが、考えるよりも早く、
――ザシュ! ピキピキピキ……。
本来なら聞こえないだろう僅かな音が鼓膜を揺らし、二本の黒い直線を繋ぐ一点を深く穿った。その瞬間――
斬られた部分の階段が崩れ、ゴーレムは体勢の均衡を崩し……ダンッ!
その大きな足を一段、いや二段ほど、滑らせて落ちた。
そのおかげか、僕を狙った拳は見事に反れ――禍々しい力を生じさせていた魔法の拳が僕の真後ろを穿った。
それから体感にして一秒ほどの間を置いて、背中に凄まじい衝撃を感じ――少し見やると出口前の足場を大きく窪ませ、打ち付けた拳を中心にして蜘蛛の巣のような亀裂が縦横無尽に走っていた。その亀裂の隙間から、さっきの拳から感じられた魔法――それと同じ赤く黒いオーラが揺らめく小さな焔のように滲み出ていた。
どんな魔法なのか正確には分からないが、ただ威力が絶大なのは確かだろう。
物理攻撃を強化する類の術かもしれない。
ひとまず最悪の事態は避けられた。
そして、ゴーレムを一歩以上退けることに成功する。
「ふう……」
思わず安堵が零れ出る。
この調子で――塔の最下層まで退けさせれば、きっと誰かが!
剣を突いたままの姿勢を元の正中線に構える中段の構えに戻し、再度ゴーレムに向かう。
ゴーレムが元の体勢に戻そうと動き始めた。
「――っ!」
その前に僕はさっきもやってみせたベルさん仕込みの連続剣撃を見舞う。
そこをまたゴーレムは襲うが、僕は避ける。
魔法を使用し体力も消耗したからか、または僕を仕留められなかったから若干の気後れがあるのか、どちらか分からないけど、さっきよりゴーレムは鈍重となった動きになった。
一歩、また足を引き、階段を下る。
出会い頭の膠着状態から脱し、着実に、ゴーレムを攻める。
間合いをできる限り詰め、再度の進行を封じ、一度得たこの攻勢の状況を緩めない。
カンッ! キンッ! がすん……! バダン――!
剣閃が漆黒の鎧を叩き奏でる高らかな調べと、拳を
「くッ――!」
避けたと思った巨拳のそれが、僕の左腕を掠める。
瞬間、痛みが左腕を駆けた。
チラ見して確認すると――掠めた部分の一張羅が裂け、現れるはずの肌色の腕は表皮を損傷し、確かな赤色を帯びていた。血が出て、僕の白い服を赤黒く染めている。
視覚した瞬間、新たに僕の痛覚は、激しくその損傷情報を克明に伝え始め、それは見た目以上の奔流となって僕の思考を曇らせる。
――だけど、これで僕は止まらない。
「は――ヤア!!」
閉じられかけた目を見開いて、痛みをかき消すように叫びながら再度剣戟を振るう。
――ここで、退くわけにはいかないんだ!
その思いをぶつけるように、力の籠った剣風はゴーレムの鎧に注がれた。
それからも繰り出される蹴りと拳を何とか躱し……きれずに、体のところどころを掠め、服と皮膚を裂いていく。
その痛みを忘れるように、僕は一心不乱にヤツの懐に飛び込みながら、ゴーレムの足を攻める。白く狭い階段を一段一段下げさせていく。
剣を振るう度に小粒の玉となった汗が散る。ゴーレムの鎧の肩当てには、これまで破壊した階段の手すりや階段そのものを抉った蹴りの破片が乗っていた。
遅くなっても凄まじい威力には変わりない。
そんな一心不乱の攻防を繰り返し、半周ほどゴーレムを退かせることに成功した。
そして、一歩一歩を目指していたが、螺旋階段とは折れない線だ。つまり一度でもヤツを転ばさせれば――ゴーレムは最下層まで転げ落とすことができるかもしれない。
この調子なら、行ける!
そう思い、再びゴーレムへと斬りかかったときだった。
待っていたと言わんばかりに双眸を光らせたゴーレムは、再びあの禍々しい力を纏わせた拳を振り上げた。
そこで僕は自分の軽率さと、考えの甘さ、迂闊なる失策に気づく。
そうだ。あの魔法がもう一度使えることもあり得るじゃないか。
錯覚していた自分が憎たらしい。攻勢に出た自分の足は自然とゴーレムの拳が届く射程内にいる。でも自らが生み出した推進力で、そのままゴーレムの方へと向かっている。
――駄目だ。避けられない!
意図もせず覚悟した。だが……あるべき衝撃は訪れなかった。
今眼前に立ちはだかるゴーレムは、驚くべきことに――
――拳を振り上げたまま後ろに体勢を崩していた。
不思議に思い、すぐさまゴーレムの足元をみると……ゴーレムに投げつけ、もともと旗の一部だった短剣――その柄に当たる白い棒が粉々になって転がっていた。
壁を登るため僕の体重を支えてくれたそれは、最後も、僕を守ってくれた。
短剣が掲げていた旗は聖陽紋。この国を象徴する
まるでその姿は、たとえ敗れ無意味な旗を掲げる槍になったとしても、最後の誇りをみせるように、一矢報いんがため旗で敵陣に吶喊する旗手の如く、勇猛であった。
――ごめん!
キミが作ってくれたこの一瞬の時間は決して無駄にしない。
旗を斬り落としたり、手頃な得物になるよう切ったりするという酷い扱いをしたというのに、最後僕を救ってくれた短剣に報いるため、僕は持てる力を込めて斬る。
体勢を崩したゴーレムに豪なる剣閃が注がれた。
それによってさらにゴーレムはよろめき、その場に何としても踏み留まるためか、大きな左腕を壁に付けた。
その腕が纏っている赤と黒いオーラ――それが禍々しい光を発し、僕の視界を一瞬赤黒く染めたかと思うと、雷のような音が塔内に轟き、それと同時に石のような大小様々なモノが四方八方に飛び散った。
幾ばくもなく、本能的に身構えた僕に得体のしれない爆嵐が襲う。
爆流の颯が含んだ石のような何かが僕にぶつかり、右頬や脇腹、足の数か所を浅く切る。
それを――魔法によって壁が弾け飛び、塔に風穴が開いた――と理解し、飲み込むのに僕は一瞬の間を要した。
左腕の支えを突如失ったゴーレムがその巨躯を左に傾けていく。
ついに、半分ほどその大きな体を風穴に吸い込ませたゴーレム――そのときだ。
大きな手のひらで握り締められている――小冠を輝かせ、美しい金髪が万人の目を惹く少女の姿が目に映った。
そして、その瞬間、僕は理解した。
ゴーレムを退かせるために――その一点を達成するための攻勢だけに心血を注ぎ、自身の命とヤツの攻撃だけに目を向けていた――己の犯した過ちというものを。
「サラーーーーーーーッ!」
愚かな少年の叫び声が、穴の開いた虚ろなる大塔に響く。
決して届きはしない手を、伸ばさずにはいられなかった。
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