第56話 東の塔

 東の塔の中は石造りと木造の併用の様式で建てられた円形の建造物だ。

 サラが言うには、これは北、東、南の領土が一望できるように作られているそうで同地方の観測所、展望がきく見張り台としての機能を持つ。


 それは西の塔でも同じなのだけど、東の塔はそれ以上の大命、皇都に於いての魔族の動静を監視する役割を担っている。


 無論、最上階にある見張り台から東を見ても魔族領域である魔の森までは視認できないだろうが……東北の霊山や鉱山などの山脈、少なくとも東方領土から皇都へと続く東の道などは見えるハズだ。


 転移術で逃げるには、打ってつけだろう。


 どんな町よりも広大な面積を誇るだろう皇都、それも中央に位置する城区で何故そんなことが可能なのか。


 それはかつての神話の時代、そのときの魔族大戦に於いて、世界をお創りになられた神様がなだらかで大きな山を少しならし、対魔族の本陣を敷いたとされる場所に築かれたのが皇都だからだ。そのため、中央に位置する城区は居住区よりも高地にある。だから、皇都の象徴であるラフィートルン城は聖皇国の大抵の場所から見えるらしい。


 って、考えている場合じゃないな。


 城と繋がれている渡り橋から塔の中に入ってみると、広い部屋、武器庫らしきものがあり、壁は漆喰で塗られているが、床は木造のようで――そこにはゴーレムが通った後と思われる窪み――足跡が残されていた。


 その足跡は木造の大きな階段へと続いており……僕は急いで駆け登る。


 折り返す階段がいくつも続き、ゴーレムと思しき足跡も途切れることなく残されていた。


 ただひたすらに後を追う。鬱陶しくも思う階段を登り――ひと際広い部屋に出た。ここは……見張りの部屋か? 此処だけは硬い石の床になっている。


 こんなことができるなんて……城区に使われている建築技術は凄いな。


 辺りを見回すと今度は……鎧を着た男の人が壁にもたれかかるようにして倒れているのを見つけた。


 傍らに置かれた剣は折れている。装備からみてお城付きの近衛騎士団、近衛兵の剣士だ。


 でもその装備を纏う男の人の顔は、あのときの……南方駐屯地のおじさんだ!


「大丈夫ですか!」


 僕は右手の聖竜の剣を鞘に収めながら急いで駆け寄る。

 そして、膝をつくと、近衛兵姿のおじさんは呻き声を上げ……、


「お前は……?」


 と小さな声で誰何すいかした。


「以前、南西でお会いしたユウトです。ここで、何があったんですか?」


 自己紹介もそこそこに、僕が事情を訊くと、


「ああ、お前か……戦線の維持と魔族領域方面の見張りを厳命され……ここで配置に付いていたんだが……と、突如、でけぇ……魔物が、塔を襲撃して……ぐっ」


 順を追って説明してくれるが、衛兵の人は途中で辛そうに腹を押さえて喘いだ。


「無理をしないでください! ここに、痛み止めの薬草がありますから」


 飛竜の件以来、持ち歩くようにしている薬草をすりつぶし、鎧の下から傷口に塗る。

 すると少しだけ、彼の苦しそうな表情が緩み顔色が良くなった。

 でも、この薬草は痛み止めの速効性と効能が高いだけで、傷の治癒能力自体はそこまでない。


 ちゃんとした治療をしないと命に係わる……くそ、こんなときに神聖術が使えたら!


「ありがとうよ、坊主……」


 おじさんは薬が効いてきたのか、強張っていた表情を緩ませると、お礼を言ってくれる。


「よかったです。ですが、あまり効果は長くないので直ぐに神聖術を使える人のところに行ってください」


 僕は至って普通の進言のつもりだったが、おじさんは顔をひどくしかめた。


「いや、そういう訳にはいかねぇ。あの魔物を……ゴーレムを倒さねぇと……」


 そう言うとおじさんは急いで立ち上がろうとするが、尻もちをついた。

 傷のせいで上手く立てないようだ。

 思わず僕はおじさんを押さえ、


「そんな身体じゃ危険です!」


 と制止するが、それでもおじさんは震える身体を起こし、何度も立とうする。


「バカ言うな! 俺はだ! ついぞ親衛隊には選ばれなかったが、南方の駐屯地から城区近衛兵に引き抜かれたんだ! それを……おめおめと逃げ恥を晒せるか!」


 苛烈な言葉を僕に注ぐ。

 その気持ちは、僕にも分かる。


 でも――


「無茶を言わないで下さい! あなたの身体はもうボロボロのはずです! 第一、そのおつもりですか!」


 彼の傍らに置かれていた、真っ二つに折れた剣を指す。


 僕が示したものを見たおじさんは、


「――! 俺の、剣が……」


 目を見開いて、


「畜生! 情けねぇ!」


 俯き、大きな手で額を押さえる。


 でも、それもほんの少しの間で、すぐに頭を振る。


「それでも、たとえ剣が折れていたとしても! 俺は、行かなきゃならねぇ!」


 おじさんは、そう強かに宣言しながら、再びその目に闘志の炎を宿した。


「ゴーレムの奴が握ってた金髪の少女……アレはあのときお前の隣にいた娘……だが、頭に小冠を載せてやがった。アイツ……いや、あの御方は――殿だ。間違いねえ。皇国の剣士が姫を見捨てて逃げるなんざぁ恥だ。話にならねぇ!」


 剣が折れても、なおも果敢に挑もうとする――姫の身を案じる傷身の剣士。

 僕は、彼の太い膝に手を置いた。

 今も不屈の精神を湛えた二つの目を見て、


「……逃げることは、恥ではありません。生きていれば、必ず挽回できるときが訪れます。あなたの剣は今折れているかもしれない。でも、その魂までは折れていない。あなたの目がそう言っています」


 静かに、僕が感じたことを話した。


「なら、あなたがすべきことは……再び剣を振るうため、その体を癒すことです。早く、神聖術士のところへお急ぎください」


 僕はそう言うと、瓦礫が転がる床に手をついて立ち上がり、


「……申し訳ないですが、あまり時間がないので――これにて失礼します!」


 お辞儀をして、おじさんの傍を離れた。


「おい!」


 背中に引き留める声を受けながら、僕は、ゴーレムの許へ向かう。

 おじさんの分も頑張って、僕の手でサラを――助けなければ!


 



「あんな子供に、俺は……クソ!」



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 とにかく階段を登り、上を目指す。

 するとまた大きな部屋……いや、塔の頂上へ至る途中の展望室に辿り着いた。


 塔の尖った屋根の少し下に円形に備え付けられた見張り台――そこへ続く美しい白亜色をした石の階段が塔の内壁に沿うように螺旋状に降りていた。


 天井には大きな鈍色に光る鐘がぶら下がっており、ここが警鐘を鳴らす防衛の施設であることを再認識させられる。


 その重要施設の道中に――


「――!」


 ゴーレムが気絶したサラを掴んだままゆっくりと、慎重そうな足取りで進んでいた。

 全七層になる螺旋階段。

 時計回りに登っていくそれの下から数えて五層目にあたる位置で巨躯を現わにしている。


「――おい!」


 少しでもゴーレムの気を引き、見張り台に至るまでの時間を稼ぐべく、僕は叫ぶ。


 ――止まれ!


 僕の狙い通り、ゴーレムは兜に覆われた人間で言えば頭部にあたるだろうソレをゆっくりとした動きでこちらに向けた。

 そして、僕を兜で覆い隠した魔の双眸で睥睨するが……すぐ関心を失ったように正面に向き直し、再び歩を進め始めた。


(くそ……!)


 たまらず、僕は鞘に収めていた聖竜の剣を抜剣し螺旋階段を駆け上がるッ!


 ――考えろ。どうすればヤツは止まってくれる?


 硬い靴音が塔内を反響する中、階段をかけながら頭を全回転させる。


 その中で渡り橋での対峙が想起され、頭の中で映像として流れ始めた。


 ……後ろから斬りつけることはもうやった。でもヤツは止まらなかった。

 でも、あのとき……僕がゴーレムの前に出た際にヤツは排除しようとした。


 ということは――


 ……なら、前から……正面からなら、きっと!

 正面からヤツに挑めば、何らかの対応をするハズ。


 でも、ここでひとつの疑問が浮かぶ。


 ヤツの前に出るには、一体どうしたらいいか――だ。


 ゴーレムは今もサラを掴んだままこの螺旋階段を登っている。


 そして、螺旋階段は直線の線を螺旋状に引いてそこに階段を敷いたようなもの。

 残念なことにその階段の道幅は狭くこのまま追い付いたとしても、とてもじゃないが、のしのしと歩いているゴーレムの脇を通り抜けることはできないだろう。


 尚且つ、僕はゴーレムを追う形でこの螺旋階段を登っている。この状況下では、ゴーレムの前に踊り出ることは不可能だ。

 大貴族が扱えるという浮遊神聖術や飛翔神聖術が使えるなら簡単だろうが、そういう訳にはいかない。


 か、考えろ! きっと、何か手があるはず!


 そう思い良案は浮かばないかと四苦八苦している――そのときだった。


 突如僕は体勢を崩し、転びかける。


 その足元をよく見ると窪みがあってひび割れていた。不思議に思って振り返ってみると僕が通ってきた白い階段に、黒く細い線が入っているところがあった。


 もしかしたら、ゴーレムが重くて石の階段に亀裂が入ったのかもしれない。


 だから慎重にゆっくり進んでいるんだ。ゴーレムは。


 僕は短く息を吐き、足元に気を付けて再び螺旋階段を駆け上がり始める。


 必然的に僕の瞳に両手に携える二本の剣が映り、先程の外壁登りを思い出してしまう。


 クソ! いっそのこと螺旋階段で途切れているところでもあればいいのに!


 そうは思っても階段を登っている僕の頭上には途切れることなく、常に次の層の階段があるのだ。だから、外壁を登ったときのように剣を刺して登っても、階段そのものが行く手を阻み、上の層に行くことはできない。


 悔しさとやるせなさとどうしようもなさ、絶望的な何かが頭を渦巻き思考を遮っていく。


 抱く感情を払拭するべく頭を振った。そして、恨めしく陽光が差し込む――塔の外にある見張り台へと続く出口を睨んだときだった。


 ――そうか! あそこでなら!


 思いついた。ゴーレムの前に出る方法が。


 しかし、それをやるには、ゴーレムがもう少し進んでからじゃないといけない。

 それに、制限時間もある。それまでにゴーレムが出口まで進めば終わりだ。

 僕は考えを纏め、両手にある剣たちに祈りつつ、螺旋階段を登っていく。



 待っててね、サラ。絶対助けるから!

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