第44話 お姫様の叙任と任命

 僕が剣を献上しようとしたことにより、正教会の神官服とよく似た皇統儀礼院の官服姿の人がサラの周りにいそいそと参上した。


 僕は近づいてきた儀礼院の一人に、聖竜の剣を恭しく献上する。


 儀礼院の方は丁寧な手つきで、平民たる鍛冶屋の僕から受け取った剣を、近衛騎士たちが監督する中、皇女のサラに帯びさせていく。


 かちゃという金具を留める音が響き、剣の佩用は完了した。


 突然訪れた仕事を終えた皇統儀礼院の方は、再び定位置に戻っていった――


 そして、残ったのは――皇女らしくドレスに身を包みながら腰に剣を帯びた異様な出で立ちのサラだ。


 青と白の衣装に、僕たち鍛冶屋が打った剣が程よく強調され、ドレスが持つ印象である弱さを補っている。


 攻守共に引き立て合い、壇上立つ今のサラの姿は――まさに可憐で強靭な姫騎士だ。


「きれいな剣……」


 自分の腰に提げられた剣に一言呟いて、サラは目の前に控えたままの親衛隊に直る。


「其の方等を我が親衛に指名す」


 力強く口上を述べ、帯びた剣を揺らしながら回れ右をして皇王陛下が御座す玉座に正対すると、再び皇統儀礼院の方が盆に何かを載せて現れた。


 サラがそれを丁寧に取る。

 どうやら、紙のようだ。


「皇王陛下。我が親衛隊の認可を申し立て、今ここ上奏じょうそう致します」


 サラは固い口上を続け、恐らくは親衛隊の書かれた紙を皇王陛下に厳かに提出された。


 格調高く上質な紙質と窺える書状を受け取った皇王陛下は――


「皇王の名に於いて――第一皇女サラ・システィーナ・ルミス親衛隊の創設を宣言する」


 高らかにそう宣言された。


「次に名を呼称せし者を、皇女直属護衛騎士として叙任す――一、ラル・ソラゲル。二、ユージ・ビネッツ。三、グレン。四、ルーク――」


 続け様に、皇王陛下御自ら親衛隊員の名前を一人ずつ呼び上げていく。


「――以上、二十名。隊長ラル・ソラゲル――前へ」


 皇王陛下の認可が終わり、サラが親衛隊に正対する。


 そして、皇王陛下の命に従って三歩、前に勇み出た親衛隊の隊長――ラルさん。


 見た限り……女性で、剣を扱う騎士らしく短い髪をした凛々しい容姿をしている。


 そんな如何にも騎士然としたラルさんは、仕儀正しく抜剣すると、その切っ先を謁見の間の天井に向けて、自身の右肩に剣を付けた。


 僕の打った剣が、天井からの光を受けて瞬く。


 ベルさんに教えてもらったが――これは叙任の礼。


 栄誉礼の一種で、騎士としての誓いを立てる儀式だ。

 時が来たように、エーメル皇楽隊の栄誉礼の笛が勇ましく吹かれる。

 それが終わると……、


「皇王陛下の認可を賜り、晴れて皇女直属護衛騎士を拝命致しました」


 潔い澄み切った声色が厳かな謁見の間に響く。


 これから、誓いの契りと呼ばれる口上が始まる。


「我々皇女親衛隊は――殊に臨んで危険を顧みず、常に我が主をお守りし、ハイリタ聖皇国の騎士として恥じぬ振る舞いを厳と心得、命尽きるその日まで敬虔とお仕え致します」


 ――チャキ


 肩に据えていた剣を敢えて音を立てるように動かし、柄で顔を覆うような位置で構えると――


「我が剣に誓って」


 ベルさんがいつか言っていたような口上を述べ、すぐさま剣を右下へと払うようにして勢い良く振り下ろした。


「総員、抜剣!」


 隊長の号令が発せられ、親衛隊全員が統率の取れた動きで一斉に抜剣する。


 そして、さっきのラルさんと同じ構え――皆一様にして肩に剣を付けた。


 それにより、鈍色に光りそよぐ剣の草原が謁見の間に顕現した。


「我々はサラ皇女殿下の親衛隊――殿下の盾と矛なり。よって殿下にかかる火の粉は全て我らが払う。至誠しせいを尽くし、道義どうぎあつくし、志操しそうを固くして、我が主に忠誠を捧げよ」


 ラルさんは、勇ましく振り下ろしていた剣を再び肩に付けた。


 隊長の後ろにいる隊員たちは、肩に付けていた剣を規律正しく、今度は斜に構えた。


「想う今此処に、堅牢にして強固なる我ら護り手の矜恃を見せよ。聖名の真名を尊称なくお呼びするは、ただ此の一度きり――」


 カチャンッ!


 靴が床を叩く音と共に、動きの揃った強靭なる剣先が遥か天井を指す。



 ――サラ・システィーナ・ルミス=システィーリヴェレ=ハイリタ――



 惜しむることなく、主の聖なる真の名を、隊員一同尊称なしで申し上げた。


 今度は皆眼前に柄をあてがい、空高く刃を掲げる。


 その鈍色の白刃は波打つような屹立きつりつせし光属性のオーラを纏い、仄かに輝いている。


 親衛隊の隊員全員が、並ではない光属性の適性があるんだ。


「我が主よ。我らが彼の護り手。サラ皇女親衛隊なり。願わくは、一度も剣を振るうことなき平穏な日々を主と共に享受し、永遠とわにそのお側で仕えられんことを」


 心に平和を願う真摯な祈念によって、親衛隊々長たいちょうの厳かかつ優美なる口上が止んだ。


 こうして――ラルさんを筆頭とするサラ皇女親衛隊は、その精華を発揚せんと発起し、見惚れるような美しい所作と、流麗荘厳な威風堂々たる口上によって、新鋭なる親衛隊の存在を、謁見の間にいるすべて、ことある細に至るまでの現下大衆に勇ましく示した。


 ――直れ。


 余韻も程よく、壇上からの命に応える形で、


「総員、剣を納めよ」


 晴れの舞台に臨み、その重責を果たした隊長ラルさんの下令で、全員が剣を鞘に納めた


 これにて、誓いの契りは滞りなく完遂された……しかし――


「……!」


 さっきの僕に続いてこの場にいる皆が、予想だにしていなかった事象が発生した。


 突如、親衛隊の主たるサラが、献上したての聖竜の剣の鞘を払い――抜剣したからだ。


 しかもそれだけでなく……サラは抜いた剣を以て先ほどの親衛隊とほぼ同じ動きの所作――剣による栄誉礼をしている。


 聖竜の剣をドレスの肩に付け、続けて右下に払い、厳然と眼前に掲げる。


 それを三回繰り返した。


 誰もがその流麗な動きに息を飲み、図らずも見惚れていた。


 巧みに剣を操り、栄誉礼を続けるサラ。


 たまに木の棒で遊んで打ち合った経験から、何となく剣も扱えそうだと察していたが、僕の予想は見事的中したようだ。


 そして、皇女殿下は献上された剣を自らの正中線に捧げるようにして構えた。


「抜剣せよ」


 突然の下令。


 しかし、親衛隊は驚きながらもサラの指示に従い、剣を鞘から払って同じように構える。


 それを確認したサラは――


「捧げぇー、剣っ!」

 その掛け声と共に足音を鳴らし、剣を壇上より天空に掲げる。


「茲に捧げる我らの誓い。天にまします我らの神よ。その前途を明るく照らす、かたく永遠に栄えん導きのご加護を――主従共鳴の福音をどうか我らに」


 すらすらと何処か澄んだ声色でそう述べたサラは、天高く掲げた剣を下ろし、


「直れ。収めよ」


 と命じた。


 しかし、誰も収めようとしない。


 少しだけ困り顔をしたサラは独断で壇上から降り、親衛隊の隊長ラルさんの肩に聖竜の剣の腹を当て「収めよ」と再度下令する。


 これは強い命令――ベルさんに教えてもらった記憶が正しければ、確か血盟令という背けば首をはねることも辞さない大罪となる強権たる命令だ。


 それでも、親衛隊の誰もが混乱した顔をして剣を収めようとしない。

 理由はすぐに分かった。


 ――サラが剣を収めていないからだ。


 原則として、主より先に剣を収めることは、剣士として儀礼上最上の不敬と見なされ、それは即ち主への無礼にあたるからな。


 殊の外忠義を尽くす親衛隊は、主の命令でも先に剣を収めることに躊躇しているんだ。


「収めなさい」


 三度目の干戈かんか収納の令が発せられ、親衛隊の隊員たちは仕方なく剣の鍔を鞘で鳴らせた。


 全員の剣が鞘に収まったのを確認してから、サラは剣を収める。


 サラの正確な思惑や狙いまでは分からないが……ひとりの幼なじみの僕が思うには自らの親衛隊に「自分と貴方達は上下関係こそあるが、意思として対等である」という無礼講のような深い思慮を伝え示したかったんだろうな。


 強引なやり方だけど、まあ、サラらしい思いやりなんだと思う。


「我が親衛隊の矜恃、しかと見届けました。これからのあなた達の活躍を心からお祈りします」


 サラは首飾りが煌めく胸に手を当てて、前代未聞であるだろう王族による栄誉礼に色めき立つ二列横隊の親衛隊を右から左、一人一人見ると、


皇女親衛隊そなたたちに幸多からんことを」


 口上を述べ、両の手を祈るように合わせて握り、その前途を明るく祈祷した。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 僕とサラのせいで多難だった皇女親衛隊叙任式も終了し、遂に――


 念願の親衛隊武具御用鍛冶士任命式へと式典は移行した。


「先の剣覧会を勝ち抜きし者よ、前へ」

「「はっ!」」


 鍛冶屋親子ふたりの呼応が謁見の間に響く。


 サラの命で親衛隊が下がり、親衛隊のいた場所に僕と父さんが跪いて並んだ。


 もちろん、腰には木剣を身に着け、伏して式に臨んでいる。


 ちなみに父さんは僕のお付き扱いだ。


「皇王陛下、この者たちを我が親衛隊の鍛治士として指名致します」


 僕たちから玉座に向けて正対したサラはドレスの端を軽く摘み上げ、いつかみたような跪礼をしつつ皇王陛下に奏上する。


「相分かった。我、今茲に承認す」


 壇上からお言葉を述べられる皇王陛下の認証を確認すると、先程から度々登場する皇統儀礼院の方が現れ、例の仰々しいお盆をサラの隣まで持って運んできた。


 そこには、馬車でサラが皇女の略章と教えてくれたものとよく似ている宝石がふたつ載せられていた。


 礼装の装飾具――タイパールの飾りだろう。


 それをサラは恭しく手に取ると、跪く僕たちに向き直り寄ってきて畏れ多くも屈まれた。


 順番的に僕かららしい。


 僕の襟を締めている首元にある例の台座を片手で固定すると、サラはもう片方の手で宝石を台座にあてがい……力を込めて……カチ!


 硬い音が鳴り、その瞬間僕の首元が淡い光を放った。


 神聖術か、それに準ずる何かによるものだ。


 たぶん、嵌め込まれた宝石が輝いているんだろう。


 そういえば、サラは鍛冶屋の紋章がどうのって言っていたよなぁ。


 残念ながら、それを確認しようにも首元だからよく見えない……と思っていたが、サラが両手をタイの宝石飾りにかざし、その手の平に宝石の光が反射しているのを捉えた。


 それを注意深く見ると、発する光が何らかの紋様となっているのが分かった。


 そしてそれは……自由の象徴たる鳥の羽根を背景に剣と盾をあしらった――


 僕の家……鍛冶屋の看板に掲げたそれとだった。

 思わず、目の前にいるサラを見上げてしまう。


 すると、ドレス姿のサラは相も変わらず「驚いた?」と言うような、にやりとした笑みを浮かべていた。

 僕はそれに苦笑いで応える。


 ――はあ、してやられた。


 なるほど。サラにとっての鍛冶屋は、森の奥にある僕の家だったってことだ。


 ……ほんと、この皇女殿下幼なじみは――人の気持ちを弄ぶのが大好きな人だ。


(ありがとう。嬉しいよ、サラ)


 今度は式典を遮らないよう、僕は心の中で深い感謝をサラに告げた。


 軽く僕に頷いたサラは、そのまま右隣にずれていき……父さんにも同じこと――タイに宝石を付けた後、元の場所に戻った。


「汝らを親衛隊武具御用鍛治士に任ずる。心して責務を全うせよ」

「「仰せのままに」」


 皇王陛下直々に賜ったお言葉に、僕と父さんが厳然と応える。


 簡素ながらも僕にとってかけがえのない思い出となった任命式は厳かに終了した。

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