第43話 お姫様と思慕の献上

 僕は、決然として式典を遮った。


 それに驚いて僕の名を呼ぶサラや、父さんの「今……か」という声が鼓膜を叩き、その他大勢の視線が僕ひとりに集中する。


 それによって、式典会場である謁見の間に大きな動揺が走り、どよめきとなった。


「これ! 式典の最中であるぞ!」


 僕の後ろにいたハルネス助従教士様が甲高く叫ぶ。


「捕縛しなさい」


 近くにいた近衛騎士に冷たく下令するのは、剣覧会でラフトル団長と一緒にいた女性。


 近衛騎士団副騎士団長のステラさんだ。


「――衛兵、待て」


 その声に副騎士団長の命で僕を捕縛しに来た衛兵達の動きがピタッと止まる。


「団長、お言葉ですが……今は聖なる儀式。即ち公儀の場です。いくら彼が剣覧会優勝者だとしても、あのような振る舞いは目に余ります」


 ステラさんは毅然とした態度で団長閣下に進言している。


 く、やはりもう少し待つべきだったか……?


 でも、もうやってしまった。後戻りはできないぞ。


「ふむ。ステラ君の言い分ももっともだが、私は彼の企みが気になる。それを吐かせてからでも遅くはないだろう?」

「しかし!」

「団長命令だ。この場は私が取り仕切る」


 ラフトル団長はかたくなに制止するステラさんに、軽い笑みを浮かべてそう言い返すと、


「よろしいですよね? 陛下」


 壇上にいらっしゃる皇王陛下に認可を求めた。


 頸飾けいしょく――別名、王の首飾りと呼ばれる勲章の一種を佩用した皇王陛下は、以前時計の門で見たときよりも品高く、威厳に満ちている。


「……お前が上申するとは珍しいな。まあ、良いだろう」


 皇王陛下は珍しい物をみたような顔をすると、重々しく頷いた。


「はっ! ――ということだ。鍛冶屋の少年。式典を妨げたその理由を聞かせてくれるか?」


 団長は壇上の皇王陛下に向けて敬礼をすると、直ぐに僕の方へと向き直り、鋭い目つきで理由を訊いてきた。


「は、はい!」


 僕はラフトル団長の問に答えるべく――背に担いでいた細長い袋を下し、その口を閉じ締める紐をするっと解くと速やかに袋そのものを取り払って、その中身を掲げて見せた。


 すると、謁見の間全体に、さっきよりも強い動揺とどよめきが波紋のように広がった。


「――剣、だと……? それをどうするつもりだっ!」


 突如僕が掲げてみせたあるモノ……剣に、後ろから怒号が飛ぶ。

 この声は……ハルネス助従教士様だ。


「も、もしや……貴様! 城内で刃傷にんじょうに及ぶ気ではあるまいな!?」

「確かにハルネス殿の仰る通りだ。少年、詳しく聞かせてもらえるか?」


 ハルネス助従教士様と団長が、僕に尤もな疑問を投げかけてくる。

 押しかかる重圧。けど、まだ僕は拘束されていない。

 近衛騎士団の団長の優しい人柄に賭けたこの一挙。


 決して無駄にはしない。


 気を落ち着けるため深呼吸をして……よし!


「はい。これをサラ皇女殿下に献上致したく思い、不敬を承知で式典を遮りました」

「なぁにぃ――?」

「従って、刃傷に及ぶなどという恐ろしき考えはございません」


 セリフの途中でハルネス助従教士様の変な声が聞こえた気がするが気にせず続けた。


 本当に刃傷沙汰なんてイヤだし、そのつもりははなからない。


 これは僕の偽らざる本心だ。


「皇女殿下に剣を献上……だと? そのような、そのような行いは断じて容認できませんぞ!」


 ぷんぷんと怒りながら、豪快な足取りで僕の前に踊り出てきた助従教士様は、首をぶんぶん振って長い髭を揺らす。


「殿下はうら若き乙女。御身を大切になさることこそが責務である!」


 サラを指差して、そう豪語する助従教士様。

 僕が言うのもおかしいかもしれないけど、言っていることは正しいように思う。


「常に雲上たる宮城にお出でになる畏れ多いお立場にあらせられ、忠良な臣下皇民たる我々がかしずくべき聖なる存在であって、断じて剣などという武具を扱うお方ではない!」


 激昂する助従教士様に、ステラさんが若干怒ったような冷ややかな視線を向けた。

 女の人が武具を扱うことにやや批判的なセリフが、少し気に障ったのかもしれない。


「それを……それを! このままでよいものを穢すというのか!」


 地団太を踏むような声で、続けて怒る助従教士様の言葉に、サラがムスッとする。


 ……助従教士様は、よっぽどサラが剣を持つことが嫌らしい。


「ほう。なるほど。献上したいというのは重々理解したが……何故、剣を献上しようなどという考えに至った?」


 助従教士様に対して、何か面白い物をみたような顔をした団長閣下は、そう問いながら顎に手を当てる。


 よし、この人相手ならちゃんと会話ができそうだ。


 対話の相手を定めた僕は再度息を整え……よし、いくぞ。


「はい。畏れながら、私はサラ皇女殿下と共に遊戯に興じる数多の機会に恵まれました」


 僕は、剣を献上しようとした理由を、順を追って話し始める。


「皆様ご存知の通り、皇女殿下は活発であらせられ、不甲斐ない私を教え導いて下さり、私が生きてきた軌跡の中に於いて数多くの幸運を授かることとなりました。快活なる皇女殿下と享楽きょうらくを共にし、互いの心意に触れ、他愛のないさえずりに興じる日々は、平民たる私にとって最大の幸せです」


 僕の突然の吐露に、サラが驚きつつ口をわなわなさせている。


 近衛騎士団の団員や剣士たち……貴族や神官たち、その他多くの周りの人たちも、僕の話を聞いて様々な反応を見せている。

 だけど、それを気にすることなく僕は話を続ける。


「しかし、サラ……皇女殿下は――いずれはこの国を背負って立たれる御身であります」


 素が出そうになるのを精一杯抑える。

 そして、ここからが話の本題だ。


「誰よりも近くで見てきた私がおもうに――殿下は突飛もなく、強情で、あらゆる事象に際し最善を尽くす節があります。それこそ我ら民を慮る余りに自らを顧みず事に当たるのです……だから、不安なのです」


 僕は俯きがちに考えを述べていく。

 そして、それは、ある結論に至った。


「いつか無茶をなされて渦中に飛び込み、その結果のではないかと……」


 ――サラは、いつだって国民のことを考えている。


 一番の最たる例はノーリタ卿の御料馬車を止めた、あの一件だ。


 ミヤさんの顔が否応なく浮かぶ。


 それに、狼に襲われたり、飛竜に狙われたり、サラが危険に冒されるという事例は僕の身近な記憶に点在している。


 サラの性格や僕が知っている彼女のこれらのことを鑑みると――


 たとえ、危地に身を置くことになろうと、かつてノーリタ卿に見せた毅然とした態度で、サラは事に臨むだろう。


 そうなれば、きっといつか……サラは傷ついてしまう。


 だから――


「この剣はその御身を守るため、皇女殿下がご自身を堅守するために打った物です」


 僕は再度、剣を掲げてみせる。


「……拵えを見る限り相当な業物だ。それは少年が打ったのか?」

「はい。私の祖父――アレンと父のセドリックと共に鍛えました」


 団長閣下の問に答えた瞬間

「アレン……アレンとはあの?」

「つまりは、あの剣は鍛冶職人アレンの作でもある、ということか……」

「あの子供はアレンの弟子か」

 などと周囲に一段と強い騒めきが広がる。


 間違いなくの名前が出たためだ。


 詳しくは知らないけど、何故かお爺ちゃんのアレンという名は国中に轟いているからな。


 父さんがいじらしく「わ、私めも打っておりますぞっ!」とざわめきの中、主張した。


 その通りで、これはお爺ちゃんが小槌を打ち、父さんと僕で大槌を振るって鍛えた剣だ。


「皇女殿下に献上するため、特別な製錬を施して打ち上げた特装の剣です。装飾には殿下がお好きなフロリカの花をあしらい、殿下でも扱いやすいよう剣身を短めにしています」

「なるほどな……抜いてみよ」


 団長の促す言葉に、僕は小さく頷きゆっくり剣を抜いてみせる。


「――っ! これは……!」


 僕が抜いたそれを見て息を飲む団長閣下と同じく、また周囲を驚愕の色に染めた。


 植物の茎や葉が絡みついたような自然の意匠が施された柄。

 麗しい造りの柄から出た剣身の切っ先までを貫く小高い鎬。


 その鎬の中腹まで薄く彫られた樋の柄の近い方に、可憐でお淑やかな、サラが好むフロリカの花を象った彫刻が、剣身を鞘に固定する刃区の一部として両面に嵌め込まれ、楚々と咲いている。


 象嵌ぞうがん彫刻という工芸技法だ。


 抜いたことで、その剣が持つ斑のない竜の鱗のような美しい刃が露わになり、サラが先ほど神聖法理術で照らした光を反射させて綺麗に瞬いていた。


 その輝きは、

 剣らしい銀とも、

 装飾の豪華な金とも、

 清廉見事な青にも映る。


 何ともたとえ難く、如何にも言い難い、無比の美しさを湛えていた。


 その理由は――


「南方西部に棲まう竜――を使いました」


 聖竜様の鱗をふんだんに使ったからだ。


 お爺ちゃんの知識と技術で特殊な製法に基づき鍛え、父さんの力と僕の彫りを組み合わせた親子三代の集大成とも言える傑作。


 それがこの剣だ。


 ――名を付けるなら『聖竜せいりゅうつるぎ


 実は、式典の前に、サラにあげた首飾りも聖竜様の鱗で作っている。


 いやー、硬かった。


 同じ聖竜様の鱗で作ったんだから。

 おかげでいくつもの道具を駄目にしてしまったけど、その代わりに、とても良いものができたと思っている。


 そんな素材を原料として使っているのだから、きっとサラの身を守ってくれるはずだ。


「聖竜……迷いの森にいるという幻の……世界の守護者とされる伝説上の存在である聖竜の鱗を使ったというのですか? ありえない、です」

「だが、剣から並々ならぬ神々しい何か……得体の知れぬ気迫を感じる」


 瞬く間に驚愕の色に染まる近衛騎士団重鎮のふたり。


 それだけでなく

「迷いの森というとあの伝承の?」

「だとするならば、あれは神器級の武具?」

「アレンが打ったというだけでなく、素材までもが尋常ではない……」

 などと、謁見の間は粛然とした威風から、雑多な喧騒を極めている。


 聖竜様の存在は、ある程度皆に知られているみたいだ。


 僕は絵本で読んだ限りの「凄い竜がこの国にはいる」程度の知識しかなかったのだけど、そうか、聖竜と冠がついているんだから、そりゃ凄いよな。


「全く、あの親にしてこの息子あり、か。……まごうこと無き本物だろう。尤も、私にはあの少年が嘘を言うようには思えない」


 騒がしい中、団長閣下はそう仰せになられた。


 し、信じてくれた!


 突飛もない子供の話を……!


 しかし――


「だ、だとしても! 皇女に剣を献上しても良いという理由にはなりませんぞ!」


 ハルネス助従教士様は、広い謁見の間いっぱいに響くような大きな声で叫ぶ。

 そして、画一した動きで二列横隊を編成した親衛隊に向けて指を差した。


「皇女殿下には剣となり盾となる親衛隊が存在する! よって皇女殿下自らが剣を携える必要などない!」

「――あります」

「な、なに!」


 待っていたとばかりに、僕は進言を始めた。


 そう来ることは織り込み済みだ。

 だから、ここから一気に畳みかける。


「確かに、皇女殿下には親衛隊が――お側をお守りする存在が既にいらっしゃいます。しかし、それだけではダメなんです」

「何故そう言える!」

「助従教士様はご存知ないかも知れませんが……殿下は、お城を抜け出してしまう癖があります」


 僕は興奮冷めやらぬ助従教士様に、事実を述べて一枚手札を切ってみせる。


「ゆ、ユウ!?」


 僕の暴露に、ただでさえ赤くなっていたサラの顔が、ここにきて真っ赤に染まった。


 傍観に徹していたのかと思っていたのだけど……どうやら僕の暴挙による羞恥で動けなくなっていただけらしい。……ごめんね。


 心の中で謝って、僕は次の言葉を切り出す。


「たとえ親衛隊が創設され、片時も離れずお側にいようとも、生まれつきの機転と俊敏さでお城の衛兵はおろか親衛隊の隊員をも掻い潜り、さらには城下町へ出向くことも容易でしょう」


 僕が言うのも不敬だと思うが……サラはとてもすばしっこい。


 狼だっていつもなら振り切れそうなほどの鮮やかな身のこなしを恣にしている。

 頭だって相当切れるし、お城の衛兵たちの巡回を潜っていくこと自体はわけないと思う。


「ならば、皇王陛下にきちんと言いつけていただければそれで――」

「それはもうお使いになった手段です」


 助従教士様の至極正当な言い分を、不敬ながら僕は遮る。

 そして、後ろに向いて、ある人にその是非を問いかけた。


「――北方の領主様であらせられるノーリタ卿。そうですよね?」


 ……さて、ここでどう出るか。


 あのときのあの態度、サラに対する姿勢、他と格別する並ならぬ知性。

 それらを総合的に見れば、きっと――


 そんな思いを抱きながら、ふたりの視線が交錯し、束の間に見つめ合う。

 そして、彼は琥珀色の瞳をした目を閉じ……、


「……ええ、お恥ずかしながらその通りです。かつて、私から皇王陛下へ皇女殿下を城に留め置くよう進言致しました」


 と、高い知性を感じる粛然かつ明瞭な口調で語り始めた。

 すぐに目を開け、二の言葉を紡ぎ出す。


「もちろん、衛兵も増やし、本日の皇女戴冠の儀に際して万全の備えを期すべく、殿下にはもう二度と城から出ないように皇王陛下に取り計らっていただくと釘を差していました。しかし、殿下は瞬く間もなく監視の目を盗み、易々と皇都を出向したと聞きましたよ」


 ノーリタ卿は悲壮な顔をすると、いつかみたような仕草で大げさに肩を竦める。


「安心しきっていただけに驚いたものです。恐らく、城内に協力者がいるのでしょうね」

「ぐぬぬ……そ、それならばその協力者を炙り出して――」

「ノーリタ卿、根拠なき嫌疑はおやめ下さい。我が近衛騎士団、城区の衛兵にそのような者は存在致しません」


 ノーリタ卿の発言に、何故かさっきから不機嫌らしいステラさんが、口苦しそうな助従教士様の話を遮り、自信満々に明言した。


 協力者……か。


 思い当たる節がある。というか具体的な影となって脳裏に浮かび、節がありすぎるが、ここは黙っておくほうがいいだろう、な。


「これは失礼致しました。副騎士団長閣下のげんを信託し先の発言は取り消しましょう」


 咎められたノーリタ卿は早々と前言を翻した。


 御料馬車の一件で見せた頑なさはいったい何所へ? と言いたいところだけど……ここは追い風になりそうだし、言わぬが花だ。


「の、ノーリタ卿! ど、どうして!」

「私は事実を述べたまで。元より殿下の帯剣の是非を論じたつもりはありません」


 さすがノーリタ卿。助従教士様の責める言葉をばっさり切り落としてしまった。 


「……ぐぬぬッ! おのれ……」


 さっきはガルエンス閣下が歯ぎしりをしていたが、今度は助従教士様がその番らしい。


 ぐぬぬ……としぶとく呻いている。


「なるほど、これまでの話を整理すると……殿下はお一人で城下町、いや皇都すら飛び出して出歩くこともありえると」


 突如、軽快で何処か冷静な声が発せられた。


 その方向をみると、唸っている助従教士様の上役にして僕たちの様子と事の推移を注意深く俯瞰していた高位の神官服を纏った方が立っていた。


 ……ハイリタ正教会の司祭様だ。


「それも城の衛兵や親衛隊をしのぐ驚くべき静謐性せいひつせいを秘めた素早さで隠密行動をなされるのかもしれない。協力者の有無はともかくとして……現にその事例を彼のノーリタ卿がご存知だった」


 司祭様は順を追い、僕とノーリタ卿から得られた情報を丁寧に整理していく。


「つまり、殿下の身を十全と守るには、親衛隊だけではなく、殿下自身も帯剣する必要がある――そう言いたいんだね。鍛冶屋の坊や」


 一言一言、慎重に言葉を発した司祭様は、十全と僕の心意を汲み取ってくださった。


「は、はい! その通りです!」


 僕の激しい肯定に、しばらくの沈黙が流れた。


 そして、考えを纏めたのか司祭様は優し気に頷き、


「ふむ……私は良いのではないかと思います」


 とサラの帯剣について認めてくださった。


 ――やった!


「し、司祭猊下! なぜですか!?」


 こうなるとは思ってもみなかったのか、すぐさま激しい疑問をぶつける助従教士様。


「さっき言った通りだよ。殿下の身を守るにはそれしかないだろうと思ったんだ。それに殿下が帯剣すれば、少しはその俊敏性とやらが落ちるだろう。そうすれば衛兵に見つかる可能性もおのずとあがる。殿下の家出症にもある程度の抑止力が期待できるでしょう?」


 柔和な笑みを浮かべながら、助従教士様に説明なされた。

 話を聞く限り、司祭様は僕の言葉を鵜呑みにするのではなく、司祭様の考えを元に認めてくださったみたいだ。


「猊下……!」

「ハルネス助従教。ここは彼の言い分の方が、筋が通っているよ。君の気持ちも分からなくはないけれど……やはり、殿殿というものがある」


 そう仰せになると、司祭様は赤面化で機能停止に近いサラを視界の中央に捉え――


「私は見てみたいよ。殿下が剣を携え、力強く民を導く姿を」


 と優しい笑みを溢した。


「もちろん、殿下の意を尊重して……ね?」


 そう言う司祭様の含みのある目線に反応してか、赤面のサラも通常運転に戻った。


 何とか再起動してくれたみたいだな。


「ローレア司祭はこのように言っておりますが……サラ皇女はどう思われますかな?」


 最後の司祭様の言葉をずっと沈黙を保ってきたシベリタ卿が拾い、サラに問いかけた。


 それを受けたサラ皇女殿下は正教会の助従教士様、司祭様、貴族院議長のシベリタ卿、鍛冶屋で幼なじみの僕と順々に見やる。


 そして――


「私は……この者が打った剣を持ってみたいです」


 静かに、それでいて強かに頷いてくださった。

 それを皮切りに、


「殿下がそう仰るのであれば、我々からは何も言いますまい。……じゃろう?」


 大柄な東の領主様が、


「はい。殿下のお望みがままに為されるがいいでしょうな」


 恰幅の良い西の領主様が、


「皇女殿下に危地を招来しない策であるというのなら、別段咎めることもないでしょう」


 知的な北方の領主様が、


「うむ。サラ皇女らしく在らせられるならば、それもまた正しい道じゃろうて」


 優し気な南の領主様が、


「元老院議会長政令大臣としても異議はありませぬ。殿下の御心のままに従う所存です」


 国政の重鎮筆頭が――


 それぞれの立場で、サラの帯剣について全く異を唱えなかった。


「教会司祭猊下、元老院政令大臣殿、それに四方領主殿の賛成も得られたようですが……ハルネス助従教士殿――如何ですかな?」


 事態を見ていたラフトル団長が、頑固な助従教士様へ採決擬きの総括と共に賛否を迫る。


「……私は認めぬ。しかし、猊下が賛成なら……致し方ない。勝手すきにせよ」


 なおも頑なで、しょげている感じがするが、正教会大高神官・ハルネス助従教士様は渋々と折れてくださった。


 ……若干押し切った感は否めないが。


 ――聖竜様にいただいた鱗はサラのために使いたい。


 当初の志を礎に――サラを誹る人が少しでも減ってほしい、サラの身を守る何かを贈りたい――そんな思いを胸に、サラが幸せになれるお守りとして、僕はこの剣を打った。


 これで貴族たちは、自分たちが低く見ているらしいサラを易々と軽視できなくなるはずだ。男の人より女の人のほうが低く見られがちなこの国で、皇女であるサラが剣を持てば、それなりの社会的な変革も促せるかもしれない。


 蔑ろにされる辛さは、身を以て知っているつもりだ。


 その点に関して、今の痛々し気なハルネス助従教士様には悪いことをしたなと思う。


「ありがとうハルネス。ごめんね」


 司祭様はそんな僕の気持ちを代弁するように意気消沈気味の助従教士様を宥めた。


「い、いえ! 滅相もございません!」


 助従教士様も司祭様に気を使わせないようにか、明るくなった。


「――では、直ぐに皇女殿下の帯剣の準備を」


 団長閣下が僕を捕縛しようとしていた衛兵の人達にそう下令し……、


「ありがとうございます!」


 僕は、寛大に認めてくださった方々に湧き上がる温かい気持ちで、感謝の声を紡いだ。


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