第40話 勝利の凱旋③【上】
あれから暫しの時間が経ち、晴れて城区の荘厳なるお城へと至った一行は、壮麗なる馬車を降り、栄えある式典会場に足を踏み入れたのだった――
そう……時間的に今頃はそうなるはずだった。
少なくとも僕の頭の中では。
しかし、一行は未だ城区どころか南大通りの中頃にいるのだ。
「……中々進まないね」
思わず僕はぼやく。
サラが来てから薄まっていた緊張は、この果てしないとも思える時間経過により、気が付けば何処かへ行ってしまっていた。
「今日は式典の日だからな。各地方から貴族や従者の騎士団が城を目指している。混むのも無理はないだろう」
もはやお尻に根っこが生えている感じさえする――僕のうんざりとしたぼやきに答えてくれるのは父さんだ。
そう、僕らの馬車の歩みを阻んでいるのは……渋滞。
栄えある式典のために、四方全領土の高位な貴族やそれらを御守りする現地の地方騎士団が同じく城区のお城を目指しているから――というこれ以上ないまでの理由だ。
前回の皇国議会に登院したのは近隣の貴族だけらしいのだが、今回は――
【一等から三等の貴族は須く皇城に参勤し、新たなる
つまり――冠・勲三位以上に叙せられた貴族は可能な限り全員出席すべし。
という皇統令を皇統儀礼院が出したため、こんなに大渋滞になっているらしい。
とは言っても、全員が全員三等貴族以上というわけではなくて、上位貴族の代わりに参勤している下位の貴族もいるらしい。
よく知らないけど、何とも難しい世界だというのは分かった。
騎士団などで、こういう客車のある馬車に乗り、慣れているだろう父さんやベルさんは良いのかもしれないが、僕はただ退屈だ。
ああ、風と緑が恋しい……でもそれ以上に――
「何もないといいんだけどな」
父さんは鋭い目で窓の外を見る。
「うん」
僕もそれに頷く。
退屈なせいもあるかもしれないけど……何となく胸騒ぎがする。
天気も晴れているのにな……気分が優れない。
こういう馬車には乗り慣れていないから、もしかして酔ったのかな……。
「先輩もユウトくんも気にしすぎですよ」
ベルさんに、諫められてしまう僕と父さんは、顔を見合わせて軽く頷く。
気にしたところで仕方ない。馬車の中には、近衛騎士の師匠ベルさんや、かつて救国の英雄と謳われた父さんがいるんだ。サラの身に何か事が及ぶようなことはないだろう。
万が一、父さんやベルさんがいなくても……僕がいる。
いま、僕にだってやれることは――
――あることには、あるんだから。
そう思いながら、僕は脇に置いた細長い袋に人知れず目をやっていると、
「あ、そうそう。この際だから、ユウとセドに訊いておきたいことがあったの」
父さんの対面、僕の斜め前に座るサラが、明るい声で突然口を開いた。
自然と皆の意識がサラに集中する。
「剣覧会、最後のあれは何? ユウの盾をギルフィードの剣が貫いてたけど……きっと、あなた達の仕掛けなんでしょ?」
サラの言葉は、やや好奇心を孕んだものだった。
聞きたいことはどうやら剣覧会本戦第二演武のことらしい。
剣覧会は本戦第二演武の結果を以て終了した。
その後、第三演武も僕から提案したのだが、剣を真っ二つに斬られたショックからか……そのとき対戦していなかったドワーフの棄権によって無くなってしまったのだ。
「さすが姫様ですね。まあ、その様なものです」
「父さんの発案……というか実戦で使っていた技なんだって」
名目上親衛隊直下と謳われた剣覧会。
その親衛隊を従える皇女殿下の御下問に鍛冶屋の親子二人は素直に答える。
まあ、あの戦いを見てサラが疑問に思うのも無理はない。
僕も父さんの話を聞いて驚いたから。
「敵の武具をあえて盾で貫通させ、敵の行動を抑制、その後に補足し、隙ができたところへ剣を突き入れる」
父さんは端的に説明した。
そして、その鍛冶の師匠曰く――
「あの隊員のように盾で剣を貫通させて敵の武具を固定し、そのまま盾ごと押し迫ることもできますし、そのまま武具を掠め取ってしまい盾ごと捨ててしまえば敵は攻撃する手段がなくなります」
……とのことだ。
正直、意味が分からない。
僕も盾を作るため、父さんに話を訊いたとき同じ話をされて戸惑ったものだ。
あえて盾に厚みが薄い箇所を作る――なんて。
まるで盾の意味を成していない。まさに捨て身といえる戦術だ。
仮にそれが戦術として有効だとしても、そんな芸当ができるのは――
「先輩くらいですよ? そんな戦い方をするのは。それをまさか親衛隊の武具にも反映させるなんて……ふふ」
ベルさんが僕の思いを代弁してくださった。
あんなことができるのは、父さんくらいのものだと思っていたのに……。
凄いな、あのときの親衛隊の隊員さんは……確かルークさん、だったよね。
いつかお礼を言わないと。
「他にも、父さんの提案で鎧にも少し細工をしてて、薬草や軟膏を収納できる小手を作ったり、あると便利だって言うから、小さいナイフとか小瓶とかを入れられる腰当てもつけたりしたんだよ」
これも父さんの知恵、というか実地で思っていたことらしい。
小手の内部には即効性の回復薬を入れられる空間を作っている。
あまり使って欲しくはないけれど……。
ナイフや小瓶は腰当ての内部に金具があり、革の留め具によって保持できるようになっている。
誂えた瓶はガラス製ながら、鉄の籠で覆い割れにくいようにしており、ナイフは取り回しと石などの物を砕くための硬い柄頭を備え、切れ味の良い短めの刃をしてある。
植物だったり、鉱物だったり、色々な物を採取する任務に就いたことがあるみたいで、剣よりも取り回しのしやすいナイフが良いらしく、父さんの案でつけることになった。
一応、杖があったほうが術の構築がしやすいだろうとして、小瓶やナイフと似たような感じで剣の鞘に備えつけてある。
実際、剣覧会で使うことはなかったけど。納品するものにはちゃんと付いているのだ。
ちなみに、装飾や拵えだけはどうにかしてほしいと審査員の方々から言われたので、その辺のことは造詣が深いギルフィードの人達に頭を下げた。
すると「同じ鍛冶士の誼だ」と言ってくださったギルド長の粋すぎる計らいで、ほぼ二つ返事で了承していただけた。
城下町一の工業ギルドと言われるだけあって、ギルフィードのギルド本部……工房にはたくさん飛竜の鱗の在庫があったみたいで、材料に事欠かなかったのも大きかったなぁ。
剣覧会の三日後に任命式だなんて……と思っていたところにギルフィードが力を貸してくれたのは本当に助かった。
ドワーフの方々は、得意だという神聖法理術で僕たち鍛冶士の疲労回復や、装飾が出来上がった武具の運搬を手伝って下さった。
頼んでもいなかったのに……優しい人達だ。
ありがたい。
そのため、僕と父さんが作った武具は、無骨だった原型を残しながらも近衛騎士団風の装飾で仕上がっている。
本家に比べれば控えめで、こっちにはサラの皇女紋があしらわれているけど。
「そう。ユウの武具に何か不備があったわけじゃなかったのね」
サラは僕たちの話を聞いて、文字通りほっと胸を撫で下ろす。
「心配してくれてたの?」
「当たり前でしょ? 負けたかもって思ったんだから……」
眉尻を下げたサラは胸に手を当てたまま、僕を見る。
サラの蒼いそれ――いつもは爛々とした物怖じしない勝気な目が、彼女らしくない健気さを帯び、しおらしくも僕を見据えていた。
まるで矢に貫かれたような衝撃を覚え、思わず目を反らしてしまう。
何とか「ご、ごめん」とだけ返すのがやっとだった。
サラがたまに見せる――月を映した美しい湖や、太陽を座した蒼き空のような澄んだ瞳に、どうすればいいのか分からなかったのだけど……今のは、間違いなく過去最大の効力を持っていた。
もしかして、僕が浮かれている……からだろうか?
一生懸命逡巡している僕のことなど知ってか知らずか「いいのよ」と応えてくれたサラは、正面の父さんの方を向いた。
「そういえばセド。伯父様との久々の会談と――皇国議会はどうだったの?」
「こ、こうこッ……ど、どうしてそれを――」
得体の知れない含みを孕んだ笑みを浮かべるサラの問いは、空気を一変させた。
父さんは風見鶏の元となった鳥のような声を出して驚いている。
皇国議会……?
……思い起こせば、ベルさんがノーリタ卿の書面を持ってきたとき、皇国議会でどうのとか言っていたような気も……?
て、ことは父さんって皇国議会に出てたってこと!?
あのときは色々それどころじゃなかったけど、今更ながら気づいてしまった!
「あのとき、伯父様が言っていた用事は皇国議会のこと。互いに用事が済み次第、なんて伯父様は言っていたけれど、伯父様の性格からして、どうせセドも巻き込んだと思ったのよ。で、その後に会談をしたんでしょ? ……待ち合わせした時間に遅れていたし。あの発表の後に『伯父様と考えた策がある』と言ってもいた」
サラは、腕組をして唇に人差し指を当てる――いつもの考える癖しながら、前の父さんに負けず劣らずの長セリフを放った。
「だとすると、皇国議会とその会談の議題も自ずと分かるわ」
そう言うと、唇から指を離し――
「――剣覧会と私の婚姻について、そうでしょ?」
そのまま指を父さんに向けた。
懐かしいハツラツな悪戯っ娘の笑みを浮かべて。
「さすが、姫様ですね……ええ、その通りです」
父さんは観念したように頷いて、サラの推理を肯定した。
「シベリタ卿に皇国議事堂に引っ張られたときはどうなるかと思いましたが、僭越ながらシベリタ卿の護衛という形で面を被り出席致しました」
「はあ……やっぱりね。だとすると、セドあなたでしょ。皇国議会で剣覧会の開催とその副賞を提案したのは」
サラの言葉に、ベルさんは大仰な仕草でやれやれと肩を竦める。
ベルさんの反応を見た父さんは、何かを決意したように頷いた。
「……本当は墓場まで持っていくつもりだったのですが……ここまで見破られてしまっては隠し通すというのも不作法でしょうな」
恥ずかしそうにそう言いながら、父さんは式典のために整えていた後ろ頭を掻く。
そして、いつもよりも真面目な顔をすると、髭を剃った口を開いた。
「姫様の言う通りです。かねてより姫様の婚姻の話はシベリタ卿より聞き及んでおりましたので、事前にシベリタ卿と共同企画し、貴族院議長の発案という形で、剣覧会開催の旨を纏めた原案を皇国議会に提出致しました」
淡々と述べる父さんのこれは、いわゆる詳報。
だけどその内容は驚愕すべきで、僕には信じがたいものだ。
父さんが言っているんだから、本当のことなんだろうけど……。
「なるほどね。そして、表面上の理由は、お父……皇王陛下が仰られた通り、地方の振興なのね」
「左様です。ですが、無論、地方の振興という側面もあったのは事実ですから、何も表面上だけ、ということではなかったのですよ……? ただ少しだけ議題の方向性に干渉しただけといいますか……」
まだ何処かついていけない僕を前に、サラと父さんの話は続く。
父さんは何やらバツが悪そうな感じだけど……。
話を聞く限り、地方振興の大義名分を利用して剣覧会の開催を企画し、議会の決定を促した、みたいな感じなのかな。確かに、これはあまり良くはないのかもしれない。
「しかし……皇国議会ではカルラ――ノーリタ卿の案によって姫様の婚姻を剣覧会と同時発表するという運びになり……事実、皇王陛下より発表されました」
「はあ……やっぱり城下町で発表したのはアイツの発案なのね。私の婚姻は前の特例皇国議会で可決されていたし、いつかは民の前で発表されるとは思っていたけど……」
溜息を吐くサラはほんの少し眉毛を上げて顎に手を当てる。
「はい。そこで剣覧会の開催を活用し、私が剣覧会で優勝を果たせばそれで済む話かと思っていたのですが……カルラに禁じられてしまいましたからな……」
う、これは、紛れもなく僕のせいだ。
「……ごめんなさい。そんなこととは知らなかったから……」
堪らず僕は、やや弱気になっている父さんに向かって頭を下げる。
どうやら父さんは僕の知らないところ……裏で色々と動いてくれていたのに、当の息子で、何よりもサラの幼なじみである僕が、それを台無しにしてしまったのだ。
それに、その後の生活のことだって……うう。
思い出せば出すほど自責の念に苛まれる。
「気にするな。もう済んだことだろ?」
父さんは渋く優しい声色で僕を包むと、ワシワシと僕の頭を撫でてくれる。
「うん」
温かいその大きな手に、深いどろ沼に嵌っていた僕の心は、何とか陸地へと這い出れた。
「――そうだ。話を聞いてて気になったことが二つあるんだけど……訊いても、いい?」
「ああ、いいぞ」
父さんは快く頷いてくれた。
よし!
「その、ノーリタ卿ってどんな人なのかな? なんだか悪い噂を聞くんだけど……少し気になって……」
上向きになった気持ちに勢いを借りて、……ずっと前から気になっていたノーリタ卿のことを訊く。
さっきのサラと父さんの話でも、何やら良からぬ気配がするし……。
何より、僕自身がまいた種とも言える張本人だ。
敵か味方かまでは分からないけれど、知っておかなくちゃいけない……と、思う。
父さんは僕の問いに少し驚いた顔をすると、
「カルラは俺の親友――騎士学院で共に剣を競った仲だ」
やや沈痛な面持ちで、過去のことを語り始めた。
……騎士学院。サラが言っていた城区にあるという聖レべリタ騎士学院のことだろうか。
学院っていうのは確か、勉強をする施設や機構のことを言うらしいから……。
……父さんは生徒ってことになるのかな。
「あいつは剣が上手くてな。俺が苦手な神聖術も巧みに操っていた」
父さんは、懐かしそうに手を絡ませ、膝に肘をつきながら、順を追ってノーリタ卿のことを話してくれる。
「だが何処か人を避けていたようなきらいがあったのも事実でな。だからか、同期の級友たちもカルラの傍に好んでいることは少なかったように思う」
「セド、さっきからすごく気になるんだけど……そのカルラって呼び方は愛称なの?」
サラが突然口を挟んだ。
ふむふむと聞き入っていた僕は、当然と思っていたから気づかなかったが、サラからすれば尤もな問いだ。
「え、ええ。そのようなものかもしれません。カルラと初めて会った際に、本人からそう呼べと言われました。その後も深く追及はしませんでしたが……自分は高貴な家柄であるとは言っておりましたな」
父さんはサラの問いにそう応えた。
それを訊いたサラは「……そう」と応えて、腕を組んで顎に指を添えた。
「確かに大貴族は真名をむやみやたらに口にすることはしない。それに騎士学院は公平を期すため、身分はともかく、家名を原則として伏せる
さすがサラだ。騎士学院についても詳しいらしい。
皇女であるサラの言う通りなら、ノーリタ卿が父さんに真名や家名を教えていなくても、何ら不思議はない――てことだよね。
「私は外交の関係でノーリタ卿と話すことがあるのだけど、何を考えているのか読めないのよね。婚姻の法案を提案したときも。行列進行を止めてしまったときも。ベルが教えてくれた幽閉の嫌疑についても――何を目的にしているのか分からなかった……」
顎に当てた手を、そのまま上に――唇に当てて俯くサラ。
かなり深く集中して、考え始めている証拠だろうな。
「私はアイツを親友と思っています。しかし、姫様の仰る通り胸に何を秘めているのか、何を信条としているのか。私にも分からないところがありました」
父さんもサラの見解に同意して、過去の語らいを続ける。
「何やら人助けをするのは好きな性分らしく、共に強盗や獣に襲われる人たちを助けたこともありました。今思えば、それがアイツと私を繋ぐきっかけとなりましたな」
ふむふむ。父さん曰く、ノーリタ卿は人助けが好きらしい。
何だか、さっきの話と符号しないような気もするなぁ。
「しかし、私の親友と言っておきながら情けないことに……アイツが何のために剣を振るっているのか――剣士としての矜恃を為す深層、それすらも知ることはなく……私にも剣技高く志明るい、何かと謎多き剣士……というくらいしか分かりません」
確かな悔恨の滲む声色で、淡々と説明してくれる父さん。
そこまで言い切ると、父さんは顔を俯かせて……、
「俺にとっては親友でも、アイツにとっての俺はそうではなかったのやもしれませんな」
と、自身が望まない所見を、哀し気な調子で皆に話した。
それによって、否応なく客車内は暗い空気で満たされる。
「ですが――」
だけど、すぐにそんな雰囲気を薙ぎ払う――
「――アイツは良い剣士です。たとえ悪い噂があろうともアイツの剣に濁りはない。剣を競った旧知の仲、共に戦場を駆けた戦友としてもお約束致します」
いつもの強い父さんらしい、凛々しい笑顔で断言した。
父さんは信じているんだな。
ノーリタ卿のことを。
親友のカルラさんを。
「そう。セドがそう言うなら信じてみましょうか。――ね、ベル?」
サラは父さんの言葉を聞いて長い瞬きをすると、微笑みながらベルさんに話を振る。
ふたりの間にあるのは、行方知れずだというベルさんの妹の件もあるからな。
対するベルさんは、向けられたサラの微笑みと、凛々しくも少し不安げな父さんの顔を順に見る。
そして、目を閉じ、得にも言えない静寂を纏った。
その数舜の沈黙の後――
――ベルさんはサラと父さんに向かって、静かに頷いた。
「そうですね。正直まだ気がかりではありますが、私も剣覧会の手続きや、慎重を期すべしという先輩の助言もあって、細かい調査まではできていません。従って、ノーリタ卿については詳しい調査の後、しっかり見据えようと思います」
考えを纏めて今後の方針まで説明したベルさん。
元上官らしい父さんは、紛れもない安堵の表情を見せた。
よかった……前みたいな剣呑とした雰囲気になるかと少し思ったけど、何とか折り合いがついたみたいだ。
……問題は、全く改善の兆しを見せていないけれど……僕も何かの力になりたい。
「ユウ、二つ気になることがあるって言っていたな。二つ目の話をしてくれるか?」
安心した父さんは、揚々と僕に話を促す。
「あ、うん……今更だと思うんだけどさ……剣覧会のルールって父さんが決めたの?」
僕の疑問の二つ目、それは剣覧会のルールだ。
父さんは『剣覧会開催の旨を纏めた原案を皇国議会に提出した』と言っていた。
だとすると、その原案にルール、審査員に関する規定があってもおかしくない。
そして、その規定は、剣覧会の在り方を決めてしまう重要なものだと思う。
「いや、そこは皇国議会の方々に決めていただいたよ。そもそも俺も出るつもりだったんだからな」
「どうして? ルールも決めちゃえば有利になれたのかもしれないのに」
自然に出てきた僕のその問いに、父さんは突飛なく少し笑う。
そして、僕の方を向くと――
「だって、それじゃ公平にならないだろ?」
窓から射す陽の光を背に、迷いなくそう言った。
「そっか。……父さんはやっぱりカッコいいね」
再び生まれ出てきた僕の思いを純粋に言葉に出すと、自然に笑みがこぼれた。
「だろう?」
などと言いながら父さんは、僕の頭をさっきよりも乱暴に撫で回す。
たまに変なところがあるけど、父さんはやはり、父さんだ。
「相変わらずですね。先輩は」
「そうね。さすが、救国の英雄様だわ」
僕たち親子の様子を見ていたベルさんとサラが微笑みを湛えている。
うう、恥ずかしい。
頬の辺りが熱くなる。
しかし――
「英雄か……いいや、そんな高尚なものじゃないんです。私は」
父さんは、語気が沈んでいる。
サラの言った『英雄』という言葉が、引っかかっているらしい。
「本当は……私はこの国で一番の鍛治職人になりたかったんです」
「鍛治職人?」
唐突な父さんの告白に、サラが純粋な眼差しで問うた。
それを皮切りに、今度は自らの過去を父さんは語り始める。
僕もあまり知らない、セドリック・クロスフォードの――
かつて『救国の英雄』と呼ばれたらしい……男の過去を。
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