第39話 剣闘会と盛者必衰

 長閑な昼下がりの城下町。


 本来ならもう終わっているだろう大催事はなぜか継続されている。


「親衛隊選抜者、もう準備は済んだか?」


「「「はッ!」」」


 仕切り直し、再度準備が整えられた剣覧会本戦。


 審査のときと同じ並びで剣闘場を見やすくするため、舞台に配置し直された椅子に腰掛けるシベリタ卿が剣闘場前に並ぶ親衛隊々員三名に訊ねる。


 隊員は各々の鍛冶屋の武具を携え、直立敬礼。


 皆やる気マンマンだ。


 僕はその様子を舞台のすぐ下で見守る。


「では、早速始めよう。ドワーフの武具を着けた者とギルフィードの武具を着けた者は、剣闘場に上がり位置につけ」


 勝敗を決める審判を担う団長が剣闘場の側に立ち、隊員に指示する。

 若干それに嫌そうな顔をした隊員、そのうち二名が指示通り剣闘場に上がった。


「皇女親衛隊直下剣覧会皇都本戦実技演武――立ち合い始め!」


 号令と共に、鐘が鳴る。


 両者抜剣し、鈍色に光る刃が民衆の前に輝いた。


 ――!


 ドワーフの剣が……淡い光を放ち輝いている。


 青白い光だ……太陽の光が反射してるんじゃない。


 剣身自体が光っているのだ。


 瞬間、沸き上がる歓声。


 剣覧会第二の本戦が始まった。 



 栄えある第一戦目はドワーフ対ギルフィード。



 開戦の合図からドワーフの隊員とギルフィードの隊員が打ち合う。


 するとドワーフの剣が光を強めた。


 そのまま互いに刃を滑らすと、すぐさまもう一撃を打ち合った。


 ドワーフの剣が振るわれる度に光芒が引く。


 見た感じ実力はほぼ互角だ。


「く……!」


 距離を取りギルフィードの隊員が呻く。


 僅かにギルフィードの剣が刃こぼれしているような気がする。


 しかし、ドワーフの剣は無傷だろう。光っていて分かりにくいがそう見える。


 ……強いな。


「長くは持たないかもですね……」


 ドワーフの隊員は舌打ちをするように呟きギルフィードの隊員とまた打ち合う。


 現在の形勢と反しているようなその言葉が、何を示しているのかは正確には分からないが、剣戟を交わすごとに脈動している神秘的な光、宙に描かれる光芒が少し弱くなった。


 不思議に思って剣身を細かく見てみると色合いの異なる層のようなものが見える。


 どうやら、鎧や盾も同じ構造をしているみたいだ。


 光っているのはおそらく、本来相性が悪いはずの強い特殊金属同士を神聖術か何かで無理やり合成し強靭な刃にしているからだろうか。


「――今だ!」


 隙を突いて、ドワーフの人が鞘に剣を収めて盾で防御に徹している。


 二、三回迫り来る剣戟を盾で見事防ぎつつ――


「せあ!」


 間髪入れずに抜き放ち、盾でギルフィードの剣を弾き返し開いた隙間に剣を突き入れるが――寸前のところで避けられ鎧に剣先を掠める。


 その剣はさっきまでの輝きを取り戻し、青白く瞬く。


 なるほど、鞘に収めると回復するんだ。鞘に何らかの神聖術が施されていて鞘に収められると反発している金属同士を再び結びつけているんだろう。


 しかし、一度抜いて鞘に戻せなければ戦いが長引けば長引くほど脆く切れない刃になってしまう。


 一撃必殺の無敵の刃となるはずの予定が、相手が一流の職人仕立てであるギルフィードの剣では刃こぼれさせるのがやっとだったのかもしれない。


 ドワーフはどちらかというと家具や暮らしの道具を作るのが専門だろうし、武具もドワーフに合わせた武具しか作ったことがないはずだしね。


 それでも、ここまで残ったということは並みの鍛冶職人よりは上だ。


 そんな作った人について想いを巡らせている間、対峙する二人が何度か打ち合い態勢を立て直し、お互い切り結んでいる。演武、という通りなるべく剣同士が触れるような戦い方をしているらしい。


 体への直接的な攻撃は控えているように見える。


「はあああああ!」


 そして、ギルフィードの隊員がドワーフの隊員の死角に入り、剣を突き入れようと振りかぶった。


「――!」


 気づいたドワーフの隊員が剣で受けようと閂のように剣を構えるが――突然ドワーフの剣から青白い光が消失し、特製のドワーフの鞘が瞬くように何度も発光する。


 そしてギルフィードの剣にドワーフの剣が触れると……


 すこん、と切れてしまった。


 斬られた半分の剣身が剣闘場の床に落ち、金属音が広場に響く。


 それに両者の闘気が止み――


「あちゃ……武器使用不能になりました」


 とドワーフの隊員が審判の団長に告げる。


 ここから……というときにエネルギー切れで能力を喪失したっぽいな。



 ――勝負あり。



 号令の鐘が鳴らされると同時に剣を収め、互いに一礼と握手を交わすと両者は親衛隊の隊員のいる場所に控えた。



   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 

 健闘を称える歓声の中、入れ替わるように弱々しい青年が剣闘場に上がった。


 それから数秒遅れて、本戦出場者が予備に作っていたもう一振りの新品の剣に変えたギルフィードの隊員は、如何にも尊大な態度でその青年と対峙するように剣闘会の上に立つ。


 「両者、用意は良いか?」という審判の近衛騎士団々長に敬礼を返すや否や――



 ――第二演武、始め!



 例の号令と共に開戦を知らせる鐘が鳴った。


 開始早々――背の高い隊員はギルフィードの武具を扱い、僕の武具を扱っている青年隊員に切りかかる。


 ひ弱な腕で支えられた剣でそれを防ぐと鍔迫り合いになった。


「ひ弱なお前がそれを選ぶなんてな。笑えるぜ……そんな重い剣で何ができる!」

「くッ!」


 ギルフィードの隊員が力任せに押し切り、青年隊員の体勢を崩させる。


「ただでさえお前は弱いくせに、その上重い剣まで使っていたら手も足も出ねえよ、な!」


 蔑むように語気荒く言い放つ。


 防御に徹するしかない僕の剣を使う隊員は肘鉄を腹に食らった。 


「がはっ!」


 ギルフィードの鎧には肘当ての部分が鋭利に作られてる。

 それはこの攻撃を見舞うためのものか……。


「へ、候補護衛隊のときから思ってたんだが、何でお前なんかが親衛隊なんかになれたんだろうな……」


 痛みに腹を摩る隊員。


 思わず身を乗り出す。


 僕の作った鎧は軽装で装甲が薄めだったから……。


 ――くそ!


 それにしても……この妙な実力差。親衛隊内でもかなりの差がありそうだな。


 ニヤニヤとこの立ち合いを見ているガルエンスを見る限り……ノーリタ卿の仕業か?


 この因縁に無関係な隊員さんを巻き込んでしまった……申し訳ない。


「……くそ」


「全く、こんな茶番時間の無駄でしかない。だが、お前への教育には絶好のチャンスだな」


「皇女親衛隊、皇女殿下の護衛騎士たる矜持をお前に教えてやる」


 そう言って、ギルフィードの隊員は剣を天高く掲げて上段に構える。


「……やれるなら、やってみろ」


 対してこっちは体の正中線に添えるように真っ直ぐ構えた。基本に準じた常套の構えだ。


 相手を見据えるその双眸そうぼうはとても鋭い。


「チ、口の利き方には気をつけろよ……? ――田舎者!!」


 挑発に昂った隊員は怒号と共に剣を大きく振り、寸止めが原則のはずの頭部への斬撃を見舞う。


 軽やかなギルフィードの剣だからこそ、ソレができると踏んだのかそれとも……殺すつもりなのか――


 とにかく、僕の武具を纏う隊員は防御基本の型である体の正面に閂のように剣を構えた。


 その殺人的斬撃を受け流しすぐさま攻撃に転じる――







 キンッ! と甲高い音が会場一帯に響く。







 その鋭く冷たい調べに会場は盛り上がり――







「嘘……だろ……?」





 狼狽える隊員。





「重い剣で何ができる――これがその答えだよ」





 静かに淡々と言い放つ隊員。


 対する目を驚愕の色に染めた隊員は自らの剣をただ見ている。


 追撃するには絶好のチャンスだというのに――呆然と目の前の非常事態に頭がパンクしているらしい。


 それは……それを見ていた観客も同じで皆呆気に取られている。


 近衛騎士団々長と僕の父さんを除いて。







 ――ギルフィードの剣に、僕の剣が深く食い込んでいた。

 そのあり得ない現象が起こっているからだろうか。








 ――ギルフィードの剣。

 それはこの国に於いて剣のいただきにある天下の一品。


 さっきのドワーフのときのように、刃こぼれこそするこそすれ、折れる、曲がる、変形する、その他多くの想定される戦闘痕が残らない。


 きちんと扱い、手入れをすれば傷をつけることすら難しいとされる高価な武具の一つである。


 世間ではどうだか分からないが鍛冶屋では常識だ。


 ――鉄は打たねばただの屑鉄、されど打てれば不滅の刃。


 鍛冶屋で有名なこの格言も、ギルフィードの始祖が残したともいわれている。


 だからこそ、この剣覧会も税金の無駄、茶番などと揶揄されていたわけだ。


 いずれにせよ、ギルフィードが勝つ――そう思われていたから。




 そのギルフィードのこしらえた剣が、子供が打った剣に敗れた。




 その事実が、現下大衆をざわつかせている。


 ――僕が打ったこの武具たちは、実戦を想定して上質金属系素材として飛竜の鱗を精錬し使用している。


 しかし、それはギルフィードのように軽くするためではない。硬度を見込み、そして他の鉱物と混ぜやすい性質を利用して普通の剣より重めにするためだ。


 一般的に剣は軽い方がいいと考えられている。


 その方が扱いやすいからだ。


 確かに一般的な剣士や、旅人にとってはその方がいいのかもしれない。


 でも、親衛隊はそうではない。


 彼らはほまれ高く、騎士としての矜恃と技術がある。


 父さんは言っていた。


 剣士にとって、剣は魂だと。


 なら……命を懸けるその剣が、自身と同然な剣が軽かったなら――志、魂が揺らぐ。


 その揺らぎはいつか必ず身を滅ぼす。


 鋭い切れ味よりも命を懸けられるだけの、重みというものが剣には必要なんだ。


 それに、彼らは選抜された強靭な騎士だ。


 ならばちょっと重いくらいが攻撃力も上がり己の技術で補助できるはず。

 

 だから、父さんが買ってきた鉱石と混ぜて適切な濃度で完成させた鋼から生まれた――守るための矛と盾だ。


 特に、最後の焼き入れにはベルさんが持ってきてくれた大精霊の泉――その水を使って清め、僕の銘を打った。



 つまり……父さんと練り上げた最強の武具。



 この武具たちで、領主館で行われた模擬戦闘の予選を勝ち抜いたんだから!


「グレン、今度はこっちの番だね。じゃ――行くよ」

「うっ!」


 形成逆転せしめんと僕の剣を携える青年隊員は身のこなし軽やかに食い込んだ剣を滑らせ、右から薙ぎを放つ。


 グレンと呼ばれた隊員は急いで食い込み傷、というか三分の一ほど切れてるギルフィードの剣を守るように盾で受け、せめぎ合う。


「まぐれでいい気になるなよ。ルーク」

「そうだね。実をいうとあれはまぐれだから」


 青年隊員――ルークさんは虚勢を張るように威嚇する隊員にそう返した。


 これは、剣を打った僕が言うのもあれだけど、事実だと思う。

 今回、ギルフィードの剣は飛竜の鱗を用いて硬度を上げ、軽量化させていた。


 対して僕の剣は並、それより少し重い剣として打った。


 おそらく軽量化するときに均一となるべき剣の厚さに粗ができて、そこに精確に当たるようルークさんは受け、上手く綺麗に斬り込んだ。


 たぶん、見た感じそうだと思う。


「ふ、気に入らねえ奴だな。お前は」

「こちらこそだよ」


 相変わらずの憎まれ口を叩き合う両者はそれを分かっているようだ。

 さすが、親衛隊に選ばれた隊員だ。


 だがさっきの巻き返し劇とこのせめぎ合いで観客の盛り上がり度は最高潮に達している。


 まるで平時毎年恒例の武闘大会である剣闘会のような盛り上がりだ。


「ここらで決着といこうか。観客が盛り上がりすぎると面倒だしな」

「はは、それには同感だね」


 ふたりして笑い合う。


 さっきまでの剣呑とした隠見さはどこに行ったのだろう。


 本当は仲が良い……のかも。


 ふたりして構え合い、グレン隊員が小さな石、例の鏑石のダイスを取り出した。


 それを見たルーク隊員はやれやれと頭を掻き仕方なさそうな顔で笑って頷いた。


「サラ皇女親衛隊、皇女直属護衛騎士グレンが命じる――己の心・技・体を以て汝の信ずる誇りを現下大衆に示せ」


「止めたってどうせ無駄だろうから……受諾する」


「お前、いつもこれで俺に勝ったことなかったよな?」

「今日は勝つよ。今回こそはいける気がするからね」

「へ、言ってろ」


 皮肉口調は相変わらずのギルフィードの隊員――グレン隊員は鏑石を放った。


 ベルさんとの決闘のとき、いやそれより少し高めの上げられたそれは、飾り羽を太陽の光に照らされて昼間だというのに星のように煌めく。





 天に輝く星になったそれが悠久刹那と地に落ちたとき、戦いの狼煙が上がる。






 ゆっくり、ゆっくり、逸る気持ちを弄ぶようにそれは落ちる。





 悠々と、それは、地を目指す。


 

 


 何かの運命に導かれるように。

 








 ついに、それは――地に帰った――









 剣戟の音。鋭い金属音と共に――











「勝者、ルーク!!」



 








 審判の鐘は潔く鳴る。


 宿命の定めに抗うように、盛者必衰と成り上がった。


 踏まれた小石は導く星へと。


 神降歴しんこうれき――九三五年、五月十三日のことだった。

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