第37話 看板娘と公平なる助言

「はあ、はあ……。恐れながら、まだ決断を下すには時期尚早かと存じますっ!」


 民衆の間を割って一番前まで来たからか、肩を上下に揺らし息を切らしているミヤさんは大きな声で訴えかける。


「ほう?」


 面白そうにミヤさんを見て微笑むのはハイリタ正教会の司祭様だ。


 しかし、その後ろに控えている聖職者の服を纏った男が憤慨している。


「き、貴様! 皇女殿下の言を妨げるとは何たる不届き者! 衛兵、直ちに捕らえよ!」


 かなりご立腹らしく、衛兵に捕縛の命令を出した。


 不味い! これじゃミヤさんが!


「待ちなさい。ハルネス助従教じょじゅうきょう。少し聞いてみようじゃないか」


 手をあげて聖職者――ハルネスさんを制する。


「猊下! 何を仰いますか! 一平民が王族の言を遮り、あまつさえ殿下の意を否認するが如き物言いをしたのですぞ! これを許しては皇国たるその沽券に――」

「落ち着きくだされ、ハルネス助従教士じょじゅうきょうし殿。民の前ですよ」


 またも激高し、今度は司祭様が座る椅子の前まで出てきたハルネスさんを今度は団長さんが止める。


 ただならぬ雰囲気になってきたな……。先が読めないぞ。


「……じゃあ、少し話を整理しようか。ハルネス――君はサラ殿下の意にそぐわないから、あの少女の言動やその進言が問題である。そう言ったと理解してもいいかな?」


 この混沌とした状況を復旧しようとしているのか何やら司祭様がハルネスさんが訊ねる。


「え、ええ! その通りです! ――皇王は民のため、政治を取り仕切り、民は全てに、貴族は王族に、王族は世界の理に傅く……箇条憲法にもそう定められているのです!」

「そうだね。そこには道理を阻むものはない。ハルネス。……その言葉に二言は無いね?」

「もちろんです!」


 鼻を鳴らすハルネスさん。何か裏がありのせられているような気がする。


 ハルネスさんの回答に意味ありげに笑みを浮かべた司祭様はサラの方に向いた。


「ハルネスはこう申しておりますが……サラ殿下。あなたはどう思いますか?」

「私は……」

「殿下は……あの少女の言葉に、何か神妙な眼差しを向けていらっしゃいました。何か思うところがあったのでは?」


 真摯、それでいて優しい目つき。そしてゆったりとした口調でサラに語りかける司祭様。


 その言葉にサラは頷いた。


「……はい。私は、まだ選定するに足る要項を経ていない気がしてなりません」


 サラの唐突な本心の吐露。


 これには審査員のみならず民衆にまで波紋が広がった。


 皇国議会を経ず王族が公の場で意のままの言葉を溢すことはなかったからだ。


 そしてそのサラの言葉は続く。


「鍛冶士の選定は皇国の未来を決める重大な産業改革政策。間違うわけにはいきません。……しかし、あなた方を信頼していないわけではありませんが、この審査には決定的な何かが欠落している――そう思えて仕方ないのです」


 サラの言わんとしていることが、何となく分かった。


 おそらく、この剣覧会は公平性を欠いている――


 元老院の議会長政令大臣の評価は、如何にも身内びいきな気がする。


 従者で政令大臣の指名権がある衆老院議長は先代ギルフィードのギルド長。復興の折、城下町に於いて尽力したことで選挙に出馬し当選したことで知られる。


 確かサラが言うには――元老院は皇王陛下に上奏じょうそうし、実態として各騎士団や領主に指示を出せる権限を持つ。


 その可否を問うため元老院の下に衆老院と貴族院が付き、皇王陛下の諮問機関として枢密院が存在する。


 ちなみに、こういった政治形態になったのは時の皇王が強権を振るい【双子の王族】を追放してしまったことに由来するらしい。


 つまり、政令大臣がギルフィードを評価したのは身内の顔を立てるためではないか?


 という疑惑が出る。


 他にも東方と西方の領主たちはドワーフに借りを作って金儲け、或いは工業の発展の種にしようとしている節がある。


 見た感じ親衛隊のことはあまり考えてなさそうだ。


 ノーリタ卿はもう選択肢として僕を最初から除外しているだろう。


 貴族不敬罪の件もあるが、それ以前に審査のときも僕がここにいることを快くは思ってなさそうだった。


 ……ないとは思うが、僕を評価してくださったシベリタ卿も父さんやベルさんとの関係で身内びいきのような結果に見えてしまう。


 何故か分からないけど、僕を評価してくれた近衛騎士団の団長についても同じだ。


 父さんは元近衛騎士団剣士長。そして、その剣士長セドリックを王族の剣術指南役に推薦するほど父さんを見込んでいるのだ。ラフトルさんは。


 僕を知っているかは分からないけど……僕を評価して、あわよくば父さんを現役復帰させ近衛騎士団に引き込む算段かもしれない。


 疑えば疑うほど、この剣覧会は影で欲が渦巻いているような気がする。


 僕はそう感じる。サラも同じようなことを考えているのかもしれない。


「なっ! 殿下、何を仰いますか! それは如何なる心意があっての――」

「その御心、しかと心得ました!」


 会場一帯に響くほどの大声でラフトルさんはハルネスさんの言葉を遮った。


「潔く活発な皇女殿下の御心に反することは此処にいる臣民も、審査員諸君も畏れ多いことだろう。斯くいう私も同意見だ。……よって、我が総騎士団長の全権限に於いて、正当厳粛なる我ら七人の審査員から新たに選定要項の意見を取りたい」

「お待ちください。閣下」


 サラと親衛隊のことを鑑みた団長の提案に待ったをかけたのは――


「何かな。ノーリタ卿殿」


 北方の領主、ノーリタ卿だった。


「先の特例皇国議会で優勝者は審査員の進言を基に皇女殿下御自おんみずからがお決めになると決定したはずです。そこの教会大高だいこう神官殿が述べた通り、年端もいかない少女の進言によって捻じ曲げるなど、法の侵犯。ことわりの破綻。正の失墜しっついしかるに言語道断ではありま――」


「まあよいではないか、ノーリタ卿」


 理路整然と意義を申し立てるノーリタ卿を南方の領主シベリタ卿が遮って宥める。


「結果としては皇女殿下が選ぶことに差異はないのだろう? なら、殿下に心ゆくまで熟考していただき、貴族平民共に納得のいく結末を迎える手助けをするのが我ら審査員の役目であり、果たすべき義務だと思うが……どうだ?」


 シベリタ卿は団長の言葉通りに一審査員として毅然と意見を主張する。


 さっきの審査ではサラが選ぶというのは実質できそうにはなかったが、この様子なら本当に選べるかもしれない。


「シベリタ卿。お言葉ですが、その納得のいく結末とやらは一体何なのですか?」

「……なぬ?」

「フ……分からないのであれば口を挟まないでいただきたく思います。これは、あなたの一存だけで決まることではないのですから」


 ノーリタ卿は嘲笑するようにシベリタ卿と対峙する。


 北と南、相当仲が悪いのか二人の意見は合わないな。


 場の雰囲気が張り詰めてきたことに伴って剣呑な空気が流れるが、僕は何もすることができない。


 その資格がない気がする。


「そうだな。我には分からんが、そこの少女なら何か案があるやもしれんぞ?」


 ノーリタ卿の厳しい対応に、シベリタ卿はそんな返しをした。


 そして、シベリタ卿は舞台の下からおどおどしながら様子を見ていたミヤさんに目を向ける。


「話は聞いておっただろう。どうだ、うら若き少女よ。何か打開する策はあるか?」


 シベリタ卿は笑みを浮かべて、ミヤさんに意見を求めた。


 一平民に大貴族の地方領主が見識を促すのは異例中の異例だろう。

 そのためか周囲の騒めきが大きくなる。


「は、はい! 稚拙ながら、考えがございます。しかし、それには皇女殿下の親衛隊のお力が必要になるかと」


 見惚れるほど綺麗な黒髪を揺らし、凛とした美しい灰色の瞳をシベリタ卿に向けながらミヤさんは述べる。


 その姿勢と言葉遣いが何処か気品が漂い異彩を放っていた。


 それはまるで……貴族家の子女のように。


「皇女殿下の親衛隊なら調度そこに控えておる。気にせず申してみよ」


 舞台の上座、その後ろを見遣り武装した親衛隊の存在を示してミヤさんに再度促す。


 剣覧会開会時からいないなぁと思ったら、そこにいたのか。


 いや、最初からいて隠れていたのかもしれない。


 この剣覧会は皇女親衛隊直下と銘打っているのだから。


 一人で出現した親衛隊に驚いていると、



 こうべを垂れたミヤさんはスカートの裾を軽く摘んで片足を引き――



「親衛隊の皆様方に出展された武具を扱っていただき、その勝者を御用鍛冶士ごようかじしに任命しては如何かと進言致します」



 畏くも美しい女性用の跪礼カーテシーでそう上申するのだった。

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