第36話 正当なる評価
近衛騎士団の審査が終わると、後は入場した順番で同じような審査が行われた。
審査員の従者も出展された武具を見れるようで、騎士長ガルエンスとベルさんが、
「こんな坊主に剣が打てたのか」
「ユウトくんは
などといがみ合っていたり、ノーリタ卿がシベリタ卿をずっと見つめており、何故か時折睨んでるような感じがしたりと、結構波乱な審査だった。
東方の領主様はドワーフと仲がいいのか、よく話し込んでいたし西方の領主様もドワーフの武具を興味有り気に見ていた。
工業と商業、変わった技術や金になりそうなものに目がないのかもしれない。
公正な審査になることを祈ろう……。
そして、皇女殿下に評価を進言する審査員七名の審査が終わり、各々が席に戻った。
その後ろにそれぞれの従者が付き従い控えている。
――プアアアアアアン!
突如、またラッパが吹かれた。
いよいよか。衛兵の指示の通り上座の方を向く。
「――各審査員の審査が終了した。これより、各々の審査結果を発表する」
一人だけ立っている近衛騎士団の団長ラフトルさんが厳然と民衆に告げた。
「……その後の流れについては触れ書きの通り。我々審査員の下した評価を鑑み、皇女殿下
民衆にそう説明し上座の方へ振り返る。そして皇女を前に仰々しく跪いた。
「つきましては皇女殿下、
口上を述べると厳かに頭を垂れた。
それを合図に鍛治職人である僕らもラフトル団長に倣って片膝をつき
「……忠実なる汝らの目に全てを託し、その結果に則して任命致します。其を以って皇王陛下に認可の申請を我が名に於いて行い、その全責任を他ならぬ皇女の私が負います」
我らが皇女殿下――サラは剣覧会の采配について毅然と述べると、審査員のものより華美な装飾が施された椅子からすっと立ち上がって、
「――忠良なる七人の志士よ。正当厳粛なる評価を
審査員に下令された。
その命令に各審査員は入場してきた順番通りに評価を下していく。
「二番が良いかと存じます」
静かに評価するのは皇国の政治を司る元老院、その代表者たる議会長政令大臣だ。
二番ということはギルフィードだ。
そして後ろには従者という位置づけで平民が集う政治機関、衆老院の議長がいた。
僕でも知っている顔だ。確か名前は――メアラルト・ギルフィード。
ギルフィードの先代ギルド長だったかな……。
そして衆老院議長の推薦で元老院の議長、議会長政令大臣が決められると聞いたことがある。これは……ありえるか?
「ここは無難に二番ですかね」
と若い青年――ハイリタ正教会の司祭が朗らかな笑みを浮かべ述べた。
これは大事をとってギルフィードか。
「一番よの」
普段から力仕事をしているのか筋肉質で体が大きな東方の領主、エメリタ卿が従者の執事を控えさせながら進言する。
そしてドワーフを支持した。仲良さそうだったからな……。
「一番!」
東方の領主に対してふくよかで恰幅の良い西方の領主、ウォーリタ卿も同じく従者メイドを従えて端的に述べた。
ドワーフか――て不味いぞ! まだ一回も僕が選ばれてない。
次の評価で僕の運命が決まる――
「二番ですね」
見覚えのある長身で細身の北方領主、美しい容姿を民衆に晒しながらノーリタ卿はそう評価した。
剣覧会は最も票が入った鍛治職人が優勝となる。
今までの評価でドワーフへ二票、ギルフィードへ三票が入った。
すべてで七票になるので、これから挽回することは不可能だ。
(――負けた。……僕は、負けたんだ)
自然と俯いてしまう。
そのせいで今は見えないが、ノーリタ卿の後ろにいるだろうアルベント聖騎士団騎士長ガルエンスのほくそ笑みが容易に浮かんだ。
跪いた足が震える。これまでの、意思が、意味が、努力が、そのすべてが、無に帰した。
その無念とも虚無感とも似た何かが僕の胸の中で渦巻いていく。
(あんなに、あんなに頑張ったのに……!)
ベルさんにも忙しいのに商都や手続きの関係で手伝ってもらったのに……、
サラと一緒に竜の鱗を取りに行ったり、父さんと一緒に鍛治を……練習したり……、
最初は上手く打てなくて、父さんに怒られて、それでもまた打って……、
――その全てが、無意味になった。己の不甲斐なさによって。
何となくこうなるんじゃないかって思っていた。審査を受けた最初から。
どうせ僕なんて、何も為すことのできない単なる子供だ。
そう思って涙が溢れそうになったとき――
「三番じゃ」
聞き覚えのある声が、親しみを感じる声が聞こえた。
思わず顔をあげる。
そこには南方領主を統べるシベリタ卿がいた。僕の剣の師匠であるベルさんを従えて。
そして、一票が確かに入った。
シベリタ卿は身内びいきをしない人だと父さんは言っていた記憶がある。
ということは……きちんと僕を評価してくれたんだろう。
嬉しい。もう勝敗は決し、たった一票で無意味だったとも――僕は嬉しい。
……次で最後だ。
近衛騎士団の代表、団長ラフトル。
審査のときの触りでもう分かっている。でも、受け入れなきゃいけない。
そういえば、父さんが言っていたな。
『たとえ草生す屍となろうとも』
その出だしから歌われる追悼歌が騎士団にはあると。
その精神が分かった気がする。
さあ、もう心の準備はできている。
いつでも来い!
心を頑とした僕は、最後の評価に臨み――ラフトルさんが重々しく口を開いた。
「三番だ」
……え?
驚愕の結果が帰ってきた。
三番? ということは僕だ。
な、なんで……僕を……。
疑問に思いながらサラを見ると……
いつもは健康的な白い顔が蒼白に染まっていた。
――きっと僕が負けたからだ。
でもいいんだ。これで。いいんだ。
『サラには見てて欲しいんだ。会場で僕の作った剣を。それで、君が決めるんだよ』
サラに以前言った言葉が頭に浮かぶ。
いま思えば、この剣覧会はサラが口を挟めるような代物じゃなかったな。
――ごめん。
様々な思いを視線に籠めて謝る。
そんな思念波が通じたか目が合ったサラが小さく頷いた。
そして、慎重に口を開く。
「……しかと聞き届けました。先の宣言に則り我が親衛隊の御用鍛冶士は、ギルフィ――」
「――お待ちくださいッ!」
突然、民衆の方から声が聞こえ、サラの言葉を遮る。
異常な事態にこの場にいた全員の注意がその声の主に向いた。
舞台の下、メイドのような服を纏い、ひしめく民衆の最前線にいたのは――
――パン屋の看板娘、ミヤだった。
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